ピアノ曲。
「どういうこと?レコード会社の人が、京子を先生って呼ぶって。料理の先生の先生ではないわよね」
花江とリョウタが、キッチンから、ランチタイムが終わったホールで、レコード会社の江口さんと私が話をしているのを見てた。
「わかんないです。オレ、なんも聞いてないんで」
「でもさ。tracks Japanと言えば、かなり大手のレコード会社よね。一時期、ミリオンヒット連発したし、今だって、ランキングに入ってるアーティストばかり所属してるよね」
花江は、リョウタに言った。
そう言いながら、花江とリョウタは、野次馬根性なのか、キッチンで、様子をじっーと見ていた。
「先生、今、プロダクションをやられてるんですね」
江口さんは、言った。
「私の主人のバンドが所属してるだけです。個人事務所です」
「そうですか。でも、先生なら、メジャーにすること、できるんじゃないですか」
「彼らのやりたい音楽を尊重したいので、インディーズで活動するつもりです。ところで、今日は、どうしたんですか。急に」
私は、本題に入りたかったので、江口さんに聞いた。
「我社のクラシック部門が低迷しておりまして、今度、話題の20歳の音大生をCDデビューをさせようと、思っているんですが。その曲のことで、先生にお願いがあります」
江口隆之。45歳。
20年前、私の担当をしていた。
「映画で、20歳の音大生のピアノを使いたいとオファーがきてるんですが、その曲を先生の曲を使いたいのです。」
私が大学生の時に、tracks Japanは、立ち上げたばかりのレコード会社だった。主にクラシックに力を入れていて、たまたまピアノ曲を応募していた。それに、私は、応募してみた。作曲家になる気などは、なかったが、大学生のうちに、何かして見たかった。
その曲が、コマーシャルに使われ、クラシック界では、異例のCD売り上げになったのである。
「20年前に大ヒットした『piece of mind』を、使わせて頂いてよろしいでしょうか」
リョウタと、花江は、話を聞いて、驚いていた。
「『piece of mind』覚えてる。20年前でしょう。クラシック聴かない私でも、私もCD買ったわ。すごい心地よい癒されるピアノ曲だった。あの曲を京子が、作曲してたのっ」
花江は、興奮していた。
「しっー。花江さん、声でかいですよ」
私は、江口さんに、今、自主レーベルを立ち上げようとしていることを言った。
「それでは、先生のレーベルを我社の子会社としては、どうでしょうか」
それは、嫌だ。メジャーレコード会社の子会社となれば、資金的には、楽かもしれないが、リスクも大きいだろう。やはり、リョウタのバンドを縛らせたくない。
「曲は、使ってください。しかし、私は、私のレーベルを作りたいんです。ですから、子会社というお話は、お断りします」
「わかりました。20年前、先生の曲で、駆け出しのレコード会社だった我社は、大きくなりました。また、先生に、お願いすることになって都合がよい話ではと思いましたが、どうしても先生の曲を使いたくて、今日は参りました」
江口さんは、帰って行った。
「ぎゃー。京子、すごいわっ。あの曲は、京子が作曲したなんて。すごいっ。すごいっ。」
あー。うるさい。花江は、興奮が止まらなかった。
リョウタは、なにがなんだか、分からないようだった。
20年前じゃ、リョウタは、小学生だから、わからないだろう。
花江が、あのCMのピアノ曲よーと、リョウタに説明した。
「ああ。覚えてるっていうか、音楽の先生が、弾いていた。そうなんだ。すげー」
リョウタも、興奮してきた。
「もうー。二人とも口外しないでよ。いちおう、身分は証してないんだから」
私は、リョウタと、花江に口止めした。
やれやれ。今さら、あの曲が、話題に出てくるなんてね。
「えっ。だから、京子のおかげで、マサトさんのバンド、メジャーになれたのか。」
リョウタが、気づいて、言い出した。
あー。面倒くさい。なんで、江口さんも、店に来るかなー。




