第八話 まじめにお掃除
正式にシルテットの家政夫として雇われてから、四日後のこと。
「あー⋯⋯ここら辺のよく分かんねぇ本とかは全部ひとつの部屋にまとめるか。で、ついでにさっき見つけた燭台はダイニングにでも持って行って飾るかな」
俺は廊下に並ぶ扉を順々に開け、散らかった家具やら小間物やらを手当り次第マイペースに片付けていた。
家主であるシルテットいわく「最低でも数十⋯⋯んんっ、数年は入ってないわね」とのことらしい。どれほど出不精なんだよ、アイツ⋯⋯。
まあまあ盛大に引きつつも、一応雇われの身としては仕事をサボるわけにもいかず。
今日の分の昼飯を済ませてから三十分ほど休憩したのち、こうやって片っ端から沢山の部屋を掃除しまくっているのだ。
ちなみに仕事着は適当にそこら辺から拝借した。
長らく放置されていたみたいだが、使用された痕跡もないし虫食いもなく、洗濯してみたら意外と状態も良かったしな。何も問題は無い。
「つーか物多すぎるんだよな、この家。アイツ全く部屋から出ねぇ癖にどっから手に入れてんだよ」
なんなら普段使いさせてもらってるベッドとかも、物置みたいに散らかし放題の部屋で見つけたヤツを使ってるわけだし。
探せば何でも見つかるんじゃなかろうか? などと思いながら掃除を続けていた、そんな時。
「⋯⋯うおっ」
偶然足の指先で蹴っ飛ばしてしまった何かがコロコロと転がった。それが何なのか興味を惹かれたので、持っていた雑貨類を一度床に下ろし、視線をそちらへ。
「なんだコレ。水晶?」
拾い上げたソレは、野球ボールよりも一回り大きい透明な球体だった。
曇りなく透き通っており、手頃なサイズ。
玄関先にでも置いておいたら良い飾りになりそうだ。
⋯⋯よく考えたら、この家で玄関と呼べるような場所をまだ見てないな。
と、いうわけで一旦保留。別に俺の部屋に欲しいとは思わないし。
地面に置いた雑貨を再度胸の高さまで持ち上げ、部屋を出る。
片手で持てるサイズの燭台はダイニングへ、見つけた本系はまとめて保管。その他の細々とした小間物類は、後で戻ってきた際に要る物と要らない物で仕分けしよう。
「お、いい感じ。ロウソクは無いけど、まあテーブルの上に何も無いよりかは寂しくないだろ」
まずは燭台を置きに行く。
食卓の真ん中に置いてみれば、サイズもそれほど大きくないため、食事の邪魔にはならなさそうだった。
装飾はそれほどゴテゴテとしているわけでもなく、むしろシンプルなデザイン。殺風景なままだったダイニングに飾るには丁度いい代物だ。
次いで、他に見つけたいくつかの本をどうするか、だが⋯⋯そちらに関しても既に案はある。
俺が色々な部屋を見て回っていた際、中々に背の高い書棚が放置されていた場所があったのだ。
それも俺の寝泊まりしている部屋から近いため。その部屋を書斎代わりにでもしようと、こっそり目論んでいた。
ぶっちゃけた話、暇つぶしが欲しい。
だって俺の財布の中はからっけつだからな。当然、しばらくは頻繁に遊びに出たりも出来ないし。
ならば、ゆっくり読書でもして休日を過ごしてみるのも良いかもな、って寸法だ。
「地球での曜日風に数えたら今日は⋯⋯もう金曜か。明日と明後日は休日ってことになってるしなー。読書に飽きたら、軽く街を散歩ってのもありっちゃありか?」
言いながら本を重ねて抱え、そのままダイニングから退室。
「おっとと⋯⋯」
廊下で軽くバランスを崩しながら目的の部屋の前へ。
手元に積み上がった本のせいで視界が悪い中、なんとかドアノブを手探りで見つけ出し、扉を開けて入室。
そのまま屈み、荷物を床に下ろそうとしたところで。
「ねぇ」
「ふおぅわっ!?」
完全に油断しきっていたタイミングで背後から声をかけられ、本気でビビる。
振り向いてみれば──いやまあ振り向くまでもなく、その声の主はシルテットなのだが。首を回して視線を後方へ向けてみると、彼女は相変わらずの薄着姿ですぐそこに立っていた。
「⋯⋯すっごい驚き方するじゃない。やらしいことでもしてたの?」
「してねぇよ! いっつも飯と風呂以外で部屋から出てこねぇヤツがいきなり後ろに立ってたら、そりゃあこんな反応にもなるだろ!」
なんなら危うく腰が抜けるところだったぞ⋯⋯と、俺は恨みがましげなセリフを零す。
が、シルテットは別段気にした様子もなく、
「ふーん。ドンマイって感じね」
──などと、謝意ゼロの返答。
どうしよう。これがもし見知らぬ男とかが言ってるんなら迷わず殴ってる気がする。
「はぁ⋯⋯。で、何だよ? 引きこもりのお前がわざわざ部屋から出てまで来たんだ、何か用事でもあるんだろ」
売り言葉に買い言葉となるのも面倒だ、と。
軽くため息を吐くだけに抑えて、会話を繋ぐことにした。
「そうそう、用事なんだけど⋯⋯ちょっと懐かしい魔道具の気配があったの。知らない?」
「魔道具ぅ? 燭台ならダイニングに持ってったけど、アレじゃねーの?」
「うーん⋯⋯多分違うと思うわ。燭台型の魔道具で遊んだ記憶なんて全く無いもの。私の場合はほら、もっとこう、ゴロゴロしながらでも遊べるような魔道具なはずなんだけど」
え。何それ、スマホとかゲーム機の話?
一瞬驚いたが、まあ俺みたいに召喚された他の誰かが過去に開発してるって線もあるか。
そう頷いて勝手に納得してみたものの、どうやら違うようで。
「お香とか羽根ペン型。ああ、他にも水晶の魔道具もあったかしら。どれもこれも長い間見てないから⋯⋯うろ覚えね」
思い出す仕草なのか、シルテットは顎に指を当てながら、探し物についての情報を出してきた。
お香、羽根ペン、水晶。どれもスマホやらの現代機器とは程遠い──って、水晶?
「あったぞ。それっぽいやつ」
「え、ほんと?」
首を傾げるシルテットに対し、俺は頷いた。
「適当な部屋の片付けをしてる時に見かけたな。なんか拳大くらいの大きさの水晶玉だろ」
「そうそう! ⋯⋯で、どこ?」
「別の部屋だな」
「⋯⋯えー」
彼女はあからさまに嫌そうな表情をして見せる。
マジでどれだけ部屋から離れたくねぇんだよ。
「分かった分かった。ササッと取ってくるからお前は部屋でぐーたらしてろ」
「おっ、さっすがー! 分かってきてるじゃない!」
コイツにやる気を出させるのも面倒なので俺が動こうとすると、何故だか上から目線のセリフを返された。
やっぱ甘やかすのは良くねぇわ。こういった手合いの駄目人間なんてのは、特に。
「俺も気をつけなきゃなあ⋯⋯」
にこにこ顔で自分の部屋に引っ込んでいくシルテットの背中を見送り、呟く。
俺自身は別に外が嫌いじゃあない。むしろ好きな方だ。
とはいえ、寝起きとかはやっぱり布団から出たくないし。そこら辺を鑑みれば、俺だって自宅警備員になる可能性もゼロとは言えん。
別に引きこもりを否定しているわけじゃないんだけどね? けど、それで誰かしらに迷惑をかけることは駄目だしな。
「ま、当分は大丈夫そうだけど」
だってここ、異世界じゃん。
好奇心の赴くまま外に出て、様々な物に見て触れて。やりたいことなぞ、これから沢山出来ることだろうしな。
つまり、何が言いたいかっていうと。
「魔道具⋯⋯何それ、すげぇファンタジーっぽい」
思わず好奇心から口元がニヤけてしまうような、気になる存在に触れる絶好の機会が目の前にあるんなら。
──そんなの、触れてしまうに限るだろ?