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Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第九章
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四十三話

 駐屯地のエクエスの天幕は広く、三方向にに奥まっていた。その一つがマーシャルの場所で、寝台と荷物が置かれたマーシャルの部屋の中は、角灯の優しい明かりに照らされて、火が燃える音とウィリアムが時折痛みに耐える鋭い息、そして天幕を叩く雨音だけがあった。

「ランパートさん、あんなにしなくてもよかったのにね」

「俺の親父となんかあったのかもな」

「ウィリアムのお父さんって、悪い人だったの?」

「さぁ」

 ウィリアムが鋭く息を吸い、マーシャルがウィリアムの背中を拭く手を止めて小さく笑った。

「ごめん」

「いや、大丈夫」

 少しの沈黙が流れた。

「親父は、年に一回しか家に帰ってこなくて、今でもどんな人だかよくわからない。父親としては、正直判断できるほど一緒にいた記憶はないんだ。ただ、騎士団に入ってから、なんとなくどんな人だかわかった。部下に愛され、良くも悪くも人気者。ランパートさんは、悪く言う側なのかもな」

「けっこう、恨みこもってたよ。何度もジョンの息子って言葉を使ってたし、一回でいいところを二回も打ち込んだり」

 ウィリアムは自嘲気味に息を吐いた。

「月剣院上がりは、生意気って見られるらしいから、実力差をわからせるためだったのかもしれない。次は打たれる回数を減らすようにするさ」

「そういうところ、いいと思う」

「そういうって?」

「前向きなところ。悪いことでも、そこから良いところを見つけるところ」

「そうか? 正直悔しかったからな」

「今日のことはそうかもしれないけど。わたしね、嬉しかったんだよ。あの噴水でのあと、わざわざ謝りにきてくれたこと」

 ウィリアムは黙っていた。

「わたし、王都に来て結構辛かったから。二年間なんとかやってたけど、もう限界だった。そのとき、わたしのことを頑張ってるって認めてくれたことが、すごく、嬉しかったの」

 ウィリアムは尚も黙ったままだ。

「だからね、わたし、ウィリアムのこと想ってずっと頑張ってこれたんだ」

 マーシャルは、青痣の一つを突っついた。途端にウィリアムは背中を仰け反らせて振り返った。

「聞いてる?」

「聞いてるよ、ちゃんと。だけど、なんて言えばいい。俺は、ありがとうとしか言えない」

「じゃあ、素直にそう言えばいいじゃない」

 ウィリアムはまたも黙った。マーシャルがウィリアムの背中を拭う手に力がこもり、ウィリアムは鋭い息を堪えた。

「あの日、王都を発つ日から、俺の気持ちは変わってない」

「あの日は……たしか、絶対に帰ってくるって約束してくれた」

「それだけじゃないだろ? ほら、その」

 マーシャルはウィリアムの腕を拭いながら黙ったままだった。ウィリアムは腹に力を込めた。

「マーシャル。俺は、君のことが好きだ」

 マーシャルの手が一瞬止まった。そして、変わらずに動き始めた。しかし、黙ったままだ。ウィリアムは耐えられず、振り返った。

 そこには、静かな笑みを浮かべるマーシャルがいた。ウィリアムの必死の視線を、マーシャルは顔を伏せて逃れると、ウィリアムの肩に額を当てた。

「ありがとう。わたしもだよウィリアム」

 ウィリアムは喉がへばりつく感覚と、急に部屋の中が暑くなったような気がした。

 ウィリアムは痛みを堪えて腕を動かすと、マーシャルを腕の中で包んだ。

「もっと」

「えっ?」

 ウィリアムの問いかけにマーシャルは答えない。その吐息が肌に感じるだけだ。ウィリアムは力強くマーシャルを抱き寄せた。肌にかかる息が苦しそうだった。

「もっと」

 いよいよ困惑したウィリアムは、しかしその言葉通りに力を込めて抱き寄せ、ついにマーシャルの背骨がぼきぼきと音を立てた。ウィリアムは慌てて力を緩めるとマーシャルの顔を覗き込んだ。

「莫迦なのか?」

 ウィリアムの困惑した表情に気にすることなく、骨が抜けたかのようにマーシャルはウィリアムに寄り掛かった。二人はあの港での続きを楽しみながら、濡れた衣を脱いで互いに体を拭い寝台に滑り込んだ。

 外の雨は強さを増していたが、高鳴る鼓動と息遣い以外に二人はなにも聞こえなかった。興奮、高鳴り、体の芯が花火か雷にでもなってしまったかのような刹那を経て、二人は完全に一つになった。二人は漆黒の天のすべてを焼き尽くしてしまいそうな無限の炎の波となって高めあい、ついに二人はその世界の頂にたどり着いた。

 この時間が永遠に続けばいい。互いの目の中に同じことを想った。

 角灯の火はとっくに消えていた。部屋にあるのは、強烈な焚火の後に残る熾火のような吐息だけだった。

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