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第二十三話

開店初日の話。

修正・加筆の可能性大です。

「ふう…こんなものかな」

 

 カレーの入った鍋を掻き回しながら、首に巻いたタオルで額の汗を拭う。

 窓の外はまだ薄暗く、厨房の中はマジックランプの灯りだけがぼんやりと灯っている。

 

「あれ、蓮?早かったのね。起こしてくれば良かったのに」


「ああ、七海か。いや、何だか寝付けなくてな」


「ふふ。蓮でも緊張する事ってあるんだね」


「…七海は俺を超人か何かと勘違いしてないか?普通の人間だぞ俺は」


「ごめんごめん。でも開店までまだだいぶ時間あるし、少し休んでくれば?続きは私が見ておくからさ」


「そうだな。汗もかいたし、風呂にでも入ってくるか。悪いけど頼めるか?」


「オッケー、任せといて」


 七海はそう言うと壁に掛けてあったサロンを腰に巻き、俺と代わるようにして鍋の様子を伺った。

 そして俺はその場を七海に任せ、厨房を後にした。

  

「…いよいよか」


 誰も居ない店内を見渡しながら俺はそう呟いた。

 

 ゴルドフから雪椿を受け取って三日後の今日、ついにこの異世界の地で水蓮亭をオープンさせる事となる。

 オープンに備えて昨日は早めに床に着いたのだが、今日の事を考えたら何だか目が冴えてしまい、結局殆ど睡眠を取る事が出来なかったのだ。

 俺は眠たい目を擦りながら浴室へと向かい、更衣室で着ていた衣服を脱ぎ捨て、水球の魔法で温水を張った浴槽に身を預けた。

 冷えた体がじんわりと温まり、徐々に活力が漲ってくるような感覚を覚える。

 

「ふう…気持ち良いな」


 俺は湿気に満ちた浴室の天井をぼんやりと眺めながらそう呟いた。

 

 するとその時、更衣室のドアが開くような音が聞こえた。

 七海が気を利かせて着替えでも用意してくれたのだろうか。


「七海か?」


 だが俺が更衣室に見える人影に声を掛けた次の瞬間、突如として浴室のドアが開いた。

 そしてそのドアの向こうに立っていたのは、一糸纏わぬ姿のミザリィだった。


「…は?」


「ふふ、ナナミじゃなくて残念だった?」


「…いやいや、何してるんだミザリィ!もう少ししたら上がるからちょっと待っててくれ!」  


「あら、いいじゃない。一緒に入りましょうよ」


 ミザリィは俺にそう言うと何とも妖艶な笑みを浮かべた。

 羞恥心の欠片も感じられないこの余裕の態度は、齢二百歳を越えるミザリィの人生経験からくるものなのだろうか。


「…レン、今物凄く失礼な事考えなかった?」


「…ッ!?いや、決してそんな事は…」


「そう?それならいいんだけど。ほら、私も入るからもうちょっと前に詰めて」


 俺は隙を見て浴室から出るタイミングを伺ったが、入り口はミザリィに完璧に塞がれており、脱出は不可能だと悟った。

 仕方なく俺はミザリィ言われるがまま、浴槽の少し前へと移動する。

 するとミザリィは俺の少し後ろに空いたスペースにすっぽりと収まるような形で浴槽の中に入ってきた。


「ふう、ちょっと狭いけど気持ちいいわね」


「…」


「あら、どうしたの?もしかして照れてるの?ふふ、可愛い坊や…」


 するとその時、俺の目の前にミザリィの腕がすっと伸びてきた。

 そして俺はそのまま、後ろにいるミザリィにぎゅっと抱き抱えられる様にして引き寄せられたのだ。


「ミ、ミザリィ!一体何を…」


「ふふ、別にいいじゃない。それにしても坊や、こうして見ると意外と逞しい身体してるのね。お姉さんドキドキしちゃう」


 ミザリィはそう言うと俺の身体を指先でなぞる様に動かし始めた。

 背中にはミザリィの豊満な胸の感触が伝わってくる。

 一体何なんだこの状況は。

 神様は童貞の俺に何という過酷な試練を与えたもうたのだろうか。


「ま、待ってくれミザリィ!マジでやばい!」


「ふふ、本当に可愛らしい。ねえレン、お姉さんが色々と教えてあげましょうか?女性を知るのも一つの人生経験よ」


 そう言うとミザリィは俺の胸部辺りをなぞっていた指先を、徐々に体の下の方へ向け移動させ始めた。


「ちょ…ま…」


「さあレン、全てを私に委ねて…」


 ミザリィに耳元でそう囁かれ、ギリギリのところで保っていた俺の理性は一気に崩壊した。

 だが俺がミザリィの魔手に堕ちそうになったその時、浴室のドアがバンと大きな音を立てて開いた。

 するとそこには、手におたまを持った阿修羅…いや、七海の姿があった。

 ああ、またこのパターンか…。


「くぉらぁぁぁぁ!何してんのアンタ達!」


「あら、どうしたのそんなに怒って。ナナミも一緒に入る?気持ちいいわよ」


「は…入る訳ないでしょ!蓮と二人っきりなら考えるけど…って、とにかく離れなさい!」


「もう、せっかく良いところだったのに。ふふ、この続きはまた今度ね」


 そう言ってミザリィは俺の頬に軽く口付けをすると、次の瞬間には転移の魔法でいずこへと消えてしまった。

 そして浴室の中には素っ裸の俺と七海の二人だけが取り残された。

 

「…七海」


「何よ蓮。何か言い訳でもあるの?」


「いや、特に言い訳がある訳じゃないんだが…。とりあえず一度外に出てくれないか?」


 俺が七海にそう言うと、七海の視線が俺の顔の位置から徐々に下に降りていくのがわかった。

 そしてとある位置で七海の視線の動きが止まると、七海が俺の言葉の意図を理解したのか、顔を真っ赤にしてプルプルと体を震わせ始めた。


「れ、蓮の…蓮の…」


「な、七海さん…?」


「蓮のヘンタイー!馬鹿ぁぁぁ!!!」


「ゴフッ!」


 七海が耳を(つんざ)くような奇声を上げたかと思うと、右手に持っていたおたまを全力で俺の頭に振り下ろしてきた。

 浴槽の中にいた俺は七海のおたまアタックを避ける事が出来ず、次の瞬間ゴンという音と同時に俺の頭に物凄い鈍痛が走った。

 そして俺の頭にナイススマッシュを決めた七海は、そのまま浴室を出てバタバタとどこかへ走り去ってしまった。

 

「な、七海…。おたまはそうやって使う物じゃない…ぞ…」


 誰も居なくなった浴室の中で頭をさすりながら、俺はそう一人ごちた。



----



 浴室での騒動の後、着替えを終えて店内に戻ると既に陽は昇っており、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 どうやら今日は良い天気になりそうだ。

 そしてサロンを腰に巻き直し厨房の中に入ると、そこにはすりこぎ棒を持ってボーっと立ち尽くしている七海の姿があった。


「…これくらいだったかな?いや、こんなに大きくは…」


「…七海、何してるんだ?」


「…はッ!私ったら一体何を…」


 我に返った七海が目を泳がせながらすりこぎ棒を後ろへと隠した。

 これくらいだったって一体何と比較を…いや、まさかな。


「…カレーの方はどうだ?」


「…え?ああ、バッチリだよ。ちょっと味見してみる?」


 七海はそう言うと、三種類のカレーを小皿に一皿ずつ少量よそった。

 そして俺は三種類のカレーを順に口にし、その味を確かめた。


「うん、完璧だな。今の段階で出せる最高の味だと思う」


「私も味見してみたけど、これなら自信を持って出せるわね」


「ああ。ドリンクの用意も済ませたし、後は…」


 するとその時、店の入り口を誰かがノックする音が聞こえた。


「…噂をすればだな」


 俺は訪問者を迎るため、入り口の扉を開ける。

 するとそこには荷車に大量のナーンを乗せたディザフの姿があった。


「おはようございますディザフさん」


「やあ、おはようレン君。準備の方はどうだい?」


「ええ、お陰様で滞りなく。ナーンが届けば後は開店の時間を待つだけです」

 

「そうかい、それは何よりだ。では早速で申し訳ないんだが、荷車のナーンを確認してくれるかい?」


「わかりました」


 ディザフにそう言われ、俺は荷車のナーンを確認した。

 プレオープンの時も五十食分のナーンを持ってきたもらったのだが、今日は実にその四倍ものナーンが荷車の上に乗せられている。

 さすがに二百食分のナーンともなるとその光景は壮観だ。


「…はい、確かに。ではこれが代金になります」


 荷車に乗せられていたナーンを店内に運び終えた俺は、布袋に入れたナーンの代金をディザフに手渡した。

 ちなみにナーンの仕入れ値だが、交渉の末、店頭販売の七掛けの値段で取引する事となった。

 店頭販売での値段が銅貨一枚だったので、七掛けで鉄貨七枚。それを二百食分なので、合計で小金貨一枚と銀貨七枚になる計算だ。

 

「…はい、こちらも確かに。でも本当に仕入れは日に一度で良かったのかい?夜になれば、味も風味も格段に落ちてしまうよ」


「それなら心配は要りません。うちには他とは違う特別な保管方法がありますので」


「ふむ、特別な保管方法ね。まあそういう事なら大丈夫か。では、私はこれで失礼するよ。機会があれば家族を連れて食べに来るとしよう」


「ええ、是非来てください。その時はサービスしますから」


「ああ、楽しみにしてるよ。ではまた明日」


 ディザフはそう言うと、空になった荷車を引いて帰路に就いた。

 ディザフを見送った俺は店内へと戻り、テーブルの上に山積みになっているナーンの山を全てマジックボックスの中へと収納した。

 マジックボックスは亜空間と繋がっており、収納された物は時間経過の影響を受けない。

 食材を保存する上でこれ程便利かつ特別な方法は無いだろう。

 

「さて、後はいよいよ開店の時間を待つだけだな」


 俺は誰もいない店内を見渡しながら、刻一刻と迫る開店の時間に向け気合を入れ直した。



----



 ディザフからナーンを受け取って数刻後。

 陽の位置はほぼ中天、ついに開店の時間となった。

 

「ねえねえ、レンお兄ちゃん。似合ってるかな?」


 フリルがあしらわれた黒地のメイド服に身を包んだリムが可愛らしい笑顔を俺に向けてくる。

 獣耳メイド…なるほど、これは中々の破壊力だ。


「ああ、とてもよく似合ってるよ」


「本当に?わーい!」


 俺がリムのメイド服姿を褒めてやると、リムはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ね、ねえ蓮。やっぱりメイド服はちょっと…」 


「むう…。こういう格好をした事が無いから何だか落ち着かないな」


 リムと同じく、黒地のメイド服に身を包んだ七海とアイシャが少し困惑した様子で俺にそう言ってきた。

 何故このような事になったかと言うと、そもそもの始まりは、開店の準備を進める際に営業中の制服をどうするかという話になったのが切欠だ。

 何か使えそうな物は無いかとマジックボックスのリストを眺めていると、そこで俺は大量のメイド服がマジックボックスの中にストックされているのを発見した。

 七海とアイシャは難色を示したが、他に使えそうな衣類も無く、結局は成り行きでそのメイド服を制服として使う事になったのだ。 

 決して俺の個人的な趣味を強く主張した等という理由では無い。


「いや、二人とも似合ってると思うぞ?」


「そ、そう?蓮がそう言うなら…」


「なるほど、レン殿はこういう格好が好きなのだな。では次夜這いに行く時はこれで…」


 純粋に照れている七海の横で、アイシャが何やらまた物騒な事を口走っている。

 確かに似合ってはいるのだが、アイシャはどちらかというと戦闘メイドに見えるな。

 それにしても、巨乳メイドに戦闘メイド、そして獣耳メイドか。

 あれ、これってもしかして日本だったら所謂(いわゆる)メイド喫茶のような事になるのか?

 いやいや、うちはあくまで純粋な料理屋だ。

 ナーンにカレーソースで文字を書いて、萌え萌えキュンなんて絶対に言わせないぞ。絶対にだ。


「…待てよ。タイムサービスなら或いは…」


「え、タイムサービスって何の事?」


「…いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」


「そういえば今日もミザリィの姿は見当たらんな」


「お風呂場で転移してから見かけてないわね。毎日どこで何をしてるのかしら」


「まあSSランクの冒険者ともなれば、色々と事情があるんだろう。それにミザリィはここに来てまだ日が浅い。今後店の手伝いをしてもらうかどうかは一旦置いておこう」


「それもそうね」


「じゃあそろそろ開店するぞ。皆準備は良いか?」


「いつでもOKだよ!」


「ああ、皿洗いなら任せてくれ」


「リムも頑張る!」


「よし、じゃあ開店だ!皆頑張るぞ!」


「「「おー!」」」


 俺が開店の音頭を取ると、女性陣はそれに応える様に掛け声を上げた。

 こうして俺達は大きな期待を胸に、この異世界の地で水蓮亭を開店させる事となった。


 だが俺達の冀望は、この後脆くも崩れ去る事となる。



----



「暇だ…」


 ガラガラの店内を眺めながら、俺は思わずそう呟いた。

 開店から一刻程が経ったが、店内はほぼ空席。

 数名の来店はあったが、それも全て顔見知りの衛兵団の人間達だ。


「初日でこれはマズいぞ…」


「ま、まあまだ開店したばっかりだし、きっとこれからだよ」


「そうだといいんだけどな」 


 だが期待とは裏腹に、更に一刻程経っても数名の来店しか無かった。

 地球の時間で例えるなら、今は丁度ランチのピークの時間帯だ。

 そのピークの時間帯に十食程度しか出せてないのは正直言ってかなりマズい。

 

 だが更に追い討ちをかけるように状況は悪化する。

 やがて来店者も途切れ、ついに店内は空席のみとなってしまったのだ。


「…お客さん来ないね」


「…ああ」


 俺と七海の会話が虚しく店内に響く。

 そして厨房の中に目を向けると、リムは立ちながらうつらうつらと船を漕ぎ出し、アイシャに至っては洗い場の前でスクワットをやり出す始末だ。

 

「とりあえず、昼の営業はもう終わりだな…」


「…そうね。片付けは…するまでもないか。とりあえず店の看板だけしまってくるね」


「ああ、頼む」


 こうして、開店初日の昼の営業は呆気なく終わってしまった。

 ちなみに営業時間は、昼と夜の二部制の予定だ。

 だがこの調子では、恐らくだが夜の来店者数もほぼ見込めないだろう。

 この辺りは競合するような料理店もあまり多くはないはずなのだが、これは完全に見通しが甘かったな。


「看板しまってきたよ。とりあえずお疲れ様」


「ああ、お疲れ様」


「…とりあえず私達もご飯にしよっか。お腹空いちゃった」


「そうだな」


 リムとアイシャにも声を掛け、俺達は少し遅めの昼食をとる事にした。

 俺はマジックボックスから四食分のナーンを取り出すが、その時リストに表示された残り百九十食分のナーンを見て、何とも言えない絶望感に苛まれた。

 半永久的に食材を保管出来るのがせめてもの救いか。本当にマジックボックス様様だな。


「さて、食事をしながら反省会を…って、それ以前の問題か」


「そうね、反省点を見付けられるほど働いてないわ」


「反省点か…。強いて言うならトレーニングの質をもっと向上させてだな…」


「いや、スクワットの話はいいから…」


「む、そうか…」


 そしてその後は特に会話も無く、皆黙々とカレーを口に運んだ。

 プレオープンの日から更に改良を重ね、カレーの味に関しては文句無く美味いと言えるレベルになったと思う。

 こうなれば地道に営業を続け、徐々にリピーターを増やしていくしか手は無いか。 


「あーあ、こんなに美味しいのにな。せめて一口だけでも食べてもらえれば、お客さん増えると思うのに」


「一口だけでも…そうか」


 その時俺は七海の言葉を聞いてピンと閃いた。

 そうだ、その手があるじゃないか。


「そうかって、どうしたの蓮?」


「七海、飯を食ったら準備を始めるぞ」


「え、準備って…夜の営業までまだ結構時間あるよ?」


「ちょっと予定変更だ。ふふ、これならいけるぞ…」


「…蓮、ちょっと怖い」


 俺が不敵な笑みを浮かべると、七海から辛辣な言葉が飛んできた。

 だが今はそんな事はどうでもいい。

 見てろよ、これで一発大逆転だ。



----



 昼食をとり終えた俺達は、まず店内のテーブルを店前に運んだ。

 次に俺は店にあった皿や茶碗をかき集め、店前に置いたテーブルの上に並べる。

 そしてマジックボックスから予め出しておいたナーンを一口大に千切り、それを大皿の上に乗せた。

 道行く人は怪訝そうな目でこちらを見てくるが、その後状況は一変する。

 俺が店内からカレーの入った鍋を持ってくると、その匂いに釣られて早速一人の男性がテーブルに近寄ってきたのだ。


「さあさあそこの道行く方。どうぞ一つ味見していって下さい」


「一体何だいこれは。今はあまり持ち合わせが無いんだが」


「お金なんて取りませんよ。さあ、お一つどうぞ」


「タダだって?それなら一つもらおうかな」


 タダという言葉に反応した男性が食いついてきた。

 俺は心の中でしめたと思いつつ、お椀にカレーを少量よそってそれを男性に手渡した。

 

「大皿に乗せてある白いパンを、そのスープに浸して食べてみて下さい」


「ふむ、これをこうか…」


 俺が男性にカレーの食べ方を説明すると、その男性はその説明通りにナーンをカレーに浸して口に運んだ。

 

「…ッ!な、何だこれは!う、美味い!こんなに美味い物、本当にタダでいいのか!?」


「ええ、ここに用意してある分はタダで食べてもらって構いません」


 男性が驚愕した様子で声を上げると、少し離れた場所で様子を伺っていた人達が徐々にこちらに近付いてきた。


「なあ、これ本当にタダで食べれるのかい?」


「何だかとっても良い香り。私も一つもらおうかしら」


 こうして一人、また一人とギャラリーは増え、気付けば店前に出したテーブルの周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

 まさに狙い通り。

 名付けてスーパーで試食コーナーがあるとついつい食べちゃうよね作戦だ。


「いや、これは本当に美味い!」


「今まで食べた事の無い味よね。ピリっとするけど、凄く後を引く味だわ」


「だが兄ちゃん、本来これはこの店で出してる料理なんだろう?店で食べると幾らになるんだい?」 


「代金はこれに飲み物が付いて銅貨五枚です」 


「なるほど、この美味さで飲み物まで付いて銅貨五枚か…そりゃ安いな」


「私最近行き付けのお店があったんだけど、そこは安くても銀貨一枚取るのよね。銅貨五枚なら、今度からここに来ようかしら」


 気付けばカレーを口にした人達の間でそのような会話が生まれていた。

 そして一刻も経つ頃には、大皿に用意したナーンは綺麗さっぱり無くなっていた。


「すみません、これで終わりとなります」


「なんだ、もう無くなっちまったのか」


「あら残念、もっと食べたかったのに」


「店は夜も営業しています。良かったら是非食べに来て下さい」


「最初はタダならと思っていたが、銅貨五枚でこれなら食べる価値はあるな。よし、今夜さっそく食べに来るとするか」


「私も知り合いの子を呼んでくるわ。ふふ、良いお店見つけちゃった」


「ありがとうございます。どうぞご贔屓に」


 俺はそう言って、集まったギャラリーに向け深々とお辞儀をした。


 こうして、急遽取り決めた店前での試食コーナーは盛況の内に幕を下ろした。

 その成果もあってか、夜の営業では満席となる時間帯もあり、何とか昼の営業分を取り戻す事が出来たのだった。

 何ともバタバタとした開店初日ではあったが、とりあえず無事に終えられて良かった。

 これは試食コーナーは(しばら)くの間継続だな。



----


 

 本日の売り上げ

 バターカレー二十八食、チキンカレー五十四食、キーマカレー三十七食、計百十九食。

 締めて小金貨五枚、銀貨九枚、半銀貨一枚也。

ミザリィは素っ裸でどこへ飛んで行ったのでしょう。

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