第十一話 取引 中編
少年は悠を真っ直ぐ見つめたまま、タブレットへ指を滑らせる。
『違う。』
短い言葉。
続けて、再び文字が表示される。
『だから聞いている。』
悠は目を細めた。
「……どういう意味だ。」
少年は視線を落とす。
言葉を選ぶように、ゆっくりと文字を打ち込んでいく。
『確認したい。』
「何を。」
数秒の沈黙。
夕風がフードを揺らす。
やがて、画面に新しい文字が浮かび上がった。
『危険かどうか。』
「危険?」
悠は思わず聞き返した。
雨宮リノ。
家族を迎えに来たと言う少女。
学園について調べている。
そして昨日、目の前の少年と言葉を交わしていた。
分からないことは多い。
だが、一つだけ分かることがある。
悠は、一度も彼女の瞳に悪意を見たことがなかった。
「君は、雨宮を危険だと思っているのか。」
少年は首を横に振る。
そして文字を打つ。
『分からない。』
『だから調べている。』
悠は黙って画面を見つめる。
(何かを知っているわけじゃない。)
(何かを確認している……。)
昨日の様子を思い出す。
雨宮は少年を見て驚いていた。
少年もまた、雨宮を見て言葉を失っていた。
少なくとも、二人が親しい関係には見えなかった。
「君は、雨宮の知り合いなのか。」
その問いに、少年の指が止まる。
数秒。
沈黙だけが流れる。
しかし、その問いに答えることはなかった。
代わりに、画面へ新しい文字が浮かぶ。
『あの子を傷付ける気はない。』
悠は何も言わない。
少年は続ける。
『ただ。』
『アイツを殺る為に情報を集めている。』
その瞬間。
屋上の空気が変わった。
「アイツ……?」
悠の声が低くなる。
「誰のことだ。」
少年は答えない。
「この学園の人間か。」
沈黙。
「校長か。」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、少年の視線が揺れた。
だが、それだけだった。
悠は目を細める。
(今の反応……。)
「図星か。」
少年はタブレットを下ろした。
肯定もしない。
否定もしない。
ただ静かに立っている。
「……話にならないな。」
悠は小さく息を吐いた。
「私は教師だ。」
「目的も分からない相手に、生徒のことを話すつもりはない。」
そう言って踵を返す。
「失礼する。」
一歩踏み出した、その時。
少年はタブレットを叩く。
『待て。』
悠の足が止まる。
少年はタブレットを掲げた。
『取引をしよう。』
「取引?」
少年は静かに頷く。
そして、再び文字を打ち始めた。
『この学園には秘密がある。』
悠の眉が僅かに動く。
『知れば、戻れない。』
夕日が沈み始める。
長い影が屋上へ伸びていく。
悠は少年を見つめた。
「……続けろ。」
少年は一度だけ悠を見た。
そして、次の言葉を表示する。
『地下施設がある。』
その一言に、悠の表情が初めて大きく変わった——。




