↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
五章 これからの二人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/30

30.放置されたい私と何も知らない旦那様




 よく、晴れている。


 広場には沢山の人が集まっていて、そのほとんどはゼイルの住民だ。私達――…いえ、シーラとレオンさんにとっては、顔馴染みも多い。

 修理された舞台は飾り布と花々で彩られ、主役の登場を待っている。


 衝立の向こうから聞こえるざわめきは期待だろうか、懸念だろうか。

 心を落ち着けようと深呼吸する私を見て、ユリウスが小首を傾げた。


「緊張してるのか?」

「ええ、それはもう。貴方は?」

「同じくだ。討伐任務より断然緊張しているかもしれない」

「ふふ」

 到底そうは見えないけれど、本人が言うのだからそうなのでしょう。

 品のある上質な紳士服に身を包んだ私の旦那様は、今日も今日とて冷静なお顔で。エスコートのために差し出された手に自分の手を添えて、私はくすりと笑ってみせる。


「大丈夫よ、ユリウス。私が一緒なんだもの。」

「…ああ。君も、俺が傍にいる事を忘れないでくれ。」

「もちろん頼りにしているわ。とってもね」

 私が纏っているのは青紫の花飾りを散らした水色のドレス。

 ユリウス様の襟元を飾るのは私の瞳と同じ色のペリドット。


 私達は今日、新しい領主夫妻としてゼイルの人々の前に立つ。


 壊れた家屋は直され、遠くに見えていた傾いた物見台も、今やすっかり修復されていた。

 またここから街が再出発するのだと示すために、新しい領主夫妻の紹介は確かにうってつけでしょう。


 前任であるメルテンス伯爵は民に好かれていたけれど、その夫人は凶行に走ってしまった。

 発端となった伯爵の浮気疑惑は無実。伯爵は自分の説明で夫人が納得したと思っていたけれど、実際にはそうでなかったという事らしい。


 うちの夫(ユリウス)ときたら誤解を与えがちなので、いつか似たような噂を流される日が来るかもしれない。

 その時は私が気をしっかり持たなくては。……私はたぶん、夫人のように突然復讐するよりは、キッパリ聞いてしまうと思うけれど。

 だって、相手はあのユリウスだもの。


「俺の顔に何かついているか?」

「いいえ、何も。」

 この、ユリウスだもの。

 うっかり女性を勘違いさせて相手が舞い上がり、その方がユリウスがいないところで私を見下すとか、そんな言動をされる日がくるかも……?


「マリアンネ」

「な、何かしら。」

「考え込んでいる君を見たら、抱きしめるか手に口付けるか……何かしたくなったんだが、悩ましい。どっちならいい?」

 直球で聞かれるこっちの身にもなってほしい。

 黙って悩まれたままの方が困るけれど、その内何か仕返しできないかしら。頬が熱い。


「………両方したら、いいんじゃない……。」

「それもありなのか。わかった」

 早速と言わんばかりに手を持ち上げられ、指の背に柔らかい感触。慣れない。

 そうして、化粧や髪を乱さないよう気を付けて、そっと抱きしめてくれた。

 別に、私が両方してほしかったわけではなくて。ユリウスがしたいなら、私は構わないわって、そういう事よ。


 身体が離れて、つい、彼の水色の瞳を見上げる。

 温かい手のひらが、まるで宝物にそうするように優しく、私の頬に触れて。


「…顔が真っ赤だ。俺の事が好きだと思ってくれてると、そう考えていいか?」


 熱のこもった眼差しで、甘い声で。そんな事、今、言わないでほしかった。

 図星をつかれてますます顔が熱くなる。ええ、好きよ。大好き――なんて、今。言えるわけがないでしょう!ここがどこだと思っているの。


 彼の胸を押して少し距離を取り、こほんと咳をしてみせる。

 汗が滲みそうなほど熱い頬は、どうにか手で扇いだりして。


「いくらでも考えていいけれど、今この話はやめましょう。私達、これから舞台に上がるのよ。こんな顔じゃなくて、冷静になる必要があるの。」

「確かに、君のそんな表情は俺だけの特権な気がする。続きは家に帰っ」

「ユリウス。一旦黙ってもらった方がいいかもしれないわ、真剣に。」

 落ち着き払った顔をして、一体何度私をどきどきさせるのか。もはや怖いまである。失敗できないのよ、今日は。

 ただでさえ緊張してるのに、まったく。胸に手をあてて深呼吸、深呼吸。

 すーはーと幾度かしたところで、騎士服に身を包んだプリスカがひょいと顔を覗かせた。


「お二人とも、出番です。」

「わかった。行こう、マリアンネ」

「はい。」

 大丈夫、私達はやれる。

 気を引き締めてユリウス様と手を重ね、淑やかに歩き出した。


 音楽と共に私達が姿を現した途端、広場から歓声が上がる。

 純粋な応援の声もあれば、恐らくユリウスの美貌にでしょう、きゃあきゃあと黄色い声も上がっていた。若過ぎないかとどよめく声も、先が長くていいじゃないかと笑う声も。


 ああでも、嬉しくてたまらない。


 人々が逃げ惑いがらんとした大通り、遠くには幾つも煙が上がり、聞こえてくるのは破壊音ばかり――…そんな風景はもう、ここにはない。

 活気溢れる彼らの姿が、私を安心させてくれた。


 眩しく思いながら広場を見回すと、思った通り私を見て首を傾げる人や、特に反応がない人、ぽかんと口を開けている人もいて。

 私とシーラでは髪色やお化粧、衣服と佇まいの違いがあるけれど、気付く人は出るでしょう。事前に伝えていたおかみさん達が静かに手を振ってくれて、こみ上げる涙をどうにか堪えた。


 ひとしきり歓声と拍手を送られて、少し静まったところでユリウスが息を吸う。

 彼が話すと察して、誰もが口を閉じ耳を傾けた。


「――初めまして、俺はヴィンケル伯爵家のユリウス。こちらは妻のマリアンネだ」


 夫の紹介に合わせ、わたくしは丁重に淑女の礼をしてみせる。

 そしてレオンさんだった時の彼は姿こそ違っても、声や仕草は変えていなかったせいだろうか。警備についてくれている騎士達が数人、訝しげにユリウスを見ていた。


「皆が知っている通り、先だっての事件はヘンドリカ・メルテンス夫人の乱心によって起きたものだった。ゆえにメルテンス伯爵は爵位を返上し、この領地を治めるにあたって俺は別の名を賜っている――クライフ伯爵、と。」


 少しどよめきが起きる。

 夫人の被害者である伯爵を憐れんでいるのか、クライフ伯爵領へと変わる恐れだろうか。そんな反応にも、ユリウスは動じていないように見えるけれど。


「それはさておき。街の名は変わりないし、領主が違うからと言って、税率が急に変わるわけでもない。ただ、領主館はゼイルに建てる予定でいる。この地を知るために歩く事もあるだろうが、あまり気にせず過ごしてほしい。」


 淡々と告げるユリウスに、人々はもはや呆気に取られている。

 感情があまり伝わってこないので、信じていいのだかまだ様子を見た方がいいのだか、上手くわからないといったところかしら。

 領主館をゼイルに建てるというくだりでは、かなり驚いた反応が多かった。歴代の領主が避けていた事であり、領民もまた「当然」と考えていた部分。


 わたくしもいいかしら。

 そんな気持ちを込めてユリウスに微笑みかけると、彼はきょとりと瞬いてから当然のように頷いた。

 その仕草、ちょっとレオンさん過ぎるわね――なんて思いながら広場を見回し、口を開く。


「ご機嫌よう、強き街ゼイルの皆様。改めて、わたくしの名はマリアンネ……こうして()()()ご挨拶ができること、嬉しく思っています。」


 私とて、シーラの時と別人の声を意識しているわけではないけれど。

 貴族として話す時は抑揚の付け方や口調がまるきり違う。それでも、わかる人にはわかるだろう。


「わたくし達は同じ地に住む隣人でもあるのですから、お会いした時には気軽に挨拶を交わせるようになれたらと。決して、皆様が過度に畏まる必要はないのです。逐一立ち止まって頭を垂れるような仰々しさは、わたくしもユリウス様も望みません。気にしなくてよいというのは、そういう事です。」


 最後の言葉と共にユリウスを見やれば、彼は素直に頷いた。

 今のところは、淡々とした領主と穏やかな領主夫人、といった印象かしら?正体に気付いている人は、そんな事ないでしょうけれど。


「…見てわかったと思うが、俺は少々言葉足らずな時があるらしい。妻にはいつも助けてもらっている」

「ゆ、ユリウス様…」

 私を立ててくれたのか、いえ、素かしら。領主の威厳的な面では黙っていてもよかったと思う。

 でも小さく笑いが起こったところを見るに、今ので親近感を覚えた民もいるようだ。


「若さゆえに不安に思う者もいるだろう。確かに俺は若輩であり、学ぶ事は多い。尽力するつもりだが、何か疑問や不満があれば率直に聞いてくれ。」

「まものはー?」

「あっ、コラッ!」

 舌足らずな声で聞いたのはまだ幼い子供だった。

 父親らしき人が慌てて「シーッ」と口に人差し指をあてるけれど、子供はそちらをまったく見ていない。


「りょーしゅさま、まものたおせる?」

「倒せる。相手の種類と数、武器と状況によるが。」

「ほんと!つよいの?どれくらい?」

「それなり――どれくらい?どれくらいか…マリアンネ、少し離れていてくれ。」

「?え、ええ…」

 何をするつもりかしら。

 彼の強さはよくわかったつもりの私は、促されるままに舞台の端へ寄った。


「誰か、武器を貸してくれ。」


 貴方が、そんな事を言ったものだから。

 騎士のどなたかが投げたのだろう、それはそれは大きな金鎚が飛んできた。……やり過ぎじゃない!?


 観衆から悲鳴が上がったのも無理はない。

 一歩横にずれたユリウスはいとも容易くその柄を掴み、くるりと回して金鎚の頭を舞台の床につけた。ごつりと重い音がする。


「とりあえず、これを振り回せるくらいだな。今はそれでいいか?」


 広場は、しんと静まり返った。

 多くの民が目を見開いてユリウスを凝視し、そして…


「領主様すげぇええええ!!」

「きゃぁああああ!!」

 野太い歓声と黄色い悲鳴が混ざり合う。びりびりと舞台が揺れそうな程の熱狂。

 …というか、親しい騎士にはこれで完全にレオンさんだってバレたのでは?

 私と同じように幾人かには伝えていたようだし、「知られたらそれはそれでいい」と言っていたから、気にしていないのでしょうけど。

 ひとまず、民の心は掴めたみたい?


「マリアンネ」


 もう離れていなくていいと、ちゃんと応えられたぞとばかりに笑って、ユリウスが手を差し出した。

 私がその笑顔に弱い事とか、貴方はあんまりわかってないのでしょうね。


「まったく、もう」


 苦笑した私の声なんて、この歓声に掻き消されて。

 当然のように手を重ねると、ユリウスは愛おしげに眼差しを和らげて私を引き寄せた。待って、と伝える暇もなく抱きしめられる。


「っ、ユリウス様!」

「断りもなしにすまない、俺は君の笑顔に弱いらしい。だが長官も、こういう場では愛妻家ぶりを見せておけと言っていたし。丁度いいと思う」

 確かに、そうかもしれないけど!

 私を抱きしめてくるくる回るユリウス様、ますます盛り上がる民の歓声には指笛も混ざっていて。

 ああもう、本当に、もう!


 ようやく下ろしてもらった私はどうにか笑顔を作り、ユリウスと舞台を降りながらお淑やかに手を振った。

 最初は緊張した面持ちも多かった皆は、今は笑顔ばかりだ。呆れ気味だったり苦笑してたりもするけれど。ユリウスの人間味を見られてほっとしたのかしら。


 次はバイエンス隊長が騎士団からの連絡事項を話す番だ。

 衝立の裏に引っ込んだところで、私はユリウスをじろりと見上げた。彼がこてりと首を傾げる。


「うん?ああ、ハンマーが飛んできて驚かせたか。俺もまさか…」

「そうじゃなくて。少しくらい、貴方にやり返せないかと思ったの。」

「やり返す?何を――」

 言いかけた彼の腕を引き、素直に背を屈めてくれたところで頬に口付ける。

 さっと離して一歩後退し、目が泳ぎそうなのを堪えてユリウスを見た。私がキスした頬に手を添えて、彼は目を丸くしている。……恥ずかしくて、逃げ出してしまいたいわ。


「…ど、どうかしら。少しは、驚い」

「驚いた。」

 食い気味にきたわね。

 私だって、いつもユリウスからの急な愛情表現に驚かされているのだ。ちょっとくらい、なんて。

 得意げな顔でもしてみせようとして、今しがた一歩引いたはずの距離がもうない。


 あら?

 顔に影がかかる。


 咄嗟に目を瞑ったら、唇に柔らかい感触がしてすぐに離れた。

 瞬けば、ユリウスが熱のこもった真剣な目で私を見つめていて。こちらが溶けてしまいそうなほど。腰に手を回されて。


「今夜、続きをしても?」


 心臓がばくんと音を立てる。

 続きって、()()()()?――そんな事、考えて。

 口を動かしても声が出ない。吐息が混ざりそうな近さ。何か言わなければ、何か。

 小声でもなんとか、声を絞り出して。


「………き、今日は、放っておいてください……」


 恥ずかしいだけ。

 ただ、今、恥ずかしいだけだった。


 いつもならすぐ「わかった」と頷くのに、どうしてか今日は私を見つめたままで。

 ようやく口を開いた彼は、嬉しそうに目を細めた。大きな手に自分の手を包まれてようやく、私がユリウスの服をぎゅうと握っていたことに気付く。これではまるで、離れたくないみたい。


「わかった」


 胸がちくりと痛む。自分が断ったくせに。

 違うのと言いたくても、恥ずかしくて。ユリウスはいつも真っ直ぐ愛を伝えてくれるのに、私はまだまだ、正面から愛を伝えるのは慣れなくて。


「今宵は貴女を逃がさない事にする。」

「え」

「ふふっ……そんな顔をされたら、鈍い俺でも流石にわかる。」

 どんな顔だというの、いえ言わないでほしい。

 くつくつと笑うユリウスは珍しくて、見ていたくて、でも私の今の顔を見られたくなくて。逞しい胸板に頬を寄せて、黙って腕に力を込めた。


「ありがとう、マリアンネ。」

「いえ……私達、夫婦だもの。」


 これもまた乗り越えるべき試練。

 恥じらいは飲み込まないといけないんだわ、きっと。



 覚悟を決めたこの時の私はまだ、知らなかった。


 このやり取りを衝立の裏で聞いていたらしいプリスカによって、夜はツヤツヤに磨き上げられて主寝室へ差し出される事も。

 ユリウスの言う「続き」がベッド上での二時間にわたる甘い口付けと言葉の数々であり、その後は満足げな顔で添い寝される事も。


 もじもじしながらも私からは言い出せないまま、そんな様子を「可愛いな」と溶けそうな声で言われている内に、いつの間にかぐっすり眠って朝を迎える事も。


「……まったく、手ごわい旦那様よね……。」


 昨夜の妻の苦悩など何も知らないだろうユリウスの髪を撫でて、苦笑した。






働き者令嬢マリアンネと、天然騎士ユリウスの物語でした。

お付き合いくださりありがとうございました!

皆様の反応がとても励みになっていました。


◆ヒルベルトや序盤でユリウスが魔法をかけた指輪は、完結済の連載

 「ハムスター王女、隣国王太子のペットになる」にも出てきます。

 (目次ページ下部にリンクあり)

 変身魔法で暗殺から逃れた王女と、とある魔法を使える王太子のお話。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
素晴らしかったの一言に尽きます また再読したいです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。