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三輪 虚空の唄と桜吹雪の中佇む

「さ、桜くん、君はもしかして、」

 学園の理事長、翳吹 (みどり)がいた。

 彼女は笑顔を崩さず言葉を続ける。

「シスコンじゃなくてロリコンだったのね」

 彼女は爆弾的発言を言い、それを聞いていた者は早く去ろうとしたが、

「シスコンとロリコンってなんですか?」

 歩行者は大抵の人が転け、理事長の翠は桜に突っ込んでいくように倒れる。

「ん?なんで倒れて?」

「いやー、桜くんを弄って遊ぼうかと思ったけど無駄ということを忘れていたわ」


 そして説明すること一時間


「つまり、結城みたいな人のことですか?」

「その発想は悪くないわ、そう河原 結城くんみたいな人のことよ」

理事長は大声で皆に聞こえるように言いはなった。

 すると、

「俺を呼んでる声がする!!トゥーー」

 結城が発音の悪い掛け声とともに現れた。

 しかし、

「キャーーー変態!近寄らないでーー消えてーー」

 いつものパターンで結城は聞き慣れない音とともに出番さよならをする。

「理事長、この子達が迷子の様ですので協力できませんか?」

「んーそうね、紗織と飛鳥さんにも協力してもらいましょうか。もうすぐそこのマーケットから出てくると思うから、それと翠さんでいいよて言ってるでしょ!娘の伴侶になるんだから」

 理事長の翠はそんなことをいうが、桜はそれに気付いていない。

 その後、空が朱に染まるまで少女二人の親を捜したが、結果は二人の親に会うできず、親らしき人物には出会えたがその全員が違った。

 二人は初対面の桜に懐いており、離れる様子がないので桜の家で預かることになった。

桜は帰り道、そういえばと思い二人に話した。

「今思ったのですが、名前はどうします?」

 相変わらず年下にも敬語を使ってしまう桜。

 二人は考える。先に金髪の活発な少女が答える。

「さきー、咲がいい」

「わ、私は百合(ゆり)でいいです」

「ん、そう」

 そう返事を返す桜は明後日の方向を眺めていた。その時の桜は過去を脳裏に浮かべていた。



 幼い桜は村の子供達と木刀で実力比べをしていた。

「うーまた負けたー」

「さすが神無月だ」

「さくら、強すぎ」

「いつも稽古してるからね」

 桜は長い黒髪を揺らしそう言うが、それは嘘だった。

 桜は強くなり過ぎた所為で兄である一樹を傷付けた。兄よりも強くなり過ぎて傷付けてしまった。

 家族はまだ一樹に期待していたが、村の人々は一樹から離れ、桜を期待を寄せていった。一樹から家族以外のものを奪ってしまった。それでも兄である一樹は桜に優しく接してくれた。そして、桜が強くなることが自分の喜びであるかのように思っている兄、一樹。そのことに桜は罪悪感を覚え、稽古を止め、自分の剣術、桜の昔の剣術、《月剣》を捨てた。

 以降、桜は兄の一樹とは対等に剣を交えることができた。そして剣術を捨てた理由を訊かれるといつも新しい剣術を見付ける為と答えた。

 そして数日が経ったある日、一樹は桜との手合わせの途中、桜が手を抜いていたことを知った。そう桜は気付かれない程度に兄である一樹に合わせて剣を振るっていた。一樹はその事実に自分に怒りを覚えた。

 ──自分の所為で弟の桜に辛い思いをさせていたのか

 そのような思いが一樹自身に疼く負の感情が限界まで満ちた時、異変は起きた。

 一樹は剣を身体の支えにして胸を押さえた。

 桜は兄の異変に慌ててしまう。周囲に人がいるか探した。そしてその場を離れようとしたとき、

「何処に行こうとしてるんだ桜、眼前の敵に背を向ける行為は死の意味表す」

 先程の一樹のいつも放つ気とは違う圧力が桜を襲う。桜は振り向き剣を構える一樹はあり得ない速度の剣捌き、桜は確信した。兄、一樹は剣神を覚醒させた。そして桜は覚醒した一樹に完敗した。

 そして、その事実が桜の《桜剣》を産み出した。



 桜は白雪家に着くと中に二人を入れる。そしてそこで待ち構えているのが妹の雪乃(ゆきの)

「兄さん、これはどういうこと?」

 彼女は桜に対してだけは意見したり怒ったり睨んだりする。

「別に、翠さんが勝手に決めたから取り敢えず連れて来ました」

「断れば良かったじゃない。なんで断らなかったのよ!」

 雪乃は米神に血管を浮かべ桜に迫る。桜の全てを否定する雪乃。昔はこんなに桜を嫌うことはなかった。あの事件が起こる前は桜の傍から離れなかった。

 あの事件、桜は今も鮮明に覚えている。血の海の記憶に佇む一つの人影。

 ──僕がその人を殺してしまった。

 桜は雪乃が自分の言うことなんて聞いてくれないことを知っている。だからこれ以上口を開かずに二人を連れて雪乃の側を過ぎ去る。

 その時

「兄さんのばか」

 その声は弱々しくて哀しそうだった。

「僕は、誰一人救うことも守ることもできない劣等種(イレギュラー)です」

 桜の台詞(せりふ)が聞こえたかは分からない。しかし雪乃は立ち竦んだまま動かなかった。

「あら、おかえり桜。その二人の可愛い女の子ほ何処で拾ったの?」

 居間に行くと母親がエプロン姿で出てきた。

「今日からこの子達はこの家で預かることになったので」

「そうなの?分かったわ二人とも上がりなさい」

 母親は桜と顔を合わせない。理由は分かってる。あの日のことがあった所為だ。そして桜も、あの血の海の地獄を見た日から家族に対しては遠慮することしかしなくなった。

「母さん、この子達の部屋ですけど、どうしますか?」

 母親は立ち止まって考え出す。複雑そうに唸っている。

「雪乃の部屋でいいと思うよ」

 と言って台所に戻る。

「さっきのお姉さんの部屋でこれから過ごすことになりましたので、さっきのお姉さんに案内してもらってください」

「はーい」

「は、はい」

 二人は雪乃を捜しに行った。

 桜は自分の部屋に入る。

 ──僕はあの時、あの言葉を言って貰わなかったらどうなっていただろう。この世を旅立っていただろうか。

 桜はベッドに仰向けに倒れた。

 桜は見たもの聞いたもの全てを忘れることができず、辛い過去を思い返してしまう。



 ──なんで人間の貴方がここにいるのですか!!早く消えてください。


 ──うわ!人間!!死なない内にこの世界から消ろ!


彼女達、神族(しんぞく)魔族(まぞく)は人間を嫌い、そして彼女達は桜に攻撃を仕掛ける。

 白い髪と黒い髪の対照的な二人は紺と紫の瞳を桜に真っ直ぐに桜を射す。



 ──僕は幸せな過去を持たない。辛くて苦しい運命を辿ってきた。


 その時、桜は全ての過去を一気に思い出してしまった。桜は頭を抱えて声にならない悲鳴をあげる。

 人が死んでいく記憶、紅く燃え上がる炎、そして地面など何処にあるか分からない血の海。そんな記憶が桜の頭の中を駆け巡る。

 ──兄、さん

 その言葉と共に桜の意識は途絶えた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 雪乃は桜と魔器を交えてる。

 でも、雪乃はただ魔器を振るっている様子ではない。そして桜は無表情だが、額から涌き出る汗が頬を伝って一滴また一滴と落ちていく。

 雪乃は尋ねる。

「私、兄さんよりも強くなれた?」

 桜は何も発言しない。ただ無言で雪乃を見詰めるだけだった。そして雪乃は桜の左胸部に両手に持つ白虎を突き刺す。



 雪乃は朝陽に刺されて起きる。

「今の夢は……、」

 雪乃は今まで正夢しか見てこなかった。だから確信してしまった。自分は兄の桜を超える日が来ると………。

 雪乃は居間に顔を出す。すると姉の美咲(みさき)が食卓に自分が作ったであろうもしくはお母さんが朝、出る前に作って冷蔵庫に入れていたものを電子レンジであたためたのだろうか。

 美咲は雪乃が視界の入ると挨拶をする。

「お早う」

「お早う、兄さんは」

 雪乃は一応といった感じで怨み憎んでいる兄、桜のことを訊いてみるが、瞬間美咲は冴えない顔で、いつもの威勢がない声で答えた。

「う、うん、さくちゃんは一時間前に家を出たよ」

 桜と何かあったのだろうか。

 美咲は桜を溺愛している。だから桜に対してだけはショックが大袈裟だったり、話すことの殆どが桜のことだったりする。

「お姉ちゃん何かあったの」

「う、うん、さくちゃんが出ていく時、右側の胸を押さえて行ったのよ」

「えっ!」

 雪乃は正直驚いた。あの夢、雪乃が桜に勝つことが今日現実になるとおもったからだ。

 雪乃は夢の話しの内容を話し美咲は笑顔を取り戻した。

「なんだ、そんな不幸なら良かった」

 桜は右胸が痛く感じた時は未来に不幸が訪れることであり、その予兆は必ず当たる。

 しかし美咲と雪乃はまだ知らない。

 雪乃の夢の出来事が現実に起きたとしても、それは不幸とは言わない。そして、桜に降る不幸はその程度の低いことではないことを、


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 桜はもう胸を押さえていない。しかし胸の痛みは癒えていない。

(今日は久しぶりに命に関わる不幸が僕の身に起こるのですね)

 今日は珍しく読書をしないで登校している。

 桜の木に囲まれた神社を通る直前、春風に乗って桜の耳まで歌声が届いた。

 歌の詩は桜は知っている。まだ桜があの村にいた頃、一樹が歌っていた。そして教わった歌でもある。しかし誰が歌っているのだろうか。鳥居を潜り、歌声のする方へ歩む。神社の裏に来たとき風に吹かれ舞い散る桜の花弁と共に銀髪を靡かせて歌うレイシアがいた。

「何故貴女がその歌を知っているのですか」

「この歌は昔知り合った人に教えていただいた歌です」

「ん、そう、ですか」

 桜は兄、一樹が言っていた言葉を思い出す。



 山奥の何本が切り倒された木があり足場が不安定な場所で桜と一樹は己を鍛え磨いていた。

「桜、休憩挟もう。剣神で体力を消耗し過ぎた。」

「分かった」

 桜と一樹は木の幹に背を預けた。

「お前には驚くことばかりだ、もう俺に追い付いたし、はぁ、剣神を使ってももう勝てなくなるだろうな。桜は剣を交えていくとその数だけ成長するから、俺はこんな天才の弟を持つことができて誇りに思うよ。だけど」

 一樹は一瞬にして表情が翳る。

「俺のものが奪われ壊されることは別にいいが桜のものは奪われたくはないな、壊されることはないだろうけど、奪われることは……」



「奪われたくはない。己の魂あるものを封印する、か」

 桜の呟きはレイシアにも耳に入り自分の歌が聴かれていたことに気付くが、歌を聴かれることに何も思っていなかった。しかし、それよりもレイシアにとって気になることがあった。桜の表情には無に等しいが、何かを抑えている様にも見えた。桜は何を抑えているのだろう。もしくは、何を隠しているのだろう。誰も彼の真実を知る者はいない。家族であろうと……。

「すみません、貴女の歌が兄さんの歌に似ていたので、聞き入ってしまいました」

「構わない、でも、私の恩人が既に死んでいたなんて思いもしなかった」

「ん、そう、ある犯罪組織の孤児院のことですか?」

 桜が問うとレイシアは身構える。それもそうだろう。桜の問いはレイシアが元いた暗殺者を育てる家であり、其処にいた者は全員意味嫌われており、いつ殺されるか分からない窮地に立っているからだ。

「兄さんが捕らわれていた子供達を避難させている間、僕は上の人達を斬っていましたから貴女が居たのかは知りませんが、僕の目的は許嫁だった人を取り戻すことでした」

 桜の言葉に驚くレイシア、本当の恩人は桜の兄ではなく桜本人だということ、確かにレイシアの記憶にも一樹はただ、孤児院に捕らわれていた子供達の傍にいた。

「じゃあ一人で化物をたったの一夜で全員倒したというの」

「はい、その頃の僕は今以上に強く、……化物だったから」

 そう言うと桜は、学園に向けて足を運ぶ。

 レイシアは桜に問うことがまだあったが、桜の最後に言った言葉。


 ──化物


 そんな言葉だけ心に残り、心の底から怯えた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 教室の前まで辿り着いた桜は時が来るまで引きドアを開けることを躊躇っている。この教室のいつも閉まっているはずのドアは不自然に開いていた。

 そんなドアを見詰めながら、桜が化物と発言したときのレイシアの反応について考えていたところ、教室に入る時が来た。

「よう、入らないのか?」

 結城がドアを開けて入る。と、その時、結城は頭から水を被り、口は(すっぽん)とキスをし、額から鼻までの大体の顔にタコが絡み付いた。結城は必死になって二匹を剥がす。

「オエェー、人生初のファーストキスが、まさか亀に奪われるなんて、オエェー、桜、お前とキスさせてくれ」

「………ん?初めの嫁が出来たからいいじゃないですか」

「初めてが動物なんて嫌だー」

「……ん?僕のファーストキスも動物ですが」

 結城を抑えるために嘘を付くが結城は桜に飛び込み試みる。しかし桜は躱しそして結城は鼈とセカンドキスをする。

「ん!!ギュウウゥゥゥウウムゥゥウウ」

 そして三度目のキスに挑む結城、しかし今度のサードキスは、

「んーーーーんんーーー!!!!!!!」

 タコにしてしまい、タコの足が結城の顔に絡み付く。

「あっ!そういえば、キスといえば僕は数十回はやったことはあります」

 これは嘘ではない。桜はその時の記憶が幾つか思い出す。

 その言葉は結城の心臓にトドメを指す。結城は彼女こそは作ったとこがあるが、キスしたことはない。さらに、結城は出来たばかりの女に使うだけ使われただけで何日か経つと別れ話になり、女は皆、結城から離れていく。そんなことが結城は何度も体験している。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「に、兄さん、この後の授業で私と模擬戦してくれない?」

「ん、模擬戦ですか?分かりました」

 アリーナに移動中、雪乃が模擬戦を申し込んでくる。桜は了承する。



 巨大な氷が散らばるように設置された白銀(はくぎん)の世界、雪乃の得意とするフィールドに桜は佇んでいた。

「今日の雪乃は何かおかしい。何かあったのだろうか」

 桜は白い雪を蹴って駆け抜ける。

 そして、刀の形状をした桜の白い魔器は魔力を帯びる。


 ──《桜剣》染井吉野──


 桜はただ魔器を振るって空振ったように見えたが、裂け目が現れて広がり雪乃が姿を現す。

「!!」

そして結果は、桜の圧倒的勝利で呆気なく終わった。

「雪乃は何故、僕の心臓を狙っていたのですか?」

「!!」

 返事はなく、雪乃の肩は小刻みに揺れ、黙ったままでいる。

「言い方を変えます。雪乃は僕と同様に人の死と向き合って生きていけますか?」

「!!」

 その時、雪乃の頬一滴の涙が伝い零れ落ちた。

 桜の言わんとしてることを理解し、自分では無理であること、そして何より自分がしようとしていることに気が付いた。

「わ、私は、私は私は、兄さんに一回でも勝ちたかっただけなのに、なんで、なんでこんな」

 雪乃は自分が桜を殺す運命だということを知ってしまった。いや、知らないといけなかったのかもしれない。

 桜は風に白い髪を靡かせ雪乃を見下ろしたまま言葉を呟く。

「雪乃は、あの時から変わりませんね。性格や容姿、家族思いなところ、僕への憎しみも、そして、実力も」

「!!」

 桜の言葉は雪乃の胸を貫いていく。

 雪乃は認めたくはない。そんな弱い自分を決して許したくはない。

 雪乃の桜に対しての憎悪が益々高まっていく。

「今の雪乃では、戦いの中で生き抜くことは不可能です。心の弱いままでは自分の──」


 ──翼を自ら折ってしまいます。いえ、僕がへし折ってあげます。──


 鐘が鳴り響き桜は立ち去り、雪乃がその場で泣き続けた。クラスメイトが居なくなっても悔しさで胸がいっぱいになり号泣した。

「白雪雪乃」

 突然名前を呼ばれ顔を上げる。そこには黒いローブの女性らしき人がいた。

「貴女にこれをあげる」

 手の平には黒い蕾の花がある。

「これ、は、?」

「もう一人の貴女よ」

「もう一人の私?」

「そうよ、もう一人の貴女も今の貴女と同じで弱いままなの」

「弱、い」

 雪乃は弱いという言葉に反応し、その花が今の自分と重なったのか手を伸ばす。そして胸元で抱く。

「おめでとう。貴女達は一つになって強くなるわ!そして、あの瞳に心の中に住み着いた花を捕らえることは出来ない。貴女は常に強くなり続ける」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから数日の時が経ち、土曜日の朝は皆、アリーナで誰かと決闘したり、ダンジョンに潜っている。基本的に土曜日は一日中自由行動だ。しかし、帰宅することは許されておらず、桜はアリーナのわきで見学している。

「皆真面目ですね」

 そこへ一人の女子生徒が声をかけてくる。

翳吹(かざぶき)さんが僕に何の用ですか」

紗織(さおり)は笑み、桜の隣に座る。

「桜さんの力を解放する時期(とき)が近くなりましたね」

 その言葉に桜は首を傾げた。

「僕が力を解放?」

「いえ、力が芽生えると言った方が正確でしょうね、○○○○さん」

 その瞬間、桜は紗織を警戒する。故郷の死んでいった人達以外知らないはずの桜の呼び名、あの村で桜だけが付けられた呼び名を

「何故貴女がその呼び名を知っているのですか」

「ふふっそれは秘密です」

 桜が何を問おうが紗織は誤魔化すだけだで、何も答えてくれない。

 遠く離れた場所から視線を感じ、桜はそちらに目線を送ると、そこにいた男子生徒が桜に向かって歩み始めた。

 桜の眼前まで来るとドクロのついた指輪型の魔器を展開し、大剣の刃が煌めく。

 その大剣を桜に突き付ける。

「桜、俺様と決闘しろ」

「何でですか?(いびき)さん」

伊吹(いぶき)だ!紗織さんを賭けて勝負だ!」

「賭けて勝負?」

 その時、伊吹は背筋に寒気が走った。しかし、桜は睨んでも声のトーンを下げたわけでもない。無表情の顔から何も感じないはず、それでも伊吹は額からは冷や汗が流れ、心臓は鼓動を打つ速さが高まる一方だ。

北郷(ほんごう)さん、もし、僕が貴方の命を賭けて勝負と言ったらどうしますか?」

「誰が自分の命を賭けるか!バカが!だからザコは」

「馬鹿は貴方だと思います。北郷 伊吹さん。貴方は自分の命を賭けろと言われてもおかしくありません。何故なら貴方は翳吹さんを所有物にしたいと言っているのと同じことですから」

 桜は伊吹から一度反らし、瞳を閉じる。

 桜は昔、こんな賭け事勝負をしたことがある。


 勝った者は負けた者の所有物になる。


 という負けて者だけが得し、勝った者は得しないという理不尽な条件だった。

 相手は女の子二人、そして提案者はその子達の親で、桜にとって勝っても負けても嬉しくない条件だった。

 その頃の桜は右腕が二つに裂けるという大怪我を負っていた所為か勝負に負け、二人を所有することになったが、納得がいかずに何度も取り消しを願った。しかし、二人の女の子とその子達の親はお前の為だと言って、桜の意思と関係なく儀式を実行し、二人の女の子は桜の裂けた右腕に吸い込まれ、肩から指先まで二つに分かれた右腕は元の形に戻ったが、傷口だけは今も昔も塞がらないでいる。

 そして、桜の本来の強さは力として彼女達、神族と魔族の娘が右腕に吸い込まれたことによって封印された。彼女達の手によって、桜自身が白い鎖と黒い鎖に縛られた。

 今は桜の力を封印してくれたことには感謝している。

 桜は瞳を開くと、伊吹にもう一つの条件を足した。

「北郷さん、僕が勝ったら二度と僕の前で賭け事をしないでください」

「しょうがねぇな、弱者に耳を傾けるのも強者の仕事だ」

「どちらが弱者でしょう?」

 両者は距離を取ると展開した魔器を構え、対峙する。

「10秒だけ時間をくれてやろう。強者は弱者にチャンスを与える義務があるからな」

「そんなものは必要ありません。何故なら──」

 桜は疾風の如く駆ける。伊吹は桜の速さに驚き大剣を慌てて振るう。桜は左斜めに方向を変え回避した瞬間。


 ──《桜剣》琴平(ことひら)──


 桜の魔器は伊吹の大剣を90度の角度からの斬戟で大きく弾く。

「チェックメイトです。北郷 伊吹さん」

 伊吹が崩した体勢を整える前に桜は刀の魔器、白龍桜月を伊吹の首筋に当てていた。

 皆、こんな桜を見たことないだろう。普段と変わらない顔と行動には何故か冷徹さが感じ取れる。そして何より、どのランクの人と闘っても桜の防戦一方だったが、今回は違った。桜のたった一撃で勝負が決まっていた。弾く行為だけで勝敗が決まっていた。

 こんな桜を知っている人物はそういないだろうが、桜が向けている目線の先にいる人物はどうだろうか。

 ──翳吹紗織

 桜は自分の一部に過ぎない実力が知られたことによって皆の視線が注ぎ込まれる。そんな居心地が悪いアリーナを後に、桜は目的がなく街をさ迷う。

 桜並木道に足を踏み込んだ時、微かに歌が聞こえてくる。しかし、数日前の聞いたレイシアの歌声と異なった歌声、桜が聞いたことのない歌だった。

 桜はつられるように歩む。

 歌っている人物を見た瞬間、桜は見なかったことにしようと考えた。

 桜の樹に背を預けるように寄りかかった少女、しかし着ている制服は白綾学園のものではなかった。色は白綾学園と同じで白だが、明らかに違うのは白綾学園の制服は青い線が入っているのに対して彼女の制服は異なる色は無く、白百%の制服だ。

 そんな制服を着る者は有名な女子校しかない。

 ──聖ランセシル学園

 桜は彼女の横を通り過ぎ、桜の樹を背後にしたその瞬間、巨大な刃が迫り、桜の首もとで静止する。

「何処に行くつもり?」

 少女は桜の樹越しに訊ねる。

「折角貴方を呼び寄せたのだから」

「やはりそうだったのですか、今の歌は魔法の一種ですね」

 桜は魔器を展開し、刃を弾いた。

 少女は魔器の大鎌を構え直す。その姿は本物の死神のようで、彼女も黒い死神という異名を持っている。

 桜は刀の形をした白い魔器を構え、儚げな瞳で彼女を見詰める。ただ見詰めるだけ、感情表現が出来ない桜はそれ以外の顔を作る事が出来ない。

「何がしたいのですか、僕を捕らえて」

「それは言えない。極秘の任務だから、遅れましたが私は聖ランセシル学園の一年、白河(しらかわ) 紫闇(しあん)です」

 紫闇は名前を告げると綺麗なお辞儀をした。

 桜は考える。聖ランセシル学園の生徒会長は僕に何を企んでいるのかと、その原因を──

「何を考えているのですか、あの人は──」

 桜は一人の人物を思い描く。自分と血縁がない姉、そして、その姉と仲が良い親友で聖ランセシル学園の生徒会長の夏目(なつめ) 如月(きさらぎ)

「姉さんが何か気になる事を言ったからですね」

「はい、桜さん、右胸を押さえていると何が起こるんですか?」

「………それは」

 その行為は隠しておきたい事実がある。

 右胸が痛む時は未来に不幸が必ず訪れること、しかし不幸は不幸でも被害の大きさがある。痛みが激しい程被害も大きい。そして、今回の痛みは絶望という文字が頭に浮かぶ程痛みが大きい。

 桜はもう二度と、大切な人を関係無い人を巻き込み失いたくない。と、心の底から願っている。

 だから自分のことは誰にも話したことはない。しかし、美咲は桜のことを幾つか知っている様子だ。今回の右胸の痛みの事もだ。何故知っているかは桜は分からない。だから美咲が近くにいると気付いた時は極力自分の行為を露にしない。

 しかし、一番知られたくない桜の事実をもうとっくに知られているかもしれない。

 最悪の場合、あの家を出ていかなければならない。

 あの家の人達の命まで背負っていけない。見たもの聞いたもの体験したもの全てを忘れることが出来ない桜は新たな苦しみを覚えるだけで、喩えそれがいい思い出だとしても、桜を苦しめる足枷となり、桜の心を蝕んでいく。

 今もそうだ、兄との思い出を思い出す度、その人の死ぬ光景とこの世にいないという事実が桜を襲う。

 だから桜は、思い出は作らない。自分を縛るものはいらない。

「貴女は知らなくていいことです」

 桜は冷えきった声音で言葉を吐き捨てるが、紫闇はそれでも本人を見詰めたまま再度問う。

「じゃあなんで副会長は涙を流してるのですか?そして、なんで“死ぬかもしれない”なんていってるのですか?」

 桜は確信した。

 姉、美咲は桜のことを殆んど理解していること、そして桜の抱えている問題に巻き込まれて美咲自身が死ぬ運命だということを──

 桜は考える。自分はどう行動を起こせばいいのかと、

 やはり、自分はあの家から消えるべきか。

 そう考えた時、大鎌の刃が桜の視界を覆う。

「正直に答えないとどうなるか分かりますね?」

 桜は彼女の瞳の色を伺い語った。

 彼女は本気だ。本気で行動を起こそうとしている。下手なことが言えない状況、しかし桜は自分と関係がある者は全て残酷に消える。だから、まず、眼前の彼女から関係を断ち切る。

 桜は大鎌を弾き、斬戟を繰り出す。白と黒の閃光が反発し合う死神と呼ばれる者同士の激突。凄まじい風圧が周囲を荒らしていく。

「僕に関わらないでください。でないと死にます」

 無表情で発せられる無感情の言葉。しかし、瞳の奥は淋しさと苦しさの色に染まっているように見える。

「じゃあ先輩、これで終わり」

 紫闇の大鎌は九つの黒い軌跡を描く。


 ──《桜剣》手弱女(たおやめ)──


 しかし、九つの黒い軌跡は桜の眼前で方向を変え、草や物を刈り、破壊する。

 そして桜は疾風の如く走り抜く。桜の白龍桜月が空を斬り紫闇に迫る。

「女は顔に傷付けられると人生を損することになるのよ」

 桜は魔器を弾かれ自分に相手の魔器が迫る。しかし、それを避けようとしないまま目を瞑る。すると、鼻先で刃が止められる。その刃は微かに震えている。

「私は桜君を斬る事が出来ないと知ってての行動ですか?」

「はい、如月さんは今でもあの時ことを引き摺っていますから」

 あの時の出来事、如月が桜に対して全てのことに逆らえなくなった消えることのない事実。如月にとって桜の存在は最大の弱点である。

 桜は如月と交差する。

──弱点は自分の弱みでもありますが、時に最大の強さに変えることができます。弱みがあるからこそ強みがある──

 紫闇は桜の道筋を塞ぐが、桜が儚げな瞳を見せたとき、紫闇は腰が抜けて尻餅をつく。

「なんで──」

 ──なんで私の先祖の小山(こやま) 槍彗(そうすい)が神無月の者を護る様に立っているの?

 小山槍彗、ある国が盗賊の集団によって亡国寸前まで追い込まれたとき策略を取り、見事に逆転という勝利に導き歴史に名を刻んだ人物だ。そして紫闇の言う通り白河家の誇り高き先祖である。その白河家の先祖が神無月の者についている。これは白河家にとって屈辱以上の他ない。

 紫闇は怒りを露にし、桜との距離を狭めて大鎌を振るう。


 ──《桜剣》糸括──


 大鎌に刃は地面に突き刺さり桜の反りがある刀、白龍桜月は紫闇の首筋に当てられていた。

「警告します。僕のことに手を出さないでください。全ての生き物は生命(いのち)が一つしかありません。化物以外は」

 紫闇は微動だにしない。思考も止まったままだ。

「白河さん、彼に何か見えました?」

「はい、桜さん、数日後に妹さんに胸貫かれて死にます」

 紫闇は一人を対象に未来を見る特殊な眼を持つ。

 如月は考える。このまま美咲に伝えていいのか、それとも既に知っているから涙を流していたのか、桜の命が危ないから流していたのか、しかし他人(ひと)の心の声はその人自身でないと分からない。

「どう動くべきなの」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ただいま帰りました」

 桜は家に帰りつき玄関を開け、上がるとどこかたどたどしい足音が近づいてくる。

「ゆきちゃぁん」

 そう言って抱き付くのは金髪の少女の咲、百合は桜を見詰めながら慌ただしく腕を振る。

「ゆきちゃんあそぼぅ」

「断ります」

「ことわりますってなにぃ」

 抱き付く咲を剥がし、説明をせずに部屋に足を進める。

「もうさくちゃんは子供二人に対して素っ気ない。ねえ私と遊ぼうか」

 居間から見ていた美咲が声をかける。

「や、歳魔はやあです。ゆきちゃんがいい」

「と、ととととととととととととととととととととと歳魔!どこでそれを」

「ゆきちゃんがいいゆきちゃんがいい」

 美咲は米神に血管が浮かぶ。しかし笑顔は崩さない、少し引き吊った怖い笑顔。

 少女二人は怯える。

「お姉さんは怒ると怖いからね覚えておきなさい」

 二人は美咲にとてつもない恐怖を抱き激しく首を上下させて、急いで逃げた。

「全くもう」

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここは……」

 桜は桜の樹に手をあてて立っていた。辺り一面に広がる湖、それに反射する夜空に浮かぶ月の光。

「初めてだな」

 突然どこから声が響く。

「誰ですか」

 桜は辺りを見渡すが誰もいない。

「上だよ上」

 言われて見上げる桜、そこにいる者は桜と姿形が全く似ていて、唯一違っているところは髪の色と声の高さと声に感情が籠っているかどうかだ。

 桜の髪色は白だがもう一人は黒、桜の声が女の子のように高かったらもう一人は男のように低い、桜の声に感情が籠っていなければもう一人は感情が籠っている。つまり、違っているところは全て正反対だ。

「誰ですか」

「おいおい忘れたのか自分のことを、俺はもう一人のてめぇだ」

「もう一人の僕、ですか」

 桜は知らない。自分にもう一人の自分がいることを、

「今は知らなくていい、どうせ知ることになるからな、俺達がどういう存在なのかもな」

 風が吹き出し桜の樹は揺れ、桜の花弁が舞う。

 桜の視界は白に塗り潰されていき、

『この先、強敵がま──』

 もう一人の桜が何かを言い終える前に桜の意識はそこから消えた。

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