6-14 熱戦
暗闇の中、玲仁と天照は連なる照明を辿っていた。施設の出口へと速足で向かう中、玲仁がたずねる。
「その葉っぱ――どういうからくりなの?」
「榊ですか。これは『逆気』とも言われ、神力の流れを変える性質を持ちます。少し慣れれば思い通りにその向きを操ることができます」
「へえ……とはいってもそんなに簡単にできるものじゃないでしょう」
「実を申しますと、夜な夜なその練習をしておりました。外れの雑木林で、葉の囁きや舞いをみながら」
そういえば、天照を一度家の裏でみかけたとき――その枝を持っていたな、と玲仁は思い出す。
「私なりに行きついた手段でした。しかし、さすがに相手を倒すまでは及びませんね」
「そんな――助けに来てくれただけで、うれしかったよ。ありがとう」
天照がいつものようにほのかにほほ笑んだ。いくらそれが従神の使命とはいえ、ここまでの危険をおかし、場所をつきとめて、こうして助けにきた彼女の健気さとひたむきさに、玲仁は胸がいっぱいになりそうだ。
「そういえば灰原は他の侵入者にも従神を送り込んだって言っていた。他のみんなも来てるんでしょ? みんな無事だといいけど……」
「私も心配です。みなさんを残して玲仁様を探しにきてしまったので」
天照から菖蒲や提たちと一緒にここまで追ってきたことを一通り聞き、取り返したスマホでメッセージを飛ばそうと試みる。だが、さすがに拘束されてからだいぶ経っており、電源はとっくに切れていた。
「くそ……どうしよう」
「私が再びみんなを探してまいりましょうか」
「それなら、僕もいく」
「しかし玲仁様は長い間囚われの身で、消耗されていませんか」
「彼らは僕を助けるためにわざわざ危険を冒してここにきたんだ……彼らをおいて僕だけ逃げるなんてできない」
「しかし、私は例えやられても大丈夫ですが、玲仁様は――」
「もうそういうのは、なしにしようよ。犠牲を前提に自分だけ安全を得るような真似は――したくない」
「……わかりました。それが、玲仁様の望みならば」
玲仁と天照は顔を見合わせ、うなずいた。
とはいえ、このままバカでかい施設の中からみんなを探し当てるのも至難の業だ。せめて充電さえできれば――そうだ。
「ねえ、さっきの話からするとここまできた菖蒲たちのバンがどこかにある?」
「施設の正面入り口脇に停めてございます」
「いいぞ。それなら――こいつの充電ができるはず」
そういって玲仁は自分のスマホを掲げた。やみくもに探すより、連絡が確実につくほうがいい。ここからまっすぐ正面ゲートまで突っ切ればそんなに時間はかからないはずだ。後はみんながちゃんと無事なら――通知に気づいてくれると信じるしかない。
二人は一縷の望みを託し、リサイクル場の正面ゲートへと急ぐ。
それから十分ほど経過した頃、二人は正面ゲート目前まで近づいていた。潜入からだいぶ時間が経過したのか、薄っすらと空が明るい色を帯び始め、周囲の様子が見渡せるようになっていた。広い敷地には小高いスクラップの山がいくつも点在している。本来一時的に放置しているだけだろうが、鉄くずをの墓場と形容するに相応しい光景だ。
ついに正面ゲートが視界に入る。天照の言う通りならば、そこを抜ければバンがある。確率は低いが、みんなが既に戻っている可能性だって――
そう思った瞬間、漂う熱気が頬に触れる。
「私はここの所長だ。ここから逃げるにはここを通るしかないことぐらい、把握済みだ」
玲仁がおそるおそる、振り返ると、後方に灰原と、不気味に光る迦具土神が立っていた。
灰原が憎しみ込めた視線を突き刺すように玲仁をみつめる。口調こそ勝ち誇っているが、一度は逃げられた悔しさと憎しみが確実にこもっている。
「……悪いが、さっさと終わらせてもらう。火遊びはもう終わりだ」
迦具土神が身に纏う包帯の束を引きちぎるように自ら振りほどいた。黒くがっちりとした全身が露になり、呼吸に合わせてまるで火のくすぶる木炭のようにじんわりと全身がオレンジに光った。
「燃エ尽キロ」
迦具土神は握りしめた包帯に火をともすと、振り回しながら玲仁と天照に迫る。爪で八つ裂きにすると、まるで火の花びらが舞うように散り、二人に襲い掛かかった。
「はあっ!」
天照が榊でそれらを振り払う。炎は天照と玲仁から逃げるように散っていった。
「モラッタ」
迦具土神の爪が、いつの間にか天照の顔に迫っていた。
「きゃぁっ!」
反射的に玲仁は天照を抱きかかえ、倒れ込む。爪は天照の持っていた榊を握りかっさらうと、あっという間に燃え上がり、灰と化してしまった。
「飛ビ込ンデコナケレバ安全ダト思ッタカ?」
迦具土神の体からまるでワイヤーフックのように爪だけが天照目がけて伸びてきていたのだ。
「命拾いしたな。次こそは貴様の番だ」
灰原が笑う。迦具土神の全身をマグマが巡るようにオレンジ色の筋が浮かび上がっている。
玲仁はあらためて力の差を感じていた。天照の唯一の対抗手段である榊もあっけなく失ってしまい、万事休すの状況だ。
「今まで私の前で敗れ去っていた者たちもみな、そのような顔をしていたよ。圧倒的な力の差を前に、絶望に染まった顔……たまらんな」
天照は――それでもなお、迦具土神を睨みつけていた。彼女の辞書に『あきらめる』という言葉はそもそも存在しない――力強い眼差しだ。
「玲仁様だけでも――」
天照がそう言いかけると玲仁は彼女の前に立った。
「言っただろ? もうそういうのは、なしだ」
足は震えている。本当は自分も怖いのはわかっていた。かつての自分であれば、今にもこの場所から逃げ出したいはずだ。だが一方でそう冷静に言い放てる自分に、玲仁自身も驚いていた。
天照と出会って、強くなれた自分がいる。これが――ヤオヨロズの力なのか。だとしたらずいぶん余計なことをしてくれたもんだ、と笑いそうになる。
おかげで、思ったより早く自分の短い人生にピリオドを打つことになりそうだ。
「馴れ合いは終わりだ」
灰原が号令を出すと、迦具土神は手を再び元の位置に戻し、振りかぶる。先ほどと同じ速さで攻撃を仕掛けられれば、避けることはできないだろう。受け止めて黒焦げになる。絶体絶命だ。
「業火ニ焼カレルガイイ!」
再び迦具爪が勢いよく飛んでいく。玲仁は目を閉じ、ただ待った。というより、ただ動けない、それだけだ。
「ウラァアアアアアア!!」
金属と金属が激しくぶつかる音がした。しばらく目を閉じたままだったが、何事もないことに気づき、ゆっくり目を開くと、なぜか迦具土神の爪が玲仁の横の地面に突き刺さっていた。
目の前に黒い装束を身に纏った男の背が映り込む。玲仁の知る限り、その人物の心当たりは一人しかない。
「やっと思う存分、暴れられるぜ」
「……素戔嗚!」
「マタ……貴様カ」
迦具土神が素戔嗚をにらみつける。灰原がその全身を見つめる。
「ほう、こいつが噂の素戔嗚か。迦具土神級の神を二体従えているとはにわかに信じがたかったが……助けにくるとは。本当だったようだな」
逆立つような赤髪に、勝気な瞳。いつにも増して、こういうときばかりは誰よりも頼りになる男だ。
「やけに遅い到着ですね、素戔嗚」
「……助けてやった最初の言葉がそれか?」
「そもそもあの晩、素戔嗚がつり出されなければこんなことにはならなかったのです」
「あんだと!?」
「まあまあ二人共……でも、本当にまた会えてよかった……素戔嗚」
「……ふん。貴様に死なれたら暴れることすらできなくなるからな」
素戔嗚からそんな言葉が聞けるようになったとは。少しの間、距離を置くだけでもあらためて、仲間との絆を玲仁は再確認していた。
天照。素戔嗚。そして今どこかで戦っているはずの提や菖蒲たち。そのみんなが玲仁を探すためにどれほど苦労しただろうか――考えるだけで目頭が熱くなる。
灰原がその様子をずっと、困惑した表情でみつめていた。
「こんなときにへらず口とは……骨があるのか単細胞なのか。だが所詮そんな鉄の切れ端では迦具土神は倒せん」
「じゃあもう一度試してみるか?」
素戔嗚の挑発的な笑みに触発され、怒りをあらわにした迦具土神が飛びかかる。素戔嗚は逃げるどころか真正面で鉄刀を掲げ、受けの構えをみせた。
「だめだ。あの爪に触れたら融かされる――」
振りかぶる爪――だが素戔嗚が素早く背後に回った。
「触れなきゃいいんだろ? ノロマが」
素戔嗚は目にもとまらぬ所作で、迦具土神を斬りつけた。
「グアアッ!」
迦具土神がよろける。だが切り付けられた箇所に傷口がまるでない。
「ん、手ごたえはあったはずだが」
「……言っただろう? その鉄片では迦具土神は倒せんと。そいつの体は人の形こそしているが、その実体は炎そのもの――直接斬ることなど不可能だっ!」
な、なんだって。ただでさえ触れられれば燃えるリスクがある相手に、ましてや攻撃が効かないなんて――攻撃と防御、どちらも完璧すぎる。こういう場合はどちらかが突出しているならばわかるが――あまりにもチートすぎる設定に、玲仁は唖然とした。
「……」
さすがの勝気な素戔嗚は無言で自分の握った鉄刀をみつめている。どう次に手をうつべきか思い浮かばないのだろう。灰原が笑う。
「さて――相手も戦意喪失したところで、そろそろ仕上げに取り掛かろうではないか」
迦具土神が再び攻撃に転じる。素戔嗚は後退しながら攻撃を避け続けるが、先ほどのように反撃に転じる気配がない。どのみち攻撃したところで意味がない、と考えているのだろう。
やがて動きに精細を欠き、素戔嗚の頬を迦具土神の爪がかすめた。黒く焦げつくような傷が刻み込まる。
「どうする? 逃げているだけではいずれ黒焦げになるだけだぞ」
「……」
いつの間にか素戔嗚はスクラップの山を背にしていた。その隙を迦具土神は見逃さない。振りかぶり、爪に力を込めると、いっそう燃えさかる。かすかに避けた程度では、無事で済むとは思えない。
だが素戔嗚はひるむどころか、鉄刀を握り直す。
迦具土神が踏み込んだ瞬間、にやりと笑い、逆に踏み込んだ。
【発動技能:八手斬・空】
「ナニッ――」
素戔嗚がなぎ払った刀身から凄まじい風圧の斬撃が繰り出され、迦具土神の胴体を捉えた。
「グォオオオッ!」
迦具土神は吹き飛び、うずくまり、そして呻いた。
斬撃を受けた胸の傷から、溶けた溶岩のような液体がドロリと垂れている。先ほどと違い、傷がふさがる様子はない。
「ばかな……迦具土神の体が斬れるだと?」
灰原が信じられないといった様子で目を見開いている。
「グフォオ……」
迦具土神は傷口を抑えたまま、息を荒げている。
「けっ、驚いたか? 物体でないものなら、違う斬り方があるんだぜ」
「素戔嗚――いつの間にそんな技を」
「今、とっさに思い出した」
「へ? 思い出した?」
ガラッで召喚する前の記憶、ってことだろうか? そんなことがありうるだろうか。いずれにしろ玲仁にとっては思わぬ嬉しい展開だ。
「戦いを通じて本能的に思い出したとでも言うのか? くく……貴様にも興味がわいてきたぞ」
「さすが素戔嗚、戦いにおける機転に関しては群を抜いていますね」
天照が感嘆の言葉をもらす。呆気にとられながら、玲仁もうなずく。これなら――勝てるかもしれない。ダメージを受けて立ち尽くしたままの迦具土神を見つめながら、希望がわずかに芽生え始めていた。
「……」
傷を抑えたまま背を丸め、微動だにしない。さらにそれまで煌々と輝いていた全身も黒く沈み、生命活動のない岩のようだ。
「おいおい、これぐらいで戦意喪失しちまったのか? 情けねえな」
素戔嗚が声をかけるが、一切反応はない。
「ちっ……つまらねえ野郎だな。それならそれでさっさと終わらせてもらうぞ。おれは気が短い」
「素戔嗚、油断しない方がいいよ。気をつけて」
そう玲仁が呼びかけた直後、迦具土神の目が開く。
「お、ようやくやる気になったか」
素戔嗚が身構える。だがすぐにむかってくる様子はない。
「何か……変な音がします」
「え、音?」
天照の言葉に、玲仁も耳を澄ませる。かすかだが、辺り一帯にゆっくりと空気が流れこんでいくような音がする。
「何だろう、この換気扇みたいな音……ん?」
再び玲仁がカグツチに視線を戻したとき、違和感を感じた。すぐにはわからなかったが、どうやら迦具土神の体が一回り大きくなっているような気がする。
「玲仁様、迦具土神の体が大きくなっているような気がします」
「ちょうど僕も同じことを思ったところだよ」
「くく、ようやく気付いたか」
灰原がつぶやく。 その間もカグツチの体はみるみる大きくなっていく。目を凝らすと、その肌の表面に無数の穴が毛穴のように開き、収縮している。素戔嗚の服の裾までいつの間にかたなびき始めている。
「空気を取り込んでるのか? しかし……だからそれがなんだって言うんだ」
「迦具土神の体は火そのものだと言っただろう? つまり酸素をより多く取り込めば、迦具土神はよりいっそう力を増す」
「何かと思ったらただでかくなるだけの話じゃねえか」
「いや、素戔嗚。嫌な予感がする……今のうちに食い止めるんだ!」
だが、既に二倍ほどの大きさに膨れ上がった迦具土神が、突然その巨大な爪を素戔嗚に振りかざした。素戔嗚は素早く後ろに飛びのいたが、風圧でバランスを崩した。玲仁と天照も、思わず距離をとる。
「アチチチっ……腕を振っただけであの熱風!?」
「触れたらただではすみませんね」
迦具土神が再び素戔嗚に迫り、手を伸ばしてくる。
「触れずに斬りゃ同じことだ――」
【発動技能:八手斬・空】
素戔嗚の斬撃とカグツチの巨大な爪が激突し、周囲に熱風が踊るようにをまき散らされる。素戔嗚の体がその風に吹き飛ばされ、スクラップの山に激突した。
「なんだこりゃ……風が暴れてやがる」
「素戔嗚、正面衝突すると風圧を受けるよ。あくまで攻撃をかいくぐりながら、ダメージを重ねるんだ」
「うるせえ……おれに指図するなっ!」
キレやすい性格は相変わらずだ。素戔嗚が再び立ち上がり、鉄刀の柄を握りしめた。迦具土神の視界から消えるような動きで、相手の周りを細かくステップを刻みながら翻弄する。
「速さについては素戔嗚にまだ分があります」
カグツチがその体を捉えようと腕を伸ばすが、爪に食い込んでいたのは固いコンクリートの地面だった。その隙を素戔嗚は逃さない。
「もらったッ!」
既に飛び上がっていた素戔嗚は、上空から斬撃波を三度、繰り出した。無防備の巨大な腕に斬りつけると、さすがの迦具土神が叫び声を上げる。
「おお、効いています!」
素戔嗚が、再びカグツチと距離を置く。額を手の甲でぬぐい、つぶやく。
「やっぱりデカブツはデカブツでしかねな」
「地道に今の動きを繰り返していけば、勝てるかもしれませんね」
「うん。けど――」
玲仁は灰原の顔をうかがっていた。迦具土神が翻弄されているにもかかわらず、うろたえる様子がない。それが何より不気味だった。
まだ奥の手がある――そう玲仁はにらんでいた。しかし、見当もつかない。
素戔嗚は地道に飛び回り攻撃をかいくぐりながら、迦具土神に確実にダメージを重ねていく。ヤオヨロズを見れないため残りHPがどれくらい残っているかわからず、怯む様子もない。
「ちっ――他にもっとスカッとした戦法はないのかよ」
さらに素戔嗚が斬撃を叩きこんだ。迦具土神がおたけびをあげ、ついに体を真っ赤に輝かせながらうずくまった。
「はぁ……はぁ。つまらねえ戦いだ――さっさととどめを刺してやる」
素戔嗚が迦具土神目がけ、飛び込んでいく。一方の迦具土神は、背を丸めたままだ。
玲仁は不穏な予感を抱きながら、ふと横に目をやる。すると灰原がスクラップの物陰へと逃げていく姿がみえる。
迦具土神の体の中央が仄かに赤く、輝いている。
「あれは――」
「グオオオォ」
両腕を大きく広げ、立ち上がった迦具土神。同時に全身から凄まじい熱線が放射状にほとばしる。
「なっ――」
先ほどとは比べ物にならない熱風が、あたり一面を駆け抜けていく。素戔嗚も、そして玲仁も天照も――反応する間もなく、まばゆい光に包まれた。




