え、ワイ、ポテンシャル高い⁉
3話完結の2話目です。
【2】
セディス王子の王都アルメリアにおける邸宅、アヴァロン邸は新進気鋭の建築家、画家、彫刻家たちによって作られたいわば一つの作品群として高名だった。
これまでの建築とは異なる直線的でシンプルなデザイン。幾何学における美をモチーフにしたと言われる庭園。抽象的な彫刻と絵画の数々。
その斬新かつ若い貴族の中では話題になることが多く、一度は招待されたいと憧れを口にするものも多い。
――ということをわたしはパッパに教えてもらった。
とにかく、普段であればそんなところに招待されたら、死ぬほどバレバレの仮病を使ってでも辞退するところだが、王子に呼ばれてしまっては、どうしようもない。
わたしは幾何学における美とやらを表す庭園をうなだれたまま、とぼとぼと足元を見ながら通過し、邸宅の扉の前に立つ。
わたしの名を告げると、従者の方がすぐに迎賓の間へと案内してくれる。
「来てくれて嬉しいよ、リリアナ」
そこにはすでにセディス王子の姿があった。
屋外の月光じゃなく、室内の柔らかな光の下でも、やっぱり絵から抜け出たみたいに綺麗で、思わず目をそらしてしまう。
「えっと、お約束の通り、お招きにあずかりました。あの……、それで……」
「やはり美しい…………と言ってもあなたは僕の言葉を信じないよね」
「いえ、そんな」
王子の言葉を信じないなどと不敬で言えるはずもないが、正直、発せられた言葉は世界で一番信じられない文言ではある。
「そうだね、まずはあなたに自分自身の美しさに気づいてもらうとしようか」
そう言うと、王子はわたしの手を取り、大きな鏡の前に置かれた椅子へと誘う。
わたしが戸惑いつつも椅子に腰かけると、王子は軽やかに指を鳴らした。
と、白いカーテンの裏から現れる複数の人影。
「キャー、その子ね」
わたしを取り囲むその女性たちは独特のファッションに身を包み、見たこともない髪色をしていた、一人はピンク色、もう一人は明るい紫の髪。そして、身体のラインが出るぴったりとしたドレス。
…………ンゴッ!
(ふたりとも女じゃないンゴ!)
ぴったりとした服のせいでわかる。二人とも男性だ。
「あらー、肌、すべすべじゃない」
「よっぽど日焼けしないように気をつけているのねー」
二人の男性はわたしの戸惑いなどまったく気にも留めず、わたしの髪や肌をチェックし始める。
ちなみに日焼けしないように気をつけているわけではなくて、ほとんど外出しないので必然的に焼けないだけだ。
「〝彼女〟たちは僕の専属の美容家だ。怖がる必要はない。ただ身を任せるがいい」
専属の美容家? 王子は聞きなじみのない言葉を口にした。
髪結いでも、仕立て師でもなく、美容の専門家……?
完全にワイの理解を超えているンゴよ。
「本当はアヴァンギャルドにキメたいところだろうけど、今日のところはベタな令嬢のスタイルでやってくれないか?」
王子のオーダーに、美容家のふたりは「あら、もったいない」「普通よりずっとかわいくできるのに」などとぶつくさ言いながらも、慣れた手つきでわたしの髪をとかしはじめる。
「あ、あの、天然パーマで……」
わたしの悩みのタネ。幼いころから強いくせ毛でどれほどブラシをかけて撫でつけたところでものの1時間で元通り。
だから無駄です、と伝えたかったのだが……。
「そんなことわかってるわよ~」
ピンク髪の美容家が手にしたのは大きなハサミのような器具。ただしハサミには刃はついておらず二つの平たい板状になっている。料理に使うトングに似ているだろうか。
「火傷しちゃうから動かないでね。魔法石で板がアツアツになってるから」
ピンク髪ニキの方が、わたしの顎付近の髪を手に取ると、熱い板に挟む、ゆっくり、優しく板をスライドさせていく。
すると、わたしの横顔付近にまっすぐになった髪がふわりと頬に触れる。ほぼストレートに近い、緩いウェーブヘア。完全にまっすぐにせずに、地毛のカールを残してくれたのが、愛着が湧く。
「ね? 素敵じゃないの」
鏡越しに自慢げにウィンクして見せるピンク髪さん。
「とりあえず、感じ見つつ、カットするから」
ピンク髪さんが髪を整えている間に、パープル髪ニキはメイクの準備に取り掛かっている。いくつもの筆、無数のパフ。よくわからない小瓶に入った無数の液体。
「まずはスキンケア、それからベースメイクしていくわね」
わたしの顔に謎の液体と、謎の粉末が次々と施されていく。
「コンシーラーとファンデーション、それからフェイスパウダー、アイシャドウは……あなたはブルーベースが合うわね」
逐次、説明をしてくれるが、ずっとメイクなどしてこなかったわたしには難易度高すぎで、全然理解できない。
「これまでずっとノーメイク、逆にすごいわね、貴族の令嬢って、盛りに盛ってるものよ。素でこれって素材、ヤバすぎ」
「リリちゃんって、ほとんど社交界とか行ったことないんだって、だから、ずーっとノーメイクで、自分で勝手にブスだって思ってたっぽいわね」
「うわー、すご! なんかくやしー! こうなったらリップグロスと口紅重ね塗りしてやる~」
なにを言ってるのか、よくわからない。
わかるのは魔法のように顔が変化していくこと。
肌はツヤツヤに。目元は涼やかに。そして唇は艶やかに。
メイクが終わると同時に髪のセットも完了。緩いカールのハーフアップ。軽くねじって編み込んだアレンジが、大人っぽくもあるが、可愛らしくもある。
そして髪とメイクが終わると、次は衣装らしい。
これまでいなかったオレンジ&ブルー&赤の三色髪ニキが現れ、わたしにぴったりのドレスを用立ててくれる。
あ、オレンジ&ブルー&赤髪さんは女性でした! 三色ネキです。
「リリちゃんにはこれね」
わたしの身を包み込んだのは、夜の湖みたいな深い青のドレスだった。
黒と青の境目で織られた絹、星屑のように微細な光を散らす刺繍。
胸元のカットは浅い。露出は少ないのに、線が綺麗に見える。
「素晴らしい。リリアナの透明感と妖艶さを同時に表現できているね」
わたしが、鏡の中に映る自分の姿を呆然と見つめていると、いつの間にか傍らに王子が寄り添うように立っている。
(透明感……? 妖艶さ……?)
正直、どちらも自分にその要素をまったく感じたことがないので、同時に表現と言われてもなんの実感もない。
でも……。
――綺麗だ。
鏡に映る自分の姿に恥ずかしながらそう思ってしまった。
「プレゼントを贈らせてほしい。生まれ変わったあなたに」
王子はそう言うと、わたしの耳にそっとイヤリングをあてる。
細めのティアドロップ型の青いクリスタル、それを繊細な彫刻を施したプラチナのフレームが支えている。
まるで月明かりが結晶化したかのような澄んだ輝きを放っている。
「あの、よろしいのでしょうか?」
おそらく極めて高価な物、本来理由もなく気軽に受け取っていい物ではない。
しかし、これは王子からの贈り物だ。断ったら失礼に当たりそうでもある。
というか、どうしてわたしにここまで……?
「ふふ、戸惑っているね。推察の通り、これはそれなりの物だ。受け取りづらくはあるよね……というか、裏があるのではって心配になるのが普通だよね」
「はい」
「端的に言おう、僕にはいま美女の助けが必要なんだ。それも傾国の美女と呼べるほどの美人の助けが。そして、ついに見つけたんだ。僕の目に叶う美女を。リリアナ、僕を助けてほしい」
王子はそう言うと、胸に手をあて、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「ちょっ!! ヤバいンゴ!」
あせって、思わず口に出して言ってしまった!
王子に頭を下げられるなんて、異例中の異例、パニックにもなるというもの。
「もちろん国を傾けてほしいわけじゃない。あなたに国を救ってほしいのだ」
国を救う!?
「あ、あの、いったいなにをすれば」
「王の従弟、グレイフォード公爵を知っているね」
「名前は存じ上げております」
そう答えたが、本当はかなり知っている。
セディス王子の父上であるレオンハルト王の従弟にあたる方で『国土院長官』という一般的にはあまり知られていない役職についている。
国土院長官は国土利用及び区画整理に関する役職で、王様の従弟が就くには少し地味な役職ではあるが、しかし鉄道マニアであるわたしには非常に馴染みのある役職だ。なにせ最近の区画整理には鉄道の建設も含まれるのだから。
「そのグレイフォード公爵がどうも国に仇なす行為をしているようでね」
「といいますと」
「国土院長官のポジションを利用して私腹を肥やしているようなんだ。リリアナは知っているかな? 国土院長官は鉄道建設も管轄しているんだ」
(知ってるンゴ! っていうかそれしか知らん!)
王子は丁寧に国土院長官の管轄について、最近は鉄道に関する仕事が増え、重要なポジションになっていることなど、わたしが先ほど思ったことをリピートで説明してくれる。
「不正に関する噂がいくつか流れている。雷石炉を推すグラント商会との癒着だ。性能試験は合格。だが、現場の技師の噂は真逆だ。暴走、事故、数字の改竄……詳しく説明はともかく、簡単にいうと新しい機関車を採用するために不正を行っているってことだ」
王子は難しすぎると判断して説明を途中で省いたが、わたしは余裕で理解できている。
さっきのメイクの説明と比べたら楽勝だ。
雷石炉とは新型の魔導蒸気ボイラーで安価な雷石を使用することで通常の魔法石を使用するボイラーよりもランニングコストを抑えることができると言われている。
しかし、雷石は燃焼が安定しないために、過熱によって炉の損傷が進み、事故が起こりやすいとされている。
さっき王子はグラント商会の名前を口にしていたので、グレイフォード公爵が採用しようとしているのはS20型の機関車。
ついに安定的に人間の輸送に使える雷石炉型の機関車ができたと聞いたのに……。
不正。データの改ざん。
非常に残念なんよ……。
「証拠が要る。噂では意味がない。彼の私室の執務室に、契約書と設計の副本、そして“工事予定表”があるはずだ。君なら辿り着けると」
「……わたしなら?」
王子は間髪入れず、答える。
「彼は非常に女好きでね。美しい女性は必ず私室に招く。あなたのような美しい女性を放ってはおかないだろう」
「美しい……」
その表現に全然馴染めないンゴ……。
「もちろん危険は最小にする。僕の側からも手を打つ。公爵に飲ませる特製の睡眠薬、脱出ルート、資料の位置。すべてこちらで調べ上げ準備する。それにもしもの時は、僕の私兵が突入して救助する」
王子はそのあとに「できれば事を荒立てたくはないが」と付け加える。
「もちろん、断ってくれて、全然かまわない。貴方の内に眠っていた美しさを形にできた、それだけでも十分に価値のあることだからね。だから本当に無理はしないでほしい、仮に断ったとしてもこの先、貴方をないがしろにすることはない。変わらず僕の友人だ」
王子はまっすぐなまなざしでわたしを見つめている。
その表情は真剣そのもの。端麗な顔立ちで気づきにくいが、堅物といっていいくらいの大真面目な顔つきだ。
「案外、真面目な方なのですね」
「ん? どういうことだ」
「いえ、端麗王子と称されるセディス殿下ですから、もっとその………えーと」
「チャラいと思っていたのか?」
「し、失礼いたしました」
「かまわないよ。そう思われることには慣れっこだ」
王子の表情が少し和らぐ。
「僕はね、ファッションも芸術も音楽も大好きだ。でもどれも遊びじゃない。真剣に取り組んでいるつもりだ。もちろん王子として公務にも真剣だ」
そう言うと、突如、セディス王子が一歩、近づく。
王子の銀髪がふわりとなびき、同時に芳香が漂う。落ち着いた甘さ。
思わず、ドキッと胸が高鳴る。
「陽キャだって。愛国心と正義の心はあるんだよ」
セディス王子がわたしの耳元でいたずらっぽくささやいた。
「どうかな? 引き受けてくれるかな?」
「謹んでお引き受けします」
(王子の色気にたぶらかされたわけじゃないンゴ!)
もちろん王子にこんなに綺麗にしてもらったという恩も感じているし、それに王子に惹かれて役に立ちたいという思いもある。
でも、この任務を引き受けた最大の理由は――。
(鉄道で悪さをするヤツは許さないンゴ!!!!)
わたしの鉄道マニアとしての怒り。それがわたしを危険な任務へと駆り立てたのだった。
読んでいただきありがとうございました! 感想、評価などいただけると非常に嬉しいです。
3話も明日投稿して完結します。




