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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第36話 企画書にはございません

 第11層の主要な通路を歩きながら、朝比奈さんが大盾を背負い直した。黄色い矢印が俺の半歩前で揺れる。

 面接官の手合わせを、朝比奈さんは昨日の夜、一人で決めて受けた。手合わせは今日の夕方で、もう間もない。


「受けたの、昨日の夜に掲示板で知りました」

「言ったら、止めるじゃないですか」


 朝比奈さんは振り向きもしなかった。

 当たっている。先に聞いていたら、止める理由を一晩かけて並べていたはずだ。


「言葉で答えたら、頭だけ切られました」


 面接官が上げた短い動画のことだ。答えの最初の1文のところで、きれいに切ってあった。


「だから今度は、どこで切られても、立ってるとこしか映らないやり方にします」


 前を向いたまま、朝比奈さんは大盾の肩紐を握り直した。


「柏木さんは、見ててください。カメラに映らない所で」


「……朝比奈さんが決めることなので」


 止めたいのに、俺の口は、決めるのを朝比奈さんに返していた。

 そのくせ俺は、今朝のうちにこの通路を一度歩いてきた。


 筋の残る壁の少し手前で、主要な通路から脇道が1本分かれている。

 朝比奈さんを逃がすための道で、奥は電波が届かないから、入れば配信が切れる。


 入口の暗さだけを目で確かめて、何も言わずに通り過ぎた。

 人形は3体とも《収納》の中で、今日は自分のドローンも飛ばしていない。

 映らない所で準備をしておくのは、元の仕事と同じだ。

 腕の画面を2つに割って、右に朝比奈さんの配信を、左に面接官の生配信を開いた。


 筋の残る壁の前に、先客がいた。

 赤を差し色にした明るいジャケットに、ちょうネクタイ。何台ものドローンを周りに浮かせて、面接官が通路の真ん中で笑っている。

 相手より先に現場に入って待つのは、撮る側の基本だ。


「皆さん、お待たせいたしました」


 面接官は俺たちのほうでなく、自分のドローンのほうへ顔を向けて話す。


「養成所の型との手合わせ、お時間でございます。お相手は、新宿の盾の方。朝比奈柚さんです」


 腕の画面の右と左で、2つのコメント欄が同時に流れだした。


『始まる』

『マジで受けたのか』

『Lv41対盾の子』

『来た来た』


「先日は、大変よいお答えをいただきまして」

「切ったじゃないですか、頭だけ」

「お届けしたのは、見どころでございますので」


 朝比奈さんの言い返しにも、笑顔は少しも崩れない。

 何を言われても困らない顔だ。


 面接官はハンドマイクを口元に構えたまま、決まりを読み上げた。


「私が、盾の方の盾に10本、打ち込みます。打つのは盾だけです」

「盾の方がご自分で決めた場所から、一歩でも下がれば、養成所の型の勝ちといたします」

「お一人でお越しください」


 目の前に来ている相手に、お越しください、まで読む。告知の動画から一言も変えないつもりらしい。

 読み上げながら、面接官は歩きだした。俺たちの横を抜けて、来た道のほうへ回っていく。急ぐ様子はなく、歩幅は最後まで同じだ。

 朝比奈さんは、横を抜けていく面接官を目で追わなかった。


「お帰りの階段は、私の後ろの1本でございますね」


 第10層へ戻る階段を背にして、面接官はこちらへ向き直った。俺たちと帰り道の間に、この人が立ったことになる。

 それから俺のほうは見ずに、腕の画面に指を1回滑らせた。

 列を離れたドローンが1台、階段の側へ飛んでいき、脇道の入口の前でぴたりと止まる。


「脇道へお進みの際は、ドローンが最後までお見送りいたします」


 今朝下見した道を、この人は来る前に読んでいた。

 相手が逃げそうな側へ先にドローンを回すのは、押しかけた回のアーカイブで何度も見た手だ。あの1台は、この手合わせが終わるまで動かない。


「スーツの方は、映像の外でお願いいたします」


 面接官は俺に丁寧に頭を下げた。

 気づいたときには、俺も同じ角度で頭を下げ返している。


 言われたとおり、面接官の背中のほうへ下がって、ドローンの後ろに立った。映らずに全部見える、いちばんの特等席だ。

 階段の側から、脇道の口、俺、面接官、朝比奈さんの順に並んでいる。

 朝比奈さんのさらに奥の壁には、石柱の部屋の入口が1つ黒く開いている。中は行き止まりで、逃げ込んでも出口はない。面接官もそちらを一度も見ない。


「盾の方。お立ちになる場所は、どうぞお好きにお決めください」


 朝比奈さんは筋の残る壁の前で、床を一度見下ろした。


「ここ」


 大盾の黄色い矢印を真下に向けて、床に突き立てる。


「《背水》」


 光も音もない。朝比奈さんは両手で盾の縁を握った。

 これで朝比奈さんはここから動かされないが、受ける痛みは1本ずつ全部来るし、よけることもできない。


 面接官は手首を一度ほぐした。始める前の準備にしては、ずいぶん丁寧な手つきだ。

 マイクを持たない側の手を、素手のまま軽く振り上げる。顔はドローンのほうを向いたままだ。


 盾が鳴った。

 鉄板を叩く音のあとに、低い音がもう1つ混じる。盾の裏で、朝比奈さんの腕まで響いた音だ。


「痛っ」


『1』

『動いてない』

『痛そう』


 下がらないと言った場所から、本当に下がらない。

 面接官の足も最初の位置から動いておらず、腕だけで打っている。


 2本目、3本目と、面接官は同じ笑顔のまま打ち込んでくる。

 打たれるたびに朝比奈さんの声が漏れて、矢印の上にへこみが1つずつ増えていく。


『3』

『なんで下がらないの』


「よ、4本目! 余裕です!」


『余裕の声じゃない』

『声震えてて草』


 こんなときでも、カメラの前では強がる人だ。

 5本目で、盾の縁を握る左腕が震えだした。中間ボスの牙を受けたときの打ち身が、まだその腕に残っている。


「5本目でございます。皆さん、盾の方はまだお立ちですね」


 面接官は打ち込む手を止めずに、司会の声で本数を読み上げた。

 人を叩きながら、天気予報のように数字を読む声だ。


「……まだ、です」


 6本目。

 7本目。

 盾の縁で、朝比奈さんの両腕が小刻みに震えている。


 左の画面の、面接官の配信のコメントが変わってきていた。


『7』

『盾の子すげえ』

『面接官より盾の子見てる』


 ドローンは何台も面接官の周りを飛んでいるのに、配信の画面の真ん中に映っているのは、盾を据えた朝比奈さんのほうだ。

 8本目。


『8』


 9本目が盾を鳴らした。

 朝比奈さんは声を噛んで、そこに立っている。


『9』

『あと1本』

『面接官のコメ欄にまで「いけ」って流れてる』


「……次、どうぞ」


 気づくと俺は、腕の画面の縁を指の先が白くなるまでつかんでいた。


 面接官の目が、一瞬だけ自分の腕の画面に落ちた。

 同じ数字は、俺の画面にも出ている。面接官の配信の同時接続数は、7本目のあたりから伸びが止まっていた。右の朝比奈さんの配信の数字だけが、1本ごとに上がっていく。

 見ている人が隣の配信へ移っていくときの数字だ。アセントの編集室で、俺も何度も見て、そのたびに胃が冷えた。


 面接官の口の端が、一度だけ引きつった。


「では、10本目を……」


 いつもの司会の声はそこで詰まって、続きが出てこない。

 面接官が、振り上げかけた手を下ろした。

 ハンドマイクを自分の口元へ戻す。


「皆さん。見ごたえのある9本でございました」


 笑顔はもう元に戻っていて、一拍の間が空く。


「ここから先は、企画書にはございません」


 10本目は盾に来なかった。


 盾の縁の外の、朝比奈さんの左肩に入った。


 朝比奈さんの体は少しも動かない。

 声だけが途中で詰まった。


『は?』

『10本目、肩』

『肩は反則だろ、盾だけって言ったじゃん』


 面接官は丁寧に頭を下げてから、もう一度手首をほぐす。


「養成所の皆さんに、謝っていただけるまで」


 肩を打つ音がした。


「お口がきけるくらいには、加減いたしますので」


 同じ音がもう一度続く。


「痛いです」


 朝比奈さんは盾の縁から手を離さずに、顔だけを上げていた。


「謝りません」


 右の画面の、朝比奈さんの配信のコメントが速くなる。


『もう下がっていいから』

『スーツの人いるだろ』


 腰ほどの高さの白い人形、ADさんを《収納》から出した。

 床に降りたところで、考えだけで面接官の背中へ走らせる。

 手は出さないつもりでいたのに、肩を打つ2回目の音で、そのつもりはなくなっていた。

 ADさんの左右の前腕には、大ムカデを倒したあとに、その牙を沈めて作ったくいが仕込んである。

 ADさんが振り上がった面接官の腕に拳を当てると、前腕から黒いくいが飛び出す。


 くいは届いた。

 面接官はドローンのほうへ顔を向けたまま、空いている片手でADさんの頭をつかみ、床へ払い落とす。

 ADさんは床を2回転がって止まった。

 打ち込む腕のほうは、止まりもしない。


 Lv41だ。Lvが20も違う相手に、ADさんの力は効かない。


「人形のお手伝いは……そうですね。盾の方の持ち点から、減点といたしましょう」


 持ち点など、告知のどこにもなかった。

 次の1本は、前より重い音がした。

 朝比奈さんの息が短く詰まる。


「スーツの方には、映像の外で、とお願いしておりましたので」


 面接官はこちらを見もせずに、ドローンへ向かってもう一度頭を下げた。

 頭を下げる先まで、カメラのほうだ。


 転がったADさんから考えを離して、腕の画面に目を戻した。

 面接官の配信の同時接続数が、見ている間にも跳ね上がっていく。


『減点w』

『もっとやれ』

『止めろって』

『これ企画なの?』


 俺が出したせいで、朝比奈さんの1本が重くなった。


 ADさんを起こし、俺の前まで下げて止めた。外板に擦り傷が付いたが、まだ動く。


 朝比奈さんの左肩は、ジャケットの上からでも分かるほど腫れて盛り上がっていた。

 それでも朝比奈さんは、盾の縁を握り直す。


「謝りません」


 俺の後ろには階段がある。朝比奈さんの逃げ道だけが、俺たちが来る前にふさがれていた。

 脇道の入口ではドローンが浮いたまま動かず、朝比奈さんから見れば、帰りの階段は面接官の背中の向こうだ。


 《背水》を自分で解いて下がれば、朝比奈さんはこの人の腕の届く所で倒される。解かなければ、打たれ続ける。


 朝比奈さんが決めることなので。

 いつもの言葉が口の中まで来て、そこから出てこなかった。


 腕の画面で、AIの入力欄を開いた。

 どうやって、とは書かない。入力したのは、目的の1行だけだ。


 朝比奈さんを逃がし切りたい。

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