表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転送  作者: ほうじ茶
4/4

4話

 バケツをひっくり返した様な雨というのはこういう天気のことを指すのだろうか。

 こちらに来て一週間目の朝、車体を叩く激しい雨音にいつもより早く起こされ、少し意識が朦朧としている。


(あるじ)、今日はどういたしゅ……しゅ、し、どう致しますか? 上の日ですが」

「この空模様じゃ厳しいね」


 欠伸をかみ殺しながら答え毛布になつく。

『上の日』とは地上で活動する日という意味で主に洗濯や薪集めなどの雑用を行う。反対に『下の日』は地下でレベルを上げたり入り組んだ通路の地図を作ったりする。

『上の日』の次は『下の日』、その次は『上の日』と交互にスケジュールを組み、疲労が蓄積しないよう気をつけている。

 昨日は下の日。今日も行くなら2日連続だ。


「体調はどうなの?」

「特に変化はございません」

「それなら下に行こうか。疲れたら言ってね」

「はい」


 狭苦しい車内で着替えながら思う。ずいぶん流暢になったものだと。

 舌が生えたばかりの頃はサ行やラ行が上手く発音できず、幼児のような喋り方だったが会話中にその都度矯正し練習を繰り返した結果、大分マシになった。

 堅苦しい言葉遣いも直してくれれば完璧だが、主従の垣根を越えるつもりはないらしい。


 カッパを被りドアを開け階段を駆け足で降りて地下室へ飛び込む。雨に打たれたのはほんの数秒だったはずなのにズボンのすそがびっしょり濡れ、雫がたれている。

 着ていたカッパを脱ぎ、廃墟で拾ってきたレンガを積んだだけのテーブルに置く。


 最初は殺風景だった地下室はわずか数日でずいぶん様変わりした。

 階段のすぐ右側には薪や乾燥中の生木が大量に積み上がり、廃墟から発掘した壷が整然と並ぶ。左側にはレンガ製のかまどや棚に湯冷ましが入ったポリタンク、そして少量の米や調味料などの食料が置かれ第2の生活スペースと化している。

 初めは薪置き場に使っていただけだったのだが、汲み置きの水や外に放置したくない助手席のシートなどを置いていくうち何故かこうなった。

 ちなみにトイレ用の壷もある。

 まあ、こんな雨の日は地下室にいる方が快適だ。



 かまどの灰をかき出した後、落ち葉に小枝を被せライターで火をつけ鍋を乗せる。

 

「ベーコンと玉ねぎ取って」

「どうぞ、玉ねぎはこれで最後です」

「むう……」


 眉をしかめながらも食材を受け取り丁寧に刻んでいく。

 少量しか持ちこめなかったので野菜類の在庫が切れかけている。特に青物は無いに等しい。

 使った大根や人参のヘタを水につけて育ててはいるが焼け石に水だ。


「ベーコンにも飽きてきたし何か考えないとなあ」

「では上の日に狩りでも致しますか? 先日見かけた牛のような獣は愚鈍そうでしたが」

「ああ、あの羊と牛の合いの子か。でもさばけないよ」

「方法は存じております」

「そんなのあったけ?」

「主がよく見てらっしゃったドキュメンタリー番組の中に。後、いくつか小説の中にもヒントがございます」

「さっぱり覚えてないわー」


 クルスは契約――私が呼び出して名づけたのがそれにあたるらしい――の際、私が持つ全ての記憶を受け取ったそうだ。彼の記憶は劣化しないらしく、忘れたといっていいほど奥底に眠っているものでさえ鮮明に引き出せる。

 試しに昔読んだ小説の内容を話してみろと言ったら目次からすらすらと暗唱してみせ、次に日常の記憶もあるのかと恐る恐る尋ねたら別れた男との会話を一言一句違えず……。


 過去の黒歴史はともかく、ここには何か調べたいと思ってもここにはインターネットや辞書はない。

 急いで物資を集めたせいか書籍のことなんて頭から抜け落ちていたので、唯一あるのは車に置きっぱなしになっていた『全国道路地図』だけ。

 私が見聞きしてきた物だけという制限はあるものの、道路地図よりは遥かに便利だ。

 実際、かまど作りなどで大いに役立った。


「狩りするにしても食べきれない分は保存しなきゃいけなけし……そうなると塩と味噌が」

「味噌は大豆があれば作れますが( こうじ)がないので3年かかります」

「3年……ああ、天井に吊るすアレか。味噌を作るのにも塩がいるし、やっぱりどう考えても人里を探さないと積むんだよね」


 塩や味噌は普通に使うならまだまだ持つ。だが保存食作りにも使うとなると心もとない。

 野菜は種を何種類も購入したので自分たちで育てることは可能だ。しかし今の季節がわからない。

 向こうと同じならば春のはずだけど……。

 それにビタミンCが不足すれば壊血病の危険性が高まる。果物の缶詰や野菜類が切れたら森で見つけた果実をかじるしかないが、心情的に出来ればは避けたい。

 数ヶ月生きられる準備はしてきたはずなのにわずか一週間で問題山積だ。

 

 背に腹はかえられない。

 本音を言えば比較的安全なこの場所から離れたくないが、どうせいつかは探しにいくはめになるのだ。


「明後日……いや、明々後日(しあさって)まで誰も来なかったら探しに行ってみよう」

「わかりました」


 ぜひ異世界人が来訪してくれないものか……そんな淡い希望を持ちつつ問題を先延ばしにした。




 ◆◇◆◇◆




「よいしょっと」

 

 パンパンに膨らんだリュックを背負い扉を開く。

 レベルが上がり体力に振ったおかげで持久力が増え長時間歩いたくらいでへばることはなくなった。

 荷物は全て自分で背負い、身軽な状態で戦えるようクルスには斧と皮の盾だけ持たせている。


 地下に広がる空間はまるでダンジョンのように入り組んでおり、少しでも気を抜くと迷子になってしまう。

 そうならないようノートに描いた地図と索敵スキルを照らし合わせながら慎重に進む。


 1時間ほど経った所で索敵スキルが敵を捉えた。


「おっ、次の曲がり角に戦士と斥候がいるね」

「ではいつものように」


 頷いてリュックからペットボトルを取り出し中身を床へ撒いていく。

 落とし穴はあの時以来使ってない。

 距離が遠いという理由の他にゴブリン共の習性がネックとなった。

 奴らは個別の担当区域が決まっているらしく、誘き寄せても遠く離れすぎると元の場所に戻ってしまう。

 要するに使いようがないのだ。


 1匹の時はいいが2匹以上の場合は苦戦を強いられる。落とし穴は有効だがいちいち掘るわけにもいかず、別の方法を考えた。


 題してぬるぬる作戦。


 文字通りぬるぬるした液体を通路に撒くだけ。名前は間抜けだが効果は抜群だ。

 当初は石鹸水を使用していたが森でアロエとよく似た草を見つけたので今はこれを使っている。

 すり潰すとドロドロの絞り汁が取れ、しかも森のあちこちに群生しているので大量に手に入った。


「よし、完了」


 丸々1本分撒き終えてから後方に下がり目線を送るとクルスが頷き斧を構えた。

 ローブのポケットから小石を取り出し曲がり角へ投げつける。


 目論見通り奴らはすぐにこちらの存在に気づき向かってくるが、ぬるぬるゾーンに足を取られあっさり滑って転んだ。立ち上がろうと手をつくがそれが更なる悪循環を生み、起き上がることすらできない。

 クルスは床でじたばたと足掻いている斥候に止めを刺すと戦士の武器と顔を蹴り飛ばし、両足を掴み壁へ叩きつける。 


「やっとLv3かあ」


 グッタリ気絶した戦士の心臓にナイフを突き立てた後、ステータスを呼び出しいじくる。

 私たちの戦いは毎度こんな感じで戦闘らしい戦闘は滅多に起こらない。命がかかっているのだ。正面から正々堂々となんてやってられん。


「おめでとうございます」

「ありがとう。こんな感じでいいか」


 アキ・ヤマシタ Lv3

 種族:人間 性別:男 年齢:28歳

 職業:会社員

 HP 130/130

 MP 50/50


 力    1

 体力  10

 素早さ 1

 知力  11

 精神  32

 運    8

 【残りステータスポイント0】


 【スキル】【ホムンクルス召還】【回復魔法Lv1】

 【索敵Lv4:取得条件・索敵Lv3、精神15。効果・半径40m以内にいる敵の情報を探る】

 【残りスキルポイント0】


 【次のLvまで必要経験値76】 


 スキルは【索敵】に一点集中、体力は10まで伸ばし後は知力に注ぎ込んだ。

 相変わらず攻撃魔法は一覧に現れてくれない。条件は知力と予想しているのだがまだ足りないのか、それとも他に何か条件があるのか不明だ。


 クルスはすでにLv5になっている。差が出るのは役目上仕方がないとはいえ、ちょっと悔しい。


 クルス Lv5

 種族:人工生命体 性別:男 年齢:0歳

 主:アキ・ヤマシタ

 職業:無職

 HP 250/250

 MP  0/0


 力    19

 体力  20

 素早さ 15

 知力   1

 精神   0

 運    5

 容姿  13


 【残りステータスポイント0】


 【スキル】【忠誠】【献身】

 【片手斧Lv4:取得条件・片手斧Lv3、力15。効果・片手斧の操作技術が上がる】


 【残りスキルポイント0】


 【次のLvまで必要経験値288】


 スキル、ステータス共に近接特化。容姿はレベルが上がる毎に1づつ振っている。前歯も無事に生え、ロンゲの芋くさいにーちゃんといった風情だ。



 死体がコケに食われている間に血のりを拭い水分を補給する。悪臭にもすっかり慣れた。眉一つ動かさず、淡々と空中の地図を手元のノートに書き写し敵との遭遇ポイントに印をつけていく。


「ゴブリンの数が極端に減ってきたね」

「はい、昨日までは新しい地域に踏み込めばすぐに敵を発見できました。今日は1時間歩いてようやく一組です」


 指を物差しが代わりに使い遭遇ポイントの間隔を簡単に測ってみる。


「確かにそうね」


 原因は2つ考えられる。まず一つ目、単に需要(殺害)供給(生産)が釣り合っていない為。

 奴らがどんな風に生まれ育つのか不明だが、通路の壁から直接沸いて出てこないのだけは確かだ。おそらくこの地下のどこかに奴らの出現ポイントのようなものがあり、そこから各所へ散っていると予想している。

 殺しすぎたせいでここ一帯に配属されるゴブリンが来ていないのかもしれない。


 そして2つ目、奴らが恐れる別の敵がこの先にいる為。

 以前、鉄道会社が線路に鹿が侵入しないようライオンの糞尿を撒いたというニュースを見た。草食動物は肉食動物の匂いがする場所には近づかない。本能を利用した上手い手法だと感心した覚えがある。

 奴らが鹿と同じ行動を取っているならば数が少なくなった説明がつく。


 一つ目ならば気にすることはない。いつも通りやるだけだ。

 問題は2つ目。奴らが避けるような敵なら確実にこちらより格上のはずだ。

 ノートから顔を上げ長く伸びる通路を凝視する。このまま進むか、それとも引き返して別の道を行くか。

 安全第一で行くならば引き返すべきだろう。だがこの先を確かめてみたいという好奇心が脳裏に張り付いて離れない。


「クルス、私を荷物ごと抱えて全力疾走したらどれくらいもつ?」

「10分程度かと」

「荷物を全部捨てるなら?」

「地上までいけます」

「そう……」


 心の天秤が好奇心へと傾いた。

 リュックを開き中からライターオイルの缶を取り出し尻のポケットに入れ、いくつか捨てるには惜しい品を小分けにして身につける。

 クルスと逃走方法と脱出ルートの打ち合わせを手早く済ませ、足を奥へと踏み出していった。




 必要経験値。

Lv0→Lv1(10)

Lv1→Lv2(20)

Lv2→Lv3(40)

Lv3→Lv4(80)

Lv4→Lv5(160)

Lv5→Lv6(320)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ