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第250話『Down in the dumps』煩悶

キラと裕貴(ユウキ)柊馬(トーマ)に話をするために部屋を出た後、隆二からこれまであった問題の数々について話を聞いたアレックスは、(ひたい)に手を当てながら大きく息をついた。


「ふぅ……アンタも本当に大変だったのね……でもねリュウジ、今は葉月の心を落ち着かせることが、最優先事項よね? わかるでしょ?」


アレックスは意を決したように隆二に視線を向けた。


「とんでもないオンナ達に目をつけられてしまったアンタには、心底同情するけどさ……でも今、一番アンタが大事にしたいと思っている葉月は、アンタが近づけば近づくほど壊れていくと思うの。解決策はまだ見えないけど、ただ、今はアンタが変に動かない方がいいっていうのは確かよね? 自分でも分かってるんでしょ? だから、キラも言ってたみたいに、今は鴻上(徹也)くんに任せるしかないと思う」


「ああ……わかってる」


「リュウジ、今は耐えましょう。そしてその間に『Eternal(エターナル) Boy's(ボーイズ) Life(ライフ)』としての責任の取り方を、アタシたちは考えなきゃならないと思う」


隆二が息をつきながら頷いたと同時に、ドアがガチャリと開いた。


「キラ!」

バッと顔を上げたアレックスに向かって、キラは硬い表情のまま言った。


「アレク、ちょっと来てくれ」


アレックスは不安な表情のまま立ち上がると、隆二の肩に触れてからドアに向かう。

不安そうに部屋の中を振り返るアレックスと入れ替わりに、裕貴が中に入り、ドアを閉めた。



ドアの前でアレックスは改めてキラに向き直る。

「ねぇ、トーマは? なんて?!」


キラは表情をゆがめて、背後のドアに視線を向ける。

「あ……今の水嶋(隆二)みたいになってる」


「ええっ?! トーマが?!」


「ああ、オレだってあんなトーマくん、今まで見たことがない。相当(こた)えてるな……数年前に水嶋のファンに手をかけた事件と、この前のSNS事件での香澄(マネージャー)の裏切りにもかなりショックを受けてたけど、今回は何せハヤトのことだからな……オレと同じく、元々ハヤトの疾患(しっかん)を知ってた上で、いつこんな事件が起きるか懸念(けねん)を持ったまま過ごしてきた中での大事件だ。俺たちの責任は大きい。加えてその被害者が葉月ちゃんだっていうことにも、かなりダメージを受けてた。それこそ水嶋みたいにどう責任とっていいかわからないって……トーマくんも頭を抱えてさ……」


「そ、そうなの……」


「ああ。とはいえ、ただこうしてるわけにもいかないからって、トーマくん、すぐに鴻上(こうがみ)くんと連絡を取ろうとしたんだけど、それをユウキが止めてたよ。さっきの鴻上くんの行動も説明した上で、今お互い冷静じゃない状態で話をしてもいい結果は生まれないし、何より今動いたら彼女がまた発作を起こすかもしれないから、ちょっと時間をくださいって、そう言ってさ。当面、鴻上くんとの間はユウキが取り持ってくれることになった」


「そう……頼りになる子よね」

そう言ってアレックスは1つ息をつく。


「リュウジから色々話を聞いていたんだけど……実はね、どうもあの2人、地元でもちょっとあったみたいなのよ。そう思ったらさ、葉月もよく今日ここに来れたわよね? あの子なりに、相当(ハラ)をくくってきたに違いないわ……」


キラはめまいを覚えるかのように首を何度も振った。


「なぁアレク……オレが葉月ちゃんの了承を取る間もなく周囲にカミングアウトしたこと……間違ってたと思うか?」


アレックスは大きく首を横に振る。

「間違ってないわよ、キラ! あの状況下で他の言い訳をしたって、アタシを含め、誰も納得しなかったと思うわ。それに葉月がみんなの質問()めにあって、自分の口から説明しなきゃならないなんてことの方が、ずっと残酷でしょ」


「そうだけど……」


「話すべき時期だったんじゃない? まぁ葉月にしたらさ、よりにもよって今日じゃなくてもって思ってるだろうけど……でも、多かれ少なかれ近い時期に事実を知って、この問題を何とかしなきゃならなかったのよ。そう……むしろ遅いぐらいだわ」


「ああ……」


「具体的な対処が大事っていう話をしてたじゃない? そりゃアタシだって、今すぐ飛んでって葉月を抱きしめたいけどさ、今の一番の得策は鴻上くんに任せることと、あとは鴻上くんとちゃんとコンタクトを取り合うことじゃないかって思うの。とにかく焦っちゃダメ。今日聞いたばかりのアタシもホントはすぐに行動を起こしたいっていう衝動と戦っているけど、でもアンタとユウキもそれが逆効果だってわかってるのよね?」


「ああ、そうだ」


「じゃあ鴻上くんを信じましょう。アタシたちはどういう形で、どういうタイミングで鴻上くんとコンタクトを取るか、それをトーマと考察してくるわ」


アレックスがキラの肩にトンと手を置いた。


「え?」


「キラ、アンタはもう疲れてるはずよ。今日は嫌な報告をしてばっかりでさ、もうこれ以上相手の落胆してる姿を見るのも辛いでしょ? アタシがトーマとサシで話をしてくるわ。アタシだって、今日サポートメンバーから正式メンバーになるんだもん。もうそういう話を持ちかけてもいいはずよね?」


「ああ、もちろんだ」


「じゃあトーマのことはアタシに任せて。今心配なのはリュウジよ。リュウジの自己嫌悪は簡単には消えそうにないから……もう何年にも渡って香澄にも痛めつけられてきたわけでしょ? 本当にかわいそうでさ……でもリュウジにとっても試練の時なのよ。今葉月と会ったりするのは絶対ダメ。鴻上くんを信じて、葉月が回復するのを待つようにって、アタシも言ったんだけどさ」


「そうだな……オレからも言っておくよ」


「ええ、じゃあ、話してくるね」


アレックスが姿を消すと、キラはドアにもたれたまま、1人(くう)を仰ぐ。

アレックスが言うように、冷静を装いながら何人もの驚愕(きょうがく)の表情を垣間見るカミングアウトは、話す度に胸にザクザクと切りつけられるような痛みを覚えていた。


ドアの奥からはボソボソという裕貴の声がかすかに聞こえてきて、中の状況を想像するとこのままドアを開けるのも(はばか)られる。


頭の中に、あの日助けた葉月の状況と、ついさっき倒れた時の彼女の苦痛に満ちた表情が何度もフラッシュバックされ、キラはグッと目をつぶりながら胸を押さえた。


「やべぇ……」


息が徐々に上がっていくのを感じたキラは、フラフラとした足取りで一旦自室に向かった。



「リュウジさん……」


うつむいたま一向に口を開かない師匠に向かって、裕貴はためらっていた言葉を口にした。


「今日は……このまま引き上げませんか……」


隆二はおもむろに顔をあげ、不可解な表情のまま弟子の顔を見つめる。


「このままって……何の話し合いもせずにか?」


裕貴は神妙な面持ちのまま頷いた。


「ここにいても、きっと何時間もこうしているだけでしょうから。それに、話し合いの出来る状況ではないと思います」


「え……それはどういう意味だ?」


裕貴は眉毛を寄せたまま小さく息をついた。


「トーマさんも……今のリュウジさんと同じ表情をしてたからです」


「えっ……トーマさんが……?」


「そうです。トーマさんの表情は苦痛に満ちてました。現実を飲み込むのもままならないって感じで、ハヤトさんのことも葉月に対しての責任問題についても、もういっぱいいっぱいで……今にも崩壊しそうなほどでした。今の思考のまま話し合いなんてしても妙案が出るはずもないですし、まして悪い方向に傾きかねないとボクは判断しました。だから鴻上さんと連絡を取ることも、トーマさんにはしばらく控えてもらうことにして、ボクが間に入ることにしました。今は事を急いじゃダメだって、そう思うんです」


「……だからって。メンバーを置いて、俺がこのまま帰ったら……」


「じゃあもしも、今ここにハヤトさんが戻ってきたら……? リュウジさんはどう対応するんですか? 普通に話せますか? それとも(いびつ)な心を必死で押し隠しながら、まるで何もなかったように振る舞うんですか?」


「それは……」


「無理ですよ。まずは全てを受け入れて噛み砕いて理解した上で、そしてハヤトさんに真実を告げる際は慎重に冷静に話さなきゃいけないんです。ハヤトさんのためにも必要な段階なんです。今のトーマさんの心理状況でも到底無理だと判断せざるを得ないです。リュウジさんもそうですが、まずはトーマさん自身が気持ちを立て直さないと、この問題には対峙(たいじ)できない……時間が必要だと、ボクは思います」


「ユウキ……お前……」


「このまま帰りましょう。リュウジさんは今、ハヤトさんと会っちゃいけないと思います。ハヤトさんにご自身の疾患についてカミングアウトするのは、やはり長年連れ添ったトーマさんとキラさんの役割だと思います。最初の段階において、そこにボクたちは介入するべきではないかと……」


「わかった……」


「では、キラさんに話してきます」


裕貴は部屋の外に出て、すぐにスマートフォンを耳に当てる。

キラに電話するも、電源は切られたままだった。


「そうか……アレックスさんと一緒にトーマさんと話をしてるのか……」


裕貴はその場でメッセージを送信してから部屋に戻ると、隆二を伴って早々に地下駐車場へ向かった。


真っ白なレンジローバーの後部座席を見つめながら、悲壮な表情で立ち尽くす隆二に声をかける。


「リュウジさん、助手席に乗ってもらえますか」


「ああ……わかった」


裕貴は車の外で1本電話をかけてから車に乗り込むと、エンジンをかけて即座に車を走らせた。


逃げるようにスロープを上がりながら、対向車線に派手なアメ車(颯斗の車)が来ないことを祈る。


外界に出てすっかり日が高くなった日の光の眩しさに思わず目を細めるも、何事もなかったように通り過ぎるその景色を、2人は来た時とは正反対の無機質な表情で眺めながら、逃げるように帰路についた。



第250話『Down in the dumps』煩悶(はんもん)- 終 -

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