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Belief of Soul〜薔薇の棘〜  作者: 彗暉
第五章
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二十話

 プルッケル自由都市と河岸を繋ぐ跳ね橋の下を、スバニア騎士国の艦隊が通過する。

 騎士団の新しい戦士たちのなかには、プルッケル自由都市の白と青と金に彩られた町を見ることを期待していた者も多かった。

 皆が所在なさげに、甲板からプルッケル自由都市を見上げていると、甲板に鐘の喧しい音が響いた。プルッケル自由都市の中洲の崖に鐘の音が反響し、それは重なって大きな音へと変わる。

 若い戦士たちの間になにごとかと視線を彷徨わせる不穏な空気が流れた。

 甲板後方の一段高くなった船橋で鳴らされていた鐘が、惰性で響く弱々しいものに変わっていく。

 船橋の鐘を鳴らしていたのは上官で、船室にいた戦士も甲板に上がってきたのを確かめると、朗々とした声で言う。

「ここから半日で前線の駐屯地につく! それまでに支度を終わらせておけ! ここから先は戦場と心得よ!」

 甲板の戦士たちは視線を交わらせると、きびきびとした動きで甲板を降りていった。

 プルッケル自由都市は、マッケロ川の中洲にある。そこから東へ半日かけて川を上ったところに、フルケル橋がある。

 馬車が十台並べるほどの幅を持つ、巨大な石造りの橋の中央部は跳ね橋となっていて、フルケル橋はマッケロ川の関所にもなっていた。

 交易路であるため、一日に数回橋が上げられる。馬車の往来が少ない場合は感覚も狭まるが、ここ数星の間は橋は下げられたままだった。

 フルケル橋を抜ければ、プルッケル自由都市まで河を防ぐものはない。物資も兵も荷車より多く積むことができ、陸路よりも速い船を用いようと考えるのは、プルッケル自由都市を狙うゲピュラ皇国としては当然だった。

 だからこそ、プルッケル自由都市の援軍要請に応えたスバニア騎士国は、フルケル橋を最重要防衛地点としたのだった。そして、その防衛線をフルケル防衛線と呼んだ。

 フルケル防衛線はマッケロ川の北と南の岸にそれぞれ軍を展開していた。南にはクリマーレ山脈の鉄の国を始めとする諸国と、スバニア騎士国の荘園領主の総勢二万の連合軍が駐屯し、北側にはスバニア騎士国が誇る四つの騎士団のうちの一つ、アマールエクエスのリーリオ師団が駐屯していた。

「アマールエクエス=リーリオ師団=第十連隊ーならえ!」

 連隊長の掛け声に、第十連隊の戦士達が胸を拳で叩き踵を打ち鳴らし姿勢を正す。ウィリアムは胸を張った姿勢のまま目だけを動かして壇上の上に立つ男を見上げた。冷酷な目は味方か疑いたくなるほどに鋭い。左胸の勲章の数がこの場にいる誰よりも階位が高いことを物語っている。

 その司令官がゆっくりと戦士たちを見回し、口を開いた。

「なんてサーコートだ! 見てみろ! 空よりも青いではないかこの青二才ども! その青さが貴様らの青さだと脳味噌に刻め! 未熟の証だ! しかし忘れるな! 血を浴びようとも、泥にまみれようとも、貴様らのその青く純粋な騎士道は貫き通せ! わかったか青二才!」

「は!」数百戦士の声が重なり合う。

「だったらなに突っ立ている! さっさと補給団のところに行って装備を整えろ! 行け! 役立たずども!」


「第十連隊は〝(いばら)〟と呼ばれた。その名に恥じぬ行いを期待する」

 連隊長が補給団の陣営に向かう途中で唾を撒き散らしながら第十連隊と自分の尾鰭のついた武勇伝をがなり立てるように語った。

 補給係から盾と毛布を受け取った戦士たちを誘導する大隊長は、自分の部下となった青二才の戦士たちを振り返ると凄んだ。

「いいか、お前らはまだひよっこだ。月剣院を出てきた者もいるだろうが、所詮、毛の生えただけのでくの坊だ。だが!」大隊長は新人達をぐるっと睨み付けた。

「お前らは第十連隊〝茨〟だ! 背が低く頼りにならんように見えても、茨のように棘をもち、なんびとたりとも敵を通さない不屈の信念がある! その信念を槌にして己を鋼に変えてみせろ! そして先人達に見せてやれ。お前らが真の戦士だということを!」

 天幕の前で腕を組んだ小隊長は二十人の新米を満足そうに見回して左腕を掲げた。

「俺は一年前にこの戦場でこの左手を失った! なに驚いた顔してんだ? こんなもんは擦り傷だくそ餓鬼! てめぇは指を切っただけで失神しそうだな! お? そこにいるのはウィリアムか? ウィリアムじゃねぇか!」

 アマールエクエス=リーリオ師団第十連隊第十歩兵小隊所属のウィリアムの上官は、父の元部下のジンダジスだった。

 

 到着して数日間、新米戦士達は剣の手入れや物資の運搬、厩舎の掃除などを押し付けられていた。月剣院(げっけんいん)の成績がそこそこよかったトルンが、大人二人分の重さはある藁の塊を片手に一つずつ持って厩舎に入ると唸った。

「あー。月剣院を出て、なぜ牛や馬の寝床を拵えねばならんのだ」

 憤懣やる方ない物言いに、ウィリアムは藁を飼い葉桶に突っ込みながらぶっきらぼうに答える。

「これらが騎士団を支えるんだろ。わかりきったことをどうして口にするんだ。そんなに汗かいて。見ろ、お前の筋肉が喜んでる」

 トルンが顎を上げてウィリアムを見下ろした。

「お前は剣よりも熊手のほうが慣れてるだろうけどな、俺は剣を振るためにきた」

 ウィリアムは熊手を立てて、戦士を見上げた。

「俺も剣の扱いくらいは知ってるぞ」

「おぉ、そうかい」

 二人の視線が呼吸二つぶんぶつかる直前、手を叩く音がした。

「確かに、月剣院まで出た俺たちが糞まみれの厩舎掃除から荷物運び、こんな雑用するとは思ってなかったよな。まぁ、なんにせよ終わらせなきゃ稽古もできやしない。愚痴もまとめてさっさとここを綺麗にしてやろうぜ」

 ベーネの快活な言葉に、他の戦士たちが「やってやるか」と声を上げた。

 ウィリアムは肩を落とすように軽く息を吐き、トルンを見上げた。

「すまない。八つ当たりだった」

 トルンは自慢の腕でウィリアムの肩を叩くと、にかっと笑みを返した。

「俺もだ。だが、剣を交えるのもやぶさかではないぞ」

 天幕に戻ると、小隊長ジンダジスが重々しい顔で新人の天幕の垂れ幕から顔を出した。

「お前ら、剣を振るう覚悟はできてるか?」

 毛織りの絨毯の上に寝そべって過ごしていた新米戦士の賑やかな空気が静寂に凪いだ。トルンとベーネが跳ね上がるように立ちがる。

「とっくです!」

「ようやくか!」

 二人の鼻から漏れ出る言葉以上のやる気に小隊長ジンダジスが頷いた。

「今から作戦の説明をする。ジルクート、時計を渡しておく。五分以内に俺の天幕に集合するように」

 ジンダジスが天幕から出ると同時に、戦士たちは長靴を履いて、小さな冊子と羽ペンを持ったりシャツを着たりときびきびと支度をした。

 ジンダジスの天幕には第十小隊の古参兵達が先に集まっていた。ウィリアムは胸にこみ上げるものがあった。ジンダジスを含め、この人たちの誰かが父親と共に戦いを潜り抜けてきたのだ。そして、今俺は父と同じ連隊に所属している。

 新人たちは、古参戦士に会釈をしながら、そろそろと中央に集まった。

「よし、集まったな」

 小隊長の明瞭な合図を皮切りに、作戦会議が行われた。

「間諜からの報告で、カルダリーア丘陵地帯でスバニアの劇団員が立ち往生していることがわかった。これの救出、及びこの駐屯地まで護衛をする」

 新人の戦士たちの間に張り詰めた空気が漂う。護衛任務は自分たちの居場所を常に示し続けるだけでなく、急な動きに対処できない。敵からすればいい的になる。それを裏付けるように古参戦士の中から唸り声が上がった。

「編成は、我々〝茨〟の第一小隊と第十小隊の混成編成、二十名からとする。小隊長は俺だ」

 小隊長ジンダジスはそう言いながら、卓上に広げられた地図に小隊を意味する駒を進めていく。救出部隊に編成される古参戦士の名前を列挙し、顔を上げるとウィリアム達を見た。

「新人からはウィリアム、ジルクート、ベーネ、トルンの四人だ。月剣院上がりの力を見せてもらおうか」

 古参戦士の中から冷やかしの笑いと声があがった。

「質問はあるか」

 小隊長の言葉に、天幕内は一瞬静まり返った。

「では、私から」

 声の方を振り返ると、古参戦士が身を捩ってできた空間に、手をあげている中年の男がいた。頬にそばかすのある、土ノ季の淋しい木のような印象を抱かせた。

「カルダリーア丘陵地帯は壁人の領域でもありますが、干渉規定はどの程度にしますか」

「干渉規定には変わりない。壁人に軍事的な協力は求めぬよう留意して遂行せよ」

「では、任務遂行にあたって必要になる物質は?」

「俺は北にいったことがない。そこでロビン、お前を編成したのだ。確か、丘陵地帯の部族ドラ=カルダリーアの氏族と知り合いがいたな。氏族ならば、壁人の干渉規定は当てはまらない」

 そばかすのある男――ロビンは顎に手を添えて、静かに駒が置かれた地図を見つめた。

「二十年近く前のことですから、今はなんとも言えないですね。ただ、霊樹の森を抜けるとなると、一週間はかかります。知っての通り霊樹の森では兵糧の補給は無理です」

 小隊長ジンダジスは、卓上に腕を突いて唸った。

「だから、霊樹の森はこの川沿いに上がるとする。多少時間はかかるが、霊樹の森で唯一人が口を付けられるのは魚くらいだ。川は平気だからな。喜べお前ら、新鮮魚の食べ放題付きの遠足だ。霊樹の森を抜けてカルダリーア丘陵地帯に出た後は、氏族たちに援助を申し出よう。だが、うまくやってくれよ。あの戦闘民族の噂はいいものではない」

 ロビンが短く返事をした。

「では、六の刻に北の広場に集合。解散!」

 小隊長の声に、戦士の気迫の籠もった返事が天幕内に響いた。

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