十三
目を開けたとき、すぐにはここがどこか分からなかった。
身体の感覚だけで、柔らかな枕に頭を乗せ寝台に寝かされているらしいことは分かった。
ぼんやりと天井を眺める。
巨人との闘いが終わって、俺は気絶した。それからどうなった?
思い出そうとしていると、声をかけられた。
「おう、エイユ。起きたか」
フェンの声だ。
「首、動かすなよ」
返事をしようとしたが、声がうまく出せない。
「医者を呼んでくる」
病院にいるのか。
立ち上がったフェンの姿が見えた。寝台の隣に座っていたらしい。そのまま歩き出したのですぐ姿は見えなくなる。
しばらくして、医者がやってきた。
「かなり無理をされていましたので、しばらくは絶対に安静です。頭を強く打ったあとに激しく動いたとのことで、今無事なのは奇跡みたいなものですよ。身体は絶対動かさないように」
いかに無謀であったかという説教を滔々とまくし立てられたが、適当に聞き流して医者には下がってもらった。
俺は一週間目覚めなかったそうだ。
巨人に殴られて吹き飛ばされたときに、地面で打って脳を強く揺さぶられたことがかなりまずかったらしく、元通り動けるようになるまで時間がかかるかもしれないらしい。
久しぶりに目覚めたからなのか、頭はぼんやりするし、動かそうにもまともに身体を動かせなかった。
「ま、ここんとこずっと戦いっぱなしだったし、しばらく休むんだな」
寝台のそばに立つフェンが笑っている。
「あれから、どうなったんだ?」
少しずつ声が出るようになってきた。それでもまだ絞り出す感じでしか出せない。
「巨人を倒したあとは、お前とゴートを動かせなかったんでユイが戻って軍を連れてきたよ。担架でお前たちを運んで、今ここさ」
「そうか……」
「ユイがめちゃめちゃ早くてな。二日くらいで軍を連れてきたぜ」
普通に往復したら、四日程度はかかるだろう。かなり無理をしてくれたに違いない。
というか、二日間俺はあそこで寝たきりだったのか。ほんとに良く死ななかったな。
「ユイと、ゴートは?」
「ユイは今地下迷宮のことについて軍から聴取されてるよ。ゴートはお前の隣」
首を動かせないので見えない。
「寝てるよ。身体の骨が何本か折れたんだと。でもお前よりはマシだ。さっきまで起きて飯食ってたぜ」
「そうか」
誰も死ななくてよかった。
あの巨人との闘いは、誰が死んでもおかしくなかった。
たった四人で勝てたのはまぐれみたいなものだろう。巨体だが人に近い肌だったおかげで剣や斧の刃が通っただけだ。
攻撃が効かない相手だったら、全滅したかもしれない。
「ま、どうせしばらくはそのままだ。おいおい話していこうぜ」
そう言って、フェンは病室を出ていった。
ゆっくりと息を吐き出して、思考に耽る。
自分が今、生きていることを実感する。
無事に帰ってくることができた。大怪我を負ったとはいえ、あの状況から生還できたことが嬉しかった。
ノーリに修行をつけてもらっていたとき、致命傷となる攻撃は必ず避けろと教わっていた。
実際これまでその通りに、必ず剣で受けるか避けるかして致命傷を避け続けてきた。
それがほんの一瞬の油断で、たった一撃で、この状態だ。
強くなった気になっていたが、まだまだ未熟なのだ。
油断が命取りになるということを、身をもって実感した。
普通はそうなる前に常に気を付けておくものだろうに。
自分の愚かさを振り返って、湧き上がる苦い感情で悶えたくなった。
もう、油断はしない。
今回は自分だったが、俺の油断のせいで他の誰かが死ぬ可能性だってある。
そうならないよう、もう二度と気を抜いてはいけないのだ。
どれくらい経ったのか、誰かが入室してきた音で思考が途切れた。
入室者は俺が起きていることに気づいたのか、すぐに駆け寄って顔をのぞき込んできた。ユイだ。
「起きたんだ、よかった」
優しい笑顔を向けてくる。
間近で見ると、まつげが随分長いな。そんな感想が頭に浮かんだ。
「心配かけたな」
首を横に振って、微笑みかけられた。
彼女の耳にかけられていた髪の毛がさらりと垂れる。
戦闘の時の鋭い表情と打って変わって、年相応の瑞々しさと可愛らしさを感じさせる笑顔だ。
普段無表情なだけに、時折見せるそうした表情がより一層魅力的に見えた。
ユイがじっと見つめてくる。
不意に、髪の毛を触られた。頬にかかっていた髪の毛をどけてくれたらしい。
「あ……りがとう」
どきっとして、教会での夜に、ユイに「気になる」と言われたことを急に思い出した。
地下迷宮では神経を張り詰めていたのですっかり忘れていたが、思い出して急に恥ずかしくなってしまった。
あ、うん。などというふざけた返事で終わらせていたのだ。
彼女は、どういう意味で言ったのだろう。
なんといえばいいのか。
二人の間に沈黙が流れる。
ユイとは、いつも無言になってばかりだ。
話したい気持ちはあるが、うまく言葉がでない。
しばらくそうしていると、また誰かが入室してきた。
「おう、ユイ。聴取は終わったのか?」
フェンだった。
「うん」
ユイはいつも通りの無表情に戻っていた。
そういえば、フェンやゴートに笑いかけているのは見たことがなかった。
嫌っているわけではないみたいだが。
「どうだったよ?」
「また調査手伝ってほしいって」
フェンも隣にやってきた。
「まあだよな。つっても大分先の話になるだろうな~」
二人の会話の内容が気になったので、質問してみる。
「調査って?」
「軍が今、地下迷宮の調査してる。それを、エイユとゴートの怪我が治ったら手伝ってほしいって」
俺たちが調査を手伝って、意味があるのだろうか?
「なんで俺たちなんだ?」
「ああ、そういやお前は見てないか」
そういって、フェンがあの巨人を倒したあとのことを話し出した。
フェンの話によると、巨人を倒して俺が気絶したすぐ後に、巨人の死体は突然光の粒となって消え去ったらしい。
床に垂れ流れた青い血もすべて消え、その後、広間の中央に祭壇が現れたそうだ。
三人ともはっきりとその目で見ていたらしい。
「ユイが軍を連れて戻る間に俺がいろいろ調べてみたけど、なんも分かんなかったわ」
そういってフェンは肩をすくめた。
「軍の調査に学者も同行したけど、わからないって」
ユイも聴取で聞いたことを教えてくれた。
「死体が消えた、か……」
にわかには信じがたいが、実際に起きたとあっては信じるしかない。
思えば、あの広間自体不可思議だった。
突然燭台に火が灯ったり、何百年も外から鍵をかけられ誰も侵入することがなかったのに巨人が生きていたり。
「もしかして、"奇跡"、か?」
ふと、思いついて、ぽつりとつぶやいた。
馬鹿馬鹿しいと思った。だが、フェンも真剣な表情でうなずいてくる。
「俺もそれを考えてた」
"奇跡"とは、この世界に存在すると言われる超常現象だ。
海を割る、天候を操る、空を飛ぶといった、誰にも不可能とされることを可能にする神秘の秘法。
実際に奇跡を見たという者はいないが、この世界の各地に似たような伝説や伝承として奇跡の話が残されている。
壁に勝手に火が灯ったり、何百年もあの広間で生物が生きていたり、死後消失したり、祭壇が出現したり。
まさに伝承にある奇跡と似た現象だ。
そう考えれば、あの広間で起きたことのすべてに納得がいく。
「あの巨人は奇跡で生み出された存在で、祭壇を守る役目を負っていたのか」
「だろうな」
あの地下迷宮は、祭壇を守るために造られ、そして隠されてきたということか。
「大事になってきたな」
どうやら結構な問題に首を突っ込んだらしい。
俺たちが調査に加わって何かわかるとも思えないが、その現れたという祭壇は見てみたい。
その謎を解かなければ、あの迷宮の攻略は完了したとは言えないだろう。
「まあ、そういうことなら、手伝ってみるか」
二人ともうなずいてくれる。
「ゴートにも起きたら伝える」
ユイはそう言って、一旦病室を出ていった。
ノーリに出会ったころは一人で生きていくの良いかと思っていたが、フェンに出会い、ユイやゴートと出会ってから、誰かと組んで仕事をするのも楽しいと感じていた。
命がけの仕事ではあるが、彼らと一緒にいると充実感を感じられた。
まだもうしばらくこの四人で組んでいられると分かって、少し嬉しくもあった。
「あ、そうそう」
フェンが思い出したように口を開いた。
「二人の怪我が治ったら、俺ら四人に国から勲章が与えられるって聞いたぜ」
「はぁっ? なんで?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そりゃあ、首都の不安を取り除いたからとか、大型種を討伐したからとか、まあいろいろと国の役に立ったからじゃないか?」
「あー……」
確かにそうかもしれない。
「いや、けど要らないぞ、俺は」
心底嫌そうに言ってしまった。
だが実際、そんなものをもらっても嬉しくない。
勲章を貰ったら嫌でも目立つようになるだろう。あまり目立ちたくもないし、勲章が欲しくて働いたわけでもない。
「そうはいっても、もう街でも俺らの……っつうか特にお前のことは話題になってるぜ。戦士の中の戦士様、って」
フェンが笑いをこらえようと腹を抱えているが、思いっきり漏れてるぞ。
「なんだよそれ……」
戦士の中の戦士様って。
冗談じゃない。
「討伐隊に参加してたやつらとかが、結構触れ回ってるみたいだな。大型種の討伐で作戦立てたのお前だったじゃん。ああいうのとかで一目置かれてんだよ、きっと。それとまあ、今回の地下迷宮を探索したのもなんでか噂になってたな」
おいおい……勘弁してくれ……。
「ま、それも怪我が治ってからの話だ。今は身体を治すことに集中するんだな」
「わかってるよ」
なんだか、思考を乱されてしまった。
フェンには眠ると伝えて、ふて寝と決め込んだ。
地下迷宮のこともあるし、ユイのことももやもやしているのに、さらに余計な問題がでてきた。
どうしたもんだか。




