第3話 始まり カイカの場合-2
しばらくの後、執務室の扉が『コンコン』と叩かれる。その音に、
「入りなさい」
と入室の許可を与える、開かれた扉からセイが現れた。ふむ、セイの方が先だったか。前回の例もあることだし、もっと来るのを渋って遅くなるかと思ったが。
「何の用ですか、姉上」
やはり、嫌々ながらだったのだろう。声が不機嫌さを隠しきれていない。
「まぁ、待ちなさい。まだ全員がそろっていないんだ」
手で後ろの椅子に座るように促す。
「全員? 私以外にもまだこの場に呼び出されているのですか」
セイは椅子に腰を下ろしながら、若干安心したかのような顔をしている。姉と二人きりになるだけなのに何をそんなに不安がることがあるのか、まったく。
「最近、騎士団の方はどうだい。新しく副団長も決まったようだが」
ヨークが来るまで、暇つぶしにと話を振る。
「まぁ、特に変わりはありませんよ。団長はまだ、ゴート隊長に副団長になってほしみたいですが。そういえば、そのゴート隊長が心配していましたよ、嫌な予感がすると、どうも東の方の物流が妙に少ないかららしいですが」
ほう、やはりあの男は只者ではないらしいな。前の事件の時も少々手伝ってもらったが、あまり深く詮索せずに良い手際だったのを思い出す。
そんな世間話をしていると、扉の方から話し声が聞こえてきた。誰かが執務室へと近づいている。こんな遅い時間だ、城内に人はまばらのはず、おそらくヨーク達だろう。扉が叩かれ、開かれるとヨークを伴ってインジが入室。
「しょうがないじゃん、アイリを家に送ってから来たんだから。突然、呼び出されてもそんなすぐには来れないよ。これでも急いだんだから」
どうやら、遅くなった言い訳をしてるらしい。
「いいから。こちらに来なさい」
入り口付近で話している二人を呼ぶ。こちらに近づいてくると、ヨークとセイの視線が合わさる。「ゲッ」とヨークは苦々しげな表情を見せ、固まり、セイはセイで呆気にとられた表情でヨークを見つめている。なかなか愉快な光景だ。
「ふふっ、どうしたんだ、二人とも。いいからこっちに来て、座りなさい」
笑みを漏らしながら促す。すると、ヨークが座りながら、
「どういうこったよ、王女様。王子様までおそろいで何の用なのさ」
とふてくされた表情。
「そうです、姉上。そろそろ話していただきたい」
セイも硬い表情だ。
「そうだな、全員そろったことだし。君たちを呼んだ理由を話すとしよう」
皆がこちらを注視する中、今この国に起きてようとしている事態について話す。
「……というのが今の状況なわけだが」
「なるほど、ゴート隊長が言っていたことは、間違っていなかったというわけですね。政情不安が交易に響いているのか」
とセイは納得しているが、ヨークは憮然とした表情で、
「でっ、状況は分かったけどさ。なんで私は呼ばれたのさ。そんな問題はあんた達、お上がどうにかしてくれよ」
とそっぽを向きつつ言う。
「まぁ、お前がそういうのももっともだが。私に一つ考えがあるんだ」
二人を見つつ続ける、
「これから、ナガレ公国まで出向いて話をつけようと思う。それに二人ともついてきてもらいたい」
ヨークもセイも唖然としている。
「王女様よう、話をつけるって。それが出来ないって話じゃなかったのかい」
「そうです、姉上。そんなことをしてはハナハンナ姉さんの身が危険です」
「ふん、父王はなんだかんだと言って躊躇しているが。今は一刻を争う事態だ、とにかく手を打たねばならんのだ。それにな、全くの無策というわけでもないのさ」
笑いつつ椅子から立ち上がり、
「とにかく明日の朝早くに出発するぞ。いいな」
と念を押す。
「しかし姉上、なぜ私なんです。あなたの部下は皆、優秀なのだから彼らを使えばよろしいのでは」
と訝しげな表情でセイが問う。
「もちろん部下たちも使う。しかし色々理由はあるが、王族のことはなるべく、王族内で片をつけたい。それにお前の力も必要になってくるはずだからだよ」
まだ納得できていないという顔をしているが、無理やり押し切るように、
「いいから、明日は朝早く出る、これは決定だ。だから、もう帰って寝るんだ」
と語気を強めて言う。
「はぁ、わかりました」
セイは不満顔をでそういうと執務室から出ていく。視線をもう一人に向けると、まだこちらをじっと見つめている。
「どうしたんだ、ヨーク」
まだ帰らずにそこにいるヨークが、
「まぁ王子さまはいいとして。私は何で、行かなければならないんです」
と問う。まぁ当然の疑問だな。
「それは簡単だ。手持ちの駒で戦える女性兵がインジとお前ぐらいしかいないんだよ」
「ん? 戦えるって、話をつけに行くんじゃあないのかい」
「言ったろ、無策ではないと」
「ふーん、じゃぁ今日は早く休んで、疲労回復した方がいいってことだね」
訳知り顔でニヤ付きながらそう言うと、出口に向かう。
「ああっ、だから早く帰りなさい」
ふふんと鼻歌を歌いながら帰る彼女を見送る。
二人が帰ると、シンと静まった部屋にはインジが残る。
「インジ、何人か秘密裏に先行させて情報を集めさせろ」
背後にいる彼女に命じる。
「わかりました」
そう返事をすると同時に、もう姿は見えない。仕事の早い奴だな。
誰も部屋に居なくなったことを確認する、「フーッ」執務机の椅子に深く座り込み、一つため息。手を組み伸びをし、体を解すようにする。明日からまた忙しくなるな、私も一度、屋敷に戻らねば。