妹はポンコツです
私には妹がいる。
笑顔を浮かべることは少ないけれど、だからこそ、たまに見る笑顔が好きだった。
みんなは私ばかり褒めた。まるで妹…メルがこの世には存在しないかのように。
確かに私は歴代最強とも言われるほどの癒しの力の使い手。でも、メルだって十分なほどの癒しの力を持っていた。けれど、みんなはそのことを知らない。メルが言わないで、と言ったから。
メルは、本当に何を考えているか分からない。けれど、私のことは好きだと思ってくれている……多分。もちろん私はメルのことが大好きだ。
メルは私が式典などでお酒を飲んで酔っ払ってしまった時、いつもその世話をしてくれる。
ほとんどその時の記憶はないのだけれど、「しょうがないなぁ」とでも言いたげな顔をしていたのはよく憶えていた。
妹はポンコツだと、私は思う。頭じゃない。感情に関してだ。
私に対してすら、ほとんど感情を見せることは無い。けれどそれは隠してるんじゃなくて、単にどう表せばいいのか分からないんだと思う。現に日記を盗み見た時も……あれ?その時の記憶が……まぁいいや。
だから私はメルがポンコツだと思う。けれど、私もポンコツだ。
私は感情を制御するのは得意だと自分でも思っている。ポーカーフェイスは必要不可欠だし。
だけど、自分で言うのもなんだけど……頭が弱い。だから書類仕事とかはメルがやってくれた。
頭がいいけど、感情に対してポンコツな妹。
感情は制御できるけど、頭がポンコツな姉。
それが私たちらしいんだ。2人でひとつ。だから、いつまでも一緒。
………そう、思っていたんだ。
ある日のこと。いつものように式典に参加していた。少しお酒を飲んで、癒しの力でアルコールを浄化。それを繰り返した。そんな時。お父様が信じられないことを言い出した。
「やはりこの国の王女はレーナだな。あんな出来損ないとは違う」
………出来損ない?
「出来損ないとは…」
「ん?当然メルのことだ。知らないのか?世間からどう思われているのか」
才色兼備な第一王女。出来損ないの第二王女。それが世間の認識だと。そう、言われた。
……そんなこと、初めて聞いた。
「何故…何故出来損ないなんですか…?」
私は思わず問いかけていた。
「何故?当然だろう。癒しの力もろくに使えない王族など、出来損ないも同然だ」
……私はこのとき、強い怒りを覚えた。
お父様に?いや違う。
───私にだ。
メルは恐らく、この世間の認識を知っている。それを知りながら、敢えて出来損ないに成り下がった。私に言わないでと言った理由。それが分かった。分かってしまった。
私はその考えを、言葉を忘れたくて、お酒を飲み続けた。しかし、そのことが頭から離れることは無かった。
「大丈夫ですか?」
「…ええ。なんとか」
従者に心配されてしまうほど、今の私はフラフラだ。本当に飲み過ぎてしまった。
「もう少しですよ」
従者が私の手を取り、案内してくれる。そう言えば、この従者も長い間私と共にいる。
「ねぇ」
「はい」
だから私は、聞かずには居られなかった。
「…知っていたの?」
「…何をでしょう」
「…世間の認識を」
そう言うと、彼女は顔を背けた。それは肯定したということ…?
「どうして…」
「……命令なのです」
「え?」
命令?お父様から言わないように命令されていたのだろうか。でもそれなら何故お父様は今日あんなことを口にしたのだろう…
「…私の主は、国王様ではありませんよ」
「…え?」
私のお父様ではない……?
「誰、なの?」
「……メル様です」
「メル…?」
メルが主?となるとやはり、私の耳に世間の認識を入れないようにしていたのは……
「つきましたよ」
「あ、えぇ」
着いたのは、メルの部屋。扉の向こうから、底冷えするような「誰?」という声が響いた。
……こんなメルを、私は知らない。
「できる限り、酔った演技を」
「え、えぇ…」
何故という言葉は飲み込んだ。それが私の、メルの従者の願いならば構わない。だから私は、酔った振りをすることにした。
お風呂から上がり、水を飲み、ベットへと横たわる。どう話せばいいだろうか……
メルはいつも通りだった。いつも通り私の世話をしてくれた。
………いや、いつもより雑だった気もしないでもない。まぁ、少し慌てる様子を見れたし、良しとする。
メルが机へと向かい、積み上がった書類を捌いていく。本当に速い。私があのスピードでやろうと思ったら、多分内容を見れない。……見ても分からないだろうけど。
しばらく経ち、メルがペンを置いた。積み上がっていた書類は、もう数枚になっている。
ここしかないと思い、私はメルに話しかけることにした。
「…ごめんね」
まず口から出てきたのは、謝罪だった。今まで知ろうともせず、のうのうと過ごしてきたことに対しての、謝罪。
「何がです?」
「…私が、お姉ちゃんがこんなんで、ごめんね」
「あぁ…もう慣れましたよ」
それはそれで傷付くんだけど……
「…私、聞いちゃったんだよ」
姿勢を整え、メルの目を真っ直ぐと見つめる。すると私の真剣そうな様子が伝わったのか、ベットの上へと移動してきた。
「それで、何をです?」
「…メルが、出来損ないだって」
すると僅かにメルの目が開かれた。どうやら想定外だったらしい。
「…誰からです?」
「……」
……言えない。言いたくない。でも、メルはまるで分かっていたかのように口を開いた。
「お父様?」
ビクッと体が震えた。やっぱり、メルは知っていた。自分がどういう認識をされているかを。
「気にすることないですよ」
「でもっ!あなたは、私が出来ないことを、全部やってくれるっ!それなのにどうして出来損ないと言われなければならないのっ!?」
思わず声を荒らげる。メルが居なければ、私はなにも出来やしない。それなのに、世間はメルのことを知らない。見ようともしない。
「私はお姉様がそう思ってくださるだけで十分ですよ」
なのにメルはそう言って微笑む。
「っ!……私なんかより、メルのほうがよっぽど聖……」
そう言いかけた瞬間、メルの雰囲気が変わった。一瞬。ほんの一瞬だけど……メルを怖いと感じてしまった。
「お姉様。そういうことをあまり口にしないでください。……聖女は貴方です。貴方以外、有り得ない」
「でもっ!」
「でもじゃないです。私には到底務まらない」
そう言って、メルが微笑んだ。それはどことなく悲しげで……羨んでいるようにも見えた。
「………」
「…私は、お姉様がお姉様で良かったと思っています」
「…え?」
「お姉様は私に、多くのことを教えてくれた」
「そんなこと…私なんて」
「私なんて、とは、言わないでください。それは貴方を慕う人たちを裏切る言葉です」
「………」
私は喉まででかかった言葉を飲み込む。メルの言う通りだったから。だから思わず俯いてしまう。
「お姉様」
メルから優しい声でそう呼ばれ、俯いていた顔を上げた。
「今までありがとうございました」
「………え?」
「仕事に関してはもう引き継ぎは完了していますから心配は…」
「ちょ、ちょっと待って?!な、なにを言っているの…?」
いきなりそんなことを言うなんて、まるで、今から別れるみたいに……
『出来損ないも同然だ』
頭の中でお父様の言葉が反芻する。
「……ねぇ、何か言ってよっ!」
「……大丈夫ですよ」
「なに、が?」
「また、いつか、会えますから」
そう言ってメルが微笑んだ瞬間、グラッと体が傾いた。
「あ、ぇ?」
「おやすみなさい、お姉様」
その言葉を最後に、私は完全に意識を失った。
「……あ、れ?」
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。いつの間にやら、私の部屋に帰ってきていたらしい。
「おはようございます。レーナ様」
体をベットから起こすと同時に、部屋にあの従者が入ってきた。
「ねぇ」
「はい、なんでしょうか」
「昨日、なにがあったの?確か私はメルの……」
その瞬間、完全に目が覚めた。
「そうだ…メルはっ!?」
「…………」
「ね、ねぇ。メルは?あなたの主で、私の妹。メルは……?」
「…………お着替えを」
「そんなことどうでもいいっ!」
私は従者に詰め寄る。
「答えてっ!」
「………後悔、なさりませんか?」
「…………聞くわよ」
手が震える。もう何となく分かっている。昨日のメルの言葉。お父様の言葉。そこから導き出されることなど、そう多くはない。頭の弱い私でも、分かるほどに。
「……では。お伝えします」
ゴクリと唾を飲み込む。握りしめすぎて手から血が滲み出る。けれどそんなこと今はどうでもいい。メルは……
「……メル様は、昨日の夜、原因不明の病に倒れられ……永眠いたしました」
「…っ!」
信じたくなかった。否定して欲しかった。……でも、現実は残酷だった。
お父様が出来損ないと言った。それはつまり、この国に、王家に必要が無い。寧ろ邪魔ということ。
……病死なんて建前だ。メルは、家族に殺されたんだ。
「…メル様より、伝言を預かっております」
「……聞かせて」
「……『勝手に死ぬことは許さない』…だ、そうです」
……何が勝手にだよ。メルのほうが勝手じゃないか。お別れの言葉すら、交わせていないのに。勝手に……
「………」
黙って従者は出ていった。その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出てきた。
「どう、して、よっ!どう、して……」
拭っても拭っても涙は止まらない。結局私は、一日中泣き続けた。
私の中で、何か大切なものが、欠けた気がした。