5-4 おとり捜査
その週の土曜、玲仁は最寄り駅から三駅ほど離れた駅前の噴水広場で、朝早くから立っていた。正確には、白咲菖蒲というアイドルとデートするために、彼女を待っている――という奇妙な状況だ。
本来なら喜ぶべきなのかもしれないが、全てはただ彼女につきまとう犯人(おそらく巫)の正体を突き止めるための芝居にすぎない。
つまり、偽装カップルというやつだ。そして、彼女のサディスティックな正体も知っていたら、特別テンションはあがらない。
待ち合わせ時間から十五分ほど経つが、彼女が来る気配はない。待ちくたびれていたところへ、端末に通知がくる。菖蒲からの連絡かと思い、すかさず確認する。
「デート、頑張ってください」
それは、天照からのメッセージだ。
偽とはいえ、誰かとのデートを応援されるのはやや複雑な気分ではある。
すかさず、別のメッセージが入ってくる。
「何で俺はこっちなんすか」
これは提からの普通のメッセージだ。ただの恨み節。すぐにスマホを閉じる。
「おい、標的はどいつだ」
素戔嗚まで突っかかってくるのか。玲仁はため息をつきながらメッセージを打ち返す。
「それを探すのがこれからの仕事だよ」
「ここにいる奴らを斬ったほうが早いものを」
「絶対にダメ」
できれば素戔嗚を呼ぶことは避けたかったが、残念ながらこの中で最も戦力としては頼もしい。菖蒲と天鈿女の話をしたときは巫と戦うどころかまた仲良くなるとは何事だと相当不満そうだったが、なんとか次のにんじんをぶら下げることで事を収めたのだ。
「お、ま、た、せ――――!」
甲高い声があたりに響き渡り、周囲の通行人が振り返った。チェックのスカートとブラウスを着た菖蒲が駆け寄ってくる。イベント終えたままの衣装のようだが、いくら何でも目立ちすぎな気はする。
「ちょっと、菖蒲ちゃん声が大きすぎるんじゃ――」
玲仁がぎこちなく言葉を返す間もなく、菖蒲はそのままの勢いで飛び込み、抱き着いた。
「れ、ひ、と! 会いたかったあああん!」
「ちょちょちょ、何これ!?」
直後に、耳元で菖蒲がささやく。
「おい、硬すぎよ。違和感あったら怪しまれるでしょ? しっかり作戦を遂行しないと、ただじゃおかないわよ?」
「は……はい」
菖蒲は言いたいことを言い切ると、無造作に玲仁の手を握り、並んで歩き始めた。さすが芸能人と言うべきか、役になりきると決めたら、徹底的にこなすつもりらしい。一方でこの一部始終を誰かに監視されている、というのはどうも落ち着かない。テレビドラマなどでデートのシーンに出演している俳優が撮影クルーに囲まれながらよく熱演できるものだ、と感心してしまう。
手はずでは今日、菖蒲は握手会イベントをはしごすることになっている。夕方に再び別の現場へむかうまでの合間を使ってデートをする、という計画になっているらしい。その間に尾行、もしくは近寄ってくる不審な人物がいないかをチェックする、という魂胆だ。
しかし、こんな作戦で本当にみつかるのだろうかと玲仁は不安に思っていた。相手から接触さえあれば、問い詰めてヤオヨロズで確認できるかもしれないが、その保証はない。無論、仲間たちが遠目で監視してくれているのだが、余計不安は残る。
「それにしても、マネージャーの人……橘さん、だっけ? よく許してくれたね、のこの作戦」
「あいつはあたしの言うことなら逆らえないの。心配ないわ。それよりもうちょっと自然に歩けないの? 手と足が一緒に前に出てるわよ」
「あ……ごめん」
良く考えてみるとまともに女の子と手をつないでデートしたことなど一度もない。ましてや、相手がアイドルなんて生きてて自分の身に降りかかるなど想像もしていない。いくら演技といえど、ぎこちなくなるのも無理はない。
ふと、見慣れたバンが目線の先に停まるのが見えた。先日菖蒲を迎えに来たマネージャーのバンだ。運転手も座っている。前回はあまり気づかなかったが、憮然とした顔のごつい男が座っていて、遠目でもかなり窮屈そうだ。
後部座席には、天照、提、天鈿女が座っている。素戔嗚と猿田彦は単独でどこかをうろうろしているらしいが、まとまった尾行の仕方で大丈夫なのだろうか。ますます不安になる。
しばらくして菖蒲と玲仁はブランドショップが立ち並ぶショッピングモールにたどり着いた。練り歩く二人の周りを、残りのメンバーがそれぞれで散らばり、菖蒲と玲仁の周囲に気を配りながら、二人の動向を見守る。
「ねえねえ、どう――似合う?」
とあるショップの前で、菖蒲が無邪気にワンピースを身体にあてながら、こちらの反応をたずねてくる。演技とは思えない徹底ぶりだ。
「うーん、どうだろう」
どっちが正解なのかまるでよくわからない。
「じゃあこっち?」
「うーん……どうかな」
「あのさ、こういうときは何があろうと似合うね、って言っとけばいいのよ。そんなこともできないの?」
「ごめん」
再び、菖蒲に睨まれ、玲仁は黙ってしまった。はたからみればただの尻に敷かれたカップルかもしれない。しかし、演技でここまでやる必要があるのか? と困惑してしまう。
ぎこちない会話を続けながらもなんとかやりこなし、時刻が正午をまわったので、ランチすることになった。菖蒲にゴリ押しされ、とある有名なパンケーキの店に入った。店前にはそこそこの行列ができているにもかかわらず、菖蒲は気にせず奥へとずかずか入り込んでいく。事前に手が回されていたのか、そこには二名席のテーブルがあった。
周りの視線を感じながら、玲仁はぎこちなく席につく。メニューを選ぶ心の余裕もなく、最初のページでおすすめされている外れのなさそうなパンケーキのランチセットを注文した。
「みんなこっち見てるわよ」
「それは、あれだけの行列を追い抜かしたからじゃないかな……」
菖蒲が、じっと玲仁の目を睨みつける。こんなに協力しているのに、ここまで疎まれるのも何だか心外だ。
黙って向き合ったまま、微妙な空気が流れ始める。いくら演技でもただ気まずいだけの時間を過ごすのはさすがの玲仁も耐え難い。思い切って、雑談を切り出してみることにした。
「菖蒲ちゃんって……どこ出身なんですか?」
「は、何それ?」
出鼻をくじかれる。だが、玲仁はもう少しねばってみた。
「いや……せっかくのデートだし、いくらなんでもこのままにらみ合ってるのも気まずいじゃん」
「デートだからって調子乗り出したわね。それともあれ、アイドルとお近づきになりたい的な魂胆?」
自分から誘っておいてそれはないよ、とここまで出そうになるのをこらえる。
「まあ、興味は少しあるよ」
「……九州よ。福岡出身」
意外と素直に答えが帰ってきて、玲仁は少し驚いた。素直な意見を述べたことがかえってよかったのだろうか。
「へえ……その割にはなまりはあまりないんだね」
「こっちに来たのはだいぶ前だし。中学から東京で一人暮らしだからそんなのもう残ってないわよ」
「中学から一人暮らし? すごいね。親は心配しなかった?」
「別に。私のことなんてどうでもいいあいつらのことなんて、知ったこっちゃないわ。私にとっては、家族はお姉ちゃんだけよ」
お姉ちゃんといっても、実際は従神だ。いつ出会ったかわからないが、どれだけの決意をもって上京してきたのだろう、と考え、そして見た目以上に自分よりはるかに大人だということを痛感し、少し情けない気持ちになる。
「そ、そっか。ごめん」
「別に気にしてないから。謝られるほうがイラつく」
「あ……ごめん」
菖蒲はため息をついた。ちょうどその会話を区切るタイミングでパンケーキが二人の席に運ばれる。菖蒲はすかさずフォークを垂直に勢いよくぶっさして、言い放った。
「あんたさ……いくつなの」
「え?」
唐突な質問に言葉が詰まる。
「十五だけど……」
「そうじゃないわよ。巫ランクよ。もう出身とかどうでもいいの。あんた、そこそこの相手を倒してきたんでしょ? 私、もっとヤオヨロズに関すること知りたいの」
意外すぎる質問に、玲仁は戸惑いつつも一方で妙に納得した。友好的に他の巫と接する機会はなかなかない。ましてやこの攻撃的な性格だから、カムナビで聞ける以上の情報というのもあまり知らないだろう。ここぞとばかりに聞く気持ちもわかる。
「ああ……そういうことか。今は巫ランクDかな」
「ふうん、そんなもんなの」
「菖蒲ちゃんは?」
「私もランクDよ。戦った相手は、みんなザコばっかりだったけど。十人くらいはやっつけたんじゃない?」
その数の多さに玲仁は素直に驚いた。壮絶な戦いばかりの記憶しかない玲仁は、戦いの数だけでみれば圧倒的に少ない。もう少し地道に数をこなせばもう少し楽にランクを上げられたのか、とうらやましく思う。
「経験値稼ぐのって……案外難しいなって痛感してるよ。簡単に相手を選べるわけでもないし」
「じゃあ今私を倒せば? 経験値が増えるわよ」
「えっ」
玲仁は思わずフォークを落とした。ウェイターが駆け寄ると、玲仁は謝りながら替えのフォークをお願いした。その後、菖蒲が高らかと笑った。
「あっは、冗談よ。本気にしたの? そんなことさせないわよ。返り討ちにするし」
「……だ、だよね」
玲仁は胸をなでおろす。
「はあ――それにしても、やっぱりお姉ちゃんの言うことは一理あるわ。あんたが頼りなるかはわからないけど、害にはならなそうね」
「どういう意味?」
「巫は全ての巫が敵。これが大原則でしょ? でも、あんたはそういう意味じゃ例外。まるで殺気がないし、安心。無害よ」
「そう……ありがとう」
玲仁は複雑に思いながらも、とりあえずこの場は素直に認めることにした。
「あんた、相当なM男ね。普通そこは反論するところなんだけど」
「まあでも、そもそも得たくて得た力じゃないし、そもそも好戦的なタイプじゃないから、僕は」
「ふーん。そりゃ苦労しそうね」
「菖蒲ちゃんは巫の力を、何のために使おうと思ってるの?」
すると、それまで淀みなく受け答えしていた菖蒲の言葉が少しだけ詰まった。
「あなたには関係ない」
予想外な神妙な面持ちに玲仁は驚いた。慌てて訂正する。
「別に答えたくないならいいんだ」
「そういうあんたはどうなのよ」
「僕は――少なくともこのゲームのエンディングってやつは、少し気になるかな」
「エンディング? ああ、そんな話だったっけ。あんなもん律儀に目指してる人もいたのね」
「結構気になると思うけどなあ。だって、冷静に考えてこんな現象、ただことじゃないよ。神と人間を巻き込んだこんな壮大で荒唐無稽なゲームの結末。きっとただごとじゃないよ」
「まあ……どうあれ続けていくなら、あんたもせいぜい命を落とさないよう気を付けることね」
い、命ですか。
次の言葉がみつからず戸惑っていると、良いタイミングでウェイトレスが落とした代わりのフォークを渡しに現れてくれた。玲仁はそれからはそのことには触れず、黙々とパンケーキを食べはじめた。
ヤオヨロズにメッセージが来る。天照からだった。
「パンケーキ、お味はいかがですか」
相変わらず、好奇心旺盛だ。玲仁はくすりと笑って、そっとスマホを閉じる。
すかさず、再び通知がくる。今度は提からだ。
「その席は、おれがつくハズだった……!」
また恨み節だ。今日一日このノリで続けるつもりだろうか。玲仁はすぐにスマホを閉じる。
その後もぎこちない、テンポの悪い会話を続け、なんとか食事を済ませた。




