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6-2 モラトリアム

 天照と玲仁の二人きりの生活は、想像以上に快適だった。

 天照はここぞとばかりに掃除、洗濯、炊事、あらゆる家事をこなした。本人は気に留める様子もなく、それは文世がいたときよりも快適だったと言ってもいい。

 だが残念ながら単に主と召使いのような日々は『夏チャン』と呼ぶには程遠い雰囲気ではあった――まあ実際そんな期待は毛頭ないのだが。

 よって時間に余裕のできた玲仁はいっそう学生としての本業に向き合うことができた――と言いたいところだが、残念ながら世の中そのようにうまくできていない。


「勉強……しないとなあ」


 玲仁も来年からは高三だ。本気で進学や就職のことを考えなければならない時期である。それはわかっている。

 だが――気づけばこのノリで三日が経過していた。

 毎朝、暑さで目が覚める。ご飯を食べる。勉強――しないとなあ……とは思う。だがゴロゴロしていた。

 それどころか神社でガラッを引くためだけに外出するのも暑くて面倒で行く気もしない。巫としての本業も学生としての本業も放棄し、やはり自分は九十九玲仁なのだと自覚せざるを得ない。

 玲仁はベッドで大の字になって、天井をぼんやりながめた。この先、どうなっていくのだろう。そもそも僕は巫としてこれからも生きていくのだろうか? 天照はいつまでここにいるのだろう? ヤオヨロズをクリアしない限り、このアプリは一生自分にまとわり続けるのだろうか? 考えれば考えるほど、自分はとてつもないものに巻き込まれたのではないか、とあらためて自覚していた。


 「ああもう、これも何もかもヤオヨロズのせいだ」


 それが八つ当たりなのは自分でもわかっていた。スマホをいじくりながら気づけばヤオヨロズヤオヨロズ……と念仏のように唱えながら、無意識に検索フォームにその言葉を打っていた。


「あ、そういえば……」


 ふと、玲仁が何かにとりつかれたように画面を食い入るようにみつめ、画面をタップし始めた。

 それから数分後、天照が玲仁の部屋の前に訪れた。


「玲仁様、昼食の準備ができました」


 外でドアノックするが返事はない。天照がドアをゆっくりと開ける。すると玲仁はベッドの上で仰向けなまま、目を見開きスマホをまっすぐのぞきこんでいた。いつの間にか付喪神まで玲仁のおでこの上にちょこんとのっかって、熱心に画面をのぞきこんでいる。その状況にすら気づいていないくらい集中していた。

 玲仁がスマホをみていること自体はいつものことだが、いつも以上に真剣な眼差しを感じ、天照が声をかける。


「どうかされましたか」

「あ、天照。うん――ちょっとこれみてくれる?」


 玲仁は起き上がり、付喪神がコロンとベッドに転がり落ちる。座り直した玲仁が画面を天照の顔の前に突き出した。

 ページのURLは【https://www65.atwiki.jp/yaoyoro/】とある。

 そこには文字がずらりと書かれているが、天照には玲仁が何を言いたいのか、さっぱりわからない。


「天照、『攻略サイト』って知ってるかい?」

「こうりゃく……さいと?」

「うん。色んな人が自分たちの遊んでいるゲームの情報を自由に書き込める場所なんだ」


 そう言いながら、玲仁はまた別のリンクをタップする。切り替わったページの画面の中の、とある画像を指さした。そこには付喪神と同じ姿をしたアイコンが載っていた。


「これは――付喪神?」

「ツクモン!?」


 横に座っている付喪神が驚き、嬉しそうに飛び跳ねる。


「この前の一件で橘がヤオヨロズの攻略サイトをみたって口走っていたでしょう? それを思い出して、僕もヤオヨロズで検索したんだ。そしたら、それっぽい攻略サイトをみつけたんだけど、みればみるほど、僕がヤオヨロズを通じて知っている情報ばかりなんだ」

「誰がそんなものを作ったのでしょうか。その方も巫なのですか」

「ううん……トップページをみると……『マユコ』って人が管理人みたいだね。でもハンドルネームだけだから、名前がわかったところで人物の正体を特定することはできないよ」

「なるほど。残念です」

「でも、たくさん収穫はありそうだよ。カムナビに教わるようなゲームのルールがまとまってるし、従神のデータベースもまだ少ないけど、多少は作られてる。HPやSPといった能力値、特殊技能スキルの効果まで書いてある」

「しかしそこまで正確で事細かな情報が公開されているとなれば、大事になってもおかしくはありませんか」

「このサイトの紹介文には、あくまで『架空のゲームの攻略サイト』って書いてある。表向きは創作物だから、普通の人がみたら素通りしてしまうんだ」

「ふむ、そのようなものなのですね。興味深いです……ところで、私の情報も載っているのでしょうか?」

「どうだろう……まだ調べてない。やってみようか」


 本人の許可を得ているとはいえ、なんだかドキドキする。ゲームの攻略情報とはいえ、他人のプロフィールをのぞきにいくようなものだ。玲仁がおそるおそるリンクをたどっていくと、その名前は――あった。


「天照大神……あるね」

「開きましょう」


 玲仁はおそるおそる、その情報を開く。すると――想像以上の内容だった。


【名称:天照大神あまてらすおおみかみ

【解説:通称『アマテラス』。見た目は十代の美少女だが年齢は不明。『天野あまの めぐみ』を名乗り、北東京市立小宮前高校に通う。巫への忠誠心と責任感が強く、自らの犠牲をいとわない健気さが萌え。口調は堅く淡々な印象もあるが、好奇心が強く若干天然の茶目ッ気も炸裂することがあり、そのギャップがまたかわいい。】


「な、なんだこれは! 能力どころか、偽名――さらには通っている高校まで書いてあるぞ」

「ここまでの情報……一体誰が入手したのでしょうか」

「わからない。でもまあ、これだけ色々暴れまわってて誰にも目撃されていないとも言い切れない」

「とにかく、日本のどこかでこのサイトに気づいた巫が知った情報を書き込めば、こうして情報は増えていく。橘はこうして天鈿女の情報も得たのかもしれないね」

「いずれにせよ、これを手がかりにすれば、もっとヤオヨロズや従神のことがわかるかもしれませんね。うまく利用すれば、玲仁様が戦うことになる相手の対策も考えられるということではないでしょうか」

「うん。でもそれは逆にいえば、他の巫にとっても同じことだ。これを手がかりに僕たちを標的にする人が現れないとも限らない。今更だけど、インターネットはこういうところが怖いよね」

「仮に玲仁様を襲うものがいたとしても、私は常に玲仁様のそばにおりますから、安心ください」

「そ、そうだね」


 珍しい反応に、玲仁は妙に気恥ずかしくなった。気づけば、画面をのぞき込んでいる天照の横顔が、自分の顔から数センチのところにある。


 これが夏チャン――!?

 だが、玲仁は自分が思う以上に奥手であることを知っていた。あわてて玲仁は姿勢を正し、距離をとる。


「そうだ、昼食ができあがっていたのでした。もし、調査を続けるようであれば、こちらの部屋にお持ちしましょうか?」

「えっと……うん! あ、ありがとう。そうするよ」



 天照が静かに部屋から出ていく。玲仁はふう、と安堵のため息をついた。突然心拍数が上がって戸惑っていた自分が情けなくなる。

 ここ数か月で成長したような気になっていたが、所詮玲仁は玲仁。巫だろうが何だろうか関係ない。いまだに自分は守ってもらっている立場でもあるのだ。

 玲仁が初めて天照と出会ったときは、どこか気難しい、得体の知れない子だと思っていた。かわいいのは間違いなかったが、どこか型にはまったような、堅苦しさを持ち合わせていた気がする。

 けれど今は、すっかり僕たちの生活にも慣れて、当たり前のようにこうして一緒に笑って、過ごしている。このささやかな幸せを享受していることを、あらためてかみしめ直す。

 この日々を守るために、できることはしたい。そのためには、もっと強くならなきゃならない。ヤオヨロズを――クリアするだけがもはや目的ではなくなっていた。

 自分にできることは少しでも多くの情報を理解して、知略を得ることだ。


 玲仁はあらためて決意をかため、自らの心に刻み直した。

 そして良くも悪くも、玲仁は自身の学生としての未来のことをすっかり忘れていた。




「んんっ……」


 玲仁が再び意識を取り戻し、顔を上げたときには、部屋はすっかり暗くなっていた。夢中になって調べているうちにいつの間にか枕に突っ伏して寝てしまっていた事実に気づく。

 決意したそばからこれだ。玲仁は自嘲気味に笑いながら身体を起こす。


 結局、ヤオヨロズの攻略サイトの隅々まで見尽くしてみたものの、期待に反して目新しい情報はあまりなかった。載っていた従神したがみの情報がこれまで玲仁自身が出会ったもののとほぼ認識が一致していたことは興味深かったが、比較的レア度が低い従神ばかりで、これまで目にしたものが大半であったし、大した他のユーザーのコメントもなく、正直少しがっかりではあった。

 やはり、こういうインターネット上の公然とした場所に自分の手がかりを残すような人は少ない。ただでさえ世間にばらしたくないのだから、当たり前といえば当たり前だ。逆に天照だけがやたらと精細に書き込まれていたことが気になる。 

 玲仁は伸びをし、あたりを見回す。そういえば彼女はどこにいったのだろう。一階に降り、家のあちこちを見回るが、人の気配はない。


「天照?」


 返事がない。外に出かけたのだろうか、玲仁は何となく家の外に出て、あたりを見回した。すると以前、素戔嗚が一人で暴れていた雑木林……その奥からうっすらと光がもれていることに気づいた。

 近づいてみると、天照が背を向けて立っていた。よくみると、木の幹に手のひらを当てている。


「天照?」

「玲仁様、こんなところでどうされたのです」

「それはこっちのセリフだよ。こんなところで何してるの?」


 天照は再び手を触れている一本の木を見上げる。


「何とかして戦う力を身に着けられないかと、考えを巡らしていたところです」

「戦う力?」

「私は――この前の戦いで痛感しました。私の能力は人を活かすことはできる。しかし、他者なしではまともに戦力になりません。そんなことでは、この先襲ってくるより高い脅威に対し、抗うことは難しいでしょう。先ほどは玲仁様を守ると宣言しましたが、やはり私自身、もっと強くならなければなりません」


 玲仁は内心驚いていた。いつも自信に満ち、それでいて冷静で飄々としている天照が、そんな風に考えていたことが意外だった。

 玲仁は一歩前に出て、天照の瞳をまっすぐみつめた。


「ありがとう、天照。でも僕は天照はそのままでもいいと思うんだ」

「しかし、それでは――」

「以前、天照が話してくれたよね。どの従神がどの巫の下に現れるのかには、みんな何かしらの理由があるんじゃないかって。だからきっと天照が持つその他者と共に発揮する力だって、本当は意味があるのかもしれない。僕は――どんなキャラでも編成次第で、勝つ。そういう戦い方が好きなんだ。だからそのままでもいいんだよ。また――ゲームの例えになっちゃったけど」


 玲仁は、恥ずかしそうに目線を落とし、頭をぽりぽり、とかいた。


「玲仁様……ありがとうございます。私は玲仁様がかんなぎで、心からよかったと思っています」

「そ、そうかな」

「ええ。少し、気が楽になりました。私らしくできることを――少しずつ、考えてみようかと思います。あらゆる可能性は模索したいと思いますが、決して無茶はしません」

「うん。よかった」


 天照がほほえみ、と同時にほんのりと光った。あたりは暗く、故にその表情がいつも以上に際立ち、玲仁をどきっとさせた。

 だいぶ慣れたと思ったけど、やっぱり天照に見つめられると照れるな――玲仁は先ほど偉そうに恰好つけて台詞を吐いた自分を思い出し、再び恥ずかしくなった。

 この、何ともいえない雰囲気をどうしたらいいものか。


「そうだ……いいこと思いついた! ちょっとついてきてくれる?」

「はい、何でしょう?」

「とりあえず、僕についてきて」


 玲仁はそう言い放つと、天照を雑木林の沿道へと手招きし、天照を連れ出した。

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