三十四話
導師長は二人の男に向き直り、マーシャルとウィオラを示した。
「この二人がくだんの娘たちです」導師長はそう言うとウィオラとマーシャルを見た。
「二人とも、こちらはエメエクエスのエクエス=フォルツ殿。こちらはアマールエクエスのエクエス=シュヴァリン殿です」
マーシャルとウィオラは、目をぱちくりさせながら――乙女らしくするつもりで――膝を少し屈めて恭しくお辞儀した。
スバニア騎士国を支えるのは四つの騎士団であり、その二つの騎士団長が目の前にいるという事実に、二人は息をすること以外なにも考えることができないでいた。
「いつまでそうしているのですか。顔をあげなさい」
喉の奥でゆったりと包むように笑う声が聞こえ、二人は顔をあげた。笑ったのはエクエス=シュヴァリンで、重い金髪を肩まで垂らし、左頬から耳にかけて傷のある顔に、優しい子供をみるような微笑みを湛えている。
マーシャルはシュヴァリンの左頬の傷をまじまじと見ていることに気がついて慌てて目を伏せた。
「やはり、君も気になるのかね」
マーシャルは首を振った。やっぱりこの傷には見覚えがあった。自分自身が嫌いだったあのとき、薔薇の棘の話をしてくれた人。
「あの、わたしはエクエス=シュヴァリン様と会ったことがあります」
シュヴァリンは首を引いて、思い出すように一瞬宙を見たが、すぐに眉尻を下げた。
「エクエスが称号のようなものだ。〝様〟は不要だ。しかし、申し訳ない。いつの話だろう」
「城下町の外れです。二年くらい前のことなので、覚えていらっしゃらないと思います。わたしはあのとき、井戸に水を汲みに行っていて、学舎の男子に、その――」
あぁ、とシュヴァリンは傷のことなど忘れさせるほど優しく笑った。
「思い出したよ。銀ノ剣に召喚され、王都に戻ってきたときだった。恥ずかしいことに、あのとき私は道に迷っていてね。そこでたまたま通りかかったところに君が。そうか、あのときの。随分と変わられた。すごく良いほうに」
シュヴァリンの灰色の目は、ずっと見ていたくなるほど落ち着いた笑みを湛えていた。
「ならば、自己紹介も早く終わるな」
シュヴァリンの横に立つもう一人のエクエスが愉快そうに言った。そのエクエス=フォルツは、雪山の鋭い峰で輝く宝石のような孤高さを青い目に宿している。射抜くような視線に冷たさを感じて、マーシャルは思わず目を逸らした。鼻筋が通り、目は大きく、顎もしっかりとしていながら美しい線を顎先まで描き、いかにも本に出てきそうなその顔を見て恥ずかしさを感じたからではない。水面に写る氷の目のようだったからだ。
フォルツがロッティリアの机に寄り掛かり腕を組んだ。
「ロッティリア導師長。シュヴァリンと娘は知り合いのようだ。二人を導くに相応しいのがどちらか決めるのがそんなに大変か?」
笑みを刷いたフォルツの言葉に、ロッティリアは助けを求めるようにシュヴァリンを見た。
「あくまでも、我らに決めろというのだな、ロッティリア」
ロッティリアは苦しそうに目を瞑り頭を下げた。
「わたくは、お二人のどちらが相応しいかを決められるほど、大した人間ではありません。お二人に全権を委ねたく存じます」
なるほど、とシュヴァリンは髭のない綺麗な顎を撫でながら、状況が読めないでいる二人の娘を見た。
「本当か? 君達は恋をしているのか?」
「え?」二人は声を揃えた。
しかし、二人の言葉には誰も反応しない。それどころか、まるで市場の芸術品でも見るかのように、二人のエクエスはウィオラとマーシャルを値踏みするように見始めた。
と、思ったらまるで物思いに更けているような目でエクエスの二人はマーシャルとウィオラを見つめた。
娘二人は、このような男の目線には慣れていなかった。マーシャルは胸の前で手を重ね、ウィオラは気丈にも顎をくいっとあげて、それでも助けを求めるように二人してロッティリアに目を向けた。その視線の意図を汲み取ったロッティリアは、囁いた。
「今、彼女たちと話しておられるのです」
「彼女、ですか?」
ロッティリアがエクエス二人の腰に下がっている剣をうやうやしく示した。
「聖剣となった、わたくし達の大先輩です」
マーシャルとウィオラは目を疑った。それもそのはず、男と絆を育んだ歌剣はその身を剣とするというのは伝説の類いだと思っていたからだ。
「わたくしは、貴女たち二人は聖剣になるにふさわしい心を持っていると思っています。貴女がたはカンサルタに近い性質を持っている。誰かを愛し、その愛に影を落とすことなく弛まぬ努力をもって繋ごうとする心を持っている。その貴女がたに、エクエスと聖剣が師事を下さるというのですよ」
マーシャルとウィオラは目を丸くした。エクエスの二人は神妙に頷き、シュヴァリンが最初に咳払いをした。
「しかし、君たちの意見も尊重する。私の聖剣アシュラムは、君達に教えることに同意している。それで? 君たちは、想い人と未来を守るために、独唱を学ぶ気があるかな」
シュヴァリンは二人がどう答えるか知っているように飄々と言った。




