え、なんで攫われているの?(三国の所為だ、絶対)6
「どうして…」
とっくの昔に停止した思考が、視界に容赦なく入ってくる理不尽な現実というものを受け入れることを拒否している。
フローリングに阿呆みたく転がる酒乱となった馬鹿共を。
「ぎゃはははは!弓弦って馬鹿じゃん!」
「俺なんて、俺なんて…」
「さーやちゃん!一緒にお風呂入ろうよぉ〜」
「どうしてこうなった?」
子供のように抱き付いてくる梓ちゃんにされるがまま立ち尽くし、もう一度呟いた私は決して悪くはない。
今回ばかりはそう言い切れる。
日本酒の瓶を片手に腹を抱えて下品に大爆笑する三国には普段の優男の面影は欠片も無く、鬱々と体育座りで俯いて壁にのの字を書いている弓弦さんに頼り甲斐は微塵もない。
唯一この中でマシと言えるのは、幼児退行したらしく、さっきからずっと私にへばり付いているにこにこと笑っている梓ちゃんだろう。
それでも鬱陶しいことに変わりはないが。
「どうしてこうなった…」
遠い目で夜に沈む窓の外を眺めた。
事の起こりは私が目を覚ました時。
嫌な現場を見せたくなかったらしい三国が攫った時のように私に手刀を落として気絶させ、取り敢えず安全である部屋に戻ってソファーに寝かせていた。
目を覚ました途端、三国は今の梓ちゃんのように抱き付いてきてなかなか離れなくて非常に大変だった。
羞恥心云々の問題ではなく、背骨と肋骨が折れるのではないかと心配するほどにぎゅっとされたので、体がミシミシという音を立てていたのは今でも耳に残っている。
漸く離れたと思ったら、全身血塗れの梓ちゃんと弓弦さんが帰って来て、大きな瞳に一杯の涙を湛えた梓ちゃんが三国と同じく体がミシミシと鳴るほどに抱き締めてきた。
それに気が付いた弓弦さんが引き離してくれなければ、きっと私の背骨か肋骨は折れていたに違いない。
同じ女な筈なのに、なぜ梓ちゃんはあんなにも力があるのかが疑問だ。
それはひとまず置いておくとして、組織を潰しただとか事後処理だとかいうことを三人が話し合った後に、何と無く料理を作ったことが切っ掛けでそこからなし崩し的に宴会モードへと突入してしまったのだ。
ざっくり言うと、感動の再会(一日も離れていないが)とやらを終わらせた後、みんなお腹が空いていたようだから梓ちゃんと弓弦さんにはお風呂に入って貰って(血濡れの服は捨てて梓ちゃんには私の服を、弓弦さんには三国の服を着て貰った)、そのあとにちょっとした料理を食べさせた。
それがどうして狂宴状態になったかというと経緯は至極簡単なもので、普段はある程度呑んでも殆ど酔わない三人なのに、揃いも揃って度数の高い高級な酒をバカバカとがぶ飲みし始めたからだ。
まず最初に三国がドンペリだとか言う高級なシャンパンか何かを出したのを皮切りに弓弦さんが日本酒である大吟醸、梓ちゃんが大好きな赤ワインを飲み始めて宴が始まった。
最初はみんな素面だったから良いものの、どんどん飲むペースが上がってみんな出来上がっていった。
そこでちょっとだけ目を離したのが間違いだったのだろう。
みんなが出した空瓶を集め、足りなくなった酒のつまみを作り、細々とした世話を焼いているうちにもう一人の保護者である弓弦さんも酒乱となってしまって、唯一未成年である私だけが正気という状態になった。
二時間後である今現在、この酔いどれ共が私の収拾が追い付かないほどに大量の空っぽ酒瓶を周囲に撒き散らし、爆笑したり鬱々したり幼児退行したりしていて、その尻拭いが全て私へ回ってきた。
私の地獄はそこから始まる。
飲めや歌えやの狂乱っぷりで、私に詰め寄りながらゲラゲラ笑う三国とそんな三国に弄られて鬱状態になっている弓弦さんに、そんな二人を欠片も気にしていない梓ちゃん。
私は確かにそんな彼等に感謝していた筈なのに、なんだか無性に彼等を殴りたい衝動に駆られている。
良く覚えていないが、確かに三人がヨルムンガンドのアジトから私を助けてくれたのは分かっている。
私が気絶する前に交わしていた三国と千晴の会話で堕天使が梓ちゃん、デュラハンが弓弦さん、死神が三国だということは分かったし、三人で助けに来たというのも覚えている。
厨二病みたいで可哀想と思ったのは内緒にしているが。
でなければ、頭から盥一杯分という大量の血を被ったような格好になった梓ちゃんや弓弦さんが居るわけが無いし、微笑みながらも仄暗い目をして恐ろしいことを呟いていた(必死に聞かないようにしたが)三国も居るわけがない。
まだ一般人である私を出来る限り怯えさせないように裏の姿を見せなかった三人が、自分の姿を気にしないで私の目の前に現れてしまうほど心配していたのは直ぐに理解できた。
私は少女漫画に有りがちな鈍感天然ヒロインでは無いから、これくらいは分かる。
だが、この状況はそれに対する感動すらも簡単に掻き消してしまった。
要するに非常に鬱陶しい。
苛々して拳を握り締める。
これが私がどうしてこうなったと呟いた事の顛末である。
思考を無駄なことで埋め尽くして現実逃避をしていたが、それすらもそろそろ無理になってきたようだ。
「ねえねえ、紗綾ちゃん!」
「さーや、このおつまみ作って!」
「俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて俺なんて_」
「梓ちゃんは一回離れて!三国のそれは後で追加するから待っていなさい!弓弦さんは鬱々としてキノコ生やさないの!ヨルムンガンドの奴らと一緒になるわよ!」
敬語もへったくれもなく、三人に適当に指示を飛ばした後に梓ちゃんをべりっと音がしそうなほど勢い良く引き離して、リクエストされたおつまみが作れるかどうか冷蔵庫の中身を確認した。
「全く。私は保母さんか何かか。いや、完全に保護者ポジションか…」
ぶつぶつと文句を言うが、それでも私の唇が笑みの形を刻んでいるのは嫌でも分かってしまった。
一通り心の中でも文句を言ったが、壊れた私を受け入れてくれた此処を大切にしているし、どうしようもない、こうはなりたくないという見本の大人である三人が大切なんだな、と改めて思う。
最初は何なのこいつらくらいにしか思っていなかったし、彼等の方もきっと何だこいつくらいにしか思っていなかっただろう。
それなのに今では、命懸けというほどではないが組織一つ潰して助けに来てくれたり、こうしてワイワイ騒いで無防備な姿を見せてくれたりしている。
死のうと思って廃墟ビルに行った筈なのに、私はこの奇妙な出逢いに生かされている。
だから、あいつらが私を見付けてしまうまでの短い間はどうか此処に居させてね、更紗お姉ちゃん。
きっとそう長くはもたないから。
ほんの少しだけでいいから。
「早く持って来てよ!」
「はいはーい!今行くから!」
むずかる子供のように急かしてくる三国の声に苦笑を浮かべて、ぱぱっとおつまみを作る。
酒のつまみなんて世の奥様方のために基本的には簡単なものばかりだから、手間取ることは普通の料理に比べて結構少ないから有難い。
私も大分手慣れたもので、主婦が板についてきたなと思いながら、まだ大騒ぎしている愉快な仲間たちがいるリビングへと戻っていった。
後少しだけ、この居心地の良い場所に居させて下さい。
それが終われば、優しいあなた達が待っているそちら側へ直ぐに逝くから。
本当に、後少しだけ。
私が本当の意味で壊されてしまう、その時まで。
僅かな安らぎをください。
これで『殺人鬼さんと私』の更新を終わらさせていただきます。
次のプロットがある程度纏まったら更新させて貰います。タイトルは単純に『殺人鬼さんと私2』とかになると思うので、もしも興味があるのなら読んで下さい。