4-8 狂喜乱舞のオンステージ
玲仁は信じがたい光景を前に戸惑っていた。あの素戔嗚が……敵前にして気絶し、あっけなく倒れている。
ヤオヨロズで確認する限り、金山――正式には金山屋子神は『超激レア』の素戔嗚よりも二段も神格の低い『レア』扱いの神だ。ゲームの世界であればこの違いは圧倒的に大きい能力の差を生むはずだが、まんまとむこうの術中にはまってしまったという他ない。
「さてと……少年」
毒島が髪を手の平でなでつけながら、わざとらしい口調で語り始めた。
「おれとしてはお前らの登場は予定外だったが……結果としては金だけでなく巫ランクも上がり、新たな従神を手に入れられたのだから、俵さんには感謝せねばならないな」
毒島が薄気味悪い笑みを浮かべる。
玲仁は恐怖を通り越し、絶望感に打ちひしがれていた。素戔嗚抜きで、どう戦えというのだろう。俵も保食神すっかり震えあがって不安そうな目をしている。
「玲仁様、大丈夫ですか」
天照が静かに玲仁の目をみつめた。その瞳は力強く、まだ希望の光が灯っている。
「天照……」
毒島は自分の勝利を確信し、悦に浸っている。
相手が勝利を確信しているときこそが、一番のチャンス。玲仁は今までのゲームプレイ経験を通じて培った自らのセオリーを、心の中で復唱した。あきらめなければ――活路はある。
何ができるか。見落としはないか、利用できるものはないか。あらゆる可能性を模索し、玲仁の脳細胞が震え始める。
「ずいぶんしんみりしちまったなあおい……もうちょっとだけ盛り上がっていこうぜ?」
金山屋子神が全身に力を込め始める。すると厨房全体が少しずつ、ガタガタと揺れ出した。
「な、何が起き始めてるんだ?」
すると突然、棚の扉や引き出しがボコボコと開き始めた。中からフォークやナイフや銀皿が飛び出し、あたりに散らばる。
「きゃあっ」
なんとガスコンロ台の爪がいつの間にか、天照の手首に絡みついていた。
「くそっ……付喪神!」
「ツクモンッ!」
掛け声と共にくずかごの中から付喪神が飛び出す。三匹がかりでなんとか爪を引っ張り、天照の手首を引き抜く。
「クク……金山は出力を上げれば上げるほど、広範囲で金属の形状をコントロールすることが可能となる。今までは、その一部を披露していただけだ」
金属だらけのこの厨房では、金山はあらゆる位置から攻撃を行うことが可能、ということになる。全くもって不利な場所で戦いをおっぱじめてしまったというわけだ。
金山の身体にもいつのまにかたくさんのフォークやナイフやらが貼りついていた。まるで全身十得ナイフ、と表現するに相応しい、触れるものみな傷つけんといわんばかりの姿だ。
「ここまではイントロ……これからがサビだ。いくぜ」
【奥義:デスメタル・オーバードライブ】
すると金山の体に貼りついた一枚の銀皿がみるみる変形し、ギザギザの回転刃と化した。腕を一振りすると、その刃は玲仁めがけて飛んでいった。
「うわあっ!」
ギリギリのタイミングでかがんでかわす。首がはね飛ぶところだった。
「オウイエアーー!」
ナイフがさらに玲仁の顔の横をかすめ、奥の壁に突き刺さる。
これはマジでヤバい。命の危機を感じた玲仁はなんとかカウンターの陰へと飛び込み身を潜めた。天照も反対のカウンターの裏へとすべりこむ。
「とにかく、打開策を考えないと――」
「ははは、隠れたって無駄だぜええ!!」
玲仁はそっと頭を出し、様子をうかがう。狂ったように暴れ回る金山屋子神が、引き寄せたナイフやらフォークやら金属片と化した皿を、腕を振り回しながら次々とまき散らしていく。
「俵さん、危ない。こっちッス!」
「ひゃあああ……私の厨房が」
保食神は俵を巨大な冷蔵庫の中へと詰め込んだ。続けて自身も入ろうとするが、保食神の体が大きいのか、入りきらずに焦っているのがみえる。
「ノリが悪いぜオーディエンス! オラオラオラオラァ!」
なおも攻撃はやまない。かなり分の悪い戦いだ。ここには金山の武器となるものばかりがそろっている。現に今目の前に横たわっているフォークとナイフも――と、玲仁はとあることに気づく。
「玲仁様、どうかしましたか」
「今目の前にあるフォークとナイフは、微動だにしてない」
もしかして金山には扱える金属と、そうでない金属があるのだろうか?
「オラオラオラオラオラオラオラァー!」
金山屋子神は金属の破片をそこら中にまき散らし続ける殺戮マシンと化している。むきだしの天井の配管に亀裂が入り、壁際を伝う電源コードを切り裂き、俵の大事にしていた店の厨房が見るも無残に切り刻まれていく。俵はもはや泣きそうな表情で震えながら、身を潜めた冷蔵庫の隙間からのぞいていた。
「てめえら、いつまでそうやって遠巻きで眺めてるつもりだ? しょうがねえなあ……おれが観客席に降りていってやるぜ」
金属を纏った金山がガシン、ガシンと鈍い足音を響かせながら、ゆっくりと巡回し始める。
「玲仁様……どうしましょう。私が迎えうちましょうか」
「……ここは僕に任せてくれないか」
「どういうことですか?」
ひらめき、と呼べるほど洗練されたアイデアでは決してない。だが今はもうこれに賭けるしかない。
玲仁は、ヤオヨロズで天照に作戦の内容をメッセージで送る。
「……そんな、無茶すぎます!」
「他の方法を思いつかなかったんだ」
「玲仁様……」
じっと機を待った。
金山の足音は増々大きくなる。
やがて金山がカウンターの角をのぞきこむと、部屋の角にうずくまる玲仁をみつけた。
「ははは! 袋のネズミってやつだなあ。チュウチュウ泣きわめいていないだけ大したもんだぜ」
「袋のネズミか……なるほど」
「あん?」
「窮鼠猫を噛む、っていうことわざを知ってるか?」
金山屋子神の眉がぴくりと動く。
「この期に及んで負け惜しみか?」
「君の能力……てっきりすべての金属を操れる能力だと思ってた。でもそこら中にある扉や棚は変形してない。あそこにあるフォークやナイフはそのままだ。なぜならそれらは全部……《《ステンレス製》》だからだ」
「……」
「お前は純度の高い金属しか、変形させられないんじゃないか?」
「だったら何だ……てめえを切り刻むには十分だろうが!」
「その全身……鉄と銀で覆われている。そしてこの位置。ここなら、《《届く》》」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」
金山屋子神が飛び込んできたその瞬間。玲仁はあえて前に出た。
「くらええええ!」
玲仁が握りしめていたのは、電源コードだった。
金山が暴れたときに切断されたのか、その先端は電線がむき出しになっている。
「引け、金山!」
毒島が声を上げる。金山がひるんだ時には既に、コードの断面は金山の身体に突きつけられていた。
その瞬間、無数の火花が辺りに散り、金山の全身がバチバチと激しく輝いた。
「ぐあばばあばあばばッ!」
金山の全身から黒い煙が上がり、ボロボロと金属が剥がれ落ちていく。
「玲仁様!」
天照が駆け寄るとともに、玲仁はその場に崩れ落ちた。
コードを握っていた手の先は焦げつき、びりびりと全身が痺れて思うように動けない。
「捨て身の役は従神の仕事です」
「はは……あいつが僕を先に見つけちゃった時点で、配役は決まっちゃったからさ」
めいいっぱい格好つけて言ってみたものの、正直怖さもあった。自分がこうして普通に喋れていることにホッとしている。
毒島は唖然としたままその光景をみつめていた。俵と保食神も、ゆっくりと冷蔵庫の隙間から目を丸くさせていた。
「玲仁君……」
「すごいッス……本気ですごいッス!」
「さあ毒島さん……降参してください」
満身創痍の玲仁は顔をひきつらせながら笑い、つぶやく。
だが、毒島は恐れるどころか肩を揺らし、笑い始めた。
「おれが……降参だと? ハハハ! 何をほざく。金山はまだ戦えるようだが?」
そういって、毒島は端末の画面を玲仁に突きつけた。
玲仁は目を見開く。金山のHPはまだわずかながら、残っていた。
金山がゆっくりと立ち上がる。
「やってくれたな……ネズミの……くせによぉ」
全身黒焦げでダメージこそ負っているものの、まだ動く力を残しているようだ。
玲仁は何とかその場を離れようとするが、残念ながら指一本も動かない。天照が立ちふさがる。
「二度も同じ手は食わねえ。次で終わりにしてやる」
そして再び金山が力を発動しようとしたそのとき、奥から声がした。
「終わるのは貴様だ」
金山が振り返ると、そこには頭から血を流しつつも立ち尽くす、素戔嗚の姿があった。
目には生気が宿っており、まっすぐと金山を睨んでいる。その片手にはその辺に転がっていた包丁が握られている。
「貴様……意識をとり戻したか」
「正直言うと、まだ頭がボーッとしやがる。が、貴様を料理するには十分回復した」
「なめんなよ……すぐに同じ目に合わせてやるぜ」
金山が再び金属をかき集め始めた。だが同時に素戔嗚も駆け出していた。
「遅いぜ」
【発動技能:八手斬・刻】
目に見えないほどの素早い無数の斬撃が、金山に打ち込まれた。
「ぐぉおおおお!」
金山はなんとか金属をかき集め、簡単な盾を身体の前に掲げその攻撃を受け止める。だがとどまることのない素戔嗚の斬撃が、かんなのように確実に一撃一撃で表層を削りとっていく。
「や、やめろッ……!」
そしてついに、素戔嗚の一撃が薄皮一枚となった金山の鉄の防御壁ををそぎ落とした。文字通りの鉄壁の防御をくじかれた金山はまともに斬撃を浴び、後方の壁に叩き付けられ、動かなくなった。
毒島がヤオヨロズの画面を再び眺め、青ざめる。金山のHPは底を尽きていた。
「ばかな……負けただと?」
毒島が膝から崩れ落ちた。
玲仁も一瞬、半信半疑だったが、ヤオヨロズの画面には確実に『勝利』の二文字が刻まれていた。確信が安堵に変わっと瞬間、張り詰めた糸が切れたかのように、玲仁は気を失った。




