012●外からの不幸 内からの不幸
そっか。文系か理系か、もう、決めなきゃいけないんだ。
うーん・・・理系は無理。微積分、苦手だし。
物理も等加速運動まではなんとかついていったけど、
円運動になった途端、お手上げ。赤点スレスレだったもん。
ゴンタはどうするんだろう?
「ねえ、文系と理系、どっちにするの?」
「俺は文系にするよ。本当は理系で農学部に進みたいけど、頭がついてこない。」
「えっ?農業系希望だったの?」
「いや、ちょっと前に思っただけ。でも文系で大学行って、その後の夢があるんだ。うちの親父、肉体派の俳優だろ。JAT、ジャパン・アクション・ティームを主催してる。俺もちょくちょく行って、スタントとか武道の鍛錬してるんだけど、そこで先輩から聞いた話がずっと頭から離れないんだ。」
「太一郎くん、随分大きくなったね。体のキレもいい」
その先輩は、海外協力隊から帰国したばかりだった。
「お帰りなさい!海外はどうでしたか?」
彼は、救援物資が届くキャンプで支援活動をしていた。
人種や民族の違いから起きた偏見、差別、内戦。
人権などの考えは吹き飛ぶ。飢えた人々が、命がけでキャンプにたどり着く。
痩せ細った体、浮き出たあばら骨。
飢餓状態の人に急に多くの食事を与えてはいけない。
まずはスープなどで徐々に栄養を補給する。
命の灯が消えかけた子どもには、点滴が必要だった。
ある朝、彼が目を覚ますと、キャンプの外に倒れている者が見える。
大声でスタッフを呼び、駆けつける。鍛えた体で100mなど一瞬だった。
だが、そのわずか100mの距離・・・母子はすでに息を引き取っていた。
「もう少しだったのに・・・。」
彼は茫然と立ち尽くした。
また、ある日、ちょっとした空き時間に、キャンプの子どもとお喋りをした。
彼はふと尋ねた。
「大きくなったら、何になりたい?」
その子は答えた。
「生きていたい」と。
彼は一時帰国した。
平和だ。銃弾は飛んでこない。食糧もある。医療も整っている。
だが、ニュースでは、有名アイドルがビルの屋上から飛び降りた。
その後を追う若者が、何人も、何人も。まるで伝染病のようだった。
「先輩は、とても複雑な気持ちだった、でも、不幸は外からも内からもやってくる、そう考えるようになったと言ってた。」
亜子は、太一郎の言葉に、何も言えなかった。
「だからね、俺は技術者にはなれないけど、それでも何かできるようになって、一度は行ってみたいんだ。役に立てるようになって、幸せって何かを、この国の外から考えてみたい。」
「・・・その先輩、今はどうしてるの?」
「少しの間、JATにいたけど、また行っちゃったよ。無事だといいんだけど。」
「そうか。それがゴンタの夢なのね。」
「うん。俺にはその夢があるんだ。」
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の演説
(1963年8月28日にワシントンD.C.のリンカーン記念館前で)
わたしには夢がある。
それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、
かつての奴隷の子どもたちと、かつての奴隷所有者の子どもたちが、
兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
わたしには夢がある。
それは、いつの日か、ミシシッピ州のような、
不正と抑圧の炎に焼かれた州でさえ、自由と正義のオアシスに変わるという夢である。
わたしには夢がある。
それは、いつの日か、わたしの四人の幼い子どもたちが、
肌の色ではなく、その人格によって評価される国に住むという夢である。
わたしには夢がある。
それは、いつの日か、アラバマ州で、
黒人の少年少女が白人の少年少女と手を取り合い、兄弟姉妹として歩むという夢である。
その夢に向かって、幾多の人々が歩みを進めている。
そして、ゴンタもまた、その一人になろうとしていた。




