英雄リーシャ
外伝です。
アルクが村を出る前の話です。
村の広場の大ギスの下で、僕は寝転がっていた。
目の前を、英雄ごっこをして遊んでいる子供達が走り去っていく。
英雄か・・・。
僕は昔、英雄に憧れてた。いや、未だにその憧れを捨てたとは言え切れない。でも所詮、僕とは遠くかけ離れた存在だ。憧れるなんておこがましい。農民の息子で、魔法が使えない僕が、英雄になどなれるわけがない。
「はあ・・・。」
思わずため息が出る。
僕は生まれつきの特異体質のせいで、普通の魔法を使うことができない。
だがしかし、なんとそんな特異体質の僕でも使える魔法があるのだ。その魔法はディガウトという。
ディガウト。通称、英雄の魔法。
その言葉は古代語で掘り起こすという意味。その人の心の在り方、意思の力を魔力を用いて具現化し、使用者専用の武具を生み出す魔法である。心の成長と共に威力を増し、心の在り方を反映した特殊機能を持つという。ディガウトの最大の特徴、それはこの魔法独自の仕組みにある。
ディガウトは一般の魔法と違い、魔力ではなく心の力を消費する。心の力とは意志の力。自らの全てを賭してでも成し遂げたい、そんな純粋な願いへの想いの強さを示す。
なぜ魔力ではなく、心の力を消費するのか。それはこの魔法が生み出された時代背景にある。
ディガウトは長く続いた戦時下において生み出された。当時は世界中で魔法が使われ続けていたために世界の常在魔力は少なかった。そのため戦いが始まるとその地の魔力はすぐに枯渇して戦闘続行が不可能になってしまう。そこで魔力を消費せずに戦うためにディガウトが生み出されたというわけだ。ディガウトに必要な魔力は意志の力を具現化するのに必要な分だけで消費するのは心の力であるため魔力の枯渇を気にせずに戦える。故に当時としては誰もが望んだ夢のように画期的な魔法だったのだ。そしてその特性として、これは意図せずに生まれた副次的なものであるが、周囲から吸収した魔力を身体ではなく心を通して放出する。故に他の魔法を使えないアルクでもディガウトだけは使えるのだ。ディガウトはその特性により戦争で活躍した英雄が好んで使ったことにちなんで英雄の魔法という通称で呼ばれている。
英雄の魔法なんて素晴らしい呼び名だ。英雄に憧れていた僕は唯一使える魔法がこの魔法であることをとても嬉しく思った。
だが、英雄の魔法と呼ばれているものの、今ではディガウトは時代遅れの遺物という扱いだ。
なぜならディガウトは確かに強力な魔法であるが、その特異性から習得に長い時間がかかるし、その性能も個人によって様々で安定しない。またその効果も固定的であり、状況に応じて自在に使い分けるような応用は出来ない。
長い時間をかけて習得した所で効果は不確か、応用も効かない魔法などに何の価値があるのか。
それにそもそも今の時代、魔力なんてそこら中に溢れている。むしろドンドン使ってくれという有様だ。戦時下ならいざ知らず、魔力の心配が必要ないならば当然誰にでも簡単に扱える普通の魔法の方が遥かに便利で、何より強い。
こんな化石みたいな魔法を好んで使おうとする者など皆無だった。
魔法の使えない、訳立たずの僕が唯一使える魔法、ディガウト。
僕はその習得に並々ならぬ努力と情熱を傾け、ついにディガウトを会得した。
「・・・。」
徐ろに、僕は近くにあった石を手に取り上体を起こした。
片手を後ろの大ギスにつけて、もう片手で握りしめて顔の前に持ち上げる。
「・・・[ディガウト]」
小さく呪文を唱える。
その瞬間、両掌を体から出た光が包み込み、白のグローブとなった。続けて僕が念じると、掌の中で小さな爆発が起きて、握っていた石は小さな破片となって地面にさらさらと風に吹かれて落ちていった。
『御伽噺のお告げ』
効果 癇癪玉
掌の先で小さな爆発を起こす。
英雄の魔法と呼ばれるこの魔法に一縷の望みをかけて必死に習得したものの、その効果は両手の先で小さな爆発を起こすことだけ。しっかり踏ん張らないとその反動でひっくり返ってしまうし、壊せるのも精々大きめの石くらい。後は爆発の際の火の粉を使って火を起こすぐらいか。本当に役に立たない。
僕は今年で14歳。一年後には成人だ。その後の人生を親から独立して生きることを許される。
と言っても、農家の息子だし。次男だから家を継ぐ必要はないけど、頼みの綱だったディガウトがこの有様では大して運命は変わらない。
子供の頃から思い描いていた英雄になるという夢を諦めた今、自然と透けて見えてしまう自分の将来に、僕は鬱々としていた。
だから、僕は寝転んで空を見ていた。
僕は空が好きだ。何よりも大きくて、何者にも縛られない。その澄んだ深い青は、僕の悩みも沈んだ心も、全部吸い込んでくれるみたいだった。
僕も、あの空に浮かぶ雲みたいに、なれれば良いのに。
もしもディガウトが空を駆ける効果なら、どれだけ気分が晴れたことか。
そう思っていると、いきなり空に人が現れた。
「うわ!?うわわわわわ!!」
「・・・・え?」
空に現れたその人は、そのまま落下し、ドスンと音を立ててお尻から地面に着地した。
「い、いたーい。」
お尻を抱えてしゃがみこんでいる。
「・・・・・・。」
突然の出来事に、僕は口を開けたまま固まっていた。
暫くして立ち上がったその人は、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。何かを探しているのか。
僕は取り敢えず寝たふりをした。狸寝入りだ。何故だか知らないけれど、関わりたくない。
そんな僕の努力も虚しく、足音は近づいてきた。
「ちょっと。」
「・・・。」
「ねぇ、ちょっと君。いいかな?」
「・・・。」
「こちょこちょ。」
「うひゃ!」
足裏をくすぐられた僕は、思わず飛び上がってしまった。
「くすぐったい!」
上体を起こした僕は、目の前にしゃがんでこっちを見ていた彼女と目があった。
「あ・・・・。」
「お?起きたね。おはよう。ところで、道を教えてもらえるかな?」
ニコニコと道を尋ねる彼女の髪は明るいオレンジ色のショートカット。くせっ毛で、先がくるんと跳ねている。瞳は薄いスカイブルーで宝石みたいに輝いていた。来ている服はオレンジ色をベースに明るい色彩でまとめている。動きやすい服装をしており、丈の短いホットパンツからは瑞々しい肌をした足がスラリとのびている。体の急所を守るように最低限の防具をつけた以外は軽装と言って良かった。その体格は全体的に細くしなやかで、なんだか猫みたいな印象を受けた。
「えーと・・・、どちらへ行きたいんですか?」
「えっとね、ここ。」
そう言うと彼女は背中のカバンをゴソゴソと漁って、一枚の紙を出して渡してきた。
「クエスト依頼書?」
渡された紙には、ウルフマンというモンスター名と、僕の村の近くの魔境の場所が記されていた。
魔物は魔力の留まるところ全てで発生する。そしてその魔力は全ての土地から均等に発生している。しかし、地形によっては魔力が溜まりやすい土地も存在し、そこでは特に強い魔物が生まれやすい。また魔力はより強い魔力に引かれる性質を持っている。故に強い魔物が生まれると、その大きな魔力が周囲の魔力を引き寄せて、また魔物が生まれる。こうして魔境と呼ばれる魔物の住処が出来上がる。
放っておけば魔境は魔物を再現なく増やし続け、やがて周囲の人里へと被害を及ぼす。
そしてその被害から村を守る対処療法としての存在が騎士であり、根治療法としての存在が魔物討伐の専門家である冒険者と呼ばれる者達である。
なるほど。納得した。
「あなたは・・・冒険―」
「そう!」
僕の声を遮り、彼女は声高に宣言した。
「英雄の、リーシャロッテ・アルドラドです!」
次の投稿は明日です。




