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二輪 宝玉の姫と桜舞う花弁

下書き段階


 あの後、桜は雪乃を元の世界に返し、独り神霊界(アストラル)に残り、考え事をしていた。過去のこと、自分の正体が極僅かだが、知っている者がいること、皆が皆桜の実力を意識していること、そして、宝玉皇族のダイヤモンド家の者に決闘の申込みを強制的に受諾しなければならなかったこと、特にレイシアとの闘いは、宝玉皇族と顔を合わせることを嫌う桜にとって、今にでも逃げ出したいことこの上ない。

「何故、この期に及んで僕を捜しにきたのでしょう。僕は剣神ではないのに」

 柿宮里沙は勘違いしている。桜は剣神の末裔ではないないという事実を、そう、桜は剣神の末裔ではなく、剣神に開花した者と対等に闘うことができる天才と言われている。剣神の末裔は、世を去った兄の神無月(かんなづき) 一樹(いつき)だ。

 桜は力を欲したことがない。それは、自分には必要のないものだと考えている。

 そして、強い力を持つことで、自分に、いや、周りの人々にまで不幸にしてしまう。と思っている。

 宝玉皇族は力を欲する欲望に負け、一夜にして神無月家の居た村を壊滅させた。

 だから、剣神に匹敵する桜を狙う可能性はある。

 その為、賢い鷹が爪を隠すように桜もたま、実力の一割も出していない。封印が施されている身であるから五割は絶対に出せない。しかし、それでも白綾学園の生徒には勝ってしまう。どうしても勝ってしまう。

 だから桜は、白い死神なんていう二つ名がつけられたのだ。

 桜は儚く悲しみを帯びたような目で黄昏た。

 夜に吹く風、夜風は涼しく桜の肌を伝って通り抜ける。

(僕は覚悟を決めた方がいいのかな、兄さん)


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日、教室に着くと、教室内は盛り上がっていた。入ってみると、息なり結城が飛び込んできた。

「桜、好きだーーーーーー」

 桜は突然のことに、思わず結城の胴体を避けて、腹に膝を入れようとしたが、それを読んでいたのか、手で受け止めた。しかし、突っ込んできた時の勢いは止まらない。その勢いのまま結城は浮いた身体を窓の外に放り出した。結城は悲鳴と共に消えた。

 改めて教室に入ると、皆、桜に振り向いた。登校している時もそうだ。皆が皆、桜が見えた瞬間に振り向き、こう口にした。“白い死神は剣神の末裔では”と、

 しかし、剣神の末裔は、もう、ここにはいない。いるのは剣神に遅れをとらない天才、桜だけだ。

 桜は皆の熱い視線を感じながら自分の席まで辿って行き、席に着いたところで昨日のロリ巨乳の教師、愛川 柚が入ってきた。その顔はなんだか機嫌が良く、いたずらっ子の顔に似ている。

「今日は皆にとっていい知らせがあります。どうぞ、入ってください」

 そう言われ一人の生徒が入ってきた。銀髪を揺らしながら入ってきた人物を桜は知っている。レイシア・ルーク・ダイヤモンドだ。

 彼女は手短に紹介を終える。

「さて、レイシアさんの席は───」

 レイシアはなんの躊躇いもなく桜を指差した。

「私の席は桜さんの隣にしてもらえない?」

 桜の席は窓際の一番後ろだ。桜ここが一番気に入っている席であり、誰にも譲る気はなかった。しかし、今日からは何が何でも誰かに席を替わってほしいと思った。


 あの後、桜は地獄を見ることになった。レイシアは授業中、教師の話は愚か、全く聞かず桜を見つめていた。そして、トイレに行き、出すものを出して振り向くと、そこにレイシアがいた。どこ行くにしても一緒で、午前中はそのことで、桜は魂が飛び出てるように無の色に染まっていた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 午後からは、実習で、誰かと実力比べなどでるのだが、い今、危ない空気が漂っている。

「兄さんを朝から見つめていたけど、何がしたいわけ」

「ただ、桜さんを見ていただです」

「嘘つかないでよ、あんなに恋した乙女のような目をしてたくせに」

 たしかにレイシアは桜を見つめていたが恋した乙女のような目をしていたかというと、違う気がする。

 ただ単に桜が敵になるか味方になるか、見極めるような眼差しのように桜は感じていた。

(そういえば、白綾学園(ここ)にいる宝玉皇族はレイシアのほかにまだ、何人かいたような……)

「私はレイシア・ルーク・ダイヤモンドに決闘を申込む」

「貴女は相手の力量を知らずに挑むんですね。いいでしょう。受諾します」

“決闘の申込みが受諾されたことを確認されました。今からFGDを使用し、フィールドを展開しますので、関係者以外は離れてください”

 雪乃、レイシアから皆離れていき、二人の中心から一つの光が灯り膨張していく、二人が光に包み込んだ瞬間、一気に縮小していき消えた。二人の姿も光と共に消えていた。そして、映像が天井ぐらいの高さで映し出され、その中に二人が映っていた。

(雪乃が僕以外の人にムキになってるところ初めてみました)


 雪乃達がいる空間は最新のシステムで造り上げた空間、自分を写す鏡のような透き通った巨大な氷が多々あり、強い吹雪が吹き続けている白銀世界。

「この空間は貴女が得意としてるフィールドですか」

 レイシアは興味無さそうに訊ねる。

「そうよ、ここが私専用のフィールド、氷と雪の世界」

 そう、ここは雪乃の能力が最も活かすことができる空間だ。

 レイシアは一つ溜息を吐く。その後、鋭い視線を雪乃に向ける。

「貴女には失望しました。自分の有利なフィールドを選ぶとは、自分の弱さを明かしているのと同じです。貴女は私の相手になりません」

「そんなことはこの決闘で、いやでも知ることになるわ」

 レイシアは、もはや雪乃を視界に入れていないようだ。見たとしても、愚かな者を見るような目で見るだろう。

 彼女は、ある方向を見る。そこは、桜が映っている映像だった。

「兄さんばかり見てるけど、兄さんのどこがいいのよ」

「貴女に問いますが、貴女のお兄さんは神無月の生き残りですか」

(えっ!!)

「に、兄さんが神無月の生き残りって、どこからそんな発想になるのよ!確かに剣術や槍術とかは兄さんに敵う人はいないけど」

 雪乃は、まだ知らない。自分と桜は血の繋がりがない義理の兄妹であることを、だから雪乃は信じている。同じ血が混ざる自分だったら、桜以上の実力を身に付けることができると。しかしそれは、叶うことのない。そして、儚い希望だ。どんなに頑張っても、どんなに努力しても、どんなに信じていても、到達するところは限界で、それを越えることができる確率は0に近い。

 雪乃とレイシアは互いの魔器を展開する。雪乃のリストバンドとレイシアのネックレスが輝きを帯びる。

 雪乃の魔器は双剣で、銘を白虎、雷の魔器。一方レイシアの魔器は雪乃と同じ双剣で、銘をドラゴンスレイヤー、ドラゴンスレイヤーは神話にでる英雄の剣で、本来は二本の剣でなく、一本のはずだが、何か秘めたる力が潜在しているのだろうか。

 試合が始まり、両者は剣を交える。しかし、時間が経つにつれ雪乃の様子がおかしくなる。剣を交える度に雪乃が剣を引いている。何故だ。何故、押すではなく、引いているのかが桜には理解不能だ。

「貴女は弱い」

「な、なんですって、私は弱くない」

「いいえ、貴女は物凄く弱い」

 レイシアは雪乃を試すかのように挑発する。そこで雪乃は苦虫を噛み殺した顔になり、米神に血管が浮かぶ。

 雪乃は口を小刻みに動かす。何かを発音しているようだ。レイシアに話し掛けているようには見えない。

 レイシアはそれが何なのか理解したようだ。

 魔法だ。雪乃は魔法のスペルを唱えているのだ。

「貫け、ブリザードアロー」

 大量の氷柱がレイシアを襲う。レイシアはそれでも微動だにしない。代わりに迎え撃とうとしている。一方の雪乃はスペルを再び唱える。大量の氷柱とレイシアが激突した。その衝撃で、積もっていた雪が舞い上がる。

「私にそんな小細工は通用しません」

 レイシアは魔器を振るい、雪を払い除ける。

 しかし、雪乃の姿は見当たらない。レイシアは辺りを見渡す。その時、レイシアの背後から手が伸びる。

「通用しないと何度言ったら分かるのですか」

 レイシアは自分に触れられる寸前に気配を感知し、魔器を振る。しかし、手は斬れない。いや、レイシアは斬っていないのだ。これは比喩ではない。

 雪乃の得意としている魔法は、氷ともう一つは幻影だ。

 つまり、レイシア幻を見せられ、それを斬った。ただそれだけの簡単なトリックだ。雪乃本人はまだどこかに隠れている。また、雪乃の幻と思われる影が何体かレイシアに向かってくる。

 レイシアは目を閉じた。そして魔器をある一定方向に向けた。すると、魔器を向けた方向から来た雪乃は止まり、他の雪乃はレイシアの身体を透き通って行った。

 外側の生徒は映像を見て歓声をあげていたが、それほどのことで興奮するようなことではないと、桜は思っていた。もし、桜がレイシアの場所に立っていたら、レイシアと同じことをやっていただろう。

 あれは、ただ単に目を閉じている訳ではない。心の目で見ている。何処に敵がいるかわからないとき、目に映ってないときのための技術だ。音、気配、様々な要素を感じ取り敵を見つける。

「その程度ですか、白雪 雪乃」

「まだよ、何故私はこのフィールドを選んだと思う?」

 レイシアは理解できない様子で頭を傾げる。

「答えはこうよ!」

 雪乃は片方の魔器を雪が積もっている地面に突き立てた。すると、

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 レイシアは痙攣を起こした。いや、雪乃の策によって起こされたのだ。いや、雪乃の策によって起こされたのだ。

「何故、雪は電気を通さないはず」

 レイシアの言う通り雪は電気を通さない。水は電気を通すから雪も通すだろうと思うものが多いだろう。しかし、実際は流れない。雪乃はどういう策を取ったのだろう。

「そんなに不思議なら下を見たらどう?」

 レイシアは雪乃の言う通りに下を見た瞬間、驚くべきことが起こっていた。積もっていた雪は二割が水になっていた。

「これはどういうことですか?」

 さすがのレイシアも雪がどうして溶けていたのか理解できないだろう。

「私の白虎は雷属性の魔器なの、雷は電気とそんなに変わらないの、ただ、天から降ってくるだけで、そして、電気は色んなエネルギーに変えることができる。つまり私は電気を熱エネルギーに変えて雪を溶かした。ただそれだけよ」

 レイシアは納得したが、冷たい目を雪乃に向ける。失望した顔だ。彼女がその顔を露にしたのは今で二度目だ。

「貴女には私を失望させることしかできないのですね。相手の力量を見極めないで、先走っては勝つことはできません」

 そう言うと彼女はスペルを唱えた。

「貴女は選ぶ相手を間違っていたのです。私のランクはSSSSS(レジェンドエス)です。SSS(トライエス)の貴女では私に勝つことは不可能です」

 レイシアの後ろに巨大な暗黒の球ができ、膨らんでいく。そして、雪乃に向けて放たれる。

 そこで試合終了のサイレンが鳴り響いた。

 レイシアと雪乃が空間から帰還したが、雪乃は気絶していた。それでも歓声と拍手は止まなかった。二人の闘いがそれほど彼らにとって素晴らしいのだろう。

 担架で運ばれていく雪乃を見送る。と同時に背後に悪寒が走り桜は振り向いた。その瞬間、風が吹き抜け桜の足下にクレーターができた。

 皆レイシアを見た。しかし、桜とレイシアは別の方向を目を向いた。そこには、授業中であるはずの先輩、生徒会長の来崎 刀華がサファイアのように蒼く煌めく髪を揺らし、立っていた。

「刀華さん、何故、二年の実習に三年である貴女がいるのですか」

「ん?それは生徒の実力を知っておくためよ」

 桜は彼女が生徒会長になる前から実習を密かに見学していたことを知っていた。見学するようになった訳は前生徒会長を剣だけで倒したことが原因だ。

 あれは桜が入学してまだ間もない頃、当時の生徒会長は魔法が最優先で魔法が全て、頂点に立つべきものは魔法だという考えを持ち、それを誇りに思っていた。ある日、桜はそんな考えを持つ生徒会長にぶつかり、桜は当時の生徒会長に「これだから魔法が使えない者は、ここは魔法を学ぶためだけに創立されたのに、無能が何故いるか俺には理解ができん。それに、魔法が全てだ。武器振るうことしか脳のない者はここから去ってもらいたい」と罵声を浴びせられ、桜はその時こう告げた。「貴方がそれでは皆を不幸にします」と

 その時、生徒会長は短気なのか、顔を紅潮させて桜に決闘を申し込んだ。近くで見ていた当時二年の刀華は決闘の審判としてその決闘を見守ることになった。

 連れていかれた先はアリーナ、そこで行われた闘いは一方的で残酷な闘いだったが、桜の一言によって状況が一変した。その時の言葉、「能ある鷹は爪を隠す。しかし、能のない鷹は爪を隠さず出したままで、自分の過ちにすら気付くことができない。貴方みたいな人が奈落の底に堕ちていくのでしょう」

 そう告げるよう発した後は、悉く魔法を魔器で打ち消し、悉く対戦相手である生徒会長を斬り刻んだ。

 その決闘は桜の勝利で幕を閉じた。

 生徒の頂点に立つ生徒会長は、あの闘いを境に白綾学園に姿を見せることはなかった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「何故、諦めないのですか。僕はあの力をあの時、解放してましたが、もう解放することは無いと思います。時が来るまでは………、」

 桜は儚い表情の顔を空に向ける。普段の顔だが、何故かその顔は助けを求めてさ迷い、哀しみ、嘆いてるようだ。

「なら、私がその時というものを作ってあげる桜、今から私と決闘しなさい」

 刀華は真剣な眼差しを桜の向けた。

(私はあの時、君に魅了した。突然身体に巻き付いていたかのように顕れた白い鎖を破壊した時の君は言葉じゃ表せない程の強さ、迫力、圧力があった)

 刀華の脳内にその時桜の闘う姿を思い描いた。その姿は今とは全く異なり、さらに戦闘能力までもが別格だった。

 桜はひと息をつき

「あの時はあの人が禁忌を犯したから自分を解放して迎え撃ちましてが、貴女に使うことないと思いますが」

「それでも私は貴方と闘ってみたかったの」

 刀華は前から桜と決闘をしたいと思っていた。最初は桜の闘い方を見てるだけでいいと思っていたが、見ているうちに桜と手合わせしたいという思いが芽生えたのだ。

「分かりました。受けて立ちましょう。その決闘を」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 桜と生徒会長の来崎 刀華が映しだされた映像を皆見ている。その中でも二人だけは皆とは異なっていた。

「ねえ紗織、今度こそはワザと負けることができると思う?」

 ブロンドの髪に鈴が付いた黒いリボンが目立つ彼女は飛鳥に向く。

「多分、無理だと思います。できるとしたら、相手がレイシアさんの場合だと誰にも気付かれずに成功するのではと私は考えています」

 飛鳥の質問に翳吹(かざぶき) 紗織(さおり)は答えた。二人は桜の本当の実力を知っている様子だ。

 皆、映像を見て歓声をあげている。映像に映し出されている二人は魔法を一切使わず、激しくぶつかり合っていた。どちらが優勢か訊ねると殆どの者が桜を指すだろう。しかし、勝負の行方は謎でどちらが勝つか分からない。

「さすが桜君ね、でもそれじゃ私には勝てないわ」

 刀華は構えを正すと長剣の魔器、ディメンジョン・ネーベルに水が纏うように渦巻き露る。魔力の流れが感じない。桜は即座に水の正体は魔法で生み出されたものではないことを理解する。

 刀華は魔器を後ろに引き、力強く振り上げる。すると、魔器の軌道から水の(やいば)が生まれ、桜を襲う。

 桜は魔器、白龍桜月(はくりゅうおうづき)で構え迎え撃とうと計らり見たが、それが間違いだと、考え改めることとなる。

 刀華が放った水の刃は桜の白龍桜月をすり抜けるように弾かれること無く桜の身体を切り裂いた。

 桜は今の出来事で、何故塞ぎきれなかったのか、刀華のディメンジョン・ネーベルを見てても答えはそう簡単に分かる訳ではない。理解に少し時間がかかり刀華に向き直る。

「私の魔器は特別なの、全ての物質に不反応を起こす汚れなき水。この水を躱すこと以外の行動は皆無」

 桜は白龍桜月を下ろした。その行為は戦意喪失と読み取ることができるが、桜の場合は違った行為だ。

「さあ、あの時の君みたいに力を解放しなさい。白雪桜」

 刀華は水の刃を放ち続け、桜はそれを躱し続ける羽目になった。

 しかし、

「貴女の実力は限界と判断していいですね」

「それはどういうこと?桜君」

「そのままの意味です。生徒の(おさ)の刀華さん」

 刀華は理解できないのか、考え込んでいる。

「そんなに考えなくても分かることです。刀華さん、今の貴女が限界の達しているということです。僕は闘った力量を見極めることができます。たとえ相手が本気を出さなくても……」

「それなら君も限界なんじゃないの桜君」

 力を解放しない桜の限界はとっくに表れているのだと刀華は感じたのだろう。

「刀華さん、貴女は何か勘違いをしているようですが、僕は、限界その物を体験したことがありません」

 桜は限界を感じたことが一度もない。これは事実で結果だ。

「でも、君は先程から避けてばかりなのよ」

「そうですね、でも、もうそろそろ始まると思います。更なる高みへの昇華が」

 そう言い放ったと同時に桜の魔器、白龍桜月が輝きだす。その輝きはフィールド一帯を白に染める。

「白龍桜月は……」

 輝きは弱まること無く力を増すように輝く。

「進化する!!」

 輝きが次第に収まり、白龍桜月が姿を顕す。しかし、姿形は先程と全く変わらない。

 誰もが不発で終わったのだと思った。

「桜君、ハッタリはかましても通じない相手には通じないわよ」

「そうですね、目眩まし程度にしかなりませんね、ですが、この進化は姿形だけではないと知っておいてください」

「つまり、進化したのは姿形でなく」

「はい、この白龍桜月の特性を進化させました」

 桜の魔器の進化には三つの方法がある。

 一つ、姿形を変化させる

 一つ、自身の特性、能力を変化させる

 一つ、姿形、特性と能力を二つ同時に変化させる

 これが桜の魔器に備わった進化だ。

 刀華は不反応を起こす水を放つ。

「でも、私の水からは逃れることはできない」

 ディメンジョン・ネーベルの水は桜に迫る。しかし、後数センチのところで、二つに割かれて桜の両側を通り抜けた。

「え、今、水を斬った?」

 そう、桜はたった今、不反応を起こすディメンジョン・ネーベルの水を斬り裂き避けたのだ。

「これが桜君の言う進化ですか、ですが本当にそれだけですか?君の進化は」

 含みのある言い方をする刀華、しかし桜は肯定するかのように口を開かない。

 桜は動く。刀華の魔法などが襲ってきても斬り裂き刀華のもとに到達したと同時に白龍桜月を逆手に持ち変えて柄で腹部に入れる。

「刀華さん、貴女が本気を出さない限り僕は負けることができません。ですので本気を出してもらえませんか」

「そう、桜君は今まで負けたことがない。だから一度は負けを知りたいと………、ですが、ここは教育の場です。君の都合に合わせることはできない。君が本気を出さない限り私も出しません」

 あの力を解放するには状況が悪すぎる。そして何より誰にも知られたくない。紗織には知られているようだが、初めて会ったときもそうだ。公園の遊具に座っていた彼女が不意に此方に顔を向け、何処かで会ってるような柔らかい口調だった。

 桜は考えていた。どうしたら無様に負けることができるか、どうしたら負けることに専念してることがバレないか、どうしたら彼女らの視界から桜が消えるかを………。

「刀華さん、それは違います。僕は負けが知りたいという考えは一切ありません。でも、負けたいという気持ちはここに入学してから一度も変わりません」

「言ってることが分からないのだけど、桜君は何が言いたいの」

「負けはもう既に知っていると言ったら、分かりますか」

 この言葉を全校生徒が聞くと驚かれることだろう。実際に眼前の生徒会長の刀華は目を丸めて驚いている。しかしそう驚くことではない。

 昔の桜は周りに特別な人しかいなかった。四季一族に負けず劣らずの村人、神族に魔族、そして剣神の使い手がいたあの頃は桜はいつも負かされていた。桜剣を会得してない桜は毎日自分だけの剣をあるいは自分を探していた。

 そんなとき、こんな言葉をかけられた。「君の剣には君が見えない」それは当たり前のことだが、次の言葉で桜の桜剣は生まれた。

「上乗せされているのか自然と躱しているのか隠れているのか、その所為で君が見えない」

 僕の剣が、僕が見えない。上乗せ、躱す、隠れる、桜の頭にそれらの言葉が過り、桜剣が誕生し、誰の剣をも上回る剣となった。例えそれが剣神の剣と交えたとしても白星をつけることができるようになった。

 だから桜は負けを知らないという訳ではない。寧ろ圧倒的な相手に負け、悔しさを知っていたから強くなれたと言っていい。

「僕は誰よりも負けを体験してきました。だからあの頃は誰よりも悔やみ泣き、鍛練を積んできました」

「君に悔しい感情が本当にあったのか怪しいけど、なら何故負けたいと思うの?あの時のようにあの力を使わないの君には負けの感情を知っているはずよ」

「僕には昔のような感情はありません。僕の心の叫びすら聞こえない。僕があの時、力を解放できたのは幾つもの条件をクリアできていたからです。僕には何重にも封印が施され、その一つ一つの封印に解くための条件があります。それら全てを満たさない限り力を解放することは敵いません。それに」

 桜は思う。自分があの日、あのままだったらどうなっていたのか、身を滅ぼすことになっていたのかもしれない。あの人にあの言葉をかけられなかったら………。

「それに僕は自身の力を使う相手は自分で決めます」

 桜は魔器を顔の横で構える。

「そう、君はずっと宝の持ち腐れでいたいわけね、でもね、私の剣の腕も甘く見ないで」

 刀華は地を蹴った。桜は刀華と直接魔器を交えることになり防戦になるばかりで反撃する隙が彼女にない。

「君が本気を出さないなら無理矢理でも出させるだけよ」

 瞬間、桜は彼女の隙のない剣撃を弾いた。


 ──《桜剣》琴平(ことひら)──


 弾いたままの体勢で凪ぎ払う型にもっていく。

 刀華は膝から崩れ落ちて膝魔付く。

 遠い遠い過去の記憶が脳裏に浮かぶ。

 道場に数十人の生徒が竹刀を握り締め、己れの強さのを向上させるために振るっている景色。

「お爺様、何故あの子は皆と一緒に手合わせしないの?」

 まだ十歳にもなっていない刀華は一人の少女らしき人物に指を指しながら訊ねる。

「彼か?彼はしないじゃなくて儂がさせてないだけだよ」

 そう言うと老人は柔らかい笑みを刀華に見せる。

 刀華は自分より年下であろう少女らしき少年に再度目を向ける。

「彼は白雪 桜、あの白雪道場の養子だ。女の子に見えるだろうが男の子だ」

 刀華は疑問に思っている。何故名門中の名門とまで言われ、神無月家の剣術をも凌ぐことができるだろうとまで言われる家の者がここ、来崎家の道場にいるのだろうか。どうしても理解できなかった。

 来ていた理由を知ったのは刀華が高校に入学して半年経った頃だ。

 その頃はもう既に桜は道場に通っていなかった。

 祖父に告げられたあの言葉「あの子は神無月の血筋の最後の希望、死なせてはならない存在なのだ。だから近くの道場全てに通わせていたそうだ」その言葉を訊いたときは驚きがどうしても隠せなかった。

 ───私は桜君、君をずっと前から妬んでいた。あの時まで、


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 桜と生徒会長との試合に皆感動していた。

 皆予想できなかっただろう魔法を一切使わず、魔器だけの激突で桜と生徒会長の実力を僅かながらも知ることができ、二人とも魔法を唱える時間を与えない速度で斬撃を繰り返していた。殆どの者は到底敵いそうにないと思っただろう。中には重双を考えている者もいるだろう。

「紗織の言う通り桜が勝ったね」

「ええそうね」

「フッ桜に勝つ奴はそういないだろう。あいつが自ら負けることができる相手はお前さんら二人と」

「えっ俺もその中に入ってるのか」

「レイシア嬢にも可能だろう。お前は加減することを忘れていて命の危機に迫るだろう。結城だったらな。俺はあいつにとって力不足に感じるだろう」

 そう言い残すと去ろうとする。しかし、数歩歩いたところで振り返る。

「ああそれと桜の右腕の包帯はなんだ?白綾学園の頭脳の俺でも分からないことがある。あいつはいつも左で魔器を持っているが、あれは傷か?二人は知ってそうだが」

 紗織と飛鳥は一瞬肩を震わせる。二人は桜の過去に何があったのか分かるようだ。

「それとも、呪いなのか」

 二人は黙ったまま光輝に見向きもしない。

「まあいい、時間をかけてじっくりと調べればいい」

 光輝はそう言いと去って行った。

 結城は好奇心満載の顔で二人を見詰めるが、完全に無視されている。周りからは残念で可哀想な奴だという視線を浴びているだろう。しかし本人はその視線にすら気付かない。どこまで残念なのだろう。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 今はショートホームルームが終わり放課後で教室には一人の少女を除いて誰もいない。当たり前のことだが、しかし帰る者がいない。

 皆流れに沿って行ってしまったのだ。レイシアの放課後に言った言葉『私と桜は今から第一アリーナで決闘を行います。見学したい方は遠慮せず来てください。私がこの人の本当の力を解き明かして見せます』その言葉が皆の興味を引いたのだ。

 一人の少女、翳吹 紗織は誰もいない教室で一人呟いた。

「フフッ桜さんはSS(ツヴァイエス)以上の方には目をつけられやすいですね、漏れでる力の所為なのかもしれませんが、レイシアさんは何か勘違いしているようです。貴女では桜さんの本当の力を見ることはできないと思います。何故なら貴女は条件を満たしてないから、桜さんの封印されし力の解放条件を……」

 紗織はそう独り言呟きそれを陰から盗み聞きしている者がいた。普段は余裕を持った顔をしている少年、光輝が珍しく訝しげな顔をしていた。

「桜の封印されし力、その封印の解放条件、桜には謎が多いが、奴も掴み所がない。桜と紗織にはどういう接点があると言うのだ」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 第一アリーナには見学者で埋まり切っている。そしてフィールドの中央では桜とレイシアが魔器を交えている。

「何故システムを作動させないのですか?」

「その方が皆に貴方の力をハッキリ伝えることができるからよ」

 レイシアは桜の力を皆に知らせて何がしたいのだろう。何か得る物があるのだろうか、それとも、自分の物語に何か影響を及ぼすのだろうか。

 彼女が何を企んでいるのか分からない。

「ですが、貴女では僕の力を開花させることは敵いません」

「それは何故?」

「貴女が力不足という訳ではないですが、僕の力を解放させるには貴女では力を解放するに足りないことが多くてできないだけです」

 そう、桜は自分では封印の所為で解放する事ができない。解放条件、それは無数にあり、どれも何が条件になっているのかが判明していない。

「私相手では剣神になることできないと」

 レイシアは勘違い、いや、罠から抜け出せないでいる。桜が剣神の末裔というのは兄、神無月(かんなづき) 一樹(いつき)が剣神であることを隠す為の罠。桜は強すぎた。だから身代りの影武者になることになった。しかし、剣神である兄はもうこの世にいない。だからもう隠す必要は無くなった。

「残念ですが、僕は剣神の末裔ではありません。剣神の末裔は殺された僕の兄です」

 その言葉を訊いたレイシアは有り得ない、と驚いた。

「その代わりと言ってはなんですが、その剣神をも後れを取らないぐらいの実力を御見せします」

 桜は勢い付く、表情は変わらないが覇気があるように感じるのは何故だろう。

 桜は全てに置いて速度があがっていく。レイシアは防御体制を保つことに一杯一杯だ。

(何故私の魔器が押されている。重さなど神無月家には通じないというの)

 そんなとき桜に隙ができ、レイシアはそこに向けて振りかぶる。その瞬間、


 ──《桜剣》桐ヶ(きりがや)──


 レイシアのドラゴンスレイヤーは桜の白龍桜月によって吸い込まれるように左の反れる。そして桜はいつの間に自身を回転していたのか、その回転の勢いを利用しレイシアに一撃を加える。

「さすがですね桜さん、神無月家だということはありますね、しかしこれはどうですか?」

 レイシアは魔法の詠唱を始め、(てのひら)に黒い焔が集まっていき大きさをます。やがてアリーナを包み込む程の大きい玉になった。

 それを桜に放つ。しかし、桜に当たる直前で消滅した。


 ──《桜月》染井吉野(そめいよしの)──


 いや、斬り裂いたのだ。しかし斬り裂いただけではあれだけでかかった黒い焔は消えるはずがない。でも消えた。どういうことか、避難しかけた生徒は桜を眺め疑問に思う。どうしたら消せるのか。

 桜の魔器、白龍桜月は白い得体の知れない何かを纏っている。

 レイシアは桜の光景に気圧(けお)された。いや、桜の背後に広がる光景に驚きが隠せない程の圧力に押された。

 桜の背後には名高い武芸者がいる。幻かそれとも霊体として彼を護っているのかは分からない。しかし、それが彼の強さを表す根源なのだろう。

「近くに化物じみて直ぐに大技を放ってくる人がいると自分まで化物じみた実力を身に付けしまう。特に僕の場合は化物としか言えない人たちしかいなかったので化物以上の化物になってしまいました」

 レイシアは震え上がる身体を抱きしめながら、先程の魔法放とうとする。しかし、ある程度の大きさになると四散し、レイシアは膝から崩れて倒れた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「次、No.007、コードネーム、ソレイユ」

 私は隠密に暗殺を繰り返す暗殺者を育て上げる孤児院にいた。

 そこに拾われた又は誘拐された子供は心を消され、隠密に暗殺する訓練の日々を送っていた。付いて来れない者は直ぐに処分されるそんな日々のなか、


──そんなのに自分の人生を潰されていいのか?──


 突如そんな言葉が室内に響いた。そして莫大な魔力を敏感に感じる。

 その時、監督室が何の予兆もなく爆発が起き、監督をしていた大人は皆死亡し、子供達は暗殺者を生み出す孤児院という監獄から脱け出せることができた。

 そして家が無くなった子供達は住みかを探す為に前へ前へ歩き出す。

 そんななか、一人の少女はダイヤモンド家に養子として引き取られた。ダイヤモンド家は裕福で文句の付けようがない生活だった。

 しかし彼女はとても居心地が悪かった。家族はいつも笑顔で不自然で自分に何か隠し事をしているのではないかと、だから、神無月がいる日本へ、あの人がいる国へと逃げ込んできた。

 でも現実は酷いものだった。

 神無月のいる村はもう、無かった。

 そして、残っている情報は、神無月の生き残りがいることだけだった。

 私は徹底的にその生き残りを探した。

 白綾学園で彼を見たときは神無月の者だと直ぐに分かった。何故ならあの時、窓から見えた黒髪の彼と似ていた。だから分かった。そして彼の実力を知る為に試合を挑んだ。あれでも本気は出していなかったのだろう。

 だから私は決心がついた。私は彼を全力で倒す。


 レイシアは夢から覚める。

 まず、視界に入ったのは真っ白な天井。

「ここは……」

「目が覚めました?」

 レイシアは声がした窓辺を見た。

「貴女は魔力の使い過ぎました。後先考えずにあれを使うから意識を失うことになるんですよ」

 窓辺で壁に寄り掛かって外を黄昏してる桜がいた。彼の白く長い髪は風に煽られ動物が尻尾を振っている様に思わせる。表情は無く、しかし何処か哀しんでいる様に見える。

「そして貴女はバカですね」

 息なり過ぎる桜の言葉にレイシアは言葉が返せない。

「あれで剣神と対等に闘える僕と本気で闘えると思ったのですか?」

 レイシアはそんなこと思っていなかっただろう。逆に力を追い求めての判断だったのだろう。

 桜はドアの前まで歩み、レイシアに振り返るそして──


──貴女の物語は誰が綴っていますか──


 そう言い残すと去って言った。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 白い花弁が舞う並木道を歩く桜、長い髪は花弁に馴染み、瞳は紫と紺のオッドアイ、絵に描いた美しい女性と思わせる容姿、表情は無表情ながらも儚げな感情を感じさせる。

(また、負けるはずが、勝ってしまった)

 公園に差し掛かった所で二つの影があることに気付いた桜は振り向く。

 そこにいた影の正体は紅髪と金髪の幼い子供だった。

 その二人が桜の遠い遠い過去の記憶を思い描いた。


 ──遅いよセレナ!もっと早く

 ──待ってよゼフィちゃん!

 その二人は仲が良かった。今の二人の子供達みたいに、

「遅いよ最も早く走らなきゃ」

「早すぎだよー、ハァハァ」

 息が切れている紅髪の女の子は地面に座り込み、そこで桜の存在に気付く。

 その子はただただ桜を見詰めるだけで、もう一人も気付いて桜を間近で見詰める。

「お姉ちゃん美人だね!一緒に遊ぼ!」

 この瞬間、桜の背筋に悪寒を感じた。

 ナンパでいつも言われる言葉。

『ねぇねぇ姉ちゃん美人だね、一緒にデートしない?』

 そんなトラウマが頭の中に過ってしまう。

「き、君達の名前は?」

「名前?えーと名前はー名前はー名前はー、なんだっけ?」

 本当に忘れたのだろうか。二人とも首を傾げながら考えている様子。

「名前が無いということはないと思いますが、どうしたのですか?」

「全然思い出せない!」

 金髪の女の子は訝しい顔で考える。そして紅髪の女の子は自分の名前が思い出せないことで号泣しはじめる。そこへ学園理事長が通りすがった。

 まだまだ続きます。

 分割で書いていくのもメンドーだなぁ。

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