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3-9 雨上がり

 闇龗神くらおかみのかみがすぐさま高龗神たかおかみのかみのそばへと転移し、その身体にすがりつく。


「ね、姉ちゃああああんっ!」


 高龗神たかおかみのかみは身体の中心を貫く致命的な傷を負っていた。だが、息はあるようだ。もっとも従神だから死ぬことはない。


 素戔嗚がふらふらと二人のもとへ近づいていく。素戔嗚もかなりダメージを負っているようで、最後の力を振り絞った一撃だったことがうかがえる。


 闇龗神くらおかみのかみが素戔嗚の前に立ちはだかる。


「それ以上姉ちゃんに近づくな!」

「ガキが……ひねりつぶすぞ」

「お前だってももうボロボロじゃないか! ボクだって戦えるんだぞ!」


 玲仁が慌てて二人のもとに駆け寄る。


「素戔嗚、もういいよ。勝負はついたじゃないか」


 素戔嗚が振り返り、玲仁に口答えし始めた。


「勝負はついただと? ヤオヨロズがそう言ったのか?」


 確かに、素戔嗚の言う通りでもある。相手の巫が敗北を宣言しない限りは、相手の従神を全て倒すしか決着をつける方法はない。素戔嗚はルールなど知らず言っているのだろうが、玲仁は一瞬返す言葉に苦しんだ。


 天照もよろよろと立ち上がりつつ、素戔嗚のそばに寄る。


「玲仁様がおっしゃっている以上、あなたにこれ以上戦う権利はありません」

「うるせえな……おれは誰にも縛られない。巫にも、無論あんたにもだ」

「どうしても聞かないなら……私も身を賭す覚悟はあります」

「ほう……? おもしろいことを言うな」

「やめてくれ、二人共――」


 玲仁が制そうとするが、既に天照と素戔嗚はにらみ合っていて、まるで止められそうにない。もう衝突は免れないかと思った矢先、まったく別の方向から突然声があがった。


「もう、終わりにしよう」


 男の声だった。公園の木々の間から、一人の壮年の男性がゆっくりと歩み寄ってくる。


「……父ちゃん?」

(くら)、私たちの負けだよ。もうこれ以上、お前たちが傷つく状況をみたくない」

「どうして……まだボクらは戦える?」

「お姉ちゃんをみなさい。彼女を放って、まだ戦うというのかい?」

「うう……でも」


天照が会話をさえぎる。


「もしかして……あなたは――」

「彼女らのかんなぎです。水元です」


 その姿には見覚えがあった。さっき天照を連れて逃げているときにぶつかった、つなぎをきた男性だ。てっきり公園の清掃員だと思っていた。ヤオヨロズで再確認すると、確かに戦っていた相手のプレイヤー名は『みずもと』となっていた。


「私はどうなっても構わない。その代わりこの娘たちは、見逃してやってほしい。この通りだ」

「……納得いかねえな」


 まだ熱を帯びたままの素戔嗚の全身から湯気が立ち上っている。煮立った闘争心をまだ抑えきれないでいるのだろう。


「決めるのは巫です」


 天照が告げ、玲仁の目をみる。玲仁はうなずく。もうこれ以上戦いたくない思いは玲仁も同じだ。


「でも父ちゃん、降参なんてしたら……こいつらにあたいか姉ちゃんが、とられちゃうかもしれないんだよ?」

「ああ、そのとおりだ。だがもうこれ以上お前たちが傷つくのを見るのは耐えられない。それに、彼のもとならきっと悪いことにならない。そう確信したから、出てきたのだよ」


 水元は玲仁たちに向き直り、再び語り始めた。


「この娘たちは私にとって、娘同然の存在です。本当の娘たちと同じくらいに――」

「本当の……って」


 よく考えてみれば普通の人間が神様の子供を持つわけがない。それなのに家族のように呼び合っているのは何か理由があるのだろう。


「仲の良い姉妹でした。あの日あの事故さえなければ――バスに二人だけで乗せさえしなければ――そういつも私は自分を悔やみ、責めていました。私はあの日から全てを失ったまま生きていたのです。もういつこの世を去ってもいい……そういう気持ちで。そんな矢先神が私に――この二人を授けたのです」

「父ちゃん……」


 あの闇龗神くらおかみのかみが、すっかりおとなしくなっている。なおも水元は続ける。


「この娘たちは私を本当の父親かのように慕ってくれました。戸惑いもありましたが――いつしか私はその喜びを素直に受け入れるようになり、彼女たちと過ごすことが自然と私の生きる喜びになっていきました。娘たちと同じくらいに愛おしい存在だと――思えるようにまでなっていました」


「……退屈だ。マジで冷めたぜ」


 素戔嗚は握っていた傘を投げ捨て、背を向けた。幸いにもとどめを刺す気が失せたようだ。

 

「ごほっ、ごほっ」

「姉ちゃん!?」


 高龗神たかおかみのかみの体の傷が少しずつふさがり始めている。水元も駆け寄り、慌てて高龗神たかおかみのかみを抱き起こした。まだ呼吸は荒い。


 天照は水元のそばに歩み寄る。


「神がかんなぎの下に姿を現すこと。そこには全て意味がある。そう私は信じています」

「僕はその――そもそも彼女たちを奪う気はまるでありません。だから、安心してください」

「なんと、ありがとう……本当に」


 水元は、深々と頭を下げた。先ほどまで生意気口を叩いていたはずの闇龗神くらおかみのかみも、すっかり泣きじゃくっている。


「ありがとう兄ちゃん……さっきは蹴とばしてごめん」


 あどけなく笑うその表情は、神様とは程遠いただの幼い少女のそれだった。


「ああ、私は――本当に愚かだ。あなたのような未来のある若者を、傷つけてしまったのだから」

「素朴な疑問なのですが……そこまで戦いを嫌う水元さんがなぜ戦い続けようとしたんです?」


 すると水元は意外な質問だったのか、少し驚いた表情で答えた。


「そうか……君は知らないのか。かんなぎは戦い続けなければその権利をはく奪される。私が彼女たちと一緒に生き続けるためには、かんなぎランクを上げ続けるしかない。そうするしか……なかったんだ」

「えっ」


 完全に初耳だ。オンラインゲームで長期に渡ってログインがない場合などにプレイヤーデータをクリアされることが稀にあるが、それに近いような処置なのだろうか。


「だから君たちも――大変かも知れないが、これから先の幸福を祈るよ」

「水元さん……」


 水元と闇龗神くらおかみのかみは、高龗神たかおかみのかみの体を抱え上げた。


「ちなみに高龗神たかおかみのかみの狙撃は本気で人を殺せるものではない。君の命を取るつもりは最初からなかった。すまなかったね」


 玲仁は、静かにうなずいた。


「では――失礼する」


 そう言い残し、水元たちはその場をあとにした。


 さて。

 一件落着、と言いたいところだが玲仁の気がかりが残っている。

 背を向け、黙っているこのあらくれをどうするか。


「うう……考えるだけで気が重い」


 天照が黙って玲仁に目配せをする。玲仁も覚悟を決め、素戔嗚に歩み寄り、声をかける。


「素戔嗚。あらためて、その……今後の、ことなんだけど……」

「貴様――」


 素戔嗚が振り返り、玲仁を睨む。改めて、赤く逆立った髪に、黒い装束をまとった大きな体が立ちふさがると、尻込みしそうになる。何を言うのか不安を抱きながらも出てきたのは意外な言葉だった。


「――あれは最後まで作戦通りだったのか?」

「えっ?」

「水滴をかき消したところまで計算通りだったのかと、聞いている」

「ああ、最期の高龗神たかおかみのかみの攻撃のことね。いや、天照が雨に濡れないのを思い出して、彼女が力を込めた勾玉にも同じ効果があるかもしれない――って思った程度だよ。目くらましだけじゃ対応される不安はあったから保険をかけただけだけど、うまくいく保証は正直なかった」

「……ふん。そうか」


 素戔嗚はそう一言だけ言い放つと、てくてくと歩いて行ってしまった。


「あ、ちょっと待って……どこ行くの?」

「巫のお前が決めるんだろう? 俺が知るか」


 ぽかんとしている玲仁をよそに、素戔嗚はすごすごと去っていく。


「どうやら、説得できたようですね」

「いや、これは……とりあえず目的達成、ってことでいいのかな」


 玲仁はぽりぽり、と頭をかきながらばつが悪そうにつぶやいた。

 ヤオヨロズを開き、デッキをあらためてのぞく。そこには新たに『素戔嗚尊すさのおのみこと』の名前が並んでいた。しかも天照と同じ神格は激レアだ。言うことを聞くようになったとはにわかにも信じがたいが、それでもなお加わった戦力は大きい。


 しかし、同時に玲仁は今回あらためて思った。このヤオヨロズはゲームであって、ゲームではないと。水元さんにとっては、娘同然の従神を奪われる人生を懸けた勝負であった。

 そしてたとえ勝てたとしても、勝者はその業を背負い、またいつかそれが自分に訪れるかもしれない恐怖となり、続いていくゲームなのだと。


「玲仁様、どうかされましたか?」

「ううん、なんでもない。帰ろう、天照」


 彼女がこうして隣で語りかけてくれる日々も、どれだけの間守ることができるだろうか。 

 いつの間にか雨はあがり、西の空の雲の隙間から、ほんのりと夕明りが差し込んでいた。



【現在のステータス】

 <ユーザー>

  ユーザー名:れひと

  ユーザーレベル:3

  かんなぎランク:E


 <デッキ編成>

  スロット1:天照大神あまてらすおおみかみ[光]

  スロット2:素戔嗚尊すさのおのみこと[火]

  スロット3:付喪神つくもがみ[地]

  フレンド枠:なし

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