四輪 桜の華、舞い散る夏目如月の過去
桜が去って行った後、聖ランセシル学園に戻った二人は生徒会室で重い空気を漂わせていた。
「会長、ちからになれなくてすみません」
「いいえ」
如月は紫闇を責めはしない。桜の実力は知っていたのだから敗北することは解りきっていたことだ。
しかし、こんなに心が重く感じることは今日を含めて二度目、何故だかは自分自身でも分かっているつもりでいる。
「にしても」
紫闇は先程の重い雰囲気は消え、怒りを露にしていく。
「何?あの言い方」
丁寧だった言葉はなんだったのか、丁寧という意味の欠片がなくなり雑になる。
「関わるなって?こっちは副会長が泣いてるから嫌でも関わる羽目になるのに!今度会ったら叩きのめす」
「止めなさい!!」
「会長?」
如月は叫ぶ。顔は悲しみを隠しているように感じ取れる。
「桜君は強い。それはさっきの闘いで実感したはずです」
「そ、それは」
「それに、紫闇さんは見たはずです。桜君が背負っている運命を」
紫闇は確かに見た。自分が持つ魔眼で身内の者に胸を貫かれるところをはっきりと見た。そして殺した者は心の底から喜んでいた。
─異様なほどに
「桜君と私達では背負っているものが違うの」
如月は窓の外を何処か遥か遠くを見ている様子。
「あの時もそうだった。自分の命を賭けて闘ったあの日、私に弱みができたあの日。命の尊いさを知っているからこそできたことかもね」
◇◆◇◆◇◆◇◆
夏目家が四季一族の冬の一員となり、桜という男の子との出会いそして、悲劇の物語。
そして私、夏目如月が白雪 桜に自分から逆らうことができなくなった未曾有の事件。
『えー夏目家の皆さん、本日から私達四季一族に入られたこと誠におめでとうございます。これから──』
司会を勤める柿宮家の当主、しかし周りの人々の瞳には蔑みの色が窺える。
憧れだった四季一族の一員になって嬉しいはずなのだが、その時の如月には喜びが一切感じることができなかった。
主役として壇上に上がっていた如月が降りたその時を狙っていたかのように数人の少年少女が姿を現す。
「おいおめぇ、夏目とやらぁ」
呼ばれて振り向く如月は彼らを見た瞬間悟った。
──私が憧れていた四季一族は、ただ自分が勝手に描いた夢だった。
「おめぇは今日から俺らの奴隷だ。逃げんなよ」
──何でそんなことを言われないといけないの?
「この奴隷首輪を着けろ」
──四季一族のモットーは弱者の為の強者じゃなかったの?
如月は心底で嘆く。誰に言うではなく、自分が弱いという事実が悔しいと思う本心を隠すために嘆く。
「おい聞いてんのかおめぇ?早く着けろ雑魚が」
子供にしては図体が大きい少年が如月に近付く為、一歩また一歩と足を出す。
如月は怯えながら受け入れるしかなく、周りに信頼できる者がいなく、誰かに助けを求めることができない。そんな状況で涙をためることしかできない。
「少し黙ってもらえますか」
第三者の声が男の動きを制する。
その子は全身を白色で染め上げたように白く、女の子は皆この子に憧れを抱くであろう。しかし、表情には感情というものが見られないが、瞳の奥には哀しみの色を帯びているように見える。
「さくお兄さん、この人が怖いよう」
(えっ、お兄さん?お姉さんじゃなくてお兄さん?)
お兄さん?らしき人の影から顔半分を出して此方を覗いている小動物にたいに愛らしい女の子がいた。
「お、これはこれは純白の姫。わざわざ俺のものになる決心がついたのかな?」
「僕は貴方とは違い、男好きの変態でないので他を当たってください」
「何を言う純白の姫よ」
男は白髪の子に近付く。
「そしてもうひとつ、その呼び方で僕を呼ぶことを禁じます」
「それは何故?」
如月はその時、白髪の子から異様な圧力を感じた。
「その呼び方は、僕が尊敬していた、いえ今でも尊敬している人が僕を呼ぶときに使っていた呼び名に意味は違いますが、言葉としての意味が少し被っています。それに貴方に純白の姫と呼ばれると下品に聞こえます。ですので止めていただきます」
子供とは思えない口調、無感情の言葉のはずだがその言葉には強い意思が感じられる。
しかしそんな言葉でも男の意思は揺るがない。
「断る。純白の姫にそう言われると言い続けるしかねぇ、それと分かっててそんな口叩いてんのか知らねぇが、弱者は強者を敬い敬意を表すことが義務だ!だがおめぇだけは多目にみてやる」
そこまで言い男は立ち去ろうとする。しかし白髪の子は言った。
「貴方にそう言われ説得力がありません。そしてもう一つ、弱い人に弱い者扱いされると気分が良くありません」
その言葉は男にとって十分な侮辱だろう。稲妻が白髪の子の真横を走る。
「おい、誰に向かって言った?もしかして俺じゃねだろうな」
「当然貴方に言ったのですが、何か」
「自分の立場を弁えろ」
顔一面赤くし怒鳴るが白髪の子は微動だにしない。それよりも魔器である白いブレスレットを展開し、白い刀の剣先を男に向けた。
「なんの真似だ」
「実力を知らないのに弱者扱いするのはおかしいと思います。それに、この娘は貴方達ができないことができます」
白髪の子、桜は夏目家がどういう実力を持っているか知っている。
まだ神無月だった頃、夏目家と合戦になったことがある。そのときは苦戦することとなったが、桜はその戦術に慣れ、兄の一樹は剣神の力を使い圧倒した。
あのときの戦術が活きていれば何人いようが勝つことができる。
大人は子供の喧嘩もしくは弱者が強者に剣を向けて馬鹿な子と思っているだろう。
感情が無くても、間違いだけは正そうとする桜、しかし周りの人達はこの光景を見て嘲笑っている。最底辺の冬一族の白雪家の養子が他の一族の子供に勝てるわけがないと。
勘違いから起こる光景を白雪家の者は思い描き、少し困っていた。
「さあ、外へ出ましょう。貴方に驚愕と愚かを差し上げます」
桜と如月、男の子達は外の広場に出て観ていた野次馬もついて来た。
「春一族の俺様に刃向かう度胸があることは誉めてやる」
桜は男の子に耳を傾けることなく、如月に質問していた。
「如月さんは僕の戦術を覚えていますか」
「えっ?」
如月は桜の言葉が理解できず首を捻る。
「覚えていないのならそれでも別にいいです。今は貴女が主役です。如月さん」
男の子は桜の態度に苛立ちが募り怒鳴りあげる。
「桜、おめぇ無視すんじゃねぇ」
「久しぶりに如月さんの剣術、古流を拝見したくなりました」
(この人、私の家の剣術を知っている?)
如月は桜が自分の流派を言い当てたことに驚き、思考を巡らせる。
自分の流派は世間に知られていないはず、況して神無月の者以外の四季一族は知らないはず。と、眼前の少女らしき少年が元神無月の一人だと知らずに情報源を探すが。
「初めて貴女と手合わせしたときは苦戦しましたが、常に進化し続けることが僕の血縁の一族の特化した才能。そのおかげで──」
この時如月は困惑していた。眼前の白髪の少年と自分が唯一敗北を知らされた黒髪の少年が、どうしても重なってしまう。
『神無月一族は常に進化し続ける。特に俺は一族の中で長けた進化の才能を持つと言われている』
『久々に深い谷底の淵に立たされた気分を味わえて楽しかった』
『勝てないと思える相手に正面から立ち向かうのって面白いと思わないか?』
(なんで初恋の人がこの子と重なるの?あの人はもう、死んだはず)
この人はあの人とは違うと思っても重ねてしまう。何故、重ねてしまう自分がいるのか理由が解らない。
如月は思う。彼なら、神無月桜ならこういう時こう言うだろうと、
──ワケが解らねえなら解るまで探し求めろ!それが己れの通る道筋の一つだ。
「何を迷っているのですか?貴女に迷う時間があるなら、せめて前を向いてください」
如月は言われるまま前を向く、向いた先に白髪の少年がいる。
(だめ、どうしても同一人物として重ねてしまう)
「迷うのなら上下左右、後ろではなく、自分の進むべき前を向いて迷ってください。そこに必ず答え置かれています」
(何故、どうしてあの人と、桜君とこの人の言葉が似ているの)
「何度でも立ち止まってもいいですが、決して」
──前を見ないという行為はしないでください──
(もうだめ、考えないようにしよう)
「前を見なくなったら人生の終わりです。『心が死ぬときだ』」
(言葉まで重なって聞こえる)
如月は自分の世界に入りつつあるが、男の怒声が響きわたり我に帰る。
「おめぇら、そんなに死にてえのか?」
桜は───
「貴方のその言葉、軽々しく言うんじゃねえ!!」
(え!っ今、一瞬?)
言葉の途中で桜の身体から元々あったかのように白と黒の鎖が現れ、微かな隙間から見覚えのある顔が、如月には見えたように感じた。
周りの四季一族という人間達は、桜の一瞬の鎖姿に驚いた。
それは魔方陣が出てないことから、魔法で封印を施す封印魔法ではなく、生け贄封印という禍々しい封印儀式。
条件を満たさないかぎり、決して解くことができず、封印魔法は自力で封印を破ることができるのに対して生け贄封印は決してできない。
そして、生け贄に捧げた者は対象の一部になり、ともに生きなければならない。
先程の桜の一瞬は中で生きる者が桜と同調したか、又は怒りなどで精神が不安定になった時に起こる現象。
その現象を目にした者はその者を自分の物にしようと必死になるだろう。
「貴方は俺を敵に回してしまったこと、どう思っているかはわかりませんが、てめぇは絶対に僕が倒します」
封印の鎖が見え隠れするためか、言動が不安定になる。
「ふう。では、始めましょう。剣と剣に劣る魔法の争いを」
男は魔器を展開し、魔法の詠唱を始め、周囲に稲妻が走る。それを合図に、桜は如月に一瞥をくれると駆け出した。如月も後れをとらないよう走る。
「今の貴女は本当の貴女ではありません」
突然、白髪の少年に言われて、如月はあることに気付く。
(足が、重い!)
今更ながら自分の状態を知り、思い当たる節はたった数分前に仲間入りした自分が四季一族に勝てる訳がないという思い込みからくる畏れだということ、そうでなかったら白髪の少年の真後ろに付いて行っていただろう。心の乱れにより桜との距離が離れていく。
(これじゃ、いけない。もっと気を確かに──)
如月は速く走るようにと思っていながらも白髪の少年との距離が縮められない。
前には自分達が触れるだけで感電死しそうな勢いの巨大な稲妻が走っているそんな中、白髪の少年は目で気にしながらも前へ前へと走りつづける。刀の形状をした白い魔器の刃に白い何かが溢れる。
男は周囲の稲妻を白髪の少年に向けて放つ。
もう駄目、自分も巻き添いで死んでしまう。そう思いながらも足を止めることができない。自殺行為だと頭の中で理解していても本能が許さない。
『逃げる行為は生き残る方法としてはいいかもしれないが、闘いの場においてそれは自分の弱さ示し、そしてその弱さは罪だ』
逃げたいと考える度に彼女を逃がさないかのようにこの言葉が浮かんでくる。
白髪の少年が稲妻に白い得体の知れないものを纏った刀を振りかぶる。その瞬間、稲妻は周囲に飛び散って消える。
その光景観ていた者は大きく動揺していた。誰もが思っていたであろう剣が魔法に敵う訳がないという常識を覆されたからだろう。
「お、おめえ、今何しやがった!?」
「染井吉野、これが唯一魔法に対応できる業です」
白髪の少年の持つ魔器は白い得体の知れないものを纏ったまま揺らめく。
「どういうことだ!説明しやがれ」
「説明する必要はありません。喩え貴方が知ったとしても僕の真似は、決してできません」
「おいおい誰に対して言っている?春一族の俺に対してか?」
男は詠唱を始める。その頭上では稲妻が吸い寄せられていき、やがて虎の形へと変化する。
「ここで死にたくねえなら土下座して俺の物になると宣言しろ」
しかし、白髪の少年の足は前へ進むことを止めない。
「おい、聞こえてんのか?」
何度声をかけても脅しても前進する足を止める気配がない。
「おい止まれ止まりやがれ」
男は稲妻の虎を放った後、我武者らに稲妻を放つ。そして大きく土煙が舞い上がる。
誰もが思っただろう。彼は死んだと、そして如月も涙を流しながら、彼がいる土煙を見ながら、終わったと思った。
「風圧だけでこんなに傷を付けられるとは思ってもいませんでした。計算外です」
誰もが思った。あれだけの魔法を受けて何故立っていられる?と、
如月は涙を拭いながら彼のもとへ駆ける。
「もう止めようよ、私はどうなってもいいから」
「僕はあの人の物になるのはお断りします」
如月に今の言葉は理解できなかった。
これは賭け事ではなかったはずだ。
「あの人は勝ったから自分の物だと必ず言ってきます。だから貴女が何言っても僕はこの決闘を諦めません」
『闘いから逃げんな!目を背けんな!自分の力を認めんな』
「私ももう少し頑張ってみます」
「………」
白髪の少年は黙ったままで、視線で何か訴えているようだったが、
「その言葉を言えただけですが、勇気を振り絞った言葉と認めましょう」
そう言うと白髪の少年は走る速度を落とし、如月に合わせた。
白髪の少年の魔器が迫る稲妻を斬り裂いていく。
白髪の少年と男との距離が後一歩だが、走る速度が落ちていない。男と擦れ違いになり何処か遠くに行ってしまうのかと思ってしまう如月、脳裏にその光景が浮かぶ。しかしそれはただの妄想。白髪の少年は男を通過したと同時に片足で半回転し方向転換した。そこで如月は理解する。
男は死角から来ると思い込み振り向くが、白髪の少年はそこから微動だにせずに何もしない。
そして後ろから痛みが襲う。男は後ろを振り向くが誰もいない。白髪の少年に向きかえる。
「決着は付いたようですね」
「は?何言ってんだ?おめえと俺のダンスはこれからだろう」
「いえ、貴方はもう既に終わっています。如月さんの手で」
気付くに遅すぎる反応。
もう自分の盾になるものが既に気を失っている。
「全員、彼女が相手して見事倒しました。この全員相手にまだ貴方では数秒で敗れます」
「何が言いたい?俺はこいつらを相手にしても負けたりしない」
「でも、魔法に頼りきりの貴方では彼女には勝てない。実際、四季一族は強力な魔法が使えるだけで他の技術は素人同然」
「おい、それ以上言うと──」
「ただ、何もできない自分達は偉そうに他人を見下すことしかできない道化の集団です」
その時、黒い稲妻が白髪の少年を襲う。
「私の息子を馬鹿にした挙げ句、四季一族まで馬鹿にするとは、この者は生かしておけん」
「と、父さん!!」
男は自分の父親に嬉々の感情を顔に表す。
周りの四季一族の者は男の父親に同意の意思する。
舞い上がった土煙が晴れるとそこに白髪の少年が倒れている。
──なんで
如月の顔は色気がなくなっていき、恐怖した顔を露にする。
──なんでなんでこの子が死なないといけないの?ねえ、なんで
両手で顔を覆う如月は瞳を開けることすらできない。
頬には冷たい風が掠めていく。その風は体温の他、自分自身の心までもを冷やしていく。
「弦藤家の当主は禁忌の魔法を研究してたんだね」
そう言って白髪の少年の側まで歩み寄った眼鏡をかけた青年が弦藤家の当主に問い掛ける。白髪の少年のお兄さんであろう、その人物は意味ありげの笑みを溢す。
「でも、貴方は世界でそれを向けてはいけない人間に向けてしまった」
「何が言いたい?」
「つまり、僕が言いたいのは、貴方の人生は此処で終わるということです。一人の、人間として」
「はは、何を言うかと思えば、禁忌の魔法だの人生は此処で終わるだのふざけたこと言いおって、冬の最弱が!」
その時、如月の近くで硬い物に罅が入る音がした。
音がした方向に目を向ける如月、そこには全身傷だらけの白髪の少年がいた。
「ここで皆さんにタネ明かしです。僕達の姓名、白雪はどんな木の名称か知ってる方いますか?」
白雪家の長男は周囲にいる人達に問い掛けるが誰も答えられないでいる。
如月は誰にも聞こえない声で
「桜の木だったような」
そう呟いた。
その言葉は白雪家の長男にしか聞こえていないだろう。
「どうして、そう思う」
「神無月桜と剣を交えた時に言っていました。
〝俺の技名は全て桜の名称だ〟と、
そして、彼の剣術に桜剣、白雪がありました。だから春に白い花を咲かせる桜だと思いました」
「そう、僕達は神無月家と並ぶ春一族の中の桜の称号を得た白雪家です」
周りがざわめく。それもそうだろう。白雪家が春一族で桜の称号を与えられたことに当然の驚きだが、前々から四季一族にはこういう噂がたっていた。
神無月の生き残りは、同じ桜の称号を与えられた春一族が養子として向かい入れたと、
「ま、まさか!」
弦藤家の当主は白髪の少年に視線を移す。
白髪の少年には異様といえる黒と白の鎖がくっきりと顕れている。
「桜、有罪の相手を裁く時間だよ」
その瞬間、白髪の少年に絡まった鎖が轟音をたてて砕け散る。
その後は予想を遥かに超えた展開となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「神無月桜………」
弦藤家の当主と白髪の少年の命を賭けた闘いに終幕が白髪の少年の手によって下ろされた後、私は彼の名を呼んでいた。
「今は白雪桜です」
「う、うん」
白髪の少年、桜は生け贄封印特有に再封印で元の姿に戻っていた。
私は咄嗟の行動で彼に抱きついた。
「う、う、もう、もう会えないかと思った。もう、桜の声が聞けないのって」
私は彼の身体を力強く抱き締めた。これまでに無いという程に、後悔がないように、
◇◆◇◆◇◆◇◆
紫闇は驚きを隠せない。
「そんなことが会長にはあったんですか」
「私が巻き込んでしまった所為で彼は死にかけた。それが私の負い目」
「会長………、」
「さ、今は何も考えずに作業を終わらせましょ」
「そそうですね」
如月は思う。
このままでは駄目だ、もっと強く、しっかりしないと、と。
いつ書き終えるのは分かりませんが、取り敢えず書いていきます。