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50 究極の二択

 上級魔法『雷轟』。上級魔法に位置づけられるだけあり、威力は絶大。しかし、真に注目すべきはその速度だ。

 『雷轟』は上級魔法の中でも攻撃速度に秀でており、その速度は初見の者を必ず殺すとまで言わしめる。無論、魔力や使用者のイメージで構成されているため、実際の自然現象である雷には到底及ばないが、人の知覚できる限界を越えた速度に達しているのは確か。

 初見で避けられないのは必然な


 ――はずだった。 


「――っ」


 短く呼気を吐き、愛莉が背後に跳んでいた。

 雷が彼女に到達するよりも早く。


「なっ!?」


 アルフィトが顔を顰める。

 当然だ。今の攻撃を回避するということは、彼女の素早さが『雷轟』をも越える神の領域に達していることを意味するからだ。

 

 だが、実際は違う。


「……」


 愛莉が地面に着地。その視線は油断なくアルフィトを見据えていた。

 そう、視線。

 彼女は、アルフィトの視線と予備動作を視てから回避行動に移ったのだ。

 どれだけ出の速い魔法だろうと、発動前に対象と位置が特定できれば対処は容易い。

 魔宮で格上相手に挑まざるを得なかった僕らはそれを知っていた。だが、常に格下ばかりを屠ってきた彼はそれを知らなかった。

 ただ、それだけの差だ。


「面白い、面白いよ! じゃあ、これはどうかな!?」


 愛莉が魔法を回避したことを悔しがりもせずに喜色満面の笑みを浮かべるアルフィト。

 一見子供のように見える挙動。だが僕は知っている。彼が策を弄じるだけの強かさを内に秘めていることを。

 きっと、次の一撃で何かを仕掛けてくる。


『風撃(エアショット)』」


 駄目元で魔法を発動してみるが、魔力が形にならずに散ってしまう。

 アルフィトが魔法を使用した素振りもないのに、『魔法支配(クラフト)』が発動されている。

 フッと、アルフィトが口の端を吊り上げる。


「無駄だよ。周囲に『魔法支配(クラフト)』を組み込んだ結界を生成した。オレっちが許可する奴以外は魔法を使用できない。そして、これで終わりだ」


 高価な装飾の施された杖を掲げ、嗤う。

 杖の先端に魔力が集約されていき、その余波で大気が渦を巻く。

 形成するのは再度の雷。

 彼が使用する魔法の中でも随一の速度を誇る光。

 無情の一撃。


「『雷轟』」


 魔力が一気に収束。間髪置かずに紫電が放出される。

 スパークを撒き散らし少女に突進する一撃はしかし、間一髪のところで回避される。

 二度目の回避。

 愛莉は少し余裕をもって背後に着地しようとして――


「あれ?」


 彼女を襲ったのは突然の浮遊感。

 空に放り出された足が空を掻く。

 不思議に思い、視線を落した彼女が見たのは無窮の闇。

 確かに足場があった筈の場所は、周囲数メートルを巻き込んでこの世から消滅していた。

 

「オレっちの勝ちだ」


 アルフィトが傲然と言い放つ。

 彼の狙いは愛莉じゃなかった、彼女の足元だったんだ。

 愛莉が重力に従って落下していく。

 悲しげに虚空に伸ばされる手。

 僕は後先考えず、縋り付くようにその手を掴んだ。 


「愛莉!」


 だが、それが奴の狙いだった。


「これでフィニッシュだ!」


 アルフィトが杖を振る。

 僕は動けない。


「『雷ご――」


「待て」


 突如上がる制止の声。

 杖を振り上げたまま固まるアルフィトに、皇子が微笑む。


「そのまま殺してしまっては面白くないだろう?」


「え……」


 当惑するアルフィトを無視して皇子はクラスメイトたちを見る。

 一様に身構える彼らに、フッと笑みを零すと頭上に腕を掲げた。


「君たちにもう一度チャンスをあげよう」


 パチンと指を鳴らす。

 皇子の背後に控えていた兵士が一斉に構えを取る。

 剣山のように聳え立つ剣と杖の群れがクラスメイト達に恐怖を波及していく。

 皇子はその様相を見ると芝居がかった口振りで語る。


「君たちを失うのは惜しい。だが、謀反を見過ごすことはできない。だから、条件付きで帝国側に戻ることを許そうと思う」 


「誘いなら断った筈だ。俺はお前らに与しない」


 直樹があっさりと皇子の提案を切り捨てる。

 だが、その額から止めどなく冷や汗が垂れ続けている。


「君たちも分かっているはずだ。状況は劣勢。私が命じさえすれば彼は死ぬ。彼がいなければ君たちは何もできない」


 言って、僕の方を見る。

 僕の手は愛莉の手と繋がっている。早急に引き上げて助け出したいところだが、油断なくこちらを牽制するアルフィトにより動くことはかなわない。


「君たちに、もう勝機はない」


「…………」


 直樹が押し黙る。皇子の言うことは酷く正論だから。

 現実的に勝利は既に有り得ないから。

 唇を噛み締めて、黙る。

 皇子が腕を広げて鷹揚に語りだす。


「なに、条件といってもそんなに難しいものじゃない。私に忠誠を見せてくれるだけでいい」


 皇子が目を細め、二の句を継ぐ。


「君たちの手で、柊恭平を殺せ」


 僕や愛莉、クラスメイト全員がその発言に目を剥いた。 

 それは酷く辛い選択。

 生きるために殺すか、情に絆されて殺されるか。

 究極の二択。


「なっ!? そんなことできるわけがないだろ!?」


 尋常じゃない量の汗が直樹の頬を伝う。

 そんな彼に追い討ちをかけるように皇子が告げる。


「いいのかい? 君の選択は同志を殺すことになる」


「――!」


 泡を食ったように背後を振り返る。

 彼の視界に、不安な表情を浮かべる仲間達の姿がうつる。恐怖、動揺、戦慄、様々な顔を見せる仲間達に共通するのは、死にたくないという願望。

 しかし、同時に戸惑いも見える。

 やっと自分たちで決断したことなのに、それを反古にしてもいいのか。僕を裏切ってもいいのかという思い。


「お、俺は、もう仲間を裏切りたくは……!」 


「君は後ろにいる彼らのリーダーなのだろう? 本当に、その選択に後悔はないかい?」


 皇子の追撃。

 直樹の顔が病的なまでに青ざめる。

 彼は僕を見て、振り返って仲間を見て。

 手が、足が、唇が震える。


「お、俺は……! 俺はああぁぁあぁぁぁ!」


 膝をついて吠える。


 この場のイニシアチブは皇子が握っている。

 その彼の提案に乗るかどうかでクラスメイトたちの運命は決定する。

 乗れば保護されて、蹴れば殺される。


 だが、どちらにしろ僕らの結末は変わらない。  

 脱獄の主犯として、僕はおろか愛莉も処刑されるだろう。

 待っているのは絶望だけだ。

 何をやっても結果は変わらない。

 でも、そんな僕でもまだできることがひとつある。


「直樹!」


 僕は声高に叫ぶ。


「僕を裏切れ!」 

すいません、主人公イベントは次回です。

順調にいけばあと1、2話でこのシーンは終わります。

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