3-3 調査
「素晴らしい……」
天照が、四方八方をうっとりとした表情で見回していた。
玲仁は、あえて天照を学校から少し遠い位置の『西之森図書館』へと連れて行った。わざわざこんな離れた場所に来た理由は二つある。ひとつは学校の図書室で天照と二人でいるところを同校の生徒にみつかると面倒だから。もうひとつは市内でもこの図書館が一番規模が大きく蔵書数が多いから。ここなら玲仁が必要とする情報もカバーしているのではという期待もあった。
結果としての森の木々のように部屋を埋め尽くす本棚は天照の心をとらえたようだ。
「この全てが……書物とは」
「うん、まあ図書館だからね」
「これほどまでに多くの知識を蓄え……しかも民に無料で開放するとは……よっぽど知性と人徳に優れた領主の統治下なのですね」
「領主……? まあわりと大きい街にいけば、どこもこんなものだと思うけど」
天照は整然と並んでいる本の背表紙を人差し指でなぞりながら、保管状態も良好ですね、とつぶやいている。普段冷静な天照が少し興奮気味である状況に、なぜかちょっぴり誇らしい気分になった。
玲仁も静かで自分の世界に浸りやすい環境という点では、図書館は好きなものの部類には入る。調べものをする場合はもっぱらネットに頼ってしまうが、やはりいざとなったときのためにこうして物理的に保存されている安心感はあるなあとしみじみ思う。
「さてと……始めるか」
玲仁はまず『古事記』『日本書紀』などの基本的な日本の神々が登場する古典を選んだ。次に地元の郷土史、そして地図と、いくつか近場の神社選びに参考になりそうな資料を手当たり次第手に取り、席へとつく。
「かなりの量ですね」
天照が玲仁の目の前に積まれた資料の山をのぞきこみ、つぶやく。
「まずは、『古事記』をざっと読み通してみるか」
一番ベーシックで有名な日本神話の古典である『古事記』。本当に書かれている通り過去に活躍したかどうかはさておき、作中に名称やエピソードが数多く出てくる神であれば、ある程度強そうな神様と言えるはずだ。
「目星をつけた神様の中から同じ神を祀っている近隣の神社を調べ出せば――」
「目的地が決まる、というわけですね」
「その通り」
ゲームを攻略するために調べものをするなんて、好きが講じて三年前に買った幻のファミコンゲームの攻略情報を探し回ったとき以来だ。あのときもレアなゲームソフト故に記事を見つけるだけでも苦労したが、それと似たような胸高鳴る期待をおさえられずにいる。
「さて、誰も目をつけていない僕だけの最強の神様をみつけてやるぞ」
そう玲仁が調査に意気込んでから――三時間が経った。
資料の山に囲まれ血走った目の少年と、その横ですうすうとーー気持ちよさそうに寝息を立てる少女。そんなふたりに図書館のスタッフがおそるおそる声をかける。
「あの……そろそろ閉館の時刻ですので……」
「あっ、はい! すみません」
玲仁は悩んでいた。
読めば読むほど神そのものの具体的な描写が少ないことがわかり、その効率の悪さに想像以上に苦戦した。
「やっぱりネットで検索するのとはわけが違うな……」
あらためて知りたい情報に直接辿りつくことがいかに難しいかを玲仁は思い知り、机に突っ伏した。
そういえば最近は毎日ろくに寝ていないんだったと、思い返す。
疲れてぼんやりしたままの頭でふと横に目をやると、天照も顔をこちらに向けすやすやと寝ていた。
「……どうみても十代の少女だ。昔の創作物もあてにならないな。どの本の挿絵も天照の人物画は似ても似つかないものばかりだった」
有名な神だけのことはあり、想像で描かれた天照の絵画はいくつか残っていたようだが、どれも似ていなかったしお世辞にも綺麗とも呼べなかった。
目の前にふっくらとした天照の唇がある。
かなりの至近距離で見つめ合う状態になっていたことに今さら気づき、はっとした。
「むにゃ」
天照の唇から、吐息が漏れる。
「うわっ!」
玲仁は慌てて上体を起こし、何事もなかったかのようにページをめくり始めた。天照は目を覚まし、ゆっくりと姿勢を起こした。
「知に埋もれあまりにも心地よく、ついうとうととしてしまいました。面目ございません」
「うん……ぜんぜん、大丈夫」
なぜか心臓がばくばくと鳴っている。玲仁はしどろもどろに何度もうなずいた。
「良い手がかりはみつかりましたか?」
「ううん……いちおうは」
そう言いながら、開いたとあるページの挿絵に指をさす。そこには巨大な剣を振るう大男の姿が描かれていた。
「結局、これかな。素戔嗚尊」
「素戔嗚……!?」
天照が目を見開いた。玲仁は慌てて首を横に振り、弁明する。
「ああやっぱり……わかるよ! これだけ調べて結局そこかよ、って感じだよね? まあベタっちゃあベタだけどやっぱり強さ勝負でいくとこれしかなかったんだ。ヤマタノオロチをやっつけたっていう伝説も、戦闘能力の高さを示す証拠としては手堅いしね……まあ、糞をまき散らしたとかきう変なエピソードもあるけど神話だから盛ってる部分もあるだろうと……多少は気にしないことにした」
「素戔嗚、ですか……」
「……何かまずかった?」
「いえ、何でもありません。いずれにせよ、そんなに格の高い神様がこの近くで祀られているのでしょうか」
「大宮市にある『氷川神社』が素戔嗚を主祭神として祀ってるみたいなんだ。しかも、ここは氷川神社の総本社らしい」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
「うん。北東京市からだとすぐ北の方角で、電車でも行ける。距離もそこまで遠くないからばっちりだよ」
「――『電車』とは何ですか?」
「え。あ、そうか……」
テレビも知らなかったのだから、知らなくて無理はないだろう。毎度当たり前だが言われてみるまで案外気づかないものは多い。
「とりあえず、明日一緒についてきてくれない? そしたら、色々見せてあげられると思うし」
「はい、ぜひお願い致します」
天照の反応が少し気がかりではあった。というのも、『素戔嗚』は神話に出てくる天照の弟にあたり、しかも天照は素戔嗚を恐れていた、という話もあるのだ。嘘か本当かわからないが、少なからず天照との相性は気がかりでもある。
だがそれもあくまで古典の創作にすぎない可能性もある。そもそも天照は過去の記憶がないから、しがらみもないはずだ。そうしてふたりは『素戔嗚ゲット計画』を決行することを決意し、図書館を後にしたのだった。




