第64話『What A Heartwarming Conversation』心温まる会話
「葉月! アンタにプレゼントをあげる!」
アレックスは葉月の耳元でそう囁いて、裕貴と共に楽屋を出ていった。
「ああっ!! アレックスさん……!」
困った表情の葉月に、柊馬が声をかける。
「ふふっ、こんなにあからさまにされちゃあ、そりゃ困っちゃうよね?」
柊馬はベースを立て掛けていた椅子から、それを取り上げて膝にかかえると、その椅子に葉月を促した。
「どうぞ。ここに座って」
「あ、ありがとうございます……」
緊張気味にちょこんと座る葉月に微笑みかける。
「実は、君と話したいと思ってたんだけど……いいかな?」
そう言って柊馬は、長い腕でベースを抱くように抱えて、少し前のめりになって葉月を覗き込んだ。
その柊馬の視線に葉月のトキメキは加速する一方で、パチパチと何度も瞬きをする。
「は、はい! ちょっと……待ってください。深呼吸、しなきゃ……」
胸を押さえて息を吐く葉月を見て、柊馬は空を仰いで笑った。
「ホント、君は可愛いね。あ! そういうこと、言っちゃ余計にダメか?」
柊馬はベースをひょいと椅子の脇に立て掛けて、スッと立ち上がると、冷蔵庫からペットボトルを出して、葉月の目の前でパキッとキャップをひねると、腰を屈めて葉月に差し出した。
「さあ、これでも飲んで」
葉月は反射的に立ち上がって言った。
「そんな! トーマさんにそんなことして頂くなんて……スタッフは私の方なのに……」
柊馬はフッと笑う。
「まあまあ、座って。ただのスタッフだなんて思ってないよ。リュウジが連れて来た大事な客人さ。家族みたいなもんだろ? だから、そんなに緊張しないで!」
「……ありがとうございます。これ……レモンティー……ですか?」
「ああ、それはキラの。何十本もあるから気にしないで飲んで。なんか、花梨エキス? だったかな、それが入ってるレモンティーなんだって。ヤツは今それにハマっててさ。喉にイイらしいんだ」
「そうなんですか……いただきます」
一口飲んでみた。
「うゎ、なんか華やかな味。いいフレーバーですね!」
柊馬はにこにこしながら、葉月の様子をうかがっていた。
「君と会えて、よかったと思ってる」
その艶やかなバリトンボイスに、思わず顔を上げる。
「え……トーマさん?」
「ようやくこっちを向いてくれたかな」
そう言って、優しい顔で話し始めた。
「PAブースで聞いたろ? キラの歌。あの歌をヤツに歌わせたのは君だよ。今日は、あの歌がまたどう変わるのか、俺はすごく楽しみなんだ。君はどう?」
葉月はあの暗闇のスタジオ内を思い出した。
狭い空間に息が触れ合うほど近くに柊馬を感じたことも、その後のキラの渾身の歌に心の芯から揺さぶられたことも……
そして不思議なほど、幸せな涙がとめどなく流れ落ちたことも……
葉月の陶酔するような表情を、柊馬はじっと見ていた。
「ええ……本当に。もちろん楽しみなんですけど、聞いたらどうなっちゃうか……もはや、怖いような……そんな気もします」
「あはは。やっぱり面白いこと言うなあ。でも、わかるよ。同じメンバーだけどさ、俺も一緒なんだよ。それが楽しくて、ワクワクしてる。こうして俺をヒリヒリさせてくれるアイツの、俺もひとりのファンなのかもしれないな」
葉月は、その少し照れたような、それでいてとても満たされているような表情を見つめながら、まるで素敵な音楽でも聞いているかのような夢見心地で柊馬の言葉をかみしめた。
「トーマさんがそんなふうにキラさんのこと見てるなんて、意外です」
「あはは、だろうね。普段は全く出してないよ。初めて言ったんじゃないかな、こんなこと。なんでだろ? 君には言えちゃうね」
「そんなこと……言ってもらったら……」
葉月は恥ずかしそうに下を向く。
「キラのあんな歌聞いても、まだ俺のファンでいてくれるの?」
「もちろんです! 私はトーマさんが……あ……トーマさんのファンなので」
「嬉しいなあ。じゃあ、アレクにも勝てるかな? さっきはかなり “ オトコマエ ” だったけど?」
柊馬はイタズラな目つきで葉月を見る。
「トーマさんに……からかわれた……」
ぽっとする葉月に、また笑った。
「あはは。冗談はさておき、今回はさ、初めてキラに嫉妬したよ。面白い感情だったなぁ。これも君のおかげだな。そういうことで負けたくないなんて、思ったこともなくてさ。でも……」
フワッと笑っている葉月の目を、柊馬はじっと見つめた。
「ごめん。俺、惚れてる奴がいるんだ」
その言葉に、葉月は息を飲んだ。
「なかなか墜ちてくれなくてさ、手強いんだ。もう何年、片思いしてるかな……アプローチはしてるんだけどね。なんせ、身持ちが固くて。でも気持ちは許してくれてるんだよ。俺のコトだって、きっと好きさ。だけど、一線を越えさせてくれないんだよなぁ……ねぇ、どうしたら俺のものになると思う? 葉月ちゃんだったら、分かるんじゃない?」
コロコロ表情を変えながら柊馬の話を聞いていた葉月は、やがて少し目を伏せて、微笑んだ。
「私は、相思相愛だと思いますよ。心は通じ合っている……間違いないと思います」
「そう? じゃあ、ここから進展するには、どうしたらいいと思う?」
「そうですね……情熱ですかね?」
葉月は少し遠くを見る。
「どうしてそう思うの? 俺には情熱が足らない?」
「いえ、トーマさんはカッコよすぎるから……」
「カッコよすぎる? それは葉月ちゃんの殺し文句? 俺の事、墜とそうとしてるでしょ?」
「また! そんなこと……トーマさんもそんな冗談言うんですね。だったら、 “ 情熱 ” に近づいているのかも!」
「そういうことなの?」
「もっと、トーマさんの本心をストレートにぶつけたらいいのかなって。私たち女子がキュンとするようなハードボイルドなセリフじゃなくて、心の奥底の全てをさらけ出すような……少し無様な本音とか」
「なに? 葉月ちゃん、俺に泣けとでも言うの? すがりついて?」
「そこまでは言いませんけど……でも、私からも、トーマさんの本心をその人に伝えてあげてほしいなって、今、お話を聞いてすごく思いました。彼の喜ぶ顔が、目に浮かんだので」
「 “ 彼 ” か……なんだ、やっぱり葉月ちゃんには分かっちゃったか!」
「わかりますよ……」
「あ! もしかして、アレクと一緒にしてない? 俺、 “ そっち ” じゃないんだけど?」
「あはは、してないですって!」
ふたりはしばらく笑い合った。
「トーマさんの理想の女性像は私には分かりませんけど、手離しちゃいけないソウルメイトがすぐそばにいるのに、見かけによらず悩んだりしてるのって、ちょっとカワイイなって、思っちゃいました! あ……正直言っちゃって、ごめんなさい!」
その言葉に、柊馬は両手を頭の上に置くと、大きくのけ反って、椅子にもたれ掛かる。
「……参ったなあ。葉月ちゃん、完敗だ!」
柊馬のその無防備な仕草に、心をさらわれそうになって、葉月はまた深呼吸した。
「私の方こそ、こんな素敵なお話が聞けて、なんだか……すごく幸せな気持ちです!」
葉月は満面の笑みで、また胸を押さえて言った。
柊馬は背もたれから身体を起こす。
「リュウジも、そう言ってくれると思う?」
葉月はしっかりと頷いた。
「どんなお返事をリュウジさんが用意されるのかは、私には分かりませんけど、でもきっと嬉しいっていう感情は、間違いなくリュウジさんの中に溢れると思います」
柊馬はフーッと息を吐いた。
「そう。ありがとう。ライブ前にこんなこと言うのもなんだけど、俺も誰かに話してしまいたかったんだろうなと思うよ。だけどさ、メンバーに話すわけにもいかないし。だろう? 君が聞いてくれて、助かったよ」
柊馬はほんの少し身体を前にして葉月に近付く。
「すっかり君に甘えちゃったな」
「そんな……」
葉月はまた息を整えた。
「ところで君、リュウジとは同郷だよね? そらそうか、一緒に来てるんだもんな。じゃあ、あいつがやってるバーにも……?」
「ええ、リュウジさんと知り合ってからはしょっちゅう」
「だよね? だったらそこで……」
「はい、何ですか?」
「あ、いや……」
柊馬は言葉を濁らせた。
「あ……バックスクリーン映像の話って、リュウジから聞いてる?」
「ええ、リュウジさんから聞いたっていうよりはユウキからですけど、すごく素敵で、リュウジさんも大絶賛だったって。 “『エタボ』の新しい風 ” みたいな、そんなふうに話してたと思います」
「そう。じゃあ……そのクリエイターの話とか、聞いてない?」
「そのクリエイターさん本人の、ってことですか? 聞いてないですね。あ、確か、メンバーの皆さんがその人に会った時は、私とリュウジさんは合宿所でバスケ対決してたんですよ。だからリュウジさんも会ったことないんじゃないですか?」
「あ……そうか。わかった、ありがとね。今度は俺も葉月ちゃんとバスケ対決、してみようかな?」
「ホントですか?! バスケだったら、いくらトーマさんでも簡単には負けませんよ! なんせ、リュウジさんには3POINTシュート対決で勝ってるんですから」
「え! マジで? リュウジもバスケやってたはずだけど?」
「はい。リュウジさんにスカウトされて、今やチームメイトになりました」
柊馬は愉快そうに笑う。
「そうなんだ。葉月ちゃん、ホンモノだな。ホント……君は面白いよね」
柊馬は葉月の笑顔を見て、眩しそうに目を細めた。
「トーマさん、お話し出来て、本当に嬉しかったです!」
「こちらこそ、長々と引き止めてごめんね。話せてよかったよ」
「トーマさんの “ 恋愛成就祈願 ” 、しておきますね!」
「言ってくれるなぁ!」
柊馬は笑いながら右手を上げた。
葉月も丁寧にお辞儀をしてドアを閉める。
柊馬は再びベースを持ち上げて、首に掛かったままのヘッドホンを耳につけ直すと、少しうつむいて弦を弾き始めた。
ベースを握る柊馬の横顔を、葉月はガラス越しに盗み見る。
真剣な眼差し、長くて男らしい腕、手慣れた指先……やっぱり素敵だなぁと思った。
葉月はそのドアの横の壁に背中をつけると、スーッとその場にへたり込んだ。
背中の向こうに、ほんの少しだけパチンパチンという、アンプを繋いでいないベースの音が聞こえる。
「やっぱりトーマさん、素敵すぎる!」
思わず声が洩れてしまった。
あともうちょっと長かったら、もう喋れなくなっていたかもしれない……
葉月は、先ほどの幸せな時間を噛み締めていた。
スッと目を閉じると、柊馬の優しい表情が蘇ってきて、葉月の鼓動を揺らす。
またひとつ、大きく息をついた。
「あれ? 君、どうしてこんなとこに座り込んでんの?」
その声に目を開いた。
「あ、ハヤトさん!」
颯斗は中を覗いてからまた葉月の顔を見下ろした。
「トーマのベースを盗み聞き?」
「いえ、そうじゃなくて。さっきまで、トーマさんとお話ししてたんですけど……」
「じゃあなんで、そこ座ってんの?」
「ちょっと……余韻に浸ってて……」
「余韻? あはは、全く! 面白いね君は」
颯斗は屈託のない笑顔を見せた。
「オレ、今からトーマと話があるんだけど、君も来る?」
「いえいえ、そんな。私も、もう行きますんで」
「なんだ! 残念だなあ」
「あ、あの……ハヤトさん」
「なに?」
「私がここにいたことは……トーマさんには内緒にしてください」
颯斗はまたフッと笑った。
「君のそういうところ、可愛いね。分かったよ! 内緒にしといてあげるね。じゃあ後で。ライブ楽しんでね! バイバイ」
葉月は立ち上がる。
胸がぽかぽか温かくて、エネルギーをもらったような気がした。
楽屋から洩れる、柊馬と颯斗の微かな笑い声を後にして、葉月は意気揚々とステージの方へ歩いていった。
第64話『What A Heartwarming Conversation』心温まる会話 ー終ー




