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家庭内ホームレス  作者: とららん
第四章 家族の代償
20/30

家族の代償 5

―※―


「なんで、いつもこうなるんだよ!」


 自分でも何を考えているのか、何をしたいのか分からない。鈴乃は憎むべき対象だ。

 先に生まれただけで、彼女の持つハンデを助ける側に回され、押しつけられた。見返りなど無い。ただ『兄』と言うだけで、全ての理不尽を受け入れざるを得なかった。

 昔、家族は無条件で愛せる存在と母が言っていた。だが、そんな綺麗事を聞いていて心地よいと感じるのは、全く関係のない人間だけだ。


 『人』という字は支え合っていると聞いたことがあったが、それは嘘だ。『人』と言う字は実際、長い方が短い方に寄りかかっている。忍はその短いほうだと理解していた。自分が如何にちっぽけな存在かを。鈴乃が多くの者に守られて来た、強大な存在だと言うことを。

 いつもあるのは『鈴乃ちゃんのお兄ちゃん』と言う役柄、それは両親からも同じだ。自分の息子では無く、『鈴乃の兄』を強調する。誰も忍を忍として最初に見ない。忍にはそれが許せず、悲しかった。自分は鈴乃の『兄』と言うオプションでしかない。

 明暗、その暗の部分を一身に押しつけられたのが忍だった。「俺は、鈴乃になりたい」それが忍の本心だった。

 両親も蔑ろにしていた訳ではなかっただろうが、忍は既に親の愛を愛と感じられなかった。愛情の全てに枯渇し渇望した。時々両親から向けられる気遣いも、ご機嫌取りや、ガス抜き程度にしか思えない。


「鈴乃さえいなければ……」という黒い欲望。

 実際、鈴乃が居なければ忍には過ごしやすい環境が用意できたかもしれない。両親の愛情、自分の主張を抑えるものも無く、善悪の判断と共に、自分でも気が付かない、黒い欲望に塗れることもなかった。

 何度も生死を賭けた試練を鈴乃は乗り越えた。医者は奇跡、極少数の事例と言った程だ。その都度、皆がその奇跡を湛え忍は失望した。だが、その望みも報われようとしている。今度こそ鈴乃は死ぬ。だが、忍の心情は苦境だった。

 幾度「鈴乃が危ない」と言われてきたが、その直前に触れたことなど無い。今回が、初めて見た死にかけの鈴乃だった。


(死ぬ訳がない。アイツが死ぬ訳がない。こんなところで死んだって何の意味も無い)


 死の否定なのか、生への願いなのか、一心にそう思った。思うしかなかった。


「俺は、どうしちまったんだ……」


 椅子の上で膝を抱え、頭を埋める。何も考えたくない。何もしたくなかった。

 頭の中が真っ白なのか、真っ黒なのか分からないほど、視界が深淵に落ちて行く。眠ろう。そう思った直後、ふっと何か柔らかい感触が肩に置かれた。

「何だ?」と反射的に目顔を上げると、目の前に居たのは赤い髪の少女だった。


「びっくりしたぁ。寝てるかと思った」


「アキラ?」素っ頓狂な間の抜けた声で、忍が少女の名を呼んだ。


「全く、夏が近いからって風邪引くわよ。最近、まともに食べていないし、食べよ」


 先ほどの雰囲気が嘘のような、明るい笑顔を浮かばせ、アキラが弁当箱を二つテーブルの上に載せた。


「本日は店長オススメの新発売。照り焼きステーキ弁当。カロリー、スタミナも抜群。しかも、賞味期限切れじゃありません!」


 瞳を煌めかせ、アキラが弁当を指差す。


「アキラ」思わずアキラの名を呼び、忍は肩の感触を確かめる。

「ありがとうな……毛布」


「アレ?」ウケを外したのではと、アキラが照れ隠しに頬を掻いた。


「なんだよ?」


「ええっと、まあ、ほら、忍にはまた皮肉っぽいツッコミを入れて欲しい訳よ。ええっと、一応、妹、みたいなもんだし……」


 そのまま口を紡いだアキラを、ただ無感情に傍観することしかできなかった。

 十分ほど経っただろうか、無言の時間を終結させたのは、やはりアキラだった。


「正直、自分が許せないよ。鈴乃が、苦しんでいるのに……私、何もできない。アンタにかけてあげられる言葉が見つからない」


 声を震わせ、歯を食い縛り、アキラがそう呟いた。


「俺だってそうだ。自分が分からない。自分に何を語りかけて良いのかすらも。鈴乃が憎かった。早く死ねとも思った。殺してやりたいとすら思ったことも何度も有る。でも今は、クソ! クソ! どうしたんだよ。俺は!」


 溜めていたものが吹き上がる感覚だった。


「アイツが死んだらどうしようとか……アイツからやっと解放されるのに、何度も望んでいたことなのに! どうして、今になって、こんな土壇場になって! それでも俺はアイツが憎いはずなのに、そう思うたびに自分が小さな人間だと思い知らされる。本当は憎みたくないのかもしれないのに、それでも止められないんだ! アイツが死んだら、俺は、俺じゃなくなる!」


 言葉にすらならない言葉の羅列。それを吐露するしか、今の忍にはできなかった。


「忍、もういいから!」


 アキラの訴えは耳に入らない。自分の体を使い、自分では無い何かが、言葉を紡ぎ続ける感覚を止められなかった。


「俺は知らなかったんだ。俺がこんなに弱いなんて、弱いから頑なにアイツを憎んじまった。でもこんな心のまま、失いたく……ないなんて……考えもしなかった」


 頬に涙が伝い、口から溢れた液体が、見窄らしく床を濡らし、嗚咽が収まらない。


「アンタ、幸せだよ。そうやって一人の人間を想えるんだから」

「え?」


 不意に抱きしめられたことに驚き、忍は目を見開いた。肩に置かれたアキラの顔。表情は伺えなかったが、耳元で囁かれた口調は穏やかだった。


「たとえ、それが憎しみでも、アンタのはきっと、絆って言うんじゃないの?」

「絆……」

「家族の代償って、言ったらいいのかな? アンタにはまだ、その分の等価を支払われていないだけで、きっと返ってくるよ。ただ、払いすぎて見合ったものが今は得られないだけ。だから、本当は鈴乃が大切な気持ちを忘れちゃってるんだよ」

「お前の言っていること、よくわかんねえ」


 拗ねた子供のように、忍が口を尖らせた。


「つまりアンタは、文字通りのシスターコンプレックスってこと。ついでに、マザコンでファザコン。ここまで来るとファミリーコンプレックスって言うんじゃない? 訳してファミコン」


 歌うように皮肉を込めたアキラの言葉だったが、怒りを感じなかった。むしろ言われて清々したかもしれない。


「余計なお世話だバカ女」

「アタシだって、アンタの家族なんだから。鈴乃の。誠司の。初めてなんだ、家族の役を与えられたのって、アタシはアンタと鈴乃の妹役。だから、一人で抱え込まないでよ。アタシも一緒に抱えてあげるからさ」


 自分の腕の中、強張ったアキラの肩の小ささに忍は初めて気づいた。『妹』と『兄』。疑似家族の役でしかないその役回りを、一瞬役であると言うことを忘れた。

 無条件に愛せる自然な存在。価値など考えることなどおこがましい絆。


(やっぱ、まだ俺には分からないよ)しかし、それで良い。その鱗片に触れただけでも、忍は一瞬救われた。だが……


「シスコンとマザコンとファザコンは余計だ」


 肩に乗せたアキラの頭を引っぺがし、忍はその額に思いっきりデコピンをした。

「っつ~」声にならない悲鳴で抗議し、アキラが涙目で忍を睨み付けた。

PCが破損したため、執筆の環境がいまいち整っておりません。

年始ということもあり、次回は少し間が空くかもしれませんが執筆は続けてゆきます。

できれば早めに次回はアップしたいのですが、状況によりけりかと……。

年初めからえらいことになってしまった……。申し訳ございません。

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