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3-6 強襲

 完全にしてやられた。相手に勝利した場合に相手の従神を手に入れることができるルール。それを逆手に取るなんて。

 もし素戔嗚がまだ自由を求めるなら、今となっては所有権が移った僕を追う――ということだ。不運なことに、このゲームはキャラの廃棄という項目も見当たらない。素戔嗚の所有権を放棄することはルール上無理らしい。


 ちらりと振り返ると素戔嗚の姿はまだみえていなかった。


「この隙に隠れて、なんとか逃げ切るしか――」

 

 と言いかけて、そもそも自分のデッキキャラから逃げる、なんてことできるのか? と玲仁は疑問に思った。だがこの場を切り抜ける案がすぐに思いつかない以上、一旦身を潜めるしか策はない。

 玲仁は恐怖を振り切るように、天照の手を引いたまま、境内を囲む林の奥へと飛び込んでいった。


 木々をかき分けながら逃げ続けると、広い舗装された散歩道に出た。奥には大きな池もあり、いつの間にか巨大な公園へと迷い込んでいたようだ。雨脚はいっそう強くなっていたが、気にする余裕もないぐらい必死で走り続ける。


「ひいっ」

「す、すみません!」


 後方に気を取られすぎて目の前の清掃員らしき男性に気づかずぶつかってしまった。玲仁は謝りながら慌ててその場をあとにする。周囲がみえなくなるくらい、必死に逃げていた。

 素戔嗚の気迫と身のこなしを思い出すだけでも身震いする。出てきた瞬間から、あまりにも危険すぎる相手だとすぐにわかった。


「天照の言う通りだった。手を出すべき相手じゃなかったんだ」

「玲仁様……」

 このままでは自分の従神したがみに殺されてしまう。飼い犬に手を噛まれるどころか、喉を食いちぎられる勢いだ。そもそもかんなぎを殺そうとする従神したがみなんてヤオヨロズのルール上ありえることが信じられない。


「ねえカムナビ、全ての従神したがみは巫の言うことをきくんじゃないの?」

「はい、正しいデス。しかし強制力を持っているわけではありマセン」

「ま、まじかよ……それって破綻してるのでは」


 玲仁はこの時点で恐ろしい相手を従えようとしていた自分の浅はかさに後悔していた。


「玲仁様、もしあの男があなたを襲うようなことがあったら……私が全力で阻止します」

「あ、ありがとう……でも、勝てるの?」

「命と引き換えにでも食い止めます」


 実際のところ従神は命がなくなることはない。しかしいくら不死とはいえ、か弱い女の子をあんな狂気に満ちた男の前に差し出したくはない。なによりやつもまた神であり、不死なのだ。この螺旋を断ち切る方法を考えださない限り、一生追い回される……そんなのはごめんだ。


 あてもなく逃げていた玲仁が辿り着いた場所は、広い池の前に出た。振り返るが、追ってくる気配は今のところない。雨に濡れてだいぶ体も重く感じている。天照も息を切らせていることに気づき、玲仁は声をかけた。


「天照――だいじょうぶ? こんなに濡れたら風邪ひくよね」

「大丈夫です。見ての通り濡れにくい体質なので」


 よくみるまで気づかなかったが、ほんのりと光る天照の全身からは濡れた様子がさほどない。天照の持つ体質のせいだろうか。


「放っておけばある程度乾いてくるので、気になさらないでください」


 天照といえば太陽の象徴みたいな逸話を聞いたこともあるくらいだから、ある意味納得がいく。


「このままじゃらちが明かない。やっぱり話をして説得するしかないのか……」

「私が説得しましょうか」

「だめだ。危険だよ」

「私なら平気です。玲仁様が死んだら元も子もありません」

「でも……」


 みすみすと天照を危険にさらすわけにはいかない。しかも素戔嗚が黙って素直に話を聞いてくれそうにも思えない。これがどこかのRPGのように正しい選択をすれば仲間になるという展開だったら最高なのだが、ミスった場合に命の保証すらない。


「ん、待てよ。いいこと思い出した」


 玲仁はヤオヨロズを取り出し、あらためてデッキ編成画面を眺めた。素戔嗚のアイコンがそこにはあった。そのアイコンを長押しすると、キャラクタープロフィール画面が表示される。

 そこに、【音声チャット:ON/OFF】というコマンドがある。


「それは――」

「この音声チャットなら、近寄らずに話せるかも」

「なるほど、それは名案です」

「応じてくれる自信はないけど、やってみよう……」


 おそるおそる玲仁は音声チャットをONにし、話かける。


「もしもし……」


返事はない。


「素戔嗚……聞こえる?」

「なんだ」


突然ドスのきいた低い男の声がスピーカーから漏れ、玲仁は慌ててスマホを落としそうになった。声だけでも十分威圧感がある。


かんなぎ……さっさと姿を現せ」


 素戔嗚は苛立ちをつのらせているようだ。説得を素直に聞いてくれるように思えないが、できる限り試してみるしかない。


「素戔嗚、僕らは仲間同士のはずだ」

「ふん、笑わせる。おれにとって貴様はただのかせだ」

「僕は君を束縛する気なんかない」

「ふははは! ならば誰かおれを楽しませる相手を代わりに差し出せ」


 こいつの目的はただ暴れまわりたい、そういうことなのか? しかしそんな無茶なことを天照にも誰にもさせるわけにはいかない。


「それは……」

「ならば交渉決裂だな。貴様を殺し、俺は自由になる」


くそ……どうあがいても無理か。

それにしても僕を殺したら本当に彼は自由になるのか?


「カムナビ、巫が死ぬと、所有していた神はどうなるの?」

「所有権は全て解除され、再び()()()に戻りマス」

「あの世? 神があの世に戻るとどうなる?」

「ガラッの確定出現数、および出現確率がリセットされマス」


 もしかしたら。今のカムナビの回答はひとつの可能性を示している。


 次の瞬間、不吉な笑い声が響き渡り、玲仁は反射的にスマホを耳から離した。だがその笑い声がやむことはない。


「玲仁様……あそこに」


 天照が指をさした先をみると、全身から蒸気を放ちながらたたずむ、素戔嗚の姿があった。


「見つけたぜ」


天照が、一歩前に出る。


「玲仁様に手出しするならば、見過ごしません」

「ならば……貴様から死ね」


 ついに、素戔嗚が飛びかかっていった。その鋭い爪先が天照に迫り、玲仁は思わず目を伏せた。

 ところが素戔嗚の手は寸前のところで止まっている。


「何っ……」

「私自身の戦う力はそれほどではありません――が、こうして物を介して力を込めることならできます」


 天照の手にあるのは、それまで普段身に着けていたネックレスだった。小さな勾玉がぶらさがったその首輪を、いつの間にか素戔嗚の手に絡め、見事に攻撃を食い止めていた。


「ふ、『神具』か。だが自身の非力を道具で補うとは所詮あがきに過ぎん――」


 そう言いながら、素戔嗚はなんなく足を払い、天照を転ばした。あまりもの速さに言葉を発する暇も与えられずその華奢な体が容赦なく叩き付けられる。


「天照!」

「くっ……」


 あまりもの衝撃に、天照はすぐに立ち上がることができない。なんとか声を振り絞り、玲仁に呼びかける。


「玲仁様……お逃げください」


 そうはいっても、天照を置いていくわけにもいかない。さらには玲仁たちは大きな池を背にしており、逃げるルートも限られている。文字通り、背水の陣というやつだ。


「ようやく観念する気になったか?」

「いや、素戔嗚。君は僕を殺せない」

「くく、貴様、恐怖でついに頭がおかしくなったのか? 貴様の言葉には何の力も存在しない俺がお前を殺そうと思ったら、いつでも殺せる」

「規律の話じゃない。君が僕を殺しても――意味がない。そう言ってるんだ」

「……なんだと?」

「ヤオヨロズのルール上、僕が死ねば君は『元いたあの世』に戻るそうだ。つまり、君はまた次に誰かが『ガラッ』で引くまで、待つ必要がある」

「……でたらめを言うな」

「自然な話じゃないか。君は見たところ激レアだから、出現率は相当低い。次にこの世に降り立つ日は下手すれば十年後、いや百年後かもしれない。そんなリスクを背負ってまで、君はわざわざ僕を殺して、記憶も失い、再び元の世界に帰るつもりかい?」


 あの獣のような素戔嗚すさのおが手を止め、考え込むような顔をしている。イチかバチかの理屈ではあったが、一定の効果はあったようだ。

 今が踏み込むチャンスだ。玲仁は続けて言い放つ。


「素戔嗚。あらためて言う。僕の――力になってくれ」


 なおも沈黙は続いた。玲仁は息を飲み、見守る。雨音だけが、しばらく静かにしとしとと鳴り続ける。

 やがて、素戔嗚がゆっくりと口を開いた。


「ガキがこの俺を懐柔かいじゅうしようとはな……危うく騙されるところだった。やはり貴様からまず死ね」


 そんなばかな。どう考えても合理的な提示をしたはずなのに――本当に何も深く考えてないのか?


「ちょっと待っ――」


 しかし制止する間もなく、素戔嗚が駆け寄ってきていた。


「素戔嗚!」


 天照が体を起こし、玲仁と素戔嗚の間に再び割って入る。

 そのとき、ひゅっ、という音が素戔嗚の耳元を掠めた。


「――!?」


 天照が呻き、よろめいた。そのまま素戔嗚の体にもたれ、ずるずると地面に倒れ込んだ。


「天照!」

 

 玲仁が叫び声を上げる。駆け寄り抱え上げると、触れた玲仁の両手には雨まじりの血がうっすらと混じっていた。


「素戔嗚、よくも……」


 だが、素戔嗚もなぜか驚いた顔をして二人をみつめている。


「違う、俺じゃない……」


 素戔嗚は振り返り、あたりを見回す。


「誰かが先に――やりやがった」

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