第九話 魔力回路
「ほら。お望みのもん、持ってきたぞ」
俺は仕事としての大掃除を一度、中断。
おそらくは目的のものであろう、ずっしりとした重みのある透明な球体を落とさないよう両手で持ち、だらりと自身のソファで脱力しているシルテットへと話しかけていた。
「ん、ありがと」
彼女は身体を起こし、俺の持って来た水晶玉をひょいと受け取った。
「ソイツが探し物ってことで合ってそうか?」
まるで品定めをするかのごとく、球体を顔の高さまで持ち上げて透かすように観察し始めたシルテットへと、俺は端的に問う。
「──ええ、合ってるわね! 特に劣化も無さそうで何より⋯⋯ってとこかしら」
シルテットは数秒ほど手元のソレを眺めた後、満足そうに頷いた。
反応からして当たりだったのだろう。俺からすれば何の変哲もない水晶玉にしか見えないけれども。
どうやってあの水晶の塊を魔道具と判断したんだろう、ちょっと気になる。
新たな疑問が湧き出るものの、とりあえずそちらは放っておく。優先すべきはやはり、魔道具の使い方ってのを目の前で実演してもらうことだしな。
⋯⋯という理屈で、シルテットが動くのを今か今かと待ちわびていると。
「えーっと、確か魔力を普通に注ぎ込めば起動するはずよね⋯⋯って、どうかしたの? あなたにしては珍しくぼけっと突っ立ってられたら、流石に気になるんだけど」
怪訝そうな面持ちのままこちらを見上げ、首を傾げられてしまった。
別に問われて隠す必要もないので、俺はかくかくしかじかと魔道具という異世界感満載の存在に興味があることを、軽く説明する。
すれば、シルテットは「あー、そういうことね」と納得し。
「試しに触ってみたら?」
俺へ向けて、水晶玉を雑に差し出してきたのだった。
「あ、そんな軽々しく渡していい感じのやつなのね」
「当然じゃない。簡単に壊れる繊細な道具だったら、あんな部屋に放置なんてしないわよ」
「確かに。お言葉に甘えるとするぜ」
近くにあったチェアに腰掛ける。
持ち主が腰掛けている所を今のところ一度も見た事がない、木製のスタンダードな椅子だ。
その肘掛に腕を置き、受け取ったばかりである水晶玉型の魔道具をころころ、ゆっくりと手元で転がしてみる。
しかしやはりと言うべきか、使い方が皆目見当もつかず。
「なに赤ちゃんみたいな手遊びしてるの? 早く起動したらいいじゃない」
「⋯⋯どうすりゃ動くんだ、コレ」
「どうって普通に魔力を流せば動くわよ」
「いや、そもそも魔力ってのがよく分かってなくてな。単語の意味だけならなんとなーく理解してるんだけどさ、俺のいた世界じゃ魔法使いなんていなかったし」
「あー、そっか。言われてみればそうだったわね」
ふむふむ、と頷くシルテット。
その言葉からするに、俺や過去に召喚された勇者の故郷には魔法が存在しないこと自体は知っているらしい。完全に忘れてたみたいだけど。
「やっぱ魔力が使えねーと話にならなそうだな。教えてくんね? どうせ暇だろ、ニートだし」
「ちょっ、暇っちゃ暇だけどニートって言い方はやめてくれない!? 私みたいな大天使ともなると、存在してることに価値があるの!」
ニートのレッテルを貼られることが嫌だったのだろう。即座に訂正された。
いやまあ信仰的な意味合いで言えば、確かに彼女の反論も間違ってはいないんだろう。
とはいえ、俺は別にシルテット教(仮称)に入信した覚えなんてもちろん無いし、なんなら若干舐め腐っているまであるというのが現状だ。
「まったく。あんまり失礼な態度ばっかり取ってると、教えてあげれるものも教えないわよ」
「悪い悪い、そう言わずにレクチャー頼むぜ、先生」
「⋯⋯一応言っておくけど、普段から敬いなさいよね? とりあえず手、出しなさい」
向かい合わせになり、言われるがままに手のひらを前に。すると、シルテットは医者の触診のような触れ方で、俺の指先をふにふにと摘む。妙にくすぐったい。
そのまま数十秒ほど、成り行きを見守りながら大人しく待機をしていると。
「ん⋯⋯? んんんー⋯⋯?」
「急に唸ってどうしたよ。つーかコレって何を調べてんの? 手相?」
「全っ然ちがうわね。あなたの持ってる魔力回路を探ってるんだけど、うん。引いちゃうくらい魔力との相性が悪いわね」
「へえ」
やっぱ相性とかってあるんだな。
昔読んだことのあるファンタジー系の漫画だと、属性の適正だとかの話もあったが。シルテットの言い回しから勘ぐるに、俺自身が魔法とやらを使うこと自体が難しそうって感じだろうか。
もしそうだったら少し、いやかなり残念だ。どうせなら火の玉とか水の槍とか、飛ばしたりしてみたかったし。
「まず、人間なら持ってて然るべき魔力自体の保有量が最低レベル。なんなら獣人族とあんまり変わんないわ」
「昨日会った熊のオッサンみたいな感じか」
武具屋を営んでいた熊耳の大男を思い出す。
確かに魔法使いって柄じゃないもんな。大斧とかを軽々振り回してる姿の方が想像つくし。
「そ。獣人族は総じて魔力に乏しいの。その代わりに、他の種族を圧倒するパワーとかがあるんだけど」
「俺にそんな能力があるとでも?」
「やっぱそうよねー。むしろ何が出来るの?」
「ぐっ」
⋯⋯コイツ。言い方ってもんがあるだろうが。
こちとら着の身着のまま、特にチート能力とかを貰うこともなく連れてこられただけの元高校生。頼むから過度な期待はしてくれるなっての。
俺は頭を掻きながら、げんなりとした表情を浮かべる。
「⋯⋯えーと。冗談はこのくらいにして、次の説明! まずは前提として、魔力を身体を駆け巡る血液と例えるわ」
無言の訴えを宿した視線から逃げるように、シルテットは魔力についての解説を再開。
上手いことはぐらかされた気もするが、まあいい。あのまま会話を繋げていたら、確実に俺の心が傷ついていただけだし。
「で、魔力を血液としたら、血管にあたるのが俗に言う"魔力回路"ね。ここまでは理解出来た?」
「なんとなく。目で見たことがねーから理解しにくい、ってのはあるけどな」
「ふーん。ま、とりあえず続けるわね。あなたの魔力回路についてなんだけど⋯⋯壊滅的に細いの」
言いながら人差し指を立てるシルテット。
「細すぎるってのはアレだな。比喩で言ってただけだろうが、もし仮に血管がそんなことになってたら流石にマズイんじゃねーのかよ」
「魔力回路が細くても、別に命にかかわることは無いはずよ。多分」
「えっ、多分って何? 俺死ぬ可能性あんの?」
「だって魔法が使えないもの。魔物なんかに出くわしたら一発でお陀仏よ。一発で」
⋯⋯ああ、そういう。
思えばゲームとかでもそうだ。
プレイヤーは大抵魔法を覚えるし、そうじゃなきゃノーデスなんて無理だろう。
その上、俺の能力値なんてさしずめ村人Aだ。
魔物がいる世界の中、通常攻撃しか出来ないモブが生き残るのは難しい。
現実をゲームで例えるのも変だけどね。
兎にも角にも、俺には魔力が上手く扱えないことは分かった。
であるならば当然、魔力を使わなきゃ起動しない魔道具なんかは使えないわけで。
「悔しいなー。折角の異世界だってのによ」
背もたれへと体重を預け、天井を仰ぎ見る。
魔法も何も使えず、出来ることは家事やパシリくらい。
そんな事実にヘソを曲げる俺だったが──ちょっとだけ特殊な能力を身につけることになるのは、まだ先の話。




