十四
医者からは無理をするなとは言われたが、いつまでも病院にいたくなくて、ひと月しないうちに無理やり退院してしまった。
幸い頭を打ったことによる障害などは残らず、退院してすぐ歩く程度なら問題なくできた。
身体は日に日に良くなり、右腕も二か月もすると元通り動かせるようになった。
ゴートも二か月ほどで問題なく動けるようになっていたので、少し落ちた体力は三人で手合わせをしたりして取り戻した。
退院してからしばらく修行していた間、ユイは一人でどこかに行っていたようだ。フェンもゴートも行き先は聞いておらず、ある日ふらっと戻ってきていた。
ユイもまた、巨人との戦闘を反省し、初撃を外したことを悔やんでいたそうだ。
それで、首都から少し離れたところで一人で修行していたらしい。
その間一度も街に戻っていなかったらしく、帰ってきたときには結構ぼろぼろの姿だったが、本人はいたって気にしている様子もなかった。
四人がそろったことで、俺たちはかねてより国から言われていた勲章とやらを受け取った。
フェンの言った通り、大山脈から降りてきた大型のヤマシシ種の討伐や、地下迷宮の探索などで国と国民に貢献したからという理由だった。
断りたかったが、なんだかんだとあって流されるまま受け取ることになってしまった。
おかげで、最近では首都で歩いていると街の人たちから声をかけられる。
もともと首都の出身なので顔見知りも多いのだが、彼らまで俺を見る目が変わってしまって、最近は街での居心地が悪い。
変わらず接してくれるのはフェンとユイとゴートの三人だけだ。
勲章を受け取ってしばらくすると、軍から地下迷宮の調査への同行を正式に依頼され、俺たちは再び最深部にある広間へと来ていた。
話に聞いていた通り戦闘の痕跡は残っていたが、巨人の死体や血痕はきれいさっぱり消えており、中央には祭壇が出現していた。
四方の壁の燭台も炎は消えており、代わりに軍の設置した松明が広間を照らしていた。
「この2か月半のあいだ学者が調べつくしましたが、何もわかっていません。ただ、彼らが言うにはここは奇跡によって守られた空間であった可能性が高く、祭壇の出現も巨人の死と関係があるだろうということで、巨人を倒したあなた方に祭壇を調べてもらいたいのです」
軍人からはそう説明を受けたので、四人で祭壇の前までやってきた。
特にかわったところはない簡素な祭壇だ。
石ではないが、金属とも違う、光沢のある不思議な素材でできた四角い長方形の祭壇の上に、一回り小さい長方形の塊が載っている。
塊には、見たことのない文字が刻まれており、俺や他の三人はもちろん、学者も読めない未知の文字だった。
「うーん……明らかに、この塊が鍵だよな」
簡素な祭壇の上にぽつんと載せられた塊。
これが封印の目的のものですと言わんばかりだ。しかし、眺めまわしてみても文字以外変わったところはない。
この文字が何か意味があるのだろうか。
そう思って、文字をなぞるように指で触ってみた。
すると、なぞった文字が順々に淡く光りだした。
全ての文字をなぞった次の瞬間には、塊全体が輝き出し、一気に強烈なまばゆい光へと変わった。
視界が光に包まれ、何も見えなくなる。
あまりの眩しさに思わず目を閉じ、光がおさまるのを待った。
時間にしたらほんの数秒だったと思うが、光はすぐに弱まり消えてしまった。
だが急に薄暗い空間で眩しい光にあたったために目をやられ、しばらく開けることができなかった。
落ち着いてからそっと開けると、さっきまでそこにあった塊は消え、かわりに一振りの剣が現れていた。
フェンたちもようやく目を開けられたらしく、近づいてきて祭壇の上の剣を見下ろした。
「綺麗……」
ユイがうっとりとした目で剣を見つめている。
「確かに、これは見事な剣ですな」
ゴートも顎を撫でながら興味津々といった様子で剣を眺めまわす。
そこに現れた剣は、刀身がかすかに青く光り輝いていた。
刃が二尺(約六十センチ)ほどの長さで、鏡のような光沢のある何とも言えない素材でできている。金属だとは思うが、ただの鋼ではない。青く光り輝く金属など聞いたことがなかった。
ぱっと見で、ただの剣ではないことは分かる。
「エイユ、持ってみろよ」
フェンが背中をたたいてくる。
「お、俺が?」
思わず慌ててしまった。
「思うんだけどよ、最後に巨人にとどめを刺したのってエイユだろ。だとしたら、祭壇の封印を解いたのはお前なんじゃないか? だからこの剣も出てきたんだと思うぜ」
「私もそう思いますな」
「わたしも」
そう言って、三人そろって"どうぞ"と手で示してくる。
思わずため息がついてでた。
意を決して剣の柄を握り、ぐっと持ちあげてみる。
予想に反して、剣は軽かった。金属の剣がもつ重量感ではなく、まるで木剣のように軽い。
祭壇から降りて、少し振ってみる。
剣から発する青い光の残光が素振りに合わせて空間を彩った。
軽いため実に振りやすく、刀身は短すぎず長すぎずちょうどよい、扱いやすい剣だ。
切れ味も試してみたいところだが、ここには試し斬りできるものがなにもない。
三人もそばに寄ってきて、剣をのぞき込んでくる。
「どうよ?」
「うん、すごい軽くて扱いやすい」
「へえ。金属なのにか。俺にも持たせてくれよ」
「ああ」
差し出されたフェンの手に剣の柄を渡す。
俺が手を放したその瞬間、剣を持ったフェンの手ががくんっと下がった。
「うおっ!?」
慌ててフェンが剣を手放し取り落としてしまう。
剣は地面に落ち、派手な金属音を広間に響かせた。
「めちゃめちゃ重いじゃねえか!」
「はっ!?」
そんなはずはない。片手で容易に持てるほど軽いのだ。
慌てて剣を拾い上げる。やはり、ひょいっと持ち上げられる。
「いや、木剣なみに軽いぞ?」
その場で上下に持ちあげて見せる。
「嘘だろ?」
とうてい信じられないと言った様子でフェンはこちらを見てくる。
どういうことだ?
「……むう、刃こぼれ一つしておりませんな」
ゴートが顔を寄せて剣の刀身を眺めまわしていた。
言われて俺も見てみると、確かに固い石床に落としたのに剣はまったく刃こぼれをしていなかった。
変わらずきれいで鋭く研ぎ澄まされた刃のままだ。
固い床に思い切り落ちたのだ、刃欠けが起きてもおかしくないはずだ。
「ちょっと私にも持たせてくださいますかな」
「ああ」
今度はゴートに渡してみたが、結果は同じだった。またしても剣は床に落ちて音を立てた。
両手で柄を握って渾身の力を込めたゴートでも剣は持ちあげられない。
「これは……なんとも……」
信じがたい出来事に、一同が呆然と剣を見下ろす。
ユイも持ちあげようとしてみたが石床から引きはがすことすらできず、同行した軍人や学者が試しても駄目だった。
数人がかりで一斉に持ち上げようとしてもダメで、誰が何をしても剣はびくともしない。
その場にいたほかの誰も持ちあげることはできず、俺だけがなぜか軽々と剣を手にしていた。
「これは……信じがたい」
学者は口をそろえてそう言った。
実際に見て、自分で体験しても、まだ信じられない様子だった。
「まことに不可思議なことですが、まさに奇跡の剣といってもいい代物だ」
興奮した学者たちは口々に剣についての自論を展開して論争していたが、最後にはそのような結論になった。
フェンも納得したようにうなずいている。
「まあ、奇跡としか思えないような空間で、奇跡で生み出されたような魔物に守られていた剣とくれば、奇跡の剣だわな」
興奮して頬を上気させたゴートが言う。
「いやはや、この目でこのような素晴らしい品物を見る日が来るとは思いませんでしたな」
「だけど、どうするんです? 俺にしか扱えないっていっても、国の首都の地下から出てきた剣ですよ? 国の所有物になるんじゃないんですか?」
当然の疑問を口にしてみたが、軍人も学者も明確には答えられなかった。
これだけ貴重な品であれば当然国が管理することになるはずだが、問題は俺以外は誰も持ち運べず触れないということだ。
国が管理しようにも、ここから動かすこともできなければ、仮に俺が動かしてどこかに置いたとしても、その後動かすことができない。
とりあえず一度地上へ戻って検討するということになって、俺たちは迷宮を後にすることにした。
剣は俺が軍の施設まで運び、方針が決まるまで軍で厳重に管理されることになった。
迷宮の攻略は完了した。
あの迷宮はあの剣を安置するために造られ、隠された。
そして、奇跡によって剣は守られていた。
魔物が巨人以外にいなかったのも、崩落の危険がなかったのも幸いだった。
市民の間にくすぶっていた不安も消え、今では失われた古代建築の代わりに新たな観光名所となるのではないかという期待が持ち上がっている。
しばらくは軍が調査を続けるのだろうが、いずれはそうなる可能性もなくはないだろう。
ともあれ無事に迷宮の攻略を終えた俺たちは役所で報酬をもらい、その日は教会に戻り眠った。
その翌日のことだった。
目を覚ました俺は、信じられないものを見た。
俺の横に、軍に渡したはずの剣が置かれていたのだ。




