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4-1 朝習慣

 朝日がうっすらと差し込む、穏やかな平日の朝。

 玲仁は寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと自室から階段を下りていく。


 ドーーーーーーン!!


 「わ、わわっ!?」


 突然の爆音と地響きに、玲仁は階段を踏み外し、一番下まで一気に滑り降りた。


「いてててっ……」


 しりもちをついた状態でぶつけた腰をさすっていると、ダイニングで悠々と朝食をとっているふたりと目が合った。


「おはようございます、玲仁様」

「なんだ、朝から騒々しいなお前も」


 当たり前のように一緒に朝食をとる父親の九十九文世と天照。最初はどうなるかと思ったが、今やすっかりありふれた光景になってしまった。


「いや、騒々しいのは僕じゃなく――」


 ドーーーーーーーン!


「さっきから鳴っているこの音は一体なんだ? 数日前から鳴っている気がするが……こんな朝っぱらから隣で工事でもやってんのか」


 文世が怪訝な顔をしながら窓の外をのぞく。


 ドーーーーーーーン!


 その音はやむどころか、大きく、間隔が短くなっている気さえする。


「様子をみて参りましょう」


 天照がそう言い、席を立ちながら玲仁に目配せした。

 学校に行く支度すら終わっていないのに……と億劫に思いながらも、さすがに無視できないレベルの騒音なので、仕方なく二人で外に出る。


 音のする方向を頼りに、家の裏手にある雑木林に行き着くと。

 素戔嗚がそこで大木と相撲を取っていた。


「すさ……」

 ドーーーーーーーン!


 玲仁の呼びかけが耳に入るわけもなく、素戔嗚は黙々と体当たりを繰り返している。

 そしてこれは今日が初めてではない。


 素戔嗚が合流した直後、日常生活に問題はなかった。これ以上居候が増えたらさすがに父・文世が許さないだろうと心配していたが、予想に反して素戔嗚は家に入ってくることも、生活に干渉してくることもなかった。そもそも神は食事や睡眠を必要としないようで(天照だけは人間の生活に馴染みたいという理由で例外ではあったが)思ったよりうまくやっていけるかもしれない、と甘い考えを抱いていた。

 ところがあくる日から、近くの公園のジャングルジムがまるごと引っこ抜かれて逆さまに置かれていたり、隣の家の車がなぜか別の家の屋根の上に置かれていたり人間業とは思えない珍事件が、連日玲仁の耳に入ってきた。

 天照はすぐに素戔嗚の仕業だと突き止め問い正したがと、ただ体を動かしたかっただけだ、とまともに相手にしなかった。しかし――これ以上近隣から目をつけられる状況になってしまうとまずいので、玲仁もさすがに対応せざるをえなくなった。


 玲仁が逡巡していると、天照がつかつかと素戔嗚の前に立ち、声をかける。


「素戔嗚、近隣に迷惑をかけることは、ひいては玲仁様に不利益を被るのです。昨日も忠告したでしょう?」


 天照は静かながら鋭い口調で素戔嗚を睨んだ。彼女の物怖じのなさはこういうときに頼りがいがある。

 

「邪魔だ」


 だが素戔嗚も引く様子はまるでない。玲仁も仕方なくおそるおそる素戔嗚の前に立つ。素戔嗚の動きが止まる。


「その……やめてもらえるかな」


 背筋も凍る思いだが、ここで怖気ついてしまっては今後もなめられ続けてしまう。かんなぎの威厳をなんとか保とうと、玲仁は自ら奮い立たせる。


「これは……巫としての命令だ」


 言った。言ってやったぞ。素戔嗚が無言で睨みつける。このまま殺されるのではないか、という恐怖にかられながら玲仁が見つめ返していると、以外にも素戔嗚は冷静に言葉を投げ返した。


「貴様は……本当に巫なのか?」

「えっ?」


 素戔嗚の突然の問いに、玲仁はきょとんとする。


「貴様に仕えてからここ数日。様子を見ていたが、一向に他のかんなぎに戦いを仕掛ける様子がないな」

「そ、それは……」


 図星だった。素戔嗚の言う通り前回の死闘以来、玲仁はヤオヨロズバトルの真の恐ろしさを痛感した。自分の命が奪われるかもしれないという危険。失うことを恐れ覚悟を背負った者との対峙。それはゲームと呼ぶにはあまりにも危険で、人の人生を背負った――戦いだった。

 それ以来、玲仁はちまちまと近所の神社に通い『ガラッ』を引き続ける日々に戻っていた。積極的に対戦相手となるかんなぎを探そう、という気分にはなれなかったのだ。


 玲仁が返事に躊躇していると、素戔嗚は拳を握り、腰を落とし、腕を引き、構える。


「わわわ、ちょっ――」


 すかさず天照が玲仁を抱え、寸分のところで体を引き込む。真っすぐ繰り出された拳は大木の幹にめりこみ、再びあの重い音があたりに響き渡った。

 衝撃で幹が裂け、大木はばりばりと音を立てて倒れる。


「……」


 玲仁は茫然とその光景を眺めることしかできなかった。素戔嗚がまた別の木にターゲットを移そうとすると、天照が、すっと素戔嗚の前に立ちふさがった。


「素戔嗚、これ以上玲仁様を困らせるようであれば、許しません」

「貴様はこのままでいいと思っているのか? 天照」

「もちろんです。玲仁様は、少々控えめで、慎重で、優柔不断なところもございますが――決して何も考えていないわけではございません。今は事を起こさずとも、必ずしもまた決闘にむかう日がくるでしょう」


 少々気になる表現もあったけど……でも言い返す言葉がない。玲仁は言葉を飲み込むしかなかった。

 素戔嗚は今度は玲仁の方を向く。


「貴様は毎日ただ神社に行っては祈るばかりで、本当に強くなれると思っているのか?」

「いや……そういうわけじゃないけど」


 素戔嗚の言っていることは精神論だけではないことを、玲仁は気づいていた。いくら素戔嗚が鍛錬を重ねても、強くなることはない。なぜなら――彼らの能力はあくまでヤオヨロズによる強化によってしかもたらされないからだ。

 神が強くなる手段はふたつあることが判明している――ひとつは『ガラッ』を引くことによって得た神を、素材として別の神に合成すること。しかし低レアリティの神が、超激レアの天照や素戔嗚といった神に与える経験値はごくわずかだ。従って合成を多少繰り返したところでレベルアップへの道は程遠い。ちなみに、重複する神同士の合成は経験値にボーナスがつくことも判明しているが、ますます強化素材として入手する機会は薄いことは言うまでもない。強い神を持っているが故のジレンマだ。


 ふたつめの強化手段は、巫とのバトルによる勝利で得られる経験値だ。過去の結果でわかったことだが、合成とは比べものにならない量が獲得できた。

 つまり上を目指す最も手っ取り早い方法は巫とのバトルを行う、ということになる。つくづくうまくできているゲームだな、と玲仁は苦笑いするしかない。


「これからも動く気がないならば、貴様を殺して次の巫を探す」

「こ、殺すッ?」


 センセーショナルなキーワードに玲仁の声が裏返る。


「ちょちょちょちょっと……冷静になろうよ。 この前説明した通り、僕を殺しても決して素戔嗚が解放されるわけではないって――」

「どうせ貴様の出まかせだろう?」


 な、なんでそうなるのっ!? 今にも襲い掛かりそうな視線で素戔嗚が玲仁を睨みつけている。


「素戔嗚、いい加減にしなさい」

「やるのか貴様?」


 天照がその間に割って入り、二人が睨み合う格好となった。一触即発の状態だ。


「どうして……こうなるんだ……」


 一度は死線を乗り越えてうまくやっていけると思ったが、やはり無理があったのだろうか。素戔嗚が合流して早一週間。最悪の出会いから一転、一時は玲仁の実力を勝って忠誠を誓うようになってくれた――と玲仁は思っていたが、それはあまりにも甘い考えだったようだ。

 皮肉にもこの暴れ坊の出現によって、あっけなく玲仁の暮らしは狂い始めている。これはもう天照との楽しい同居生活どころではない。最も愛する平和と秩序からは程遠い現状だ。


 半ば投げやりになった玲仁と、にらみ合った天照と素戔嗚。張り詰めた空気が限界に到達しかけていたそのとき、突然遠方から叫び声が聴こえてきた。


「センパアアアアアアイ!」


 聞き慣れた声。おそろるおそる振り返ると――そこに提が立っていた。

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