第68話『Grand Firework Display Last Seen This Year』最後の花火
『Eternal Boy's Life』の演奏が、メンバー全員でのキメによって終わったと同時に、夜空には大輪の花火が上がった。
その美しくも迫力ある光を全身に受けながら葉月の脳裏にあるシーンが甦ったとき、後ろから誰かの手が肩に触れた。
「最後の花火、また一緒に観ることができたね」
その声に思わず振り返ると、そこには少し照れたような優しく見つめる瞳があった。
あまりの驚きに息が止まりそうになって両手で口を覆ったまま、ただただ花火が反射する彼の顔を見上げる。
葉月の両肩をそっと持って立たせると、彼は言った。
「さあ、クライマックスだ。最後の花火を楽しもう」
彼は、言葉を失ったまま自分の方を向いている彼女の両肩をもう一度もって、正面を向かせてやった。
あの日、そうしたように、2人は言葉を交わさず、ただ空を見上げた。
それぞれの思いを込めて……
そして花火のフィナーレ……
昼間のように白い光線が花のように咲き乱れ、稲妻に打たれたような大きな音とともに、光に吸い込まれてしまいそうになる……
あの日に感じた、宙に浮いているような心地よさに身をおきながら、改めて彼の顔を仰ぐ。
「鴻上さん……」
その言葉と同時に音が止み、あたりは闇と化した。
会場からは大きな拍手と歓声の渦が沸き立ち、スポットライトで照らされたメンバーを包んでいた。
「もう……話してもいい?」
あのときと同じ言葉だった。
「また……泣いてるんだね」
葉月はじっと彼の顔を見つめた。
「……きっと、花火を間近にみられて……感動したんじゃないかな……」
あの時と同じ言葉で返す。
彼はフッと頬を緩める。
「嘘つきだな。あの時はこんなに泣いてなかったじゃない?」
そう言って彼は彼女の肩に置いていた手をそっと顔に伸ばして、その涙を拭った。
「鴻上さん……」
「こんなところで会うなんてな」
「どうして……?」
「君が落ち着いたら話すよ。さあ、座って」
彼はそこにあった椅子に葉月を座らせ、自分も彼女の横に並んで座った。
「さあ、何から話そうか」
両膝に肘をついて口元で指を組んだ彼は、葉月を覗き込むようにして穏やかな笑顔で言った。
バックステージでは、多くのアーティストが控え室の前を忙しく行き交っていた。
今、まさしくライブを終えた『Eternal Boy's Life』の楽屋前には、それまでに出演したアーティストたちが彼らをたたえて集まり、盛り上がりを見せていた。
裕貴とテックの数人は、ステージ上で担当楽器のバラシを手伝っていた。
余韻を楽しむ観客も少なくはないが、屋外ライトに照らされた会場からは、徐々に人が減っていく様子が見える。
柊馬の配慮で、葉月は舞台ソデではなく、バックスクリーンの映像も含めて正面からすべてが見渡せるPAブースからライブを観覧していた。
そんな葉月がなかなか戻って来ないことを不信に思った裕貴は、ステージからPAブースに向かって目を凝らしてみる。
PAブースには確かに人影があった。
暗くてよく見えないが、左側の華奢な影は葉月ではないかと思う。
「ん……右側は?」
数人いるPAスタッフの顔を思い出してみる。
だんだん目が慣れてよく見ていると、右の人物の手が葉月と思われる人影の肩にかかっているように見える。
そして、こんなに遠くから見ていても、その2人が見つめ合っていると分かるような距離感だった。
また手が肩にかかって椅子に座らせたように見えた。
ちょうどステージに上がって来た、PAマネージャーの松崎に聞いてみる。
「松崎さん、白石はPAブース辺りで観覧してましたよね? ずっとあそこに居ましたか?」
すると松崎は少しニヤリとした。
そしてPAブースの方を自分も向いて、裕貴の視線も促す。
「いや、それがさ! なんかイイ雰囲気でね」
「え? イイ雰囲気とは?」
「演奏中もね、クリエイターの彼、彼女のこと後ろからずっと見てたんだけどさ、エンディングになって、白石さんが座り込んじゃって……そしたらスッと横に行ってさ、こう……肩を持って立たせてやって。そしたら白石さんが驚いた顔してさ。それからも2人で並んで花火を見たりしてて……あれは絶対知り合いだな! っていうか、なんだろ? 昔の恋人とか? わかんないけど、なんせイイ雰囲気なんだよ!」
裕貴は驚いて、相づちも打たず聞いていた。
おもむろにPAブースの影を指差し、松崎に問う。
「あそこに見えるのが、白石とクリエイターなんですか?」
「ああそうだよ、2人並んで座ってるだろ? 白石さんと鴻上くん」
そう言ってから松崎は、ギターのテックのところへ行った。
「こうがみ……?」
裕貴はバックステージへの階段を走り下りた。
そのまま控え室通りに向かい、出演者の人だかりをかき分けて『Eternal Boy's Life』の楽屋に走り込む。
「トーマさん!」
「なんだユウキ? そんな慌てて。どうした?」
「葉月が、クリエイターと一緒にいるんですが……」
「え? ああ、映像クリエイターの彼と? それで?」
「知り合いみたいで……」
近くにいた隆二が不可解な顔をして寄ってきた。
裕貴が続ける。
「こうがみって……」
「え?!」
その言葉に反応したのは隆二だった。
柊馬はおもむろに答える。
「ああ、映像クリエイターの鴻上君だけど」
そのやり取りに他のメンバーも注目し始めた。
隆二が割って入る。
「鴻上? トーマさん、まさか……それって、鴻上徹也?」
「そうだ」
「え? リュウジさんも知り合いなんですか? 地元の? だから葉月と話して……」
たじろぐ裕貴に返答しないまま、隆二は真っ直ぐ柊馬に視線を向ける。
「トーマさん、これは……」
「リュウジ、黙ってて悪かった。そもそも彼は……」
隆二はその言葉を制した。
「それは……あとで聞きます」
そう言って隆二は、すぐに控え室を出た。
裕貴が後に続く。
足早にアリーナに向かい、ステージから飛び降りる。
ブロックの間を通り抜けると、アリーナに残っている観客から口々に “ リュウジ! ” という名前が飛び交った。
中央後方に向かうにつれ、だんだん2人の影が顕になってくる。
PAブースの仄かなライトに、葉月の顔が照らしだされた。
上気した表情で、手前に座る人物の方を見ている。
彼が手に持ったハンカチで彼女の顔をそっと拭ったのが見えた。
ふわっと笑顔になったその顔が、隆二の存在に気付く。
「リュウジさん……」
葉月の声に、その人物は手にしていたハンカチを彼女に持たせて、おもむろに立ち上がった。
「徹也……?」
振り向いたその顔は、まさしく自分の親友の鴻上徹也だった。
「リュウジ……黙ってて悪かった。まだ独立して間がなかったから、ことのほか余裕がなくてな」
「お前が……あの映像を……?」
「ああ、以前からな。あの組織の中では1人のエンジニアに過ぎないから、身元を公表出来ない規則になってた。おそらく流出防止の為だろうが」
「でも、お前……独立したんなら……」
「ま、そうなんだけどさ、色々お前には説明しないといけなくなるし、と思ったらやっぱり時間がとれないとダメかなぁと思って……まあ、いつも仕事がギリギリだから、結局今こうしていい加減な説明する羽目になっちまったけど……悪いな」
「あ……いや。トーマさん……あ、リーダーは俺とお前の関係を知ってたのか?」
「ああ、彼には説明したが……他のメンバーには伝えてないみたいだな。昨日のディナーにお前も来て、そこでネタばらしするのかと思ってたが」
「そうだったのか……」
「ま、そういう事だ。来月の初旬に改めて話し合いの場を持つことになってる。聞いてるか?」
「いや、俺はサポメンだから……」
「おかしいな? " リュウジも参加させる " って、リーダーは言ってたけど?」
「そうなのか?」
「ああ」
そう言ってから、徹也は振り向いて葉月に笑顔を送り、また隆二の方に向き直った。
「で? なんで彼女がここに?」
「あ……彼女は『エタボ』の……」
「それは聞いたよ本人から。そういう事じゃなくて、お前がどうしてわざわざここに彼女を……まあ、いいか。ところで、俺の仕事ぶりはどうだった?」
「いや、映像も演出も凄かったよ。メンバーもすごく気に入って……」
「お前がイイって言ってくれたら、それで満足だ。すまん、ゆっくり感想も聞きたかったが、時間がない。俺はこれから最終の便で九州に向かわなくちゃいけないんだ」
「え……今からか?」
「ああ」
後ろで葉月が立ち上がった。
「鴻上さん、もう行っちゃうんですか?」
「ああ、君との約束は2日後だったね、連絡待ってていい?」
「はい」
「じゃあ、返事はOKってことだね?」
「はい!」
徹也は葉月の肩に手を置いた。
「じゃあね、これからもよろしく」
そう言ってまた、隆二の方に振り向いた。
「リュウジ、リーダーのところに案内してくれ」
「ああ」
そう言って、2人はPAブースを後にした。
残された葉月に、先ほどから後方で話を聞いていた裕貴が歩み寄った。
葉月は、まだ夢から覚めていないように、空を見据えている。
「葉月……あの人は?」
葉月は、瞳を輝かせたまま、ぽつりぽつりと話し出した。
「鴻上徹也さん……あんな凄い映像を創ったのが、鴻上さんだったなんて……私ホントにびっくりして……」
「葉月、そうじゃなくて……どうして知り合いなの?」
葉月がようやく裕貴の方を見た。
「あ……彼はリュウジさんの高校時代からの親友なの」
「そうなんだ、地元の?」
「そう。そして私が『Blue Stone』に行くきっかけを作ってくれた人」
「え! ひょっとして……それって、前に話してた花火大会の?!」
裕貴は、合宿所のパブリックスペースで葉月が話していたこと思い出した。
「そう。捻挫した私を抱き上げてビルの上まで連れて行って、花火を見せてくれた人!」
裕貴はしばし言葉を見失った。
さっき彼の肩越しに見た、葉月のはにかんだような微笑みの意味がわかった。
そんな2人が今日もまた、一緒に花火を見上げていた。
そう思うと、なぜか複雑な気持ちがわいた。
「知らなかったわ、鴻上さんがこんな素敵な仕事をしていたなんて……トーマさんとも、メンバーのみんなとも知り合いだったなんてね」
「そうだよな、リュウジさんも相当驚いてたし……で葉月は彼のことを……」
裕貴は言葉に詰まる。
葉月が首をかしげて話の続きを待っている。
「いや……彼と、何の約束してたのかなって、思ってさ」
「ああ。前もパブリックスペースで話したと思うけど、週明けから鴻上さんの会社でアルバイトすることになってて。 “ 個展を開くからバイトに来て ” ってしか言われてないの」
「そっか……で、それだけ?」
「うん、今のところ言われてるスケジュールはそれだけで」
「スケジュール? あ……いや、そういうことじゃなくて……まあ、うん、そうか! じゃあ、帰ってからも葉月は忙しいんだな」
「そうね。でも鴻上さんの仕事すら知らなかったから、何が手伝えるかさっぱりわからないけどね」
屈託なく話す葉月の顔をじっと見る。
「ん? なぁに? ユウキ」
「あ……いや。葉月、そろそろ楽屋の方に行こうか!」
「うん……あ、ひょっとしてユウキ、私を迎えに来てくれたの?」
「いや……リュウジさんについてきたんだけどさ。でもちょうど良かった。葉月がどうなっちゃってるか心配してたから」
「どうなっちゃってるかって?!」
「何言ってんだ? やっぱり泣いてたじゃないか。座り込んでただろ?」
「ああ……うん」
葉月は手元を見た。
そこには徹也が手渡してくれたハンカチがあった。
「だって……ライブ、あまりにも素晴らしくて……キラさんのMCもメンバーのプレイも、そしてあの映像も……あの花火も……」
葉月の顔がまた、うっとりする。
その顔を見て裕貴は思った。
葉月はまた新しいことに、走り出して行くのだろうと……
第68話『Grand Firework Display
Last Seen This Year』 最後の花火 ー終ー




