第9話 魔王降臨
エリナ視点
目の前に降り立った砂埃の中から、一人の子供が姿を現した。
見た目はユイさんと同年代……いや、もっと幼くも見える。
だけど、そこから放たれているのは、呼吸をすることすら忘れるほどの、圧倒的な――暴力的なまでの魔圧だった。
「ようやく見つけたぞ! ユイよ!」
その子供は、不敵な笑みを浮かべてユイさんを見つめている。
「……げっ、魔王!」
ユイさんが、あからさまに嫌そうな顔をして声を上げた。
ま、魔王……!? 魔法学校の古い伝承にしか出てこない、世界を滅ぼすと言われている存在?
「ふははは、ユイよ! 長らく姿を見せなかったではないか! どこに隠れておったんじゃ? お主がいなくなって寂しかったぞ?」
「魔王さあ、いい加減私に近づいてくるの止めてくれない? 誰のせいで隠れないと行けなくなったと思ってるの?」
ユイさんは文句を言いながら逃げようとするけど、魔王と呼ばれた子供は、軽々とユイさんの体を捕まえて抱き寄せた。
「ふははは、我に意見を言えるのもお主ぐらいだな。せっかく会えたのだから世間話でもしないか?」
そう言いながら、魔王はユイさんの頭を撫でたり頬を突っついたりしている。
でも、よく見るとユイさんの体がみしみしと音を立てている気がする。
「しないって。……はぁ、いつも通りめんどくさいなこいつ」
師匠がこれほどまでに手も足も出ない相手なんて……。
その時、魔王の赤い瞳が私を捉えた。
「それで。こっちの小娘は誰だ?」
「この子は私の弟子」
「ほう?弟子だと?お主、前は弟子など取ってなかったではないか」
「弟子を取る気は無かったけど気持ちが変わったんだよ」
「ユイの弟子なら我が友同然よ!どれ?友の証としてハグでもしようぞ!」
そう言いながら魔王が無邪気に手を広げながら近付いてくる。
私は恐怖で逃げることも声を出すこともできなかった。
「ちょっと待ったぁ!! 止めろ魔王! お前の力で抱擁されたら、こいつの骨が粉々になって消滅するって!」
「何を言う。我は今、羽毛よりも優しく力を抑えて……」
「お前の『羽毛』は、人間にとっては『巨大なプレス機』なの! 側近を何千人もスキンシップで殺してきた前科を忘れたの!?」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に氷を流し込まれたような衝撃が走った。
側近を、何千人も……。
今、この子供がしようとしたのは「歓迎」ではなく、ただの「解体」だったんだ。
「決めたぞユイ! 我もお主たちの旅に同行してやろう! 久しぶりに我ら二人で世界を震撼させようではないか!」
魔王が拳を突き上げて高らかに宣言する。
私は絶望した。もしこの子がついてきたら、神殿に着く前にこの大陸が消滅してしまう。
「絶対に嫌! 来ないで!」
ユイさんが即答する。でも魔王は「ふははは、照れるな」と全く聞いていない。
「……ねえ魔王。あんた、自分の仕事はどうしたの? また側近たちをこき使って、自分だけ逃げ出してきたんでしょ?」
ユイさんがジト目で問い詰めると、魔王の体が目に見えてビクッと跳ねた。
「……な、何を言うか。我は……その、視察に来たのじゃ! そう、視察だ!」
「嘘おっしゃい! 目が泳いでるよ! あんたがそうやってサボるから、魔王城の書類仕事が山積みになって、側近たちが血反吐吐きながら働いてるんでしょ!」
「……あんな面倒なことは誰かに任せておけば良いのだ! 我は王だぞ! 我がやりたいことをやって何が悪い!」
開き直った。この最強の子供、完全に駄々っ子だ……。
「ダメなものはダメ! あんたが居るだけで、周りの魔物が怯えて逃げ出すし、私の弟子の修行にならないの! ……いい? 大人しく帰ったら、後で魔力通信の一本くらい入れてあげるから」
「……む。……本当か? 嘘ではないな?」
ユイさんが「約束するから」となだめると、魔王は不満げながらも、少しだけ殺気を収めた。




