引きこもり令嬢が無理やり舞踏会に参加させられた件
3話完結の1話目です。
毎日更新で3日で終わります。
もう書けているので完結保障です。
【1】
「舞踏会、行きたくないンゴー!」
ワイ、もとい、わたしは自室に戻るやいなや、ベッドに飛び込み、枕に顔をうずめて叫んだ。
わたしはリリアナ・アシュバートン、一応アシュバートン子爵家のひとり娘、子爵令嬢だ。
「絶対イヤなんよ! こんなもんボッチ確定なんよ!」
ちなみにこの話し方には他意はない、基本友達もおらず、ほとんどの時間ひとりで脳内会話をしていたら、いつの間にか独り言はこんな口調になってしまったのだ。
他人と話すときは一応ちゃんとした言語で話すようにしている。
だから問題ないンゴよ。
それはさておき、なぜわたしが「行きたくないンゴー!」と叫んだかというと、それはマッマとパッパに勝手に舞踏会に参加の申し込みをされたからだ。
主催はマイエル伯爵夫人。頻繁にサロンや舞踏会を主宰することで有名で、特に月に一度、開催される舞踏会は多数の著名人や、貴族たちが参加するたいへん華やかな宴として有名だ。
「うわーん、陽キャの巣窟に放り込まれるンゴ……」
しかし、もうパッパとマッマは申し込んでしまったらしく、それで不参加となるとマイエル伯爵夫人に対して無礼になるということで……。
つまり強制なのだ。
しかも、舞踏会の開催日は今晩、わたしに逃げられないように完全にぎりぎりまで情報統制して、お昼ご飯を食べるために部屋から出てきたわたしに不意打ちで伝えてきたのだ。
汚い……あまりにも汚いやり口。
「こうでもしないと、お前は自分の部屋に引きこもりっぱなしだろ」
「そうよ、あなたはもう二十二歳、立派な行き遅れなのよ」
パッパとマッマがそういうのも一理ある、十代で結婚することも珍しくない貴族社会では二十二歳で婚約者がいないどころか、縁談すらないのは、もはや行き遅れ確定コース……。
ヤバいんゴ……。
「正確には、引きこもりではなくて……。ほら、趣味の活動では外出することもあるから……」
わたしの趣味は読書とボードゲーム、それから鉄道関係、週に一度、わたしの好きな蒸気機関車ヘンリー号が近所の駅に停車する日なのでそれを必ず見に駅まで出かけているのだ。
「そんなのは外出のうちに入らん! 貴族令嬢として、紳士淑女と交流し、親交を深め、あわよくば両家の子息に見初められるというのが、令嬢の外出だ! ひとりで機関車など見に行ってなんになる!」
かえってパッパに怒られてしまった……。
機関車の魅力、わからんか……。
魔法石によって水を沸騰させ、その蒸気によって蒸気圧でピストン駆動で列車を動かす。
魔導炉式、蒸気機関車。
その誕生はいまからわずか五十年前、にもかかわらず、日進月歩の進化を遂げ、いまや主要都市同士を結ぶ鉄道網ができつつある。
それによって魔導炉蒸気機関車も多様に発展し、常に最新の技術が投入され、各鉄道会社がその能力を競い合っている。
そんな中でも輸送用の機関車として超重要なのが、ワイの推しのヘンリー号で ギアトレイン式と呼ばれる方式を採用して、直接動輪に蒸気を送らず、ギアによる減速伝達を採用していて――。
(中略)
というわけで、貨物車をけん引してヘンリー号が最寄りのエルドベリー西駅に停車する毎週水曜日は駅へと出かける。
それがわたしの唯一の外出予定であり、一番幸せな時間。
だったのに――。
こうして、一番不幸な外出の予定を組み込まれてしまった。
マッマとパッパに舞踏会強制参加を命じられて三時間後――。
わたしはドレスに身を包んで、姿見の前で呆然とたたずんでいた。
「わからん! わからん! オシャレわからん!」
わたしが身を包んだのは母親からのおさがりで五年前の冬に一度だけ着たまま、クローゼットの奥で眠っていた古いドレスだった。
色は、灰とも茶ともつかぬ鈍いモスグレー。
光の下でもほとんど陰影がなく、まるで石炭の粉をまぶした絹のようだった。
袖口と襟元にはわずかにレースがあるが、装飾はそれだけ。
華やかな場にこのドレスは地味すぎることはわかっているが、どうしても派手な服を着ることに羞恥心があるのだ。
(ワイが着飾ったら、みんなに笑われるんよ……)
実際のところ笑われるかどうかはわからない。とにかく、なにか着こなしを間違えてるんじゃないか、変な格好になっているんじゃないかとの恐れから、どんどん無難な方向、リスクを抑える方向へと向かっていき、この教会にお説教を聞きに行くような地味なドレスに落ち着いてしまったのだ。
そしてドレスよりも問題なのは髪。天然パーマでくりんくりん。
これは子供のころから、ずっとそうで、櫛で撫でつけたところで、ものの30分でくりんくりんに戻ってしまう。
まさにこれこそがわたしを陰キャにした元凶。
(絶対に行きたくないンゴ!)
そんなわたしの心の叫びを無視して、出発の時刻となり、馬車はわたしを乗せて、舞踏会会場へと進む。
‡‡‡ 凸⊆⊇⊆⊇⊆⊇⊆⊇~ ‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
まばゆい光に包まれた白亜の邸宅――マイエル伯爵家の館。
入口の前にはずらりと馬車が並んでいて、煌びやかなドレスの令嬢たちと礼服の紳士が冗談交じりの挨拶をして、笑い声が軽やかに響いている。
あのお兄さんはさぞ気の利いた冗談を言ったのだろう。
(……アカン! これはヤバい……)
そこは予想通り、超絶アウェイの地だった。
長い石段をのぼると、玄関ホールにはクリスタルのシャンデリアが輝いている。
それだけで目が痛いほど眩しい。
メインホールから聞こえる弦楽器の柔らかな調べとグラスの音――。
クロークの前には外套を預け、艶やかなドレス姿となった令嬢たちが笑い合っている。
受付の侍従に招待状を差し出し、名を告げる。
「アシュバートン子爵令嬢、リリアナ様」
その声が響いた瞬間、数人の視線がこちらを向いた。
(やば……こっち見とる。視線、キツい、これ、珍獣を見る目やろ)
ただなんとなくチラッと見ただけで、わたしごとき、誰も興味ないかもしれない。いや、むしろそうだろう。
でも、どうしてもくすくす笑われている気がして、その視線から逃げるようにこそこそと舞踏会場の扉をくぐる。
——まばゆい光と音の渦。
複数の弦楽器の奏でる和音が濁流のようにわたしの身体を包み込む。
わたしはその音に巻かれて溺れそうになるばかり。
しかし、参加者の男女はその音の波を乗りこなし、シャンデリアの灯りにドレスを煌めかせながら、優雅にステップを踏んでいる。
(アカン……窒息してまう!)
このホールの中ではわたしは呼吸ができない。
いるだけで呼吸が浅くなる。この空気は陽キャ用の成分で陰キャには毒。
……な気がする。
ワイのような生物はもっと淀んだ空気の中でしか生きられんのや!
わたしは秒でホールを横断して、中庭へと脱出した。
中庭の夜気は冷たかった。
煌びやかなホールから漏れる音楽と笑い声が、石畳の上を流れてくる。
わたしは息を整えながら、噴水を横切って、庭の奥へと歩いた。
バラの生垣を超えて、人目が届かないところまで。
噴水付近は舞踏会参加者の男女が優雅に談笑していたが、
この辺りまで来ると、まったく人影がない。
聞こえるのは虫の声と風で揺れる葉の音だけ。
生垣の裏に古びたガゼボを発見し、腰掛ける。
六角錐のとんがり帽子のような形の屋根を木製の柱で支えているが、マイエル伯爵邸の建造物としては珍しく、屋根を支える柱はペンキが剥げかけ、屋根には蔦が絡まり伸び放題。
けれど、その質素さが逆に落ち着く。
(あ〜……落ち着くわー)
わたしは深呼吸ともため息ともつかない深い息を吐きだす。
ガゼボの木の香りと夜露の匂いが混ざって、少しだけ心が安らぐ。
「……地味で、ええなぁ」
思わずつぶやいたその時だった。
「ほう、そう思うか」
「ひゃっ!?」
背後から声がして、わたしは跳ね上がった。
振り向くと、月明かりを背に立つ男がひとり。
金の髪が光を受けて淡く輝き、その輪郭はまるで絵画の一部のようだった。
男はわたしに向かって優しく微笑む。
「このガゼボの良さがわかるなんて、通だね。実はね、このガゼボは僕がマイエル夫人に言って、この枯れ具合を残すように頼んだんだ」
「え、え? 通?」
「煌びやかな美は分かりやすいけど、〝枯れ〟の美はわかりにくい。でもね、この迷路のようなバラの生垣を抜けた先に突如として現れるのは、朽ちかけたガゼボであるべき、そう思うんだよ。装飾を削いだ木の質感、剥げた塗装。元々少々派手でダサかったこの三角屋根の意匠にいい具合の風合いを出している。そうは思わないかい?」
その男性は興奮した様子で饒舌に語り出した。それも非常に早口で。
(この人、もしかして同類……?)
いや、絶対違う……。
なぜなら、彼はとても美しかったから。
月光が彼の横顔を照らす。
端正すぎる顔立ち。彫刻のような鼻筋。長い睫毛。青い瞳。
しかも礼服の襟元には王家の紋章――。
(ファーッ!? 王族やんけ!)
「名乗るのが遅れたね。僕はセディス・アルヴェニアだ」
その名前はもちろん知っていた。
セディス第二王子。通称、端麗王子。
この国の三人の王子の中で、もっとも見目麗しく、そして自らが美しいだけでなく、美術、芸術、音楽、そして美女、この世の美という美に執心しているらしい。
キラキラした者どもから逃げてきたのに、最終的にこんな煌びやかな生き物、キングオブ煌びやかに出くわすとは……。
我ながらなかなかツイてない。
「パーティーにも飽きて、少し夜風にあたろうと思ったんだけど、これほど美しい物が見られるとはね。予想外の喜びだ」
「そうですね、枯れた柱、しみじみとした美しさを感じます」
わたしは王子に失礼のないように、わからないなりに相槌を打つ。
「なにを言っているんだ。ガゼボは予想の範囲内だ。いつだってここにあるからね」
「そ、そうですか、でしたら、なにが?」
セディス王子の青い瞳が、まっすぐにわたしを見つめている。
薄く均整のとれた唇がゆっくりと動く。
「……なんと、美しい」
「は?」
「もしかして、自分の美しさに気づいていないのかな? 傾国の美女とはあなたのことだ」
「ファーーッ!」
思わず心の声が漏れてしまった……!
は???
なんのギャグや。
いや、わたしのどこが美しいんや。モスグレーの謎ドレスに天然パーマの陰キャやぞ?
「え、えっと、それは……皮肉ですか?」
「まさか。僕は美しいものに目がなくてね。審美眼とセンスなら、王国一だと自負している。それにご婦人にそんな皮肉を言うほど性格は腐っていない。心から、偽りなど一切なくあなたを美しいと思った」
(すげえ、こんなセリフを吐いて、一切テレてねえ!)
確かに王子の言葉からはまったく嫌味を感じなかった。
言葉のひとつひとつが、まるで金箔のように軽やかで、それでいてどこか温かかった。
「あれ、戸惑ってるのかな?」
「あ、当たり前です。わたしは……そ、その、褒められ慣れていませんので……、急にこのような言葉を、それもセディス殿下からかけられたら……」
さっきまでは唖然としていたのだが、こうやって話しているうちに、先ほどの言葉を反芻してしまい、急激に恥ずかしくなってきた。
頬っぺたと耳が熱い……!
おそらく顔は真っ赤になっていることだろう。
セディス王子はそんなわたしを見つめながら、ガゼボの柱に手を置き、静かに微笑む。
「そうだね。急に言われても、戸惑うし、信じられないよね」
王子はガゼボの柱に軽く身体を預けながら、顎に手をあて、しばし黙考する。
夜風にそよぐ王子の月光のような銀髪。
「お名前をお伺いしてもいいかな?」
「リリアナ、アシュバートン子爵家のリリアナと申します」
「リリアナ……。三日後、僕の館に来てくれないかな?」
「は?」
「アヴァロン邸。訪ねればわかる。――待っているよ」
言うだけ言って、彼は踵を返した。
庭の奥からホールの灯りへと戻っていくその姿は、
まるで光のほうが彼を追っていくようだった。
取り残されたわたしは、呆然と立ち尽くした。
「……な、なんなんこの王子……」
心臓の鼓動がまだ落ち着かない。
よく考えたら、そもそも、これわたしが年頃の異性と話した初めての経験……。
それが、いきなり王子、いきなり「あなたは美しい……」
――うーん、ワイには刺激、強すぎなんよ……。
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