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48 脱獄3

「私の名はアルセム。リンドニア帝国の第一皇子だ。そして、隣にいるのが――」


「オレっちはアルフィト。見れば分かると思うけど、三将軍の一人だ」


 何を血迷ったのか、唐突に自己紹介を始める。

 一見隙だらけの態勢だが……。

 銀髪の男……第一皇子と将軍アルフィトが薄笑いを浮かべながらこちらを見る。

 隙なんて微塵もない。完全に余裕があるから、こんな悠長なことがしていられる。


「さて、私が何をしにきたのか。聡明で、英傑で、思慮深い君たちならばとうに理解しているはずだ」


 皇子は笑みを崩さない。

 まるで知己と話すような軽い口振りで語ってくる。


「殺すんだろ?」


 予想はついていた。

 都合が悪いから殺す。如何にも帝国らしい発想だ。

 しかし皇子は頭を左右に振る。


「いいや、それは違うね。手塩にかけた勇者を殺すはずもないだろう。私はただ、君たちを引き止めにきただけだよ。――もっとも、一人要らない子が混ざってるようだけど」


 そう言って、皇子が目を細める。

 魔宮にいたモンスターを彷彿とさせるような、殺意に滾った狂気の瞳。

 その視線が向けられているのは僕。

 脱獄囚(勇者)を率いる、彼らにとって邪魔な者。


「君が城を攻撃したんだろ? しかもそれに飽き足らず、研究材料まで引き連れて脱獄しようとした。看過することはできないね」


 軽い口調にも関わらず、明確な殺意が僕を睨めつける。

 僕は城なんて攻撃した覚えはないが、それを訂正するつもりはない。脱獄するのだから、訂正したところで意味はない。慎太を連れ出した第三者の存在など、教えてやる義理もない。

 ない、奴らにくれてやるものなど何もない。


 それより見過ごせないのが、研究材料という言葉だ。

 闇の中に垣間見た、クラスメイト達の死体が思い出される。

 あの無残な骸が皇子の言う研究の結果だとするなら、材料というのは今僕の後ろに控えている、達賀直樹を筆頭とするクラスメイト達のことなのか。


「研究材料って。どういう意味だよ……?」


 達賀直樹が低く唸る。

 それに皇子はおどけたような笑みを浮かべ、言う。


「どうもなにも、そのままの意味だよ。君たちは、帝国の実験材料だ」


「だから、どうして――!」


「君たちは、自分たちが碌な装備も持たされずに魔宮に放り込まれたことを不思議には思わなかったのかい?」


 まったく別の切り返し。だが、興味をそそられる内容。

 僕が当初魔宮内で抱いた、初めての疑問。それが今、氷解しようとしている。

 僕らは完全に雰囲気に呑まれ、皇子の言葉に聞き入っていた。


「これは実験なんだよ。君たち勇者の様々な能力を測るための。別に失敗したって構わなかった。勇者が全員居なくなれば再度勇者を召喚できる。そして、実験は今のところ順調だ。いずれ、勇者は君たちだけじゃなくなる」


 勇者を召喚する際には、勇者の存在はあってはならない。初めて聞く制約だ。

 だが、それより重要なのはその後に続く言葉。

 勇者が僕たちだけじゃなくなる……?

 僕らがここにいる以上、勇者の召喚はできない。だとすると――


「勇者が俺達だけじゃなくなる、だと?」


「その通り。勇者がこれ以上召喚できないのならば――」


「――造ればいい。そういうことか」


 皇子の二の句を代弁する。


「そういうことだね」


 皇子の視線に殺意の他に明確な興味が混ざる。同時に、なんとも言い難い強烈な寒気を覚えた。

 見れば、アルフィトが顔が歪むほどの凄烈な殺気を以て嗤っていた。

 双眸に浮かんでいるのは、皇子を遥かに超越する狂気。

 人という枠組みから外れた、まるで獣のような本能剥き出しの殺意。

 殺したい、という獰猛な願望。


「皇子さま。こいつ、生かしておけないよ」


「どうやらそのようだね。よく頭も回るようだ。……彼が脱獄の主犯で間違いないんだね、百合?」


 言葉と同時に、背後に気配を感じた。

 クラスメイトたちとは一線を画す異質な存在感。

 ねっとりと絡むような視線が注がれる。


「ええ、彼で間違いありませんわ」


 白亜の門から姿を現したのは、双頭の蛇を思わせる黒髪を振りまくあどけなさの抜けきらない少女。端正に整った顔立ちはまるで人形を彷彿とさせる。ただ一点違うのは、彼女の双眸が人形に埋め込まれる透き通るような無垢の玉石ではなく、限りなく混沌に近く濁ったものであるということ。

 それは、かつて僕らを陥穽に陥れ、辛酸を舐めさせた魔性の女。


「ごきげんよう、クズ共」


 ――稀代の悪女、姫。

 死んだ筈の彼女が、狂気を体現するような凄絶な笑みを浮かべて立っていた。


「な、なんで……!? 私はちゃんと殺した筈なのに!」


 愛莉が激しく動揺する。

 それは僕も同じだ。僕だって、彼女の死体をこの目でしかと見たのだ。

 死んでいた。

 彼女は確かに死んでいたのに。


「死んでなんかいないわ。貴方たちが勝手に勘違いしただけ」


 傲然と言い切り、白亜の道を歩き出す。

 その足取りは絶対的な自信に満ちており、僕らに良からぬことを邪推させる。

 クラスメイトたちは蛇に睨まれた蛙のように身を固くしている。

 姫に何かあったら、帝国兵たちは黙っていないだろう。

 迂闊には動けない。

 彼女は歩くだけで僕らを威圧していた。


「『偽死の足輪』は役に立ったようだね」


「ええ、おかげさまで生き永らえることができましたわ」


 僕らの横を横切り、皇子の傍に寄り添う。

 初見とは思えぬ親しさは、彼女が皇子と接触していたことを裏打ちしていた。


 得心がいった。

 深夜に姫が衛兵に連れてかれ慰み者になった時、彼女が笑みを浮かべていた理由。

 皇子たちが、あまりにも早く――事前に脱獄を察知していないと実現できない速度で地下に降りてきた理由を。


 恐らく姫は、衛兵を通じて皇子と接触したのだろう。ユニークスキルもちの彼女だ、きっと重宝されたに違いない。

 そして、慰み者になる振りをして何度か密会をし、僕らを欺いた『偽死の足輪』とやらを貰った。


「百合、君が連絡をくれたおかげで私は彼らの脱獄を防ぐことができる。感謝するよ」


「いえ、アルセム様。当然のことをしたまでですわ」


 逢瀬を果たした男女のように、蜜言を交わす姫と皇子。

 その光景は僕の推測を証明するものに他ならない。

 二人は共犯者(グル)だったのだ。

 姫がこちらを振り返る。


「あんたたちはアルセム様のモルモットにして駒。駒が言うことを聞くのは当然よね?」


 スっと手が差し出される。

 蝋人形のように白く、美しい手。しかし、それを見て感じたのは決して歓喜と呼べるものではなく、純粋な恐怖だった。

 口唇が震える。


「こっちに戻ってきなさい」


 姫が無邪気な笑顔を見せる。

 威圧する、花を咲かすような笑み。

 これは僕に向けられたものじゃない。

 首を回し、横を見る。

 見遣れば、達賀直樹を始めとするクラスメイトが目に見えて冷や汗を流していた。

 姫の誘いを断ればどうなるか。


「こ、ことわ……る!」


 捻り出すように達賀直樹が呟いた。それに追随するように他のクラスメイトも否定の言葉を上げる。


「お、俺たちは、もう虐げられるのは……散々だ!」


「い、嫌なのよ。小城さんといると、し、死ぬ!」


「俺たちは、じ、自由になるんだ!」


 連綿と続くクラスメイトたちの言葉。

 姫は微かに顔を顰めて、


「じゃあ、いらないわ」


 言葉と同時にクラスメイトの一人が吹き飛んだ。

 攻撃の方向には、藍色の少年の姿。


「皇子さま、ごめん。我慢できなかったよ」


 アルフィトが、申し訳なさそうに佇んでいた。

 将軍の攻撃で吹き飛ばされたクラスメイトは瀕死状態だ。

 このまま戦闘になれば勝ち目は薄い。 

 僕は下唇を噛んで、手を伸ばした。


『影縛り【裏】カース・バインド・リバース』!」


 卑怯と言われても構わない。手段なんて選んでられない。

 僕は目を見開いて皇子を見据える。

 魔法の狙いは皇子の束縛。……平たく言えば、皇子を人質に取ることだ。

 魔手が皇子に殺到する。

 しかし皇子は落ち着いた声音で、


「アルフィト」


「分かってますって。『魔法支配』(クラフト)!」


 次の瞬間、『影縛り【裏】カース・バインド・リバース』が音もなく消滅した。 

 瞠目する僕に、アルフィトは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

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