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Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第三章
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八話

 スバニア騎士国王都スバニア――乾いた軽い風に颯爽と乗って聞こえてくる船乗りたちの声。太いその声に混じる船の軋む音、荷車を牽く馬の蹄鉄が地面を駆る音が軽快に流れる。それらを見下ろす透き通った青色の瑠璃城が空高く佇み、その騎士王の居城に河の銀光が揺らめいていた。

 その瑠璃城の中腹あたりに壁のない円形の吹き抜けの広間があった。広間には環状の円卓があり中央には水が張ってある。広間に壁はなくとも魔法による見えざる壁が施され、音が漏れることもなければ外からはただの城の一部のように見える。

 円卓の一つの席に座る騎士王が、すっと手を上げた。スバニア騎士国最高議会〝銀ノ剣〟の議員たちが白熱させていた議論をピタリとやめた。

 男は、騎士王の視線が自分に注がれるのを感じて、背筋を伸ばした。

「エクエス=シュヴァリン、貴公の見聞をきこう」

 男――エクエス=シュヴァリンは円卓中央の水面のさざめきを手で示し立ち上がると、腰の聖剣の柄に手を触れる。

「歌ってくれ、アシュラム」

 掴み所のない抑揚の薄い声で剣の名を呼ぶと、一瞬、広間に花の残り香のように歌声が響いた。

 かつて、スバニアとカンサルタは神に贖罪を与えられ、カンサルタは文字通り剣となり、スバニアは愛するカンサルタを剣として世界救済のために戦った。スバニアが歩んだその苦悶の焔の道は騎士道となり、愛する者を聖剣へと変える神秘と共に連綿と受け継がれてきた。そして、エクエス=シュヴァリンもまた聖剣の持ち主だった。エクエス=シュヴァリンは聖剣の神秘の力をもって水面に戦場の光景を映し出す。

 炎の馬を駆るのは、鎧を纏わず、つばの広い帽子と肩に外套をはためかせたシュヴァリンと、十人の従士たち。炎の馬が駆ける先には、人の邪心の化身として現れて人を食らうといわれる黒き影。黄金の双眸に、人の倍はある巨躯に四本の腕をもつ黒き影――ウラドは、まるで蟻を潰すかのごとく兵士と戦士たちを薙ぎ払っていた。

 続いて水面が泡立ち映像が変わった。

 今度は雪化粧姿の屹立としたクリマーレ山脈とその麓に栄える王国の数々が映し出され、山麓の平原には軍隊が並んでいる。四千はいる軍勢の先頭に立つは炎の馬に跨るシュヴァリンと鉄の国の将軍アイゼン・フェロ。そして、その四千と対峙するは純白の長衣を纏い頭巾で目深く顔を隠して立つ者達だった。

 シュヴァリンとアイゼンが鬨の声をあげて兵士たちが猪のように突撃を始めると、映像を見せていた水面はただの水面に変わった。

 銀ノ剣の議員達の間に、重い静けさが横たわった。

 騎士王が、蓄えた口髭を撫でて、その青い眼をシュヴァリンに向ける。シュヴァリンはそれに目礼で応えた。

「北の〈聖戦地〉ではウラドの侵攻が激化している。そして、南東のクリマーレ諸国では王同士が争い、その裏で糸を引いていたのはあの白い長衣を纏った賢者たちだった」

 肘を突いて考え込んでいた騎士の一人が顔をあげた。

「〈真紅の予言〉だと言いますか」

 議員の息を呑む視線を、シュヴァリンは見回した。

「諸兄も、モルゲンレーテ星教国の使者がやってきたことは知っていることと思う。その使者の言葉を借りるとすれば、これは地震だと言う」

 歴史に詳しい有識者の一人が、卓に指を立てて怪訝な顔をした。

「地震のあとには、津波や、噴火が起こる。つまり、今回の賢者出現は、〈真紅の予言〉が迫っていることを示唆していると言うのか」

 今度は違う議員が口を挟んだ。

「しかし、星見で未来を見通すモルゲンレーテ星教国が、どうしてそのような曖昧な予言をするのだ。はっきりと〈真紅の予言〉と断言しないのはなぜだ」

「やはり、星導師はすでにこの世に――」

 騎士王が大きく息を吸うと、議会の熱は熾火のように静かになった。

 シュヴァリンは、騎士王に軽く礼をした。

「地震のあとに必ずしも天災が起こるわけでもないだろう。だが、以前〈真紅の予言〉が起こったのは一千年前。そして、昨今尋常なる力をもつ者達が戦乱を起こし、それに呼応するように黒き影が人の世を脅かしている。もう、いつ予言が起こってもおかしくない。もしかしたら、すでに二度目の予言のなかに我らはいるのかもしれない。どちらにせよ、我らは力を蓄えねばならない」

 額を指で摩りながら、険しい顔をしていた議員の一人が、瓶の底のような眼鏡を上げてシュヴァリンを見る。

「第一の〈真紅の予言〉で、このアルヴェ大陸が滅びなかったのは、赤ノ国の神王ルグリオスが魂までをも投げ打ってくださったからだ。神の一柱の犠牲があってこそ成し得たことなのに、私たち人間に何ができるのだね」

 額に汗を滲ませて言う議員の目には懇願に近いものが含まれていた。しかし、シュヴァリンは求められる答えをもっていなかった。

「できることをする、それだけのことだ」

 シュヴァリンの言葉を聞いた議員は、懇願を打ち捨てるように、椅子の背もたれに寄り掛かった。シュヴァリンは、その様子を気止めることなく、騎士王をまっすぐと見据えた。

「今の世の安寧は、世界の番人、世界の剣としての騎士道を三百年弛むことなく歩み続けた陛下の治世の賜物であらせられる。しかし恐れながらも、時代の流れは変わるものと思われます。スバニア騎士国の騎士の数はあまりにも少なく、かつて数百はいたといわれる私のようなエクエスも今ではたったの四人。今回のクリマーレでの賢者との戦いで、私の前途有望な騎士になるであったろう従士も一人失うこととなりました。そして、戦いはこれからより深刻なものになるでしょう。〈聖戦地〉でのウラドによる数年に一度の大規模な侵攻が今では一年に一度。黒き影のみならず、ゲピュラ皇国も怪しい動きを見せております。今こそ、世界の剣として、神が与えし贖罪からスバニアが敷いてくれた騎士道を果たすために、新しい騎士の育成に取り掛かるべきかと」

 騎士王は、蒼穹のような力強い色を湛えた目でシュヴァリンを見つめた。

「あのゲピュラも、歳月に心を惑わしたか。シュヴァリン、貴殿の言葉を余も感じておった。新しい騎士か。よかろう。すべてのエクエスとカンサルタの導師に命ずる」

 すべての議員が席を立ち、騎士王に体を向ける。

「スバニアの聖剣の儀をもって、新しきエクエスとなりうる騎士を育成せよ。しかし、決して忘れるでない。力は滅びとともにある」

 銀ノ剣の者全員が、力強い光を目に宿し、胸に手を置いて深く腰を折った。

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