共同生活(3)
「兄弟。支援要請」
俺は左耳のインカムに手をやった。
そこにインカムは無かった。
長年の癖になってしまっている。
言いようのない喪失感があった。
俺は湖畔の周りをwarmachineが踏み鳴らして出来た道を歩いていた。
使命も何もかも失った。
ヒロインを救ったのも俺ではない。
始祖の気まぐれでしかない。
状況は全て、俺に戦いをやめろと言っている。
教義におけるヒロインの目指す報復を頓挫させるのか。
正しき怒りをによる‥‥
「正義か…」
正しき怒りによる報復。
それは主の御意思を地上に示す事に他ならない。
この言葉は嫌いだった。
俺のどこに正義がある?
世界にとって便利屋としてゴミを掃除してきた。
ただそれだけだ。
…それだけに過ぎない。
「やめよう」
俺は無駄な事を考えている。
気づけば湖畔を一周していた。
拠点の前の地面には膨大な交差した線に黒と白の丸が書かれていた。
それを数えながら俺は始祖に近づいていく。
始祖が「むぅ」と唸りながら考えていた。
「ふむ、投了しよう」
いや~~~~
これで15戦中5勝まで伸ばしましたぜ!
ケケケケ、戦闘支援AIと「囲碁」で勝負なんて甘いですぜ
まあ10回負けてるけど
「演算能力は我の方が上なのだがな」
先手が変わるだけで同等の戦力の激突を前提としてますからねこのゲーム
いくら演算能力が高くても一度の行動に一手ならアッシにも勝機があるンすわ
これ人類の勝利って事でいいですよねぇ
「中々侮れぬ…」
「後の5敗は思考を読まれたようなものだ」
始祖が盤面から俺を見上げた。
彼女ではない顔だ。
俺はそれが嫌だった。
「気晴らしが気晴らしにならぬアホかそなたは」
始祖が呆れた顔をする。
俺は苛立ちを言葉にした。
「ヒロインの返還を要請したい」
彼女の声が聞きたい。
理由は分からない。
根拠もない。
「我は気分が良い。そうしてやろう」
始祖が目を閉じる。
「‥‥はぁ。嫌と言っておる」
「お前が嫌なだけ‥‥ではないのか」
巨大な鉄槌、それとしか思えない物が俺を横殴りに叩いた。
意識が飛びそうになるが俺はそれを耐えた。
「そなた‥‥‥我がいつまでも慈悲深い存在だと勘違いしていないか?」
「潰すぞ‥‥」
始祖の周りにオーラが漂い、発光した光柱が地面を舐める。
圧倒的とはまさにこの事だろう。
「ヒロインが嫌と言っている。その解釈で間違いないか?」
俺は言った。
交渉の余地なし。
主導権も戦力も始祖が圧倒的な格上。
「どうであろうなぁ…そなたは我を信じぬ。ならばこの問答」
「無駄である」
躱せ。
何に?
脅威にだ。
思考が加速し、仮定された脅威を避ける。
大きなサイドステップで躱さなければ地面ごと俺は抉られていた。
「!」
体が微動だにしない。
「心せよ‥‥小娘にかける言葉があろう?言ってみせい」
始祖がゆっくり歩み寄る。
「拒否する。それは俺が彼女に言うべきものであってお前に言う事ではない!」
拘束が解ける。
「情けない‥‥今のそなたは殺す価値すらない」
「ふむ…良いだろう」
始祖がニヤッと狂暴な笑みを見せる。
「小娘からの伝言である「薬くらい普通にのませろ」だそうだ」
「なっ?」
虚を突かれた。
気づいた時にはもう遅く、硬い何かが俺の顎に当たった。
「き‥‥」
緊急移譲…言おうとした。
マッスルスーツの操作権を兄弟に渡せばまだ。
俺は仰向けに倒れていた。
だめ…動かない。
俺はしばらく空を見つめていた。
散らばった思考を集め、俺はゆっくりと立ち上がる。
何が有ろうと意識を手放すわけにはいかない。
俺がこうやって痛めつけられている間は彼女と僅かではあるが対話ができる。
始祖の視線が俺の奥を見ている。
「殺しはせん…」
俺の奥に居る誰かに喋っている。
これはブラフだ。
ブラフ?
「誰と喋っている?」
俺は聞いた。
「‥‥‥貴様…己の傍に居る存在にすら気づかぬか」
明確な怒り。
極めて理不尽で圧倒的なものだった。
「そんな物は存在しない、俺は俺でしかない」
無意味な事かもしれないが、マッスルスーツのアシストを起動する。
兄弟の支援はなし。
打つ手が無い…それどころではないな。
だからどうした。
俺は彼女の声が聞きたい…それだけだ。
「今一度問う…心せよ‥‥己の傍に居る声に耳を傾けよ」
「そなたを奮い立たせるその根源はなんだ?」
始祖は静かに言った。
「教義による救済」
「俺は主の御意思を地上に示す一本の剣でしかない」
始祖が一瞬で距離を縮め、力任せに殴りつける。
腹部への強打…軽減…。
兄弟の支援さえあれば。
「そなたを立たせ続けるのは「それ」だけか?」
「教義とやらを守り続ける大本はなんだ?」
「‥‥」
苦痛で声が出ない
「人類存続か少しはまとも答えだ」
姿勢の低くなった俺の頭部に始祖の上段蹴りが当たる。
「その考えはどこから来た」
まだ…だ。
まだ。
「見ていなさい!」
始祖が一喝する。
俺ではない誰か。
それに言っている。
「学びなさい‥‥それは甘やかしてるだけ‥‥この男は見るべき」
始祖ではない?
口調が?
「哀れな男だ…死して尚、そなたを支え続ける存在を見ようとも、感じようともしない」
始祖が言う。
今まで戦友たちと話していたのか?
彼らは俺ではなく…始祖と。
それこそあり得ない
「だ‥‥‥」
「黙れ」
「戦友は‥‥彼らはもう居ない」
「どこにも…だ」
「彼らは人類存続のため「人類のため」その誓約を果たした」
「お前のまゃか‥‥」
始祖の手が首を絞める。
俺は指の間に手をねじ込もうと足掻く。
「訂正せよ‥‥共に果たしているのだ」
「彼らへの侮辱は許さん」
始祖は厳然と言う。
俺は放り投げられる。
マッスルスーツのアシスト機能が落下を防ぎ、俺は着地した。
「そなた…自分がこれからどうなるか分かっているのか?」
始祖は言った。
「聖騎士の務めを果たす…脅威を滅ぼし、人類を存続させる」
「お前はヒロインに何をしようとした?」
…精神アンプル。
あれは最善の手段で…
俺には出来なかった。
だからお前に降伏した
「お前は歪み始めている」
「分かるか?今まで最善のみを尽くしただけだと」
地面が無くなったような感覚だった。
俺は?俺が執行者として粛清してきた連中と同じようになろうとしている?
「俺が!友を教義を踏み躙る!あり得ない!」
始祖の指摘は間違っている。
それしか言えなかった。
不可視の力が首を絞める。
外しようがない。
「本当にそなたは惨めな男だ」
「孤独という己の貧しさすら知らない」
「目を向けようともしない」
「己の恥部を明らかにされただけで狼狽える」
「そなたの教義とは倒れる老人を支える杖なのか?」
始祖が冷然と俺に言う。
今度は喋ることも出来ない。
いき…が
兄弟。
お前なら‥‥どう言ってやる?
ファック…
‥‥そうだな。
俺の意識は消えた。




