熊男。
「きゃあーー。熊が出たー」
閉店後に、外に出た私の叫び声が響き渡った。
「京子っ。大丈夫かっ」
リョウタが私の叫び声に、来てくれた。
「リョウタ、店の駐車場に熊がいる。」
それは、髭面のリュックを背追って、黒のダウンジャケットを着た大男だった。
「駿から、聞いてたんすよ。実家に美味いパスタ屋出来たって。だから、ここかなと思って。腹が減りすぎて、気づけば、店の前に立ってました」
その大男は、石原寛二さんといって、駿くんの元バンドメンバーだった。
石原寛二さんは、よほどお腹が減っていたのか、出したパスタとピザを綺麗に食べた。
話を聞けば、バンド解散してから、バイクで日本横断しているらしい。お金も少なくなり、腹がへり、お風呂にも一週間入ってなくて、駿くんを頼りに来たらしい。
「カンジっ。何やってんだよ。リョウタさんと、京子さんに迷惑かけるなよ」
駿くんが来た。
「駿ー。久しぶりー。彩ちゃん、妊娠したんだって?彩ちゃん、駿に、夢中だったから、嬉しいだろうな」
カンジさんは、駿くんが怒ってるのも、気に止めないようだった。
「リョウタさん。京子さん、すいませんでした」
駿くんは、私達に謝った。
「いいのよ。ただ、駐車場に立っていたから、熊と間違えて驚いちゃって。」
カンジさんは、駿くんと、私達に、日本横断の話を延々とした。九州は、良かった。ラーメンもうまいし、もつ鍋もうまい。と、言ってた。
へえ。九州まで行ったんだ。バイクで、すごい。
カンジさんは、とりあえず、駿くんの家に泊まることなった。
「久しぶりに、風呂はいれるー。屋根の中で、寝れるー」
カンジさんは、駿くんの家に泊まれることを喜んだ。
ここ最近は、ずっと寝袋で寝てたらしい。
でも、びっくりした。
とても、バンドマンだったようには、見えない。しばらく髭を剃ってないくてのか、髭面だし、髪はぼうぼうだし、熊に間違えても仕方ない。
カンジさんは、ドラムだったらしい。
駿くんって、ビジュアル系バンドだったよね。
カンジさんが、ビジュアル系の線の細い感じには全く見えないんだけど。
「京子さん、昨日は、すいませんでした。彩もカンジの姿見て、驚いてて、胎教に悪いですよ。でも。風呂入って、髭剃ったら、別人になりましたから、京子さんと花江さんが、喜ぶと思います」
駿くんが、野菜配達の時に言った。
私と花江まで、喜ぶなんて、かなりのイケメン??
昨日の感じでは、イケメンとは、程遠い。
ディナータイム。
「京子っ。来たわよー」
花江が娘さんと来た。
「リョウタくん。アルバムまだ出ないの?娘も楽しみにしてるのよ」
「完成するまで、もう少しかかりますね。出来たら、最初に花江さんに、渡しますんで待ってて下さい」
花江は、リョウタの言葉に喜んでいた。
「いらっしゃいませ。あっ駿くん」
駿くんと彩ちゃんがきた。その後ろに知らない人がいた。
花江の目が輝いていた。
それそれは、長髪のイギリス俳優のような美形だった。
私も、彼に、釘付けになった。
「これ、カンジですよ」
駿くんが、言った。
ええっー。カンジさん?!昨日の熊とは、うって変わって、お風呂に入って、髭を剃ったカンジさんは、それはそれは、外国の王子様みたいだった。長い髪も、サラサラだった。
「カンジ、クォーターなんですよ。だから言ったでしょう。京子さんと花江さんが、喜ぶって」
駿くんのいたビジュアル系バンドは、イケメンばかりに違いない。
ギターの駿くんと、ドラムのカンジさんが、こんなにイケメンなら、ボーカルは、どんなにイケメンだったんだろう。
期待出来る。
「リョウタさん、Avid crownのリョウタさんなんですね。ケイジさんから、話は聞いてました。メジャーなれるくらいギターうまいし、ルックスもいいって。引き抜いたけど、フラれたって言ってました」
カンジさんは、ケイジさんと仲がいいみたいだ。
駿くんのバンドは、どうして解散したのだろう。
人気あったらしいが、このルックスでは、人気あっただろう。
「女ですよ。ボーカルが、夢中になってた女に、バンドやめて、安定した職につかなきゃ別れるって言われて、あっさり、脱退宣言。で、ボーカルいないんじゃ、解散っていうことになりました。」
駿くんは、言った。
それで、カンジさんは、解散が、かなりショックだったため、日本横断の旅に出たそうだ。
「でっ、カンジは、日本横断して、何か見つけたのか」
駿くんは、カンジさんに聞いた。
「なんも見つけてなかったけど、オレ、知らないことが沢山あったんだなって思った。バンドやってときは、視野狭かったというか。日本を見てなかったよ。沢山。きれいな景色見て、食べたことない美味いもん食べて。優しくしてくれた人も沢山いた。オレ、今まで、どこ見てたんだろって。オレには、バンドしかないって思ってたから」
カンジくんは、日本横断して、色んな場所に行って、色んな人に会ったんだね。
「オレにも、何か出来るだろうか」
カンジさんは、言った。
「出来るわよ。こんなにイケメンなんだものなんだって、出来る。カンジくんには、可能性が沢山あるのよ」
花江が、立ち上がって、カンジさんに言った。
「なんなら、この町に、いたって、いいのよ」
花江は、無理を言い出した。
「イケメンは、限りなく、可能性があるのよおっー」
イケメン評論家の花江が吠えた。
花江の声が届いたのか、どうかは、知らないが
カンジくんは、しばらく、この町にいることになった。
駿くんの家の農業を手伝うことにしたらしい。
駿くんの家は、大きな家だから、部屋は沢山あるのだが、駿くんは新婚さんなので、さすがに、それは、カンジくんは、遠慮したのか、駿くんのお父さんのツテで、空き家のボロの古い一軒屋に住むことになったらしい。家賃は、ただらしい。
こうして、この町に、イケメンが、また増えました。




