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Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第五章
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二十三話

 大きな焚火の明かりに百人はいる男達が照らし出され、骨の笛や大小様々な馬の皮の太鼓が奏でる賑やかな音楽とともに男達は酒を酌み交わしていた。夜空には騒ぎ声につられて瞬くように星が煌き、ときおり星が刹那の輝きで線を描いた。

 ドラ=カルダリーアの二十歳くらいの若衆の一人——ヤグサが、革袋に入った酒を笑顔で差し出してきた。ウィリアムは会釈をしながらそれを受け取ると、一口呷り、喉を焼く感覚に顔を痙攣らせながら手の甲で口を拭った。

 焚火を囲む円の少し離れたところにジンダジスとロビンがいるのを見て、ヤグサに革袋を返しながら尋ねた。

「君達の族長となにを話しているんだろうか」

「さぁな。だが、あれほどの弓の名手だ。さぞや力になるに違いない」

「なんの力だ?」

 ベーネが割って入った。

「決まっているだろう、狩だ。東からやってきた二本足の獲物を狩るんだ」

 今度はジルクートが反応した。

「東? ここから東にはネブリーナしかないはずだ」

 ヤグサは控えめに笑った。

「それは霧の国のことか。それなら〈世界の壁〉の方、北東をさす。俺が言ってるのは東、霧の国よりも東。世界を東西に分ける霊峰〈偉大なる厳父〉よりも東のほうからくる奴らのことだ」

「まさか、ゲピュラ皇国か?」

「あぁ、そんな名前だったな。変な響きで覚えられん」

 ウィリアム達は互いの目になにかを危惧する色を見た。と、同時にジンダジスの声が響いてきた。

「なんだと? ここにゲピュラの連中がいるっていうのか? しかも、そいつらに捕虜がいると。詳しくきかせてくれ、いつからだ」

 ジンダジスは椅子がわりにしている鍋の位置を変えて座り直すと、ガラニに続きを促した。

 ちょうど知りたかった会話が聞こえてきたウィリアム達は耳を澄ました。

「一つ前の大火月のことだ。暑い日で羊が嘆いていたな。霧の……お前達の言うネブリーナの方からやってきた。最初は三十人ほどだったが、土ノ季にもう三十人ほどやってきよった。そして星が流れるが如し、葉が落ちきる前に北の森に要塞を築いた。それからはこっちの商売の邪魔ばかりだ」

「商売?」ジンダジスが角の杯を呷った。

「壁人との商売だ。こっちは羊や弓、馬を売ってる。代わりにあいつらからは火のいらない角灯とか、そういった暮らしに必要なものをくれる。知っているか。あいつらとの取引で最も役に立つのは酒だ。あいつらは酒に目がない」

「ゲピュラ連中は、貴君らの壁人との取引を邪魔しているのか。なぜだ」

「酒だ。俺たちは山羊の乳から酒を作るが、それを壁人は好んでいる。信じられるか、手塩に掛けた力の強い馬一頭と、そこらの若衆が担げる酒樽一つが同じ値段だ。ゲピュラも壁人と取引をしているかなんかだろう。酒が最も取引に役立つと知っていて、俺たちの商人を襲いやがる。おかげで商売上がったりだ」

「壁人との取引は霊石関係だけのはず。しかもその取引はしっかりと記録され国に保存される。霊石を用いた武具は高価で強力だからだ。裏取引で儲けをあげようとする輩がいるのは世の常だが、もしもゲピュラ皇国が秘密裏に霊石を狙っているのであれば……問題だ」

 頬にまで伸びた無精髭を無意識に掻きながら火を見つめるジンダジスにガラニは不思議そうな目をむけた。

「なにが問題だ。酒をやればあいつらはなんでも渡す。悔しければ、お前達がどこよりも酒を渡せばいいだけの話だ。南の連中はいつの時代も事をややこしくする」

 ジンダジスが含む笑いをしながらも同意した。

「酒の民と呼ばれているのは、てっきり貴君らだと思っていたぞ」

 ジンダジスの言葉にガラニが不機嫌そうな顔をした。

「それはもう一つの丘だ」

 ジンダジスの顔を見て、ガラニは驚いたようの眉を上げた。

「知らんのか? ドラ=カルダリーアには神から賜りし十の角笛を授かった正統な氏族がある、俺もその一つの末裔だ。草原を育み草原を支配する十の氏族。しかし、そこから外れる者達がいる。そいつらは草原を捨てて森へと入り、ついに山に住み着いた」

「なるほど、それが〈壁人〉というわけか」

 ジンダジスにガラニは頷いて、続けた。

「そうだ、そいつらがもう一つの丘だ。それで、お前らが訊きたいのはこれじゃないのであろう。そんな顔をするな、わかっている。俺の話が逸れるたびにお前は考え事をしているのだからな。それで、訊きたいことはなんだ」

 ジンダジスは、あっぱれと言って膝を叩くとガラニに向き直った。

「ゲピュラ兵のことだ。今は合計で六十人という計算になるが、本当にゲピュラ兵か? ネブリーナはゲピュラの属州だ。ゲピュラにも軍があり、いまだ解体されずにあると聞くが」

「それは知らん」

 腕を組んで焚火を見たジンダジスの代わりにロビンが身を乗り出した。

「そのゲピュラ兵の要塞に、捕虜がいると言っていたがどんな者達だかわかるか?」

 ガラニは辺りを見回し、ヤグサに目を留めた。

「ヤグサ! お前は何度も偵察しに行ってるだろ。ジンダジスに教えてやれ!」

 ウィリアムは立ちがったヤグサを見上げた。肩幅が広く、白い狼の毛皮を肩に纏った革鎧姿は立派な戦士だ。気がつかなかったが象牙の柄を持つ湾曲した美しい剣を携えている。

「もちろん見た。あいつらの要塞を何度も偵察しているからな。要塞の中の一角が仕切られて、そこに旅の装いの者達がいた。もう一つの丘の者達はあんなに着込まない。着込むのは軟弱な南の者だけだ」

 若衆が一斉に笑った。

 サイードが手に持っていた粗朶を火に投げ入れてヤグサをみた。

「旅芸人のように見えたか?」

「一度だけ。人形を操ってるのを見た。奇怪な技だった。紐で操っているのだろうが紐は見えず、人形の動きはほんとうに人みたいなんだ」

 ジンダジスとロビン、サイードは確信したように見合わせた。

「その要塞とやらの場所を教えてくれんだろうか」

 ジンダジスの言葉に、ガラニが肩を叩いて含んだような笑いを見せた。

「手を組まないか、スバニアの屈強なる戦士達よ。捕虜を助けることとなったら戦闘は逃れられん。俺たちはあいつらに復讐をしたい。手を組めば互いに満たされるだろう。どうだ、スバニアのジンダジス」

「個人的な興味から訊くが、復讐とは?」

「俺の弟を殺した

 ジンダジスは腕を組んだまま考えあぐねるように鼻を鳴らした。ロビンがわざとらしく大きく息を吸って、言葉を選ぶように口を開いた。

「これは、干渉規定を破ることにはならないかと」

 ジンダジスは横目で一瞥する。

「脅しにも聞こえたがな。手を組まず、ドラ=ガラニが先に手を出せば捕虜が巻き込まれかねん」

 サイードが綺麗な眉を片方だけ上げて、

「〝厳密には壁人との取引には該当しないだろうから、平気だ〟」と誰かの真似をするように言った。

「ジョンならそう言うな」ジンダジスが愉快そうに言った。

 ウィリアムが顔を上げたのを知ってか知らずか、ジンダジスはガラニに杯を掲げて神妙に頷くと飲み干した。ガラニも黙って頷き杯を空けた。

「これだけの援軍があれば心強い!」

 ジンダジスが若衆達を見回して言ったが、ガラニが顔の前で手を振る。

「いいや、連れて行けるのは十人までだ」

 話を聞いていた者の全員が怪訝な顔をした。沈黙を破ったのはヤグサだ。

「ドラ! たったの十人だって? 俺は確実に行くとして、九人だけじゃ不公平だろう」

「莫迦もんが。アルンの護りはどうする。ん? 誰が家族を護ると言うんだ。俺だってカルネの復讐はしたい。できることならゲピュラの野郎の腸をこの手で引き摺り出しグズリに食わせやる! だが、俺たちには生きている仲間、家族がいるのを忘れるな。これは俺の、ドラからの命令だ。この復讐に志願できるのは身寄りのない者か、息子のいる父親、まだ若い父親を持つ者だけだ。父親がいる者は父親と話をつけてこい。前歯を折られる覚悟があるならばな!」

 焚火のごうごうと燃える音が長く続いた。

「この坊主はなぜ族長の、いや、ドラのあんたにこんな物言いをするんだ?」

 ジンダジスは気に食わないと言いたげにヤグサを見た。

「この莫迦は俺の甥。殺された弟のひとり息子だ。母親も幼くして亡くしてる」

 ヤグサが顎をくいっと上げて蔑むような目をした。

「俺の親父、カルネの復讐についてきたい奴はいるか?」若衆の全員が声をあげた。ヤグサは満足そうに頷きながら、九人の名前を挙げていった。「俺の親父が一目置いてたやつらは、この復讐の名誉に浴することができる。だが!」

 ヤグサは腰の剣を抜いてスバニアの戦士、とりわけ歳が近いウィリアム達三人を剣で指し示した。

「よそもんがこれに浴するのは、いただけねぇ。だろうお前ら!」若衆が笑った。「だから、俺がこの名誉に浴する資格があるか確かめてやる。弓の勝負じゃ話にならんのは目に見えてる。だから、喜べ、剣で相手になってやる」

 周囲がの熱気が一段階上がった。好奇な目に焚火の明かりを写した若衆達が酒を注ぎ直し集まってきた。

 ウィリアム達は助けを求めるように古参の方を見たが、肝心のジンダジスが見事な噯気を披露しただけで、ロビンもガラニとなにやらどちらが勝つかを賭けていて、サイードは黒くしっかりとした柳眉を片方だけ上げただけだった。

「やるしかないみたいだぞ」

 ウィリアムの言葉に、ベーネが腕を後ろに突いて欠伸した。

「お前に譲る。なんたって従士の息子の貴重な力の見せ場だ。俺がでしゃばっちゃあ申し訳ない」

「その言葉に感謝するぞベーネ。従士の息子の俺から言わせてもらえば、騎士の息子がもっともふさわしいと提言する」

 二人がじっとジルクートを見つめた。ジルクートはゆっくりと、丁寧に悪意を籠めた息を吐くと、二人を一瞥して立ち上がった。

 それを見てジンダジスが手を叩いた。

「おぉ! これはエス=スティーグの息子の剣技が見れるぞ! ロビン、賭けはもらったも同然だな」

 ガラニがすでに勝った気でいるジンダジスとロビンに含み笑いを見せた。

「お前ら南の剣がどれほどか知らんが、ヤグサはカルネの息子だ。カルネは当代の十氏族の誰よりも剣の腕が立った。ヤグサは三歳から去年の二十歳を迎えるまでその剣の手ほどきを受けていたのだぞ」

 ジンダジスとロビンは黙った。サイードだけは含んだ笑みで剣を抜いたジルクートを見据えていた。 

「両者一本勝負、武器は二人で相談しろ。これは戦いではなく、交流だと理解してもらいたい」

 焚火の周りでは歓声がおこり、酒を一気に呷るものや、狼の遠吠えのような声を上げる者、それぞれの陣営の者がまるで自らの誇りがかかっているかのように応援した。

 ジルクートはいつもと変わらない石のような表情でゆっくりと息を吐いて、足を広げてわずかに腰を落とし、後ろの脚を曲げて剣を構えた。

 ヤグサの表情も、先ほどの傲慢さはどこへやら、雪のなかで獲物を狙う狼のように静かさを顔に浮かべ、焚火の火を静かに目の中で揺らめかせている。

 誰かの、「やれ!」という声と同時にヤグサの曲剣が煌めいた。瞬間、ジルクートは半歩前足を引いて両足を曲げた状態になって上半身を横に向けた。ジルクートの耳元で曲剣が空気を切り、ジルクートがバネのように曲げていた足で地面を蹴って突きを繰り出した。ヤグサは最初の一振りの後に一歩下がっていたが、ジルクートの突きは予想以上に踏み込んできていて、ヤグサは後ろについた踵全体重を乗せて身を捩り半回転で躱し、その回転を利用してヤグサが斬りかかる。ジルクートは突き出した剣を手首で返し刀身を腕に添えるようにしてヤグサの回転斬りを受け流す。ジルクートの剣の刀身にヤグサの曲剣が削るように擦れ合い、シャリンと甲高い音を立てた。

 歓声。

 ヤグサが受け流された剣を振り切らずに翻し上段から斬りつけた。ジルクートは剣を両手で持って上段の構えから剣先を下にして、またしても刀身で受け流しそのまま手首を返して上段から斬りつけた。ヤグサは受け流された一太刀を躱されて重心を失いよろけた。ジルクートはそれを見逃さずに一歩横にずれてヤグサの無防備な方に移動して剣を突き出し、しかしヤグサは鋭い呼吸と共によろけたまま体を回転させてジルクートの突きを弾いた。ジルクートは驚きに目を瞠いた。ヤグサがその回転のまま剣を斬りつけ、切っ先がジルクートの側頭部を捉えた。

 誰もがそう思い息を呑んだ。しかし、鋼のぶつかる硬質な音がそれを阻止した。

 サイードが自らの曲剣を抜いて飛び込み、ヤグサの一太刀を弾き返していた。

「これは交流試合だと言っただろう。今の一振りをどうやって寸止めするつもりだった」

 さっきまでの喧騒は星までも隠れそうなほど鎮まっていた。

 ヤグサは荒い呼吸のまま剣を納めた。ジルクートは至って静かな呼吸のまま突きの姿勢から立ち上がると、剣を鞘に納めた。そしてサイードを見た。

「古参殿。私の不注意でした」サイードの言葉を待たずに、ヤグサを見て安堵したように息を吐いた。「それで、私達に資格はあるのか? 俺の仲間は共に剣を競った仲だ。腕は私が保証しよう」

 ヤグサが一切呼吸を乱していないジルクートを値踏みするように見て、頷いた。

「文句はねぇよ」

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