3-2 望まぬ再会
突然の美少女転校生の噂はあっという間に学校中に広まった。
それから数日の間は、休み時間になるたびに彼女を一目見ようと玲仁のクラスに訪れる生徒が後を絶たなかった。可愛いからという理由はもちろんだが、それ以上にその気品ある立ち振る舞いが――今までにない女子の魅力の概念を持ち込んだらしく、生徒のみならず教師までもを巻き込み、まさに『天野旋風』が吹き荒れた。
誰とも分け隔てなく接し続けた天照は『スクールカースト』という学校生活において一人として無視できない階層構造を、まるで一人だけ専用エレベーターで行き来するかのように気にせずふるまった。振り向けばフケが飛ぶで有名な吹田君から何のためらいもなくノートを借り、クラスのアイドルの座を奪われた臼井さんの無視にもひるまず屈託ない笑顔で毎日嫌味なく挨拶し続け、さらには学校一の不良である皆方明も廊下で彼女を見かけると逃げ出すという(おそらく周囲が思う逃げる理由と実際の原因は異なっていただろうが)、いずれにせよ逸話に逸話が加わり、またたく間に広まっていった。
その学校中を吹き抜けた突風をから逃げ隠れるように玲仁は日々を過ごしていた。
「放課後、稲荷神社にて」
どうしても伝えることがある場合は、ヤオヨロズのメッセージ経由で伝える――それが二人で決めたルールだった。
人々の視線から逃れながら、玲仁はここのところ頑張って毎日『ガラッ』を引いていた。レアリティの高い従神を再び引けば戦力は一気に高まるだろう。やはりどんなに新たな出会いの確率が低くても、一日三回のチャンスを無駄にするわけにはいかない。
学校を出て新しい近所の神社に目星をつけては、ガラッを引く。そしてそのまま家に帰る、というコースがお決まりになりつつあった。
「ツクモーーーンッ!」
静寂。再び、ゆっくりとたれさがった縄を振る玲仁。画面が光る。そして時間差と共に放たれる産声。
「ツクモーーーンッ!」
まだだ。めげずにもう一度引く。
「ツクモーーーンッ!」
玲仁はがくりと膝から落ち、うなだれる。かわいさ余って憎さ百倍とはまさにこのことか。
「玲仁様、調子はどうですか?」
天照が現れ、玲仁はすかさず周りを見回す。今のところ誰もついてきた様子はない。
「ご安心ください。校門から七名ほど私の後を追っていましたが、全員まきました」
「な、七名……相変わらず恐ろしい人気だな」
しかし相手が学生とはいえその追跡を軽々とまく天照もすごい。
「今日はもう終わりですか?」
「うん、もう三回引いたよ」
そういいながら、玲仁は足下にへばりついていた付喪神の首元をつまみあげ拾い上げた。天照が真顔でそのお腹をつんつんと突くと、付喪神が嬉しそうに声を上げる。
「付喪神に経験値ボーナスが入るとはいえ……さすがに地道すぎる」
「私も何かお役に立てればよいのですが」
最初に手に入れた従神が天照ということもあり、もう少し簡単に新キャラをゲットできるかと思っていたが、甘い考えだったと思い知らされた。
「ここまで引きが悪いなんて……提の気持ちが少しわかってきた気がする」
「玲仁センパイ、呼びました!?」
聞き覚えのある声に驚き、玲仁が振り向く。すると案の定――提が玲仁の目の前に立っていた。気のせいではなかったのだ。あの日の敗北が嘘だったかのように薄っすらと笑みを浮かべており、相変わらず不気味だ。
「提……!?」
「おかしいですね、追手はすべてまいたのですが」
「ふふ、俺から隠れようったって無駄ですよ。何せ俺には道祖神の監視網がありますからね!」
ここまでストーキングを堂々と自慢されると、かえってすがすがしい。
「また玲仁様を陥れようという魂胆ですか? 今度は容赦しませんよ」
「ちょちょっ、ちょっと待ってください! その節は本当に反省してますから。今日はむしろセンパイの力になろうと思ってきたんすよ」
「僕の力に?」
「……怪しいですね」
「ほ、本当ですって! 信じてくださいよ。センパイって言ってもまだ新米の巫じゃないすか。負けたことは認めますが、ヤオヨロズに関しちゃ俺の方が先輩なんで」
「くやしいけどまあそれは確かにその通りだ」
「なので実は今日、そんなセンパイのためにカムナビからは教われないようなとっておきの情報をお教えしようと思いまして」
「カムナビも知らない情報?」
玲仁が食いついたとみて、提はここぞとばかりにドヤ顔になる。
「ふふ……センパイ、祭神って知ってます?」
「祭神?」
「ちなみにこれヤオヨロズの専門用語じゃないっすよ。一般的な言葉です。神社で祀っている神のことを祭神って言うんですよ」
「見かけによらず古代の知識に詳しいんだな」
「例えば先輩が引き当てた天照、あれは神明神社でしたよね?」
「うん」
「そもそもあそこの祭神は、『天照大神』なんですよ。神明系列の神社っていうのが、古の古からそもそもそうらしいっす」
「話が見えないな……」
「つまり入手できる従神の出現率は、祭神である神社の方が高いんですよ」
玲仁は提の言葉を聞きながら、試しにヤオヨロズを立ち上げる。
「カムナビ、今の話は本当?」
「お答えできマセン」
「玲仁様、やはり嘘では」
「いやいや、攻略情報をゲームのガイド機能がペラペラとしゃべるわけないじゃないですか」
確かに。あえて『知りません』じゃなく『お答えできません』というあたりが玲仁にも引っかかる。
「さらに……激レアランク以上の神様はその祭神が祀られている場所でしか絶対に出現しないらしいです」
「なるほど……天照があの神社で現れたことも合点はいく」
「ちなみに同じ祭神の神社であっても、より格式の高い神社ほど出現確率が高くなるという噂もあります」
「格式の高い神社?」
「例えば、『総本山』と呼ばれるような神社です。もっとわかれいやすく言えば『大社』と名のつく神社とかがそうです。とにかくたくさん人が訪れる観光地化してるような神社でガラッを挑戦し続ければ、欲しい神がいつか必ず手に入るんすよ!」
「それにしてもやけに詳しいですね」
「いやあ、俺ほどになると色々知ってるんすよ、ははは」
玲仁はちらっと天照の顔をみる。彼女は冷ややかな目で提をみている。玲仁が思うのと同じく、彼女も疑わしいと少なからず思っているのかもしれない。
だが一方で玲仁が天照をあの『神明社』で引き当てたのも事実だ。疑わしさはあるものの、彼女が今こうして目の前にいることをただの幸運と呼ぶべきなのだろうか。
「さて、ではでは今日はこの辺で……じゃあっ!」
言いたいことだけ言い切って、提は颯爽と走り去っていった。相変わらず、終始ずつかめないやつだ。
相変わらず怪しさ満載だったが、このまま漫然と毎日『ガラッ』を続けるのもつらい。玲仁の中で確かめてみたい目標がひとつできたことは確かだ。
「せっかくだし、欲しい従神が祀られている神社を調べて、ガラッを引きに行ってみようか」
「提さんを、信じるのですか?」
「まあ正直怪しんではいるけど他にいい従神に出会う取っ掛かりがないのも事実だし、試して損はないと思う」
「玲仁様がそう言うのであれば、私も信じます。ではまず何から始めましょう?」
「図書館で調べてみようかな」
「図書館?」
「図書館ってのは本がたくさんある施設のことだよ。欲しい従神って言っても何のあてもないし、どの祭神がどこの神社かも知らないから、調べるのが早いかなって」
「なるほど。さすが玲仁様。では私もお伴致します」
「じゃあ早速このまま直接むかっちゃおうか」
「はい!」
再びやる気になりその場を離れた玲仁と天照の様子を、後ろからこっそりとみつめている人物がいた。一度走り去ったと思われたはずの提である。木の影から声を出さないように笑いをこらえていた。
「ククク……センパイって本当にめでたいっすね。強い神様が手に入るような場所に行くってことは、それ目当ての屈強な巫もゾロゾロ集まるってことっすよ。せいぜい派手にボコられて、俺と同じ屈辱を味わうがいい……フハハハ!」
笑いながらふと横をみると、小学生の低学年らしき男の子二人組が立っていた。たまたま神社の境内で遊んでいたのか片方の少年はサッカーボールをもったまま、ぽかんとその様子をみている。
「な、何だその目は……あっち行けよ!」
二人の少年たちはあまりもの迫力にビビったのか、サッカーボールを放り投げ、泣きながらその場を走り去っていった。
「けっ……せいぜい天照との甘いひとときを今だけ楽しく過ごすがいいさ!」
そうつぶやきながらぽつんと取り残されたサッカーボールを勢いよく蹴ると、慣れない動作につま先を詰め、提はうずくまった。
悔しくなんかない……悔しくなんか……
小声でうめく少年の背中がそこにあったことは幸い他の誰も知ることはなかった。




