表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第九章
45/51

四十四話

「君の剣がどういうものか知っているか?」

 訓練を終えた天幕の中で、エクエス=シュヴァリンは、日ごとに青痣を増やしていくウィリアムに平然と聞いた。その日も、いつもの例に漏れずウィリアムの背中にマーシャルが軟膏を塗っている。ウィリアムは脱いだシャツに滲む血を見ながら、ぶっきらぼうに答えた。

「普通の鋼ではないことは知っています。研ぐ必要もないことも。ただ、この剣が誰に打たれのたかは知らないし、どうやって手元にきたのかはわかりません。賜剣式(しけんしき)で恐ろしい幻覚を見た後に手元にあったんです。まるで最初からあったように。しかもそのあと賜剣式に出た候補生は気を失っていた。不気味な剣です」

 ふむ、とシュヴァリンはカラフからゴブレットに水を注いだ。

「賜剣式とは、騎士道の基礎を学んだ者に、その心を剣として扱うことを認める式だ。あくまで、月剣院(げっけんいん)卒業の式典にすぎない。しかし、君の代ばかりは違う。文字通り剣を与えた。言っておくが、その剣は騎士になった者にしか〝織られない〟」

 ウィリアムとマーシャルはシュヴァリンを見上げた。

「それは、神が旋律を〝織る〟のと同じことですか?」マーシャルが質問する。

「まさしく」エクエスはマーシャルに片目を瞑って見せた。「ルヴァが神秘を成すとき、それを〝織る〟というが、それと同じだ。神が扱うものと同等の神秘だ」

 ウィリアムは自分の剣の刃を光に翳して、筆で刷いたような不思議な刃紋を見た。

「その剣は、文字通り君の力と魂から創り出された依代――すなわち、人の魂を宿らせることができる器だ。器の形は神秘の術式によって変わるが、スバニア騎士国の神秘に於いて剣を象っているのは、君たちが知っているように、ルヴァのハウデンファールが、スバニアとカンサルタに与えた贖罪に由来する。罪の始まりが恋人を争う決闘でなければ、剣ではなくまた別のなにかであっただろう。話が逸れたが、その剣は器であり――ここからが本題だが、器には入れるものがあるということだ」

「わたしの魂ですか?」

 シュヴァリンはまたも片目を瞑って「ご名答」と言った。

 マーシャルは軟膏を塗っていた手をウィリアムの背中から外すと、立ち上がり胸の前で手を握った。まるで戦場に向かえと言われた農夫のような緊張に満ちた顔で。その顔を見てウィリアムは当然だろうと思った。肉体を捨てて剣になれと言うのは、死ねと言われるよりも複雑だろう。

「本来ならば、〈聖剣の儀〉を結んだ後に、乙女は剣になる。〈聖剣の儀〉では、文字通り乙女は肉体も魂も剣と一体化し聖剣となる。〈聖剣の儀〉とはそういうものであり、その犠牲の大きさゆえに絶大な力を発揮する。しかし、君達に〈聖剣の儀〉を受けろというのではない。我らエクエスと歌剣院の導師は、密かにこの神秘の抜け道を探してきた。そして、編み出したのだ。それに、すでに君達に施してある」

 新たに編み出した神秘とは、互いの繋がる想いを注ぐというものだった。ここ一ヶ月、二人は寝食を共にしてなんども想いをぶつけ合った。寝食だけではなく、ときには修練の間の森のなかで、会話のなかで、さりげないひとときに交わす笑みのなかで。そういった互いが繋がる瞬間の感情を剣に注ぐ。

「ウィリアムの卒業生の代に授けた聖剣の依代は、私の聖剣とは術式が――聖歌の旋律に違いがある。それは、想いを保管できる倉庫を施すために織られたと考えればわかりやすいだろう。そして、今までの修行で倉庫に想いを保管する方法を教えていたのだ。訓練を通して、図らずもそのやり方を習得していたということだ。仕組みとしては、マーシャルの想いが籠められた聖歌によって神秘を顕現させたウィリアムを通じて、ウィリアム自身から創造された依代である剣へと二人の想いが蓄積されるというものだ」

 二人のきょとんとした顔を見て、シュヴァリンはゴブレットを持った手を広げて驚いて見せた。

「革新的なのだよ。これは、誠に驚く神秘の進歩であり、神と崇められたルヴァに変わって我々アスロスが――いや、意味のない話だな。要は、マーシャルの聖歌と共にウィリアムが闘えば、その剣に力が溜まるということなのだよ」

 ウィリアムは顔を顰めた。

「なんとなく理解しました。それで、剣に溜まった力とはなんですか? それをどうするのか……」

「力のことは、神秘の源で最も強力なオルス――つまり魂だ。通常なら本人が本人のオルスを用いて神秘を織り成すが、これは違う。想いによって同調した二人のオスルになる。つまり、聖歌の力がそのまま引き出せるということになる」

「なぜ旋律も無しに聖歌の力が……」

 困惑したウィリアムに答えたのはマーシャルだった。

「すごい! これはすごいことだよウィリアム。あのね、聖歌が力を顕現させられるのは、歌い手の想いが籠められていることが大前提だけど、もう一つ重要なことがあるの。誰かを助けるような聖歌は、聴き手にもその歌を受け入れる心がなくちゃいけない。シュヴァリン様の話で言えば、わたしの想いが籠もった聖歌を、ウィリアムが受け入れて力を顕現させた状態を、剣の中に閉じ込めるってこと! これはすごいよ。だって、歌っている間は無防備だけど、その危険を減らせるってこと。それに、ウィリアム自身がその力を引き出せるってことになるの」

 つまり、魔法使いが行うような長い呪文の詠唱も、聖歌隊による長い斉唱もいらなくなる。戦いの最中、いろいろな神秘の力を顕現させることができるということか――ウィリアムはようやくすごいことだと理解し始めた。

「それだけではない。マーシャルは独唱の際、感情を湧き立たせるために思い出といった像を思い浮かべると思うが、戦いのなかでその集中を保つのは難しい。剣に保管されていれば、想いに応じて共鳴する力を剣の中から引き出し、マーシャルの独唱旋律の一節だけで神秘を施すことも可能だ。いわば、補助的な役目も施せるということだ」

 マーシャルは興奮していた。今のわたし達にはごく自然なことで、日々を重ねていれば二人で強くなるということなのだから。ウィリアムのために歌い、ウィリアムはマーシャルの歌に身を委ねてその想いと繋がればいいからだ。

 二人はその後の数日間もランパートと訓練に励み、ランパートも頷くほどの上達ぶりを見せた。そして二人の時間を過ごした。

 木の下の休息中に空を見上げながら、鳥の囀りに耳を傾け、戦地から遥か遠く離れた静かな村で、家を持って二人で暮らす夢を語らった。それが実現するかはどうでもよかった。ただ、この日のような二人の時間が続けばいいと、二人は想いを重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ