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5-11 神楽舞う

「田霧姫神……私が相手よ」


 天鈿女がふらふらになりながらも、一歩前に出る。菖蒲が駆け寄る。


「そんな体で……無茶よ!」

「大丈夫よ。それにこれは元々私たちの戦いでしょう? ずっと周りに頼っているばかりにはいかないわ」

「お姉ちゃん……」

「今までずっとあいつの動きをみさせてもらったわ。おかげでだいぶ癖もわかってきたわ。素戔嗚さん、あなたに感謝します」

「おれはまだ……やれるぞ」


 素戔嗚は朦朧もうろうとした意識でつぶやく。だがまるで起き上がれそうもない。猿田彦が口を開いた。


「素戔嗚、てめえの気持ちもわからなかねえが……ここはウズちゃんに任せてやろうぜ」

「貴様らの事情など……知ったことか」

「お前の気が収まらねえなら、この後何度でもおいらが相手になってやるからよ。頼む――」

「後でどうなっても……おれは知らんからな」

「恩に着るぜ……お前はそこで少し休んでな」


 いつにない猿田彦の真剣な口調に、さすがの素戔嗚もそれ以上何も言わなかった。とはいえやはり無理はしていたようで、力尽きたようにそのまま仰向けに大の字になる。

 やがて天鈿女が支えをのけ、自分の足で立ち上がった。菖蒲の手に、自らの手を重ねながらつぶやく。


「あなたの望みをかなえるためなら何でもする。それが私の存在そのものだから。だから……戦わせて」


 菖蒲は少し逡巡するように間をおいたが、やがてゆっくりうなずいた。これが天鈿女なりの覚悟と従神したがみとしてのプライドなのだ。天鈿女はその手をそっと放すと、ついに天鈿女が田霧姫たぎりひめの前へ進んでいく。


「あんまり無理しないで? 後で僕のものになったときに、痛めつけた後だとちょっと気が引けちゃうよ」

「あなたのものになんて、ならないわ」


 橘の軽口にも臆せず、天鈿女は目の前の相手を鋭い目線で見つめた。田霧姫たぎりひめも怯むこともなく、平然と身構えている。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「さっきの素戔嗚の症状――あれもおそらく『血流』ね」


 田霧姫たぎりひめがの眉が、ぴくりと動いた。


「仕事の都合上、身体のコンディションに関しては詳しい方なの。さっきあなたが身体能力を高めた技が血流の制御だとしたら、素戔嗚にも同じことをしたのでしょう。ただし――もっと荒っぽい方向でねわかりやすくいえば、『熱中症』みたいな状態かしら」


  田霧姫たぎりひめは黙っていたが、玲仁が替わりに突然口を開いた。


「熱中症――そういうことか」

「どういうことです?」


 天照がすかさず尋ねる。


「熱中症って、体の体温を下げるために血液が体の表面へと移動するんだ。そうすると脳に行く血液量が足りなかって、目まいや失神が起きるっていうメカニズムなんだよ。つまり、素戔嗚に今起きていることはそれかもしれない。彼女の特殊技能スキルがきっと素戔嗚の血流をおかしくさせたんだ」

「なるほど。だからやけに汗をかいていたのですね」


 橘が拍手しながら高笑いした。


「はは…すごいね君! 僕でも最初はちゃんと理解できなかった田霧ちゃんの『血暴活(レイジングブラッド)(ブロー)』のからくりを易々と暴いちゃうなんて。やっぱり神様って何でもお見通しなんだなあ。すごいや」


 提がぼそりと猿田彦につぶやいた。


「なんか、あいついちいち自分の技を解説してんな。鼻につくな」

「旦那が言うんならよっぽどってことだ」

「どういう意味だ?」

「キキッ」


 猿田彦はごまかすようにただ笑った。橘が再び声を上げる。


「しかし……いずれにしろからくりがわかったところで、君たちは田霧ちゃんを止められるのかな?」

「それは――」


 すると田霧姫は再び、攻撃を開始した。踏み込みながら天鈿女に向かって拳を繰り出す。天鈿女はそれを軽やかにかわす。次々と繰り出されるパンチが、天鈿女のそばで空を切っていく。


「さすが……動きは見切ったって言っただけはあるぜ!」


 猿田彦がつぶやくが、橘の不敵な笑みはいまだ消える様子はない。


 ついに、それまで空を切っていた田霧姫のパンチが天鈿女の頬をかすめた。リズムを崩したのか、一瞬天鈿女の動きが遅れる。そこを見逃さず、田霧姫がすかさず回し蹴りを叩きこんだ。脇腹に蹴りを受け、天鈿女の身体が横へと吹っ飛んでいった。


「お姉ちゃん!」


 菖蒲が叫ぶ。天鈿女はまだ立ち上がる。今度は田霧姫のもとに自ら飛び込み、拳を突き出す。が、田霧姫はその攻撃をかわし、再びみぞおちに膝蹴りを入れる。


「ぐふっ!」


 天鈿女がもだえ、その場にうずくまる。


「ほらぁ、言ったじゃん。理解できることと、対処できることは別なの。ドゥーユーアンダースタン?」


 橘が勝ち誇った表情で言い放つ。

 天鈿女は一旦距離をとり、膝をついた。既に息を切らし始めている。田霧姫が冷静に天鈿女に告げる。



「一度攻撃を受けたら最後、そこから徐々に体のリズムは崩れていくでしょう」


 だが、天鈿女はまだあきらめる様子はない。 


「まだ……まだよ!」


 天鈿女が自身を奮い立たせ、再び体を起こす。


「もともと相手の戦闘能力は高い。あの踊り娘が分が悪いことに変わりはない」


 素戔嗚がいつの間にか体を持ち上げ、座り込みながらもその攻防を眺めていた。


「素戔嗚てめえ、どっちの味方だよ!?」

「本当のことを言っているだけだ」


 すると、天照が突然、口を開いた。


「天鈿女さん。素戔嗚の言う通りです。このままでは勝てません」

「天照?」


 すると、彼女は天鈿女のもとに歩み寄る。天鈿女の背中に手を触れる。手のひらからほのかに優しい光があふれ出した。


「なんだあれ?」


 橘はその見慣れぬ光景にただ見入っていた。だが玲仁にはわかる。あれは、天照が神力を天鈿女に送っている――発動技能アクティブスキル天恵てんけい』だ。


「この能力は傷を癒す能力ではありません。神力(SP)を与える能力です。つまりあなたの技――『以心伝身』も同様」

「その技は、私一人で使う技ではないわ。天照、あなた何を? 」

「……あなた一人の力では、彼女には勝てません」

「それでも、あなたに任せるわけには」

「無論、私一人でも無理です。けれど()()()()()なら勝てる確率が上がります」

「どういうこと?」

「強化した以心伝身なら、我が身のように私の身体を動かせるでしょう。()()()()使()()()()()()()

「――!?」


 予想外の提案に、天鈿女は絶句した。玲仁がすかさず声を上げる。


「天照――そんな無茶な」


 だが、玲仁も天照の真意に気づいていた。彼女は自分の身を犠牲にするつもりなのだ。仮に天照がダメージを受けても、それはあくまで天照のダメージ。天鈿女の動きが鈍ることはない。しかし――天照がどこまで耐えられるか保証はない。あまりにリスクの高い作戦だ。


 天照が袖をまくり、田霧姫にむかって背中を差し出した。


「巫を思う気持ちなら――私にもわかります」


 呆然とする菖蒲に。一瞬だけ視線をむけ、にこりと笑った。

 菖蒲も、しばらく茫然としていた。なぜ、ここまでするのだろう。赤の他人なのに。そこまで助ける義理などないのに。ましてや、別の巫同士――それでも天照は一点の迷いのない目で、対峙する田霧姫を見つめていた。

 しばらくして覚悟を決めたように、菖蒲が天鈿女にむかって叫んだ。


「お姉ちゃん……やろう」


 天鈿女は、静かにうなずいた。菖蒲の真意は伝わっていた。ここまで来たらもう他人も自分もない。そうやって誰かに頼ってでも生きていくことは恥ずかしくはない。自分たちを信じてくれる人達を、信じよう。今はそれだけだ。

 

「託すわ。私の全身全霊の……『以心伝身』!」


 ふうっと光の糸が天鈿女の全身からほとばしり、天照の四肢に絡まりながら潜り込んでいく。天照が自分の全身を見渡すと、自分のものでありながら、自分のものでなくなっていく妙な感覚にとらわれていくのがわかる。


 天鈿女が天照の手足を動かし、四肢の動きをひとつずつ確かめていく。


「以心伝身は互いに心を開くほど、シンクロする。ここまで思い通りに動かせるなんて……天照、あなた本当に……感謝してるわ」

「思う存分暴れてください。遠慮はいりません」

 

 天照の顔に、笑みが浮かぶ。

 橘は一瞬動揺していたが、それでもすぐに勝気な口調で言い返した。


「まあ、やってみればいいじゃん。どうせ田霧ちゃんにかなうわけないんだから」


 田霧姫たぎりひめが身構える。


「悪いけど、体を慣らしている余裕はない……出だしから全力でいくわ」

「無論」


 天鈿女が全神経を天照に注ぎ込む。すると天照の身体が地面を蹴り、あっという間に田霧姫神の目前に迫る。


「えいやああああっ!」


 天照の繰り出す突きが田霧姫神の顔面をかすめた。田霧姫神が体をそらしかわしながら、そのままの体勢で蹴り込む。しかし素早く天照も反応し腕で受ける。その衝撃はすさまじいもので、腕を伝って脳へと伝達する。


「ぐっ」

「天照!」

「……余計な心配はいりません。私の体を動かすことに集中してください」


 天照は体の痛みに耐えながら、天鈿女に意識を重ね合わせる。


「まだ終わらないっ!」

「もう猶予は与えるな! 田霧姫ちゃん、さらなる血流加速を!」


 田霧姫たぎりひめが凄まじいスピードで天照に迫る。天照もひるまず、かわしながら攻撃の隙を伺っては転じる。攻守がめまぐるしく切り替わり、入り乱れる一進一退の攻防だった。

 玲仁も思わず息を飲んだ。一瞬の隙をつき、ついに天照の蹴りが田霧姫神の太ももを捉える。纏う衣をひるがえしながら踊る様はまさに天女の舞そのものだ。その様子をみながら、橘がまるでライブステージをみているかのようにつぶやく。


「なんて美しさ! こんなことなら本気でデビューさせたいな……いや、まだチャンスはあるか。天鈿女を手に入れた後、あの少年も倒してしまえば……コンビダンスユニット結成も夢じゃない。たまんないなあ!」


 橘が減らず口を叩いている間も、天鈿女――および天照はさらに攻撃の手を加速させる。身体をめいいっぱいしならせ、宙を舞うように飛ぶ。

 田霧姫神が血管が浮き立たせ、周囲の空気が揺らめきながら田霧姫神も地を蹴った。空中で邂逅し、空気が震え、波打つような衝撃が辺りに広がる。

 よくみると、お互いクロスカウンターのごとく拳を交え、そして散った。

 女同士の真剣、そして互角の勝負だ。


「すごい。互角の勝負だ」

「だがやはり常に一歩分――あの女が近い」


 素戔嗚がそうつぶやくと同時に、天照が、膝をついた。


「はあ、はあ――」


 天照の意識が朦朧とし始め、天鈿女と繋がるのがやっとという状態になっている。徐々に操作にずれが生じ始めていた。


「まずい、少しずつつあの攻撃が効いているみたいだ――」

「極度に脳に血が行かなくなれば、全身の制御が正常に働かなくなるでしょう」


 田霧が淡々とつぶやく。


「ここであきらめるわけには……いきません」

「では、やむをえません」


 田霧が腕を引き、身構える。どうやら、次の攻撃で確実にとどめをさすつもりだ。

 天鈿女は両腕に神経を集中させ、天照に防御の構えを取らせようとする。が、どういうわけか腕がうまく動かない。


「……?」


どうやら、天照が自らの意志で腕を動かそうとしていて、その動きと反しているようだ。同時に、天照の意識を天鈿女は感じ取り、その意図を察した。だが彼女の目的を理解した瞬間、天鈿女は戸惑った。思わず、口に出す。


「そんな、天照――私には、できない」

「どのみちこのままでは不利です。ならば道はこれしかありません」

「しかし――」


 玲仁も、その様子に不穏さを感じつつも、今さら辞めさせるわけにもいかない。誰よりも天照の覚悟を、玲仁は理解しているのだ。


「天照……」

「田霧ちゃん、よくわかんないけど今がチャンスっぽいよ! とどめを刺しちゃいな」

「……私はあなたに恨みは一切ありません。ですが、これで終わりに致します。とっくにスケジュールは押していますので」


 田霧姫は拳に力を込める。全身の血管が膨れ上がり、今までにないほど脈うっている。


「猿田彦、さすがにこれは止めに入った方がいいんじゃないの?」

「ちっ、やるしかねえか――」

「だめ!」


 菖蒲がその動きを制する。猿田彦は戸惑うが、菖蒲の目は本気だった。

 ここであきらめてしまったら、全てをあきらめることになる。そんな覚悟の目つきだ。


「お姉ちゃん、天照を信じて」

「……わかったわ」


 天鈿女が――そして天照が――腕をおろす。


「これで終わりです――」


血暴活(レイジングブラッド)(ブロー)

 

 一気に加速した田霧姫の体が、一直線に天照にむかう。そして瞬きの間に、無防備で華奢な天照のみぞおちに、その拳が深く突き刺さっていた。


「ぐふうっ――」 

「これでもう、あなたはまともに動けなくなるでしょう」


 めりこんだ拳を突き立てたまま、田霧姫がつぶやく。

 だが、天照は身体にめり込んだ田霧姫の拳を両手でつかんでいた。


「まだ……です」


 指先からほんのりと光がこぼれる。


「これは――」

「天照の『天恵てんけい』? でも……」

「相手は田霧姫神じゃねえか。力を分け与えて何になる?」


 橘が愉快そうに声を上げる。


「はは、追い詰められて血迷っちゃったのかなあ?」

「まさか……あのアマ」


 素戔嗚がつぶやく。その間も天照の手元でますます光が増していく。田霧姫がその拳を引き抜こうとするが、がっちりつかんでいていっこうに抜けない。


「あなたの力の源は血液の対流を加速させること……だとすれば、いくら制御しているとはいえ、過度に血流が高まれば、私や素戔嗚と同じ状況になり得るでしょう」

「天照……きさま」

「田霧姫神の能力をオーバーヒートさせる気?」


 玲仁がそう言いながら菖蒲の顔をみた。彼女は何も言わなかったが、これが彼女たちの覚悟なのだ、とでも言わんばかりの表情で食い入り見ている。


「田霧ちゃん? 大丈夫だよ……ねえ?」

「……離せ」


 さすがの橘も、不安をあらわにする。田霧姫神が手を引き抜こうとするが、びくともしない。意識は朦朧としているはずだが、両手に決意が宿っているかのように固まっている。


「この手は今……二人の力で掴んでいるのよ。絶対に離れはしない」


 天鈿女がつぶやいた。天照が掴んだ手の先から、さらに光がさらにほとばしる。やがて空気が歪むように二人を包み込んでいた。取っ手の外れた蛇口のようにお互いの体を膨大なエネルギーが流れ込んでいるせいで、周囲の大気にすら影響を及ぼしている、そんな様子だ。


「ちょっとちょっと……田霧ちゃん、どうなってる?」

「……はなせ、これ以上は……クッ」


 田霧姫神が叫ぶ。もはや自分の中で膨れ上がってくる力を抑えきれない。


「これで……おしまいです……」


 天照が最後の力を振り絞り、残り全ての神気(SP)を田霧姫神に注ぎこむ。

 その瞬間、手元から激しい閃光が放たれる。

 光の粒が――弾け飛んだ。


「グワァアアアアアアッ!」

 

 悲鳴とも断末魔ともつかない叫び声。それが誰のもかすら、判別しがたい。

 光がやみ、あたりが闇を取り戻すと、二人が立っていた場所に、まだ二人はいた。

 天照は倒れていた。そして、目を見開いたまま立ち尽くす田霧姫がいた。


「私の……負けのようだ」


 そうつぶやくと、田霧姫はそのまま前に倒れ込み、天照の体の上に折り重なった。すぐさま玲仁が駆け寄る。


「天照!」


 天照を抱き起こす。外傷はないが、意識はないようだ。全ての光を失い、闇に溶け切った肌は冷たかった。すぐにスマホを取り出し、ヤオヨロズを確認する。完全に神気(SP)は底を尽きていたが、体力(HP)はわずかながら残っていた。状態異常も溶けている。田霧姫神が戦闘不能になったため、解除されたようだ。


「まだ体力(HP)があるの? この子もなかなかタフね」


 足を引きずりながらゆっくりと近づいてきた天鈿女が、背後から声wかけ、微笑む。


「無茶しすぎだよ……何でこんなこと」

「追い詰められたときの女子のパワーをなめないことよ」


 今度は菖蒲がそばに寄って、つぶやいた。



「あら、猿ちゃん」

「ウズちゃん……心配したぜ」


 その瞬間、天鈿女も気が抜けたのか、ふらり、とよろめく。すかさず猿田彦が抱きかかえ、受け止める。


 猿田彦が至近距離で顔をのぞき込む。


「何かあったらいつでも駆けつけるぜ」

「おい猿田彦、そのセリフはおれのためにあるんじゃねえのか?」


 提が不服そうに猿田彦をにらみつけた。キキッ、と聞き慣れた愛想笑いでかわす。


 一人取り残された橘は、両膝をつき、床をみつめていた。敗北を受け止めきれないのか、放心している。

 菖蒲がゆっくりと橘の前に近づく。すると、橘が顔を上げた。


「菖蒲ちゃん? ごめんよ……悪気はなかったんだ。ただちょっと欲と力に目がくらんで……こうなっちゃったんだ。ね? 君もわかるだろう?」

「消えて」

「え?」

「あなたの罪は――私の甘さ。だから今回の件については、全て甘んじてその罰も受ける。でももう二度と私の目の前に現れないで」

「そ、そんな。君の芸能活動を僕は今も支――」

「目障りだから消えてって言ってるの。今度またもし現れたら、そのときは――ただじゃおかないわ」

「ごめんよ……僕も本当は最初は本気で真っ当に勝負して、芸能界の上を目指していたんだ。僕は人の才能を見抜く目は間違いないと信じていた。でも、きっちり仕事をまわす要領の良さはなかった。うだつが上がらなかったんだ。そんな俺が巫になったあの日――田霧が僕の前に現れてから、物事が良くなり始めた。彼女はいいマネージャーだったし、あそこからうまく仕事が回り始めたんだ。そこで留めていればまだ良かったんだ。あの日――あのサイトをみなければ。僕の知る他にも多くの従神が世の中にはいる。その存在に気づいてしまったら、もっとダイヤの原石をみつけられるかもしれない。そんな気になってしまったんだ。こんなことに巻き込まれることもなかったはずなんだ……」


 玲仁がとある言葉にひっかかった。提もびくり、と反応する。

 玲仁が橘に尋ねる。


「サイト? それって何のことですか?」

「ヤオヨロズの裏攻略サイトさ。ある日おれのもとに、そのサイトのURLが送り付けられてきた。それをみて驚愕したのさ。そこにはおれの知らない神の情報がたくさんあった」

「それで、タレントだけでなく、従神したがみのスカウト業まで、始めたということ?」

「はは、そうそう。人間だけじゃ飽き足らない。従神っていう原石も……磨けばもっとお金になる。天照がまさか従神だとはさすがに気づいていなかったよ。でも声をかけたってことはやっぱり僕の目利きに狂いはなかった。天鈿女ちゃんも、いい金になるよ、絶対」

「いい加減にして。もうこれ以上……あんたの身の上話はどうでもいい」

「悪かったと思ってるよ? だからおれのことはくれぐれも誰にも――」

「いいから早く消えて」

「は、はいいいいっ!」


 橘は慌てて立ち上がると、情けない声を上げながら非常階段の入り口へと消えていった。

 玲仁が大きく息を吐き、その場に座り込んだ。今回はあまり貢献できなかったなあ、と反省していると、菖蒲がてくてくと玲仁に歩み寄ってきた。また何か怒られるのかと思い玲仁が身構えていると、予想とは裏腹に発せられたのは穏やかな声だった。


「玲仁――あなたがいなかったら、自分の本心に嘘をつき続けていたかもしれないわね。その、何というか……ありがとう」

「えっ、そんな――僕は何も」

「ううん。本当は自分が一番……お姉ちゃんの力を借りていたことを認めきれていなかったわ。一人で勝手に負い目を背負い込みながら、それを肯定し続けようとしてきた。そこに矛盾があったの。それを橘につけこまれたんだと思う。人に頼らない強さよりも、あなたの持つ――頼れる弱さの方がよっぽど強いんだなって、今回、思った」

「僕はただ――できることをするな、っていうのはルールとして納得できないだけだよ」

「それも、あんたの好きなゲームの話?」

「う……」

「いいじゃない。ヤオヨロズだってゲームだし。こんな力を私たちに与えているやつがどこかにいるのは事実よ」

「そうだね……案外このヤオヨロズを運営している人も、同じようなことを思って、必死でこの世のゲームバランスを整えようとしてるってことかもしれないね」

「その発想は……キモイわね」

「え! そんな。さっきはいいって言ってたのに」

「それはそれ」


 二人同時に、思わず笑いがこぼれる。

 その空気を気に入らなかったのか、脇でみていた提が割って入ってきた。


「ねえ菖蒲ちゃん! これからの芸能活動はどうするの?」

「さあ、どうしようかしら……事務所は失ってしまったし」

「でも、残ったものもたくさんあるわ。ファンも私も――まだいるわよ」


 天鈿女が、声をかける。菖蒲もにっこりとほほ笑んだ。


「これから色々立て直すのに時間はかかるかもしれないけど、不思議と不安はないわ」

「うん。頑張ってね」

「頑張って? あんたはあたしの恋人でしょ?」

「え? それってあくまで設定じゃ……」

「あ、本格的に私の芸能活動の復帰を手伝ってもらう人手が必要だから、そこんとこよろしく」

「ええっ!」

「菖蒲ちゃん! センパイが嫌なら、俺がやりますよ!」

「うるさいわね。あんたはマネージャーにすらしたくないわ」

「そ、そんな……」


 菖蒲はすっかり穏やかな表情をみせていた。玲仁はその様子をすがすがしい思いで眺めていた。

 遠くの景色に目をやると、いつのまにか水平線からほんのりと空に明るい色が染み出し始めている。近くを見渡せば、ふてくされた素戔嗚をいじり倒す猿田彦、抱きかかえられながら言葉をかわし合う天照と天鈿女――そこには、巫も人もなくただ心を通わせあう者たちの光景が広がっていた。

 やがて菖蒲と天鈿女は、みんなに軽く言葉をかけ、軽々とした足取りで消えていく。その背中が扉の向こうへと消え、ふと横をみると――素戔嗚が立っていた。突然のことに玲仁は声をあげ、飛びのく。


「おい玲仁」

「な、なに……驚かせないでよ」

「今回の戦いで経験値は入ったのか?」

「えっ」

「いくら鍛えても強くならないから、わざわざ助けてやったんだろうが」

「えっと……今回は菖蒲さんと橘の戦いだったから、経験値は入らない……ね」

「何だと? ふざけるなよ貴様」


 追い詰められ戸惑う玲仁の前に、天照が割って入る。


「いいじゃないですか素戔嗚。玲仁様の顔をみてください。こんなにも巫として成長した顔つき。力以外にも、成長することはあるのですよ」

「ちっ、戯言を……もういい、帰る」


 素戔嗚はぶすっとした表情のまま、その場を立ち去ってしまった。

 玲仁は苦笑いしながらも、天照の言うことに一理あるなと感じた。実際あんなにたくましい菖蒲も、大人であるはずの橘も、みな苦悩しながらヤオヨロズと生きる自分の道を模索していたのだ。それを知れただけでも救いになれたかもしれない。

 いつの間にかぽっかりと顔を出した朝日が、少しだけたくましくなった玲仁の横顔を優しく照らしていた。



【現在のステータス】

 <ユーザー>

  ユーザー名:あやめ

  ユーザーレベル:5

  かんなぎランク:D


 <デッキ編成>

  スロット1:天鈿女神あめのうずめのかみ[火]

  スロット2:なし

  スロット3:なし

  フレンド枠:天照大神あまてらすおおみかみ[光]

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