6-10 魔王城
「一体どれだけ広いんだこの施設……」
菖蒲たちが金山姫神と死闘を繰り広げていた頃、提、猿田彦、そして素戔嗚の三人は、いまだに巨大なリサイクル処理施設の外周を辿っていた。
別の潜入経路を見つけることが狙いだったが、どの裏口も軒並み封鎖されており、玲仁の居場所もわからぬまま、一行は思いのほか時間をとられてしまっていた。
ついに素戔嗚がしびれを切らし、口火を切る。
「ちっ、やってられん……おれはそこから飛び移って中に入る」
素戔嗚が見上げた先、十メートルほどの高さにわずかに隙間の空いた小窓があった。提が素戔嗚に反論する。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あんなところまでおれは登れないぞ?」
「ならば、勝手に後からついてくればいい」
「おい素戔嗚、天照の話を忘れたのか? おいら達は一緒に動くんだ」
「ふん……貴様らは俺の巫ではない。指図を聞く筋合いはない」
そう言って素戔嗚が飛び立とうと、見上げる。
「あ……ちょっと待てって! あの先みてみろよ」
提が突然叫び、走り出す。素戔嗚はため息をつき、その後をだるそうについていく。素戔嗚がその背中に追いつくと、提がその場に立ち尽くしていた。
「どうした」
「嘘だろ……あれを見ろよ」
素戔嗚が肩越しにその視線の先をのぞく。
そこには、巨大な施設がもう一棟――立っていた。
まるで巨大な異形の魔城のようにその建物は君臨していた。暗闇の中で建造物の全容はつかみづらかったが、それでもところどころが照明に照らされ、そのシルエットだけが浮かぶ姿が余計不気味だ。とりわけ中央にそびえる巨大な煙突のような高炉が塔のように天に突き刺さり、ベルトレーンらしきものがその頂上にむかって、地上からのびているの様子が、一際目を引く。
「あの形は……製鉄所か? 社会の教科書でみたことがあるぞ」
「旦那、こりゃあ探索始める前に施設案内みとくべきだったぜ」
「……」
茫然とする二人を追い抜き、素戔嗚はすたすたと歩き始める。
「おい、素戔嗚!? どこ行くんだよ」
「どこも何もないだろうが。どうせあそこにいるんだろう?」
素戔嗚は淡々と言い放ち、歩いて行く。
「まあ……ウズちゃんたちは最初の施設に入ったわけだし、こっちに到達していない可能性は大いにあるな」
「まじかよ……行くしかねえのか。センパイ……偉いことさせてくれるぜ」
自分がその元凶だったことをすっかり忘れている提も、折れかけた心を奮い立たせながら、歩き始めた。
その不気味な建物に近づいていくにつれ、だんだんと姿が明らかになっていった。大小ある鉄の管が編み込まれたように建物を覆い尽くし、出どころもわからない無数の排気音が響いている。
ほどなくして、三人は製鉄所の正面エントランスに到着した。大きなシャッターがあり、そのわきに小さなドアがある。どちらかというと搬送のために乗り入れるトラックやら車両の方が主役に違いない。人はこの横のドアを通るのだろう。
「キキッ、これがさしずめ魔王城の城門ってところか……」
「嫌なこと言うなよ。そういうときは決まって――」
提が言いかけたところで、ゆっくりと目の前の大きなシャッターが、音を立てて開き始める。
中から、屈強の男が、光に照らされながら、姿を現す。作業着を着ているが、その体躯からして、ただの作業員ではないことは明らかだった。
「門番がいるんだよ……」
提が、残念な表情で言い終える。
「ネズミが三匹……」
男が、低い声でつぶやくと同時に、素戔嗚も声をあげる。
「運転席にいた男だ。間違いない」
「じゃあ、あいつが金山か? ずいぶんとマッチョな野郎だな」
「金山彦神……それがおれの名だ」
「ご丁寧にどうも。じゃあ、やっぱり玲仁の旦那はその先にいるってこった」
「お前ら、あの少年の仲間か? なるほど……ここまで探り当てるとは大したものだ。だが危険と知ったうえでここに立ち入ったのであれば、その判断は……愚か極まりない」
「愚かなのはどっちか。わからせてやろうか?」
「おい素戔嗚。待ちやが――」
だが、素戔嗚はとっくに飛び出し、金山彦神に対し、距離を詰めていた。目にも止まらぬスピードで、袂から刀を引き抜き、振りかざすと、鋭い一撃を振り下ろす。
「素戔嗚が持ってるのは……真剣? あいつ、いつのまにあんな物騒なものを」
「あいつ木刀は前回、迦具土神に焼き折られたらしいからな」
だが、直撃かと思われた一撃は金山彦神のかざした右腕でかろうじて受け止められている。
「みくびられたものだ」
切れ味抜群の鉄刀の斬撃をまともに受けたにもかかわらず、金山彦神の右腕には傷ひとつついていない。
「あいつの腕……どうなってんだ?」
「金山ってつくぐらいだから、腕を鋼鉄化する能力か何かか?」
金山彦神が笑う。
「半分正解、半分不正解、といったところだな」
「これはっ――」
素戔嗚はすぐに刀を引き、体勢を立て直そうとしたが、なんと刃がいつまでたっても金山彦神の右腕に食い込んだまま抜けない。
さらに――次の瞬間、金山彦神の右腕からなんと、刃が生えた。
勢いよくその切っ先が素戔嗚をめがけ伸びていくが、素戔嗚は素早く刀を放し、咄嗟に後方へとのけぞりながら飛び、かわした。
素戔嗚の顎先から、かすかに血がたらり、とたれる。
「おい、大丈夫か!?」
「かすっただけだ。だが――今のは何だ? まるで刀を……飲み込んだようだ」
金山彦神が不敵な笑みを浮かべると、突き出た刃がゆっくりと金山彦神の腕に引っ込む。
「ご名答。おれの体は、触れた金属を取り込むことができる。一度取り込んでしまえば変形加工は思いのまま……それがおれの発動技能――金属変異だ」
そう言い放つと、金山彦神は何気なく近くに落ちているスクラップに手を触れた。スクラップがみるみると小さくなり、代わりに金山彦神の腕が隆起し、うねり出す。ただでさえ太い腕が、一回りと大きくなっている。
「まるで金属を飲み物みたいに飲みやがった……バケモノだぜ」
「何かと思えば……ちんけな能力だな。恐れるに足らん」
素戔嗚が再び、金山彦神めがけ丸腰で向かっていく。
「おい、素戔嗚!」
「素手で俺に勝てるとでも? 愚かな」
素戔嗚は獣のように飛びかかり、拳を突き出した。だが金山彦神はなんなく鋼鉄の腕でそれを受け止めた。がきん、という固い音が響き渡る。さらにその拳を包み込むようにカギ爪が金山彦神の腕から隆起し、素戔嗚の腕に喰らい付こうとする。寸前のところで手を引っ込め、距離をとる。
「ふ、策なしか。貴様はその程度の神か?」
「まだだ」
「おいおい素戔嗚、ちょっとタンマ!」
猿田彦が突然、素戔嗚の前に立ちふさがる。
「邪魔だ、猿」
「盛り上がってるとこ悪いんだが……お前の出番は終わりだ。ここは俺に任せて、先に行け」
「ふざけるな、こいつはおれの獲物だ」
「おいおい。てめえは本当にただのバカ犬か? お前の目的はこいつを倒すことじゃないだろ。玲仁を救い出すことだ。それにまだこの先に迦具土神が控えている可能性もあるんじゃねえのか?」
素戔嗚がちっ、と舌打ちをする。猿田彦は自らの胸をとんと拳で叩き、自信ありげな笑みを浮かべる。
「あいつとお前は相性が悪すぎる。刀もなくなったんじゃなおさらだ。それにおれのは金属製の武器じゃねえからな」
「……」
「こういうのは組み合わせの問題なんだ。おいしいところは渡してやるって言ってんだ、悪い話じゃないだろ? なあ、旦那もそう思うだろ?」
「ん? ああ、まあ……そうだな。相性はお前の方がいい……正直マッチョ相手は気が進まないけど……猿田彦の言う通りだ」
「そういうことだ。ここは俺たちにまかせな」
それまで苛立ちをあらわにしていた素戔嗚も、さすがに冷静さを取り戻したのか、すっと拳をおろす。
「……せいぜい時間くらいは稼げ」
「キキッ、さっさとぶっ倒してすぐに追いつくぜ」
「おい、いつまでベラベラしゃべってやがる?]
そう金山彦神が叫ぶと、素戔嗚は彼に向かって駆けだした。身構えた金山彦神を大きく軽々と飛び越え、大きなシャッターを壁ごと飛び越え、製鉄所の中へと消えてく。金山彦神が追おうという構えをみせるが、すぐに猿田彦が間に入る。
「キキッ! 待ちな。相手はおいらだぜ、マッチョ野郎」
「それにその図体じゃどうせ追ったって素戔嗚には追いつけないぜ。観念しておれ達と戦いなよ」
金山彦神が再び、振り向き猿田彦と対峙する。
「……いいだろう。貴様らなぞ、この鉄槌のごときこの右腕でペシャンコにしてくれるわ」
金山彦神は飛び上がり、膨れ上がった右腕を猿田彦に叩きつけた。だが猿田彦は軽やかに横へ飛びのき、難なくかわす。
「のろいぜっ!」
猿田彦は如意棍を素早く取り出し、相手のみぞおちを突いた。金山彦神は身をよじり、後ずさる。
「ぐっ……」
「効いてる!?」
提が叫ぶ。
「やっぱりな。鋼鉄のない箇所への攻撃はちゃんと効く」
猿田彦が自信に満ちた顔つきで口角を上げる。金山彦神は眉をしかめたまま、厳しい表情を崩さない。
「まだまだいくぜ!」
猿田彦は再び飛び込み、少し離れた間合いで再び如意棍を突き出した。タイミングをずらされた金山彦神はかわしきれず、再び腹部にヒットする。
「いいぜ、その調子でやっちゃえ猿田彦!」
「あーん? 何だこの手ごたえ……」
如意棍を握る手に妙な震動が走った。猿田彦が眉をひそめる。いつの間にか金山彦神の腹部が分厚い鋼鉄に覆われていた。
「体内に取り込んだ金属の移動は自由自在……こうすれば盾にもなる」
「なんて器用な……おっととっ!」
動揺した猿田彦に対し、金山彦神が再び右腕を振りおろす。それでも猿田彦は素早く反応し、避けた。
「あれ?」
頬からたらり、と血がたれる。
よくみるといつの間にか金山彦神の右腕が鋼鉄のかたまりではなく、長い鎌のようになっている。攻撃を防いでいる間に、右腕の形状を変えていたようだ。
猿田彦は額の汗をぬぐいながらつぶやいた。
「あ、あぶねえ……広めにかわしてよかった」
「あいつ、戦いながら攻撃も防御も形態を変えてきやがる……こりゃ見た目よりも、トリッキーな相手だぜ」
「しゃあねえ、こっちも少し本気出すか」
猿田彦が如意棍を地面に突き刺す。地中からエネルギーを吸い上げ、五メートルほどの長い棍棒へと生まれ変わっていく。
「ふふ、おいらだって力を取り込むことができるんだぜい……そらよっ!」
猿田彦が棒をしならせながら攻撃をしかける。先端が不規則に揺れながら、金山の体に立て続けにヒットする。
「ちっ、攻撃の位置やタイミングを巧妙にずらしてくるか。ならば――」
金山彦神の右腕に集まっていた鋼鉄のかたまりが引っ込み、波打ちながら体の前面へと移っていく様子がわかる。やがて猿田彦の突きがカンカンと硬い音を立て始める。動きが追えないならば、いっそ全面を覆ってしまうという作戦のようだ。
「なるほどな。だがそのぶん、薄皮になってるはずだ――貫くまでよ!」
猿田彦は如意棍を大きく引き、先端を金山彦神に向け、体ごとむかっていく。
「図にのるなああああっ!」
金山彦神が雄たけびを上げると、体の前面から金属の板が二枚、飛び出した。まるでペンチの先端のような形をしている。どうやら棒の先端をはさみこみ防ぐつもりのようだ。
「猿田彦、掴まれるぞ!」
「――うりゃっ!?」
猿田彦は急きょ如意棍をしならせ、金山彦神へと届く直前で、地面へと突き立てた。棒はしなり、今度は猿田彦は上空へと飛ばす。
「!?」
虚を突かれた金山彦神を飛び越え、着地と共に猿田彦は相手の背中を蹴り飛ばした。
振り向くことすら間に合わない金山彦神は、勢いよく吹き飛び、十メートル先のスクラップの山へ突っ込む。派手な音を立て、スクラップが金山彦神の体に覆いかぶさった。
「猿田彦お前との付き合いも長いが、正直ここまでまともにやれるお前は初めてみたぜ」
「はは……ひでえなあ、提の旦那」
だが、まだ終わりではなかった。スクラップの山が、かすかに動く。奥の方から低くくぐもった声が聞こえてくる。
「なメ……やがッテ……」
すると、スクラップの山が崩れ、金山彦神の巨体が再び浮かび上がった。
「……なあ、猿田彦。勝てるんだろうな?」
「こりゃ、思ったより追い着くのにかかるかもな……素戔嗚」
猿田彦がよりいっそう如意棍を強く握り直す。
二人は、自分たちが気安く請け負い始めた戦いが、そう簡単に済むものではないということに、薄々と気づき始めていた。




