流れ持ってこい
「あちぃな...まだ6月だってのに」
球場に1人の男がそう呟きながら足を運ぶ
瀬田ボーイズの喜田幸輝だ。
「おやおや。
試合も中盤というのに到着が遅いね」
「あん?お前は...」
やれやれと言った感じで声をかけたのは
西村山中央ボーイズ捕手、荒浪翔太だ。
2人は同地区のライバルチームの主軸
というのもあり、それなりに交流がある。
「ストーカー野郎か、試合展開は?」
「ご挨拶だな。3回3-0で一輝達が負けてるよ。」
「...そうか。あいつらでもダメか」
寂しそうに言う喜田
「まだまだ分からないよ
今しがたエースに葉っぱをかけたのも一輝さ。
試合前からやる気メラメラだったけど
長房かれと何かあったのかな?」
「...お前何時からいるんだよ」
「桑山のエースさんより早かったかな。」
呆れた様子で喜田が続ける。
「あのデカブツ...一体何なんだ?
小学生の時あんなやつ見た事ねーぞ。」
喜田は目を細めながら荒浪に質問をする
「残念ながらそれは僕にも分からないよ。
彼みたいな選手がいれば
小学生の頃時、僕らが八王シャークが全国制覇
を出来たかも分からない。」
「ふーん...じゃぁやっぱ今年は中附か?」
「...それは...どうかな??」
怪しげな笑みを浮かべながら、荒浪はそう告げる
パァァン!!
「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
日野は力強さを取り戻し
連続三振で3回表を投げきった。
「よぉーし!日野ナイスピッチだ!」
一番に鎌田が日野に声を掛けに行く
「ナイッピッす日野さん!」
「いいボールだ陸。」
「うるせーよお前ら!
ニヤケ面で寄ってくんじゃねぇ!」
多田、御手洗と続々に続いていく。
ザッザッザ...
一輝は先程の無礼を咎められないように
素早くベンチに戻る。しかし「おい、星!」と
日野に呼び止められる。
「はい!!日野さんナイスピッチです!
すいませんでした!!」
焦りながらも一輝は垂直にお辞儀する
「フン!....ありがとよ。」
「え??」
「なんでもねーよ!
次舐めたこと言ったらぶっ殺すからなぁ!」
「はい!!!すいません!」
3回裏、桑山ボーイズは鎌田を中心に円陣を組む。
「長房は確かにいい投手だ。
だが日野も負けとらん!俺は心が震えたよ。
この回、流れ作って行くぞぉ!!」
「「しゃぁぁー!!」」
その円陣をマウンドで長房は冷めた目で見る。
「暑苦しい...凡人が何を言ったって、言ったって
僕には敵わないんだよ」
パァーン!! 「ストライク!!」
「武田さん!
その調子でどんどん振ってきましょう!」
「ランナー溜めて行こう!!!」
先頭の6番セカンド武田は、慎重にボールを
見極めていく。
グッ...ボッ!! パァーン!! 「ボール!!」
(ちっ...入ってるだろ。)
イライラし始めた長房を見て、結と監督が話す。
「長房くん...イライラしてるね。」
「あぁ。
だが雰囲気で崩れる程あの子は軟な投手かな?」
パァーン!! 「ボールフォア!!」
7球目、遂にフォアボールを与える長房
「よーし!ランナー出たぞ!」
「島崎!初球から振ってけよ!」
打席に入った島崎はいつも通り冷静に相手を
分析し始める。
(このピッチャー俺らと同じ2年生か。
すげー球だな。)
バッ! ボッ! パァーン!!
(クイックでも球速はほぼ落ちない。だが...)
バッ!っと長房がクイックをすると同時に
島崎は足を上げる。
(日野さんや天野のボールより
「魂」がこもってない)
カァーーーン!
(手ぇ痛ぇ...先っぽ!!)
そう思いながらもボールはセカンドへ飛んでいく
「セカンド!!」
相手キャッチャーが叫ぶ
「武田出すぎるな!!」
桑山ボーイズのベンチも叫ぶ
ボトッ!! っとボールはセカンドの後ろに落ちる
「落ちたァ!走れぇ!!!」
ベンチの声に武田は走り出す。
「ボール2つ!!」
キャッチャーの声に反応しライトがすぐに捕球、
2塁へ投げるが武田は御手洗に次いで
チーム二番目の瞬足、楽々セーフとなり1-3。
0アウト2塁のチャンスとなる。
打席の日野はバントの構えをとる。
(鬱陶しいんだって!!!)
イライラを出しながら長房がムキになり始める。
ボッ! コォーン...
三塁線の絶妙なところに転がす。
「上手い!」
「1つセーフなるぞ走れ!!」
「おっけ...」
サードが声をかけた瞬間
「どけ!!!」
と長房の長い腕が横から伸びてボールを掴む。
ビッ!! パァァン!! 「セーフ!!」
ギリギリのタイミングだが、セーフだ
0アウトランナー1.3塁。
「おっけーおっけ!ナイスバント日野さん!」
「御手洗1本出そう!!」
「フゥ...フゥ...」
長房の息が乱れていく。
御手洗は試合前の事を思い出す...
ミーティングで結が話していた事を。
「相手投手の長房くん。ここまで4試合を投げて
ストレートとカーブのみです。
それ以外の球が無いのか使う必要がなかったのかは分かりませんが、カーブは真っ直ぐほど制度は良くないので見分けることもできます。」
パァーン!! 「ボール2!!」
長房はストライクが入らなくなっていく。
(ここまでストレートのみ。
それでも打てなかったのは長房こいつの力強さの表れ)
「4回か5回以降...カーブの多投が多く見えていて...それは多分、彼自身にずっと質のいい球を投げる体力が無いからだと思います。」
再び結の言葉がフラッシュバックする
(まだ3回だが長房がここまで荒れたのは初めてだならこの回、いやこの打席...次の球で...)
スッ... ピッ!
ドロっとしたカーブが高台から放たれる。
(来た!読み通り!!)
御手洗の読み通り、カーブが投げられる。
カァーーーン!!!
「くっ!!」
ショートが飛ぶ。
しかしギリギリ届かない。
ショートの頭を超えた打球は伸びていき、左中間を割っていく。
「しゃぁぁー!!御手洗ー!!!」
「いきなりカーブ捉えやがった!!
さすがだぜ!」
2塁へ着いた御手洗がベンチに拳を突き出す。
(サンキュー朝日!さすがマネージャーだぜ!)
結も親指を立てて合図し返す。
1点差。ジリジリと点差を詰める桑山ボーイズ
カァーーーン!
続く2番山下が三遊間へ強い打球を放つ。
「よっしゃぁー!御手洗帰ってこい!!」
パァァン!!
しかし相手のショートが飛びつき
山下はアウトとなる。
「長房!ツーアウトだ!3塁ランナー帰っても同点だ!落ち着いてな!!」
「...」
ショートの3年生が声をかけても長房は無視。
バッターボックスの方...バッターを見ていた。
「お願いします...」
軽く鍔を触り主審に挨拶する。
今日も3番レフトに入っている星一輝だ。
コンコン...とベースの両端を叩く。
(目をキラキラさせてんじゃねぇよ...凡人が...
お前から始まったこの流れ...
ここでお前を切って流れも切る!!!)
ボッ!! パァァン!! 「す、ストライク!!」
審判がたじろぐほどの真っ直ぐだ。
球速は134kmを計測していた。
ボッ!! パァァン!! 「ボール!!」 135km...
ボッ!! パァァァン!! 「ボール!!136km...
「お、おい。どんどん上がって行くぞ...」
「あんなにはぁはぁ言ってたのに...」
(鬱陶しい...本当に鬱陶しいよお前!!)
感情をピッチングで表現するように上がっていく
長房の球速。
ググッ...ボッッ!! キィーーーーン!!....
大きく飛ぶボールはレフトフェンスを超え
ネット上段に当たる。「ファ、ファーール!!」 球速は137kmが出ている。
そのスイングに相手キャッチャーは
手の痛みを忘れ戦慄する。
(長房!長房!どうする??カーブだ!ここは...)
長房の目は微塵も死んでいなかった。
キャッチャーはそれを信じ
ストレートのサインを出す。
ググッ...ボッッ!!!
サッ... 突如、一輝はバントの構えをする。
(?!スリーバント?!ツーアウトで?!
まずい...出遅れた!!)
サード、ファースト、そして長房が前に出る。
咄嗟な行動にもきちんと適応するいいチャージだ
だが...
コォーン!!
甲高い音は大きく打ち上げられた。
「なっ!!??」
ボールは長房とファーストの間を大きく
弧を描き、セカンド正面へ
しかしセカンドもカバーに動いていた為、
誰も居ない。
「まだだぁ!!!セカンド一塁居ろぉ!!」
長房が向きを変え、大きな声を出し
セカンドへ走り出す。
バンッ!! 御手洗がホームベースを踏む。
(ホーム帰られた...タッチは無理...
なら1つで殺す!!)
冷静になりボールを捕球した長房。
パシッ! ビッ!!
そのままファーストへ送球する。
ダンッ!! パシッ!
ギリギリだ。少しの静寂の後
「....セーーフ!!!! セーフ!!!」と
審判の声が球場に響く
「うぉー!!!」
「ナイスいっきー!!!!」
「3点目!!!同点だぁ!!!」
「あいつやべぇよ!やべぇ!!!」
「か、一輝ぃぃぃ!!!!」
ベンチよりも声を張っているのは観戦している
荒浪だった。
「ハァッ...ハァッ...」
「タ、タイム!!」 「ターイム!」
一塁ベース上で膝を着いている長房を見て
一塁の選手がタイムをかける。
「な、長房...まだ...同点だから...」
「...」
駆け抜けていた一輝が長房に寄っていく。
「長房...どしたんだよ。
まだ3回。序盤だろ。降りんのか?」
「ハァ...ハァ...星...一輝ぃ!」
ギリギリと歯ぎしりをしながら一輝を睨む長房。
「早くマウンド戻れよ。
まだ終わりじゃねぇだろ。」
「くっ....」
キィィィィーーーン!!
その快音を聞いた長房は
バッと顔を打球へ向ける。
ドンッ!!
続く4番、鎌田の打球はセンターバックスクリーン
へ飛び込む逆転ツーランホームラン。
桑山ボーイズ逆転が3回、遂に逆転する。
ご視聴ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!




