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第5話 ナガレ公国 将軍 グタン

「おうっ、お前たち。何か変わりはないか」

 館の入り口を見張るまだ若い兵士たちに声をかける。

「はっ、はい。何も異常は見受けられません」

 気を付けの姿勢のまま口籠(くちごも)るように答える。ガチガチだな、かなり緊張しているようだな。その兵士の背をバシバシと叩きつつ、

「そんなに固くなっていたら、身体が持たんぞ。もっと気楽にな、分かったか」

 笑いつつ、励ます。しかし、背中越しに返ってきた声は、

「はっ、はい」

 と緊張を帯びている。まったく、まだまだ固いな。そんな事を考えつつ、二階に続く階段を昇っていくと、明かりの灯った部屋の入り口に人影が見える。目を凝らして見ると、どうやら(とら)われのお姫様のようだ。

「おうっ、お姫様。お出迎えたぁ、嬉しいね」

 笑いながら話しかけてみるが、その顔は明らかに期待外れといった表情。

「グタン将軍、何の用かしら」

 声からもかなり気落ちしているのが分かる。まぁ、こんな森の深い場所に閉じ込められているのだ、若い姫様にはなかなか辛かろう。

「いや、なに。若いお姫様が退屈のあまり、良からぬことをなさらないように、この老体がご機嫌を(うかが)いに参った次第で」

 わざと(かしこ)まったように言う。


「ふんっ、お目付け役の老体はチュール一人で十分ですわ」

 そっぽを向いてしまった。小生意気な娘だ、チュール殿もこの娘の相手を毎日するのも骨が折れるだろう。

「お姫様、あまり老人を無下にしてはいかんよ」

「将軍はお年の割には老人って感じはしませんけれどね。そんな事より、何故ロマ様はここに来て下さらないの? こんなにも可愛い妻であるわたくしが、こんな辺鄙なところでこんなにも待ち焦がれているというのに」

 もうっ、と憤慨している。ふむ、お姫様のご機嫌斜めはそれが理由かい。

「お姫様の国とうちの国でちょっといざこざあってね。今、お姫様は非常に微妙な立場だからよ。うちの公子様もよう、ここの場所を知らされてねぇんじゃねぇかな」

 と言うと、

「なんですの、それは。そんなことは知ったっこっちゃねえですわぁー!」

 かなり、頭に血が昇っているのか言葉遣いがお姫様のそれから遠ざかっている。ふふん、こんなに感情を爆発させるほど愛されるなんてあの優男(やさおとこ)の坊ちゃんも男冥利に尽きるというもんだな。

「まぁまぁ、お姫様。そろそろ事態が動き出しそうな感じがする。そうなりゃ、少しは事態も変わってくるかもしれん。公子様にも会えるかもな」

 と宥める。

「本当ですのっ!」

 と急に顔が華やぐ。


「ああっ、俺の勘だがな」

 言いつつ、部屋を後にする。と背後から、

「勘ってなんですの。くそ爺」

 と罵声が飛ぶ。ははっ、元気な小娘だ。うちの兵士よりもよっぽど肝が太いかもしれん。見習わせねばいかんかな。ちらと左を見やると、部屋の出口の脇にはチュールが恭しく頭を下げている。

「チュール殿、貴方も大変だな」

 左手を挙げて挨拶をすると、そのまま館の玄関に向かう。今頃、お姫様はまたチュールに叱られていることだろうな。

「ふーっ」

 と長いため息。まったく老体には疲れる仕事だ。今回の事態は俺には寝耳に水の出来事であった。


 ある日、ナガレ公が、

「近々、戦争になるかもしれない。軍備を整えておいてくれ」

 と言い出した。どうせ、いつもの東方の国とのいざこざがまた起きたのかと思い。

「どことです」

 うんざりという様に尋ねると、

「インシュールとだ」

 その答えはまったくの予想外であった。インシュール王国とは友好的に国交を築いていたからである。

「一体、何故です。ナガレ公」

 と問うが、

「いいから何も言わず、早く致せ」

 と急かすのみで答えてはくれなかった。後から調べて判明したことだが、どうもコザックの連中に何やらたぶらかされているようだった。どうせ、インシュール東部の資源豊富な土地や何かを餌に協力させられているのだろう。

 まったく、利益につられて簡単に今までの友好関係を無にするような真似は好かんが、もう事態が動き出した以上、俺も動かねばならん。


 ナガレ公、あれは国を思う心は本当なのかもしれんが、目先の物に飛びつく癖があるのがいかんな。ハナハンナという人質を持っているのも奴の気を大きくさせる要因の一つだな。

「まったく、本当に大丈夫なのかね。ナガレ公様よ」

 一人ぶちぶちと文句を垂れる。玄関の扉から表に出ると、先程の若い兵士がまだ背筋をピンと伸ばし、緊張したように棒立ちになっている。

「まだ、そんなに固くなってるのか」

 と話しかけるが、

「いっいや、そんな事は」

 まだ口が強張っているな。まぁ、まだまだ経験の少ない若者だしょうがないのかも知れない。

 それにしても、これからインシュール王国はどう出てくるだろう。まだ事態に気付いていないだろうか、いやっそれはないだろう。あの国には油断ならない人材がそろっている、騎士団長のオウザなんかは昔から抜け目のない男だ。その上、一度だけ見たことがあるがあそこの第一王女は一癖も二癖もありそうな一筋縄ではいかない感じがした。

 インシュール王国と正面切ってぶつかれば、我が国の被害は甚大になるはず。コザックのやつらに急にはしごを外されるような真似をされると非常に困るのだが。

 「ふーむ」唸るようなため息が漏れる。まぁ、俺がいる限りそう簡単にやられてはやらんがな。それに、ハナハンナ姫がこちらの手にある内はそう強引な事も出来んだろう。

「どうかなされましたか。グタン将軍」

 考え込む俺を不思議そうに見つめる兵士。その顔はまだ幼さを残している。


 こいつらをそう簡単に死地に送り込むようなことは出来んなぁ。まだまだ、先のある前途洋々な若者たちだ。

「いや、何もない。一度城に戻る、馬を持ってきてくれ」

「はい、わかりました」

 兵士が館の向うへと駆けていった。

 さてっ、俺も行動を起こさねばならんか。

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