第63話『Getting Close Emotionally』表裏一体
楽屋から飛び出して歩いてきた裕貴と葉月の2人に、アレックスが駆け寄って来た。
「ピピーッ! こらそこの若者達! 止まりなさーい!」
「あ、アレックスさん!」
「なによ葉月、今アンタのお尻に、引きちぎれそうに振った “ しっぽ ” が見えたわよ!」
「あははは」
葉月の表情が一気に和らいだ。
「アンタ達! っていうかユウキ! 昼間っからこんなところで女の子と手を繋いで歩くなんて!」
「あ、いや、そんなつもりじゃなくて……ちょっとした事情っていうか……」
裕貴は少し困った顔をした。
アレックスは葉月の顔を見据える。
「ホントです」
「まあいいわ、ユウキ! あんまりこの子に刺激与えちゃダメよ。大型犬に育っちゃったら、アタシん家で飼えなくなっちゃうからね」
「あはは、ホントに葉月がチワワに見えてきた!」
「もう、ユウキ!」
「それはそうと、アタシね、ちょっとPAブースに行きたいんだけど」
その発言に、裕貴は我に返った。
「え! アリーナを通って……ですか?」
「うん、ちょっとピアノの出力バランスをみたくてさ」
「うーん……自殺行為だなぁ……」
「どういうこと?」
問いかける葉月に、裕貴はアリーナの方を指さして言った。
「あのアリーナの真ん中をアレックスさんが歩いたらどうなると思う?」
「あ……人だかり……」
「大丈夫よ、キラじゃあるまいし」
「アレックスさん、わかってないなぁ! ちょっと待っててくださいね」
裕貴は2人をそこに残して、セキュリティーの控え室に入った。
そこでたまたま休憩時間を過ごしていた『Sanctuary』の3人を見つけて、裕貴は彼らを引っ張り出してくる。
「ねぇ君ら、仕事頼んでもいいかなぁ?」
そう言われてやって来た3人は、アレックスを目の前にして色めき立った。
アレックスが葉月に耳打ちする。
「しばらくオトコになるわね。アンタもついて来なさいよ」
「えっ?!」
アレックスは3人に声をかけた。
「君達もバンドマン? その髪、いい色だね」
「あ、ありがとうございます! アレックスさんにお会いできるなんて……」
「ごめんなぁ、面倒なお願いしちまうけど、あのPAブースまで、オレのこと守ってくれるかな?」
「はい! 任せてください」
「サンキュ、頼りにしてるぜ」
裕貴も含めて4人でアレックスを囲った形でアリーナの通路を歩く。
「キャー! アレックスよ!!」
みるみるうちに各アリーナブースから人が出てきて、アリーナのセンター通路は大きなサークル状に人だかりが出来た。
歩いて5分もかからない距離を20分以上かけて、アレックスはPAブースに到達し、『Sanctuary』のメンバー3人も裕貴も汗だくになっている。
「君達、ありがとうね。良かったらここで次の出演者、観ていかないか?」
「えっ!? 良いんですか?!」
「ああ、もちろんだよ! ユウキ、彼らに飲み物をあげて! ま、ホントの事を言うとさ、次の『Emily Williams』が終わったら、またステージまでの道のりを、オレに付き合ってもらいたいんだけど。構わないかな?」
「はい! お任せください!」
「おお、頼もしいな」
取り巻きが引くまでPAブースに近付けなかった葉月がようやく到達した。
「わぁ、和也くんも玲央くんも尚樹くんも汗すごいね。っていうか、アレックスさん、なんか……」
「なんだよ、葉月ちゃん? オレと離れて淋しかったのか? ほら、こっちに来なよ」
「あ、えっと……こ、ここで大丈夫です」
「どうしたんだ? いつもならしっぽ振ってオレのそばに来るクセに。恥ずかしいのか?」
「ホントにもう……勘弁してください」
一番端っ子に座り込んだ葉月の横で、尚樹が頷きながら言う。
「葉月さんの気持ちわかりますよ、あんなにカッコいい人がそばにいたら、普通じゃいられなくなりますもんね!」
横にいた裕貴がブーッと吹き出した。
アレックスがギロリと睨む。
さっきまでキラと対談していた『Emily Williams』がステージに立つと、一気に華やかな雰囲気に包まれた。
プラチナブロンドの髪に真っ赤なルージュと真っ赤なワンピース、そのキュートな容姿からは想像ができないくらいパワフルでラウドなギターに、負けないくらいのハイテンションでポップなメロディーを歌い上げる。
I was in control of you.
I didn't feel love for you.
A stupid woman?
A childish woman?
A selfish woman?
Hey, No, it ’s a idiot you!
裕貴が葉月の耳元に近付く。
「彼女が連れてきたバックバンドさ、『extra』っていうんだけどさ、見て! あの女性ベーシスト!」
「え? ……日本人?」
「そうなんだ。『AKIKO』って言うんだけど、他のイギリスのアーティストのツアーにも加わってて、ちょくちょく日本で見かけるんだ」
「そうなんだ? 女性のベーシストってカッコいいね! スタイルも抜群!」
サンクチュアリのベースの玲央も、となりで食い入るように観ていた。
静寂と轟音のメリハリがあって、気品とユーモアを感じられる『Emily Williams』はオーディエンスの反応も良く、きっとこれから日本でもブレイクするだろうなと確信した。
ピアノの出力バランスのチェックを終えたアレックスは、PAエンジニアに注文を出してPAブースを脱出する。
来た時よりも更に多くのファンに囲まれ、黄色い歓声の中、ようやくステージ側に到達した。
アレックスが艶やかな目つきで振り返る。
「おいユウキ! お前さっきからクスクス笑ってるけどさ、なんかオレの顔に付いてんのか?」
「あはは、あ、いえ。めちゃくちゃカッコいいなと思って見てるだけですが」
「だったらいい。君達も、ありがとう。面倒かけちまったな」
「いいえ、アレックスさん。ご一緒できて光栄です」
尚樹が真面目な顔で言った。
裕貴はまだ笑っていた。
「君達、なかなか可愛いなぁ」
そう言って、スッと手を伸ばしながら彼らに寄っていこうとするアレックスを、裕貴が制した。
「じゃあアレックスさん、行きましょうか」
そういいながら、いつになく遠巻きで見ている葉月の方に視線で促す。
「ほら葉月、こっちに来いよ。じゃあな、君たち」
そういいながら手を上げるアレックスは、スターオーラたっぷりの、どこから見ても超イケメンアーティストだった。
「なあ葉月、こんなオレはどう?」
アレックスはそう言って葉月の肩に手を回してその髪を撫でた。
ビクッと過剰に反応する葉月を見て、となりの裕貴はまた吹き出す。
「お!? オレにも反応するのか? こっち向いてさ、よく見てみなよ。トーマよりいいオトコだぜ? キスでもしてやろうか?」
真っ赤になる葉月の顔を見て、裕貴は我慢できずに爆笑した。
周囲を見回しながら、慌てて3人で楽屋に入る。
「あははは、アレックスさん、悪趣味ですよ! 見てくださいよ、葉月の顔!」
「ホント! ヤダ、この子ったら真に受けちゃって! アンタすごいわね、まだそんな風にアタシのこと見られるなんてさ。あははは」
憮然としている葉月を置き去りに、2人は大笑いしている。
「なんだ? 賑やかだなぁ」
ドアが開いて柊馬が入ってきた。
葉月がまた顔を赤く染める。
「聞いてくださいよ、トーマさん! 葉月、 “オトコマエバージョン” のアレックスさんを初めて目の当たりにして……」
「やめてよ! ユウキ……」
裕貴が今起きた珍事を話すと、さすがに柊馬もそれには笑った。
下を向いている葉月に目をやる。
「あはは。そりゃもし、オトコのアレクが勝負かけてきたら、俺も勝ち目ないかもな」
「あら? トーマ、いまさらアタシの魅力に気付いたとか? アタシって葉月と姉妹だけじゃなくて、オトコとオンナにもなれるってことかしら!」
「うわぁ複雑!」
また裕貴が笑いだす。
アレックスが咳払いして、声を整える。
真っ直ぐ葉月を見据えると、柊馬のバリトンボイスをオマージュした声で言った。
「オレとトーマ、どっちが好きなんだ?」
アレックスは後ずさりする葉月にジリジリと詰め寄って、その細い顎をつまんだ。
「オレ、だよなぁ?」
「ちょ、ちょっと、アレックスさん……」
さらに一方の手を首に回して、葉月の身体を壁際で抱え込んだ。
「さぁ、どうしてほしいんだ? このままオレたち……」
そうやって耳元に唇を寄せて言った。
「葉月、アンタにプレゼントをあげるわ!」
「へっ?」
アレックスは、葉月から身体を離すと、声を上げて大袈裟に言った。
「ヤダつまんない! “ やっぱりトーマ ”とか、普通のこと言われちゃったわ! ちょっとユウキ、付いてきて! 胸くそ悪いから次のバンドでも見よう!」
「え! また外に出るんですか! 大変なんですから……もうやめましょうよ」
「わかってるわよ! ソデから観るわよ。アタシ、人気あるみたいだし! さあユウキ、早く来なさいよ」
「えっ? でも……」
「いいからっ!」
アレックスは強引に裕貴を押し出して、ドアを閉めながら葉月にウインクを飛ばした。
「ああっ!! アレックスさん……!!」
第63話『Getting Close Emotionally』表裏一体
ー終ー




