第4話 花嫁 ハナハンナ
「はぁー、一体どうなっているのかしら」
一人呟きながら、屋敷の窓から外を眺めてみても、周りには森の木々しか見えない。もう何日になるのかしら、ここに来てから。
この国の第二公子ロマ様に嫁いで来てからしばらくは都の中央の公都城近くにある、それはそれは立派なお屋敷に住み、毎晩のように晩餐会や舞踏会といった華やかな日々だったというのに。何日か前に突然現れた、ナガレ公の使いの男によって都から離れたこんな辺鄙なところまで連れてこられてしまった。
もうっ、なんなのよここはっ、何にもないじゃない。わたくし、こんな生活が続いたら、退屈で退屈で死んでしまいますわっ。
「もうっ、わたくしがいったい何をしたっていうのよぅ」
と窓から叫ぶ。苛つきがつい、大声となって口から洩れてしまった。すると、『ガチャリ』と背後で扉の開く音、
「ハナハンナ様っ、大声を出すなんてはしたのうございます。王族に連なる女性は淑女らしく振舞わなくはいけませんよ」
部屋に入って来るなり小柄な老婆が小言を並べる。彼女の名はチュール、彼女は幼い頃から私の世話係で結婚のときにもインシュール王国から連れてきた唯一の従者、ここに閉じ込められてからというもの話し相手は彼女だけなのだが。なんにしろ彼女は昔から私のやることなすことに文句をつけるので堪らない。
でも、建物の周りにいる兵士たちは相手をしてくれないし、彼女しかここにはいないのだからしょうがない、我慢するしかないわ。
彼女の方を見ると、その手で押している台車には食事の準備がなされている。
「もう、そんな時間かしら?」
この場に移されてから毎日、三度チュールがここの設備を使い、食事を作ってくれており、彼女が引く椅子に座ると、料理がテーブルに手際よく広げられていく。更に待っていると、服が汚れないようにと前掛けがかけられる。さてっ、食事の準備が整ったのでとにかく頂くことにしようかしら。
前菜に、スープにと手を付けていく。それにしても食卓の上には一通りのものは揃っているけれど、どうもチュールの作る食事は味気ない気がするわ。
「はぁーあ、小部屋に閉じ込められて、こんな味気ない食事では、まるで囚人にでもなった気分ですわ」
匙でいじいじと前菜の皿を突きながらつぶやく。すると、
「またっハナハンナ様、そんな事をなさるのはお行儀が悪うございます。それにこの程度の状況で囚人の様などとは少々言い過ぎでございましょう」
とまた小言。
「ふんっ、それは悪うございました。わたくし、なにせ世間知らずのお姫様なものでっ」
言いながら、そっぽを向く。チュールに対して八つ当たりみたいになっている事は分かっていたけれど、どうしてもイライラが抑えられなくなってきているわ。
でも、この苛立ちの原因は解っているのだ。もうっ、どうしてロマ様は会いに来てくれないのっ。
私がこの国に嫁いできた夜には、あんなに何度も愛しているだの、大事にするだの言って下さっていたのに、ここに移って来てからは、一度も訪ねて来て下さらない。どうしてなのっ。
「もう何でなのよっ! なんで、わたくし一人なんですのっ」
思ったことがそのまま口から溢れ出した。
「ふーむ、どうやらインシュール王国とナガレ公国の間で今、不穏な空気が流れているようでございますね。それで、私たちは一時ここに幽閉されたようで」
やれやれといった感じでチュールが答える。
「そんなことどうでもいいのっ! わたくしには何も関係ないわっ! わたくしはロマ様に、旦那様に会いたいのっ!」
と食卓を激しくたたく。
「そんな、子供のようなことを言ってはいけません。だいたいハナハンナ様は日頃から、王室の一員である自覚が……」
「もう小言はけっこうですわっ」
また長くなりそうなチュールの小言に、つい大声で叫び、食卓に突っ伏す。しばらく、そうしていたら、
「まったく、どうしたことだか」
とぶちぶち言いながら、皿を片付けている音。そしてカラカラと台車を押す音がすると部屋の中は静かになった。
それにしても、国の事情なんかでこのわたくしが蔑ろにされるなんて納得いかないわ。『フンっ』と鼻息荒く外を見る。しかし何度見ても、暗い森。夜になり、聞いたこともないような鳥の声が辺り一帯に響いている。
本当にここはどこなのよ、もうっ。窓から抜け出してしまおうかしらと、覗きこんで見ても二階から無事に下まで降りるのは難しそう。
すると、急に下の方がざわざわと騒がしくなった。もしかして、ロマ様かしら。扉の近くまで駆け寄るが、しかし、
「おうっ、お姫様。お出迎えたぁ、嬉しいね」
聞こえてきた声はロマ公子の涼やかな優しい響きではなく、野太い粗野な声だった。
「グタン将軍、何の用かしら」
自分でもわかるほど声に落胆が混じる。
もう、何でロマ様じゃないのよっ。




